ちくしょう谷 ㉕

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隼人は罪人が暮らした流人村へ役で赴くことになる。
現在、流人村に罪人はおらず子孫だけが独特な風習で暮らす。
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。

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問題文

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(くがつげじゅんに、ひのきばやしでとうばつがあった。かりにでていたむらのものがみつけ、)

九月下旬に、檜林で盗伐があった。狩に出ていた村の者がみつけ、

(きどからにんずうがかけつけた。あいてはごにん、たいかくもよくちからもつよいおとこたちで、)

木戸から人数が駆けつけた。相手は五人、躰格もよく力も強い男たちで、

(おの、まさかりなどのほか、くまをつくやりなどをもって、)

斧、鉞などのほか、熊を突く槍などを持って、

(ぎゃくにおそいかかってきた。やむなくはやとはかたなをぬいて、)

逆に襲いかかって来た。やむなく隼人は刀を抜いて、

(もっともつよいひとりをきりふせ、ふたりにきずをおわせた。ふたりのきずはどちらもあしで、)

もっとも強い一人を斬り伏せ、二人に傷を負わせた。二人の傷はどちらも足で、

(たおれたままうごけず、ほかのふたりはにげさった。はやとはおうなとめいじ、)

倒れたまま動けず、他の二人は逃げ去った。隼人は追うなと命じ、

(きずついたふたりのてあてにかかったが、そのときにしざわはんしろうがあらわれた。)

傷ついた二人の手当にかかったが、そのとき西沢半四郎があらわれた。

(にしざわがそのばにいなかったことは、じぶんしかしらないとおもっていたが、)

西沢がその場にいなかったことは、自分しか知らないと思っていたが、

(おかむらしちろうべえもきづいていたとみえ、「ようやくじゅうやくのおでましか」)

岡村七郎兵衛も気づいていたとみえ、「ようやく重役のおでましか」

(とひにくなちょうしでいった。にしざわはきっとみかえした、「じゅうやくがどうしたって」)

と皮肉な調子で云った。西沢は屹っと見返した、「重役がどうしたって」

(「やっといまおでましかといったのさ」「それはどういういみだ」)

「やっといまおでましかと云ったのさ」「それはどういう意味だ」

(「いままですがたがみえなかったからさ」とおかむらがいった、)

「いままで姿が見えなかったからさ」と岡村が云った、

(「それともおれのめがわるくってみえなかったのかもしれないがね」)

「それともおれの眼が悪くって見えなかったのかもしれないがね」

(「おかむら、よせ」とはやとがしかった。)

「岡村、よせ」と隼人が叱った。

(「わたしはあいつらをおっていたんだ」とにしざわがせきこんでいった、)

「私はあいつらを追っていたんだ」と西沢がせきこんで云った、

(「すぎばやしをぬけてゆくふたりをわたしがおっていったことは、)

「杉林をぬけてゆく二人を私が追っていったことは、

(だれかがきっとみていたはずだ」「それはおれがみていた」とはやとがいった、)

誰かがきっと見ていた筈だ」「それはおれが見ていた」と隼人が云った、

(「つまらぬこうろんはやめろ」「ばんがしらどのはめがいいですな」とおかむらがいった。)

「つまらぬ口論はやめろ」「番頭どのは眼がいいですな」と岡村が云った。

(はやとはおかむらのかおをみた。おかむらはくびをすくめ、このしたいをはこぶからあつまれ、)

隼人は岡村の顔を見た。岡村は首をすくめ、この死躰を運ぶから集まれ、

(とあしがるたちによびかけた。にしざわはひとりでわきのほうへより、)

と足軽たちに呼びかけた。西沢は一人で脇のほうへ寄り、

など

(あおじろくこわばったひょうじょうで、なにかぶつぶつひとりごとをいっていた。)

蒼白く硬ばった表情で、なにかぶつぶつ独り言を云っていた。

(したいはむらのぼちにうめ、ふしょうしゃはきどのかりろうへいれた。)

死躰は村の墓地に埋め、負傷者は木戸の仮牢へ入れた。

(はやとがくりかえしじんもんしたけれども、ふたりはがんきょうにこたえず、)

隼人が繰り返し訊問したけれども、二人は頑強に答えず、

(とうばつのじじつもひていした。ひのきばやしではごじゅうねんのきがにほんきられ、)

盗伐の事実も否定した。檜林では五十年の樹が二本伐られ、

(いっぽんはねまわりのなかばまでおのがいれられていた。)

一本は根まわりの半ばまで斧が入れられていた。

(はやとはじぶんのてにおえるあいてではないとおもい、)

隼人は自分の手に負える相手ではないと思い、

(くわしいしまつしょをつけてじょうかへおくることにした。)

詳しい始末書を付けて城下へ送ることにした。

(そのころからやまはふゆのけしきにかわりだした。そらはくもっていることがおおく、)

そのころから山は冬の景色に変りだした。空は曇っていることが多く、

(しぐれがしばしばふり、かぜのつよいひは、したのたにまから)

時雨がしばしば降り、風の強い日は、下の谷間から

(まきあげられてくるかれはが、しだいにいろあせ、ちぢれ、)

巻きあげられて来る枯葉が、しだいに色褪あせ、ちぢれ、

(むしくいだらけのものになり、かずもひごとにへるばかりだった。)

虫くいだらけのものになり、数も日ごとに減るばかりだった。

(かっこうやつつどりにかわって、はれたひにはつぐみやひたき、ほおじろ、)

かっこうや筒鳥に代って、晴れた日にはつぐみやひたき、頬白、

(あおじなどのこえがきこえ、きどのものたちのなかには、しんぼうづよく)

あおじなどの声が聞え、木戸の者たちの中には、辛抱づよく

(あわやひえをまいて、かれらをよびよせようとするものもあったが、)

粟や稗を撒いて、かれらを呼びよせようとする者もあったが、

(いわばかりのそんなたかいところでは、よってくるとりもなかった。)

岩ばかりのそんな高いところでは、寄って来る鳥もなかった。

(つちはこびがつづいているためか、さくへちかづくおんなたちもまれになったので、)

土運びが続いているためか、柵へ近づく女たちも稀になったので、

(よるのたちばんはやめてしまった。ときたまよるがふけてから、ふくろうのなきまねの)

夜の立番はやめてしまった。ときたま夜が更けてから、梟の鳴きまねの

(きこえることもあるが、もうさむさがきびしいので、いつまでもたっては)

聞えることもあるが、もう寒さがきびしいので、いつまでも立っては

(いられないのだろう、ながくてもはんこくくらいすればかえってゆくようであった。)

いられないのだろう、長くても半刻くらいすれば帰ってゆくようであった。

(よながになればとまっていたが、おんぎょくのほうはおなじことで、)

夜ながになればと待っていたが、音曲のほうは同じことで、

(ききてはふえもせず、きょうみをもつようすもないので、)

聞き手は殖えもせず、興味をもつようすもないので、

(えんそうしゃのほうがあきてしまい、いぬいとうきちろうなどはこしょうをもうしたてて、)

演奏者のほうが飽きてしまい、乾藤吉郎などは故障を申立てて、

(やすむことばかりかんがえるようになった。)

休むことばかり考えるようになった。

(じゅうがつみっかにはつゆきがふった。しょうないろうじんが「ことしはゆきがはやそうだ」というので、)

十月三日に初雪が降った。正内老人が「今年は雪が早そうだ」と云うので、

(はやとはいつかに「つきびん」をだした。それがことしさいごのつきびんで、)

隼人は五日に「月便」を出した。それが今年最後の月便で、

(とうばつでとらえたふたりもつれてゆかせた。ふたりはきずがいたくてあるけないといったが、)

盗伐で捕えた二人も伴れてゆかせた。二人は傷が痛くて歩けないと云ったが、

(はやとはあいてにならず、ぼうでたたいてもあるかせてゆけとめいじた。)

隼人は相手にならず、棒で叩いても歩かせてゆけと命じた。

(さいりょうはおかむらしちろうべえとまつききゅうのすけで、まつきはにどめであるし、)

宰領は岡村七郎兵衛と松木久之助で、松木は二度めであるし、

(おかむらはのびていたばんあきで、そのままじょうかへかえるのであった。)

岡村は延びていた番明きで、そのまま城下へ帰るのであった。

(「もしひつようなら」としたくができてから、おかむらがはやとにいった、)

「もし必要なら」と支度ができてから、岡村が隼人に云った、

(「というのは、もしおやくにたつならといういみですが、)

「というのは、もしお役に立つならという意味ですが、

(もうすこしのこっていてもいいですよ」「しじゅうにちちかくもよけいにつとめたんだ、)

もう少し残っていてもいいですよ」「四十日近くもよけいに勤めたんだ、

(もうかえるほうがいい、ごくろうだった」といってはやとはかるくおかむらをにらんだ、)

もう帰るほうがいい、御苦労だった」と云って隼人は軽く岡村をにらんだ、

(「もうわるしちべえなどといわれないようにしてもらいたいな」)

「もう悪七兵衛などと云われないようにしてもらいたいな」

(「どうですかね」おかむらはくしょうしながら、いっしゅのめつきではやとをみつめ、)

「どうですかね」岡村は苦笑しながら、一種の眼つきで隼人をみつめ、

(ひくいこえにちからをこめていった、「どうかかれにようじんしてください」)

低い声に力をこめて云った、「どうか彼に用心して下さい」

(はやとはだまってめをそむけた。かれらがきどをでてゆくとまもなく、)

隼人は黙って眼をそむけた。かれらが木戸を出てゆくとまもなく、

(はれているそらからゆきがまいだし、やむかとおもったが、ひるすぎには)

晴れている空から雪が舞いだし、やむかと思ったが、ひるすぎには

(こなゆきになってしまった。つもってはさんどうがあぶないだろう、とおもっていると、)

粉雪になってしまった。積っては桟道が危ないだろう、と思っていると、

(ごごにじころにあしがるのひとりがもどってきて、かけはしがおちてとおれなくなった、)

午後二時ころに足軽の一人が戻って来て、かけはしが落ちて通れなくなった、

(とつげた。きみょうなことに、そのときはやとはすぐ、)

と告げた。奇妙なことに、そのとき隼人はすぐ、

(「こっちからふたつめではないか」とききかえした。)

「こっちから二つめではないか」と訊き返した。

(ききかえしてからはじめて、どうしてそんなことがくちからでたのか、)

訊き返してから初めて、どうしてそんなことが口から出たのか、

(じぶんでもわからないのにきづいておどろいた。)

自分でもわからないのに気づいておどろいた。

(「さようです」そのあしあがるはあらいいきをしながらこたえた、)

「さようです」その足軽は荒い息をしながら答えた、

(「こちらからにばんめのかけはしで、ささえのはしらがおれてしまったのです」)

「こちらから二番めのかけはしで、支えの柱が折れてしまったのです」

(「ひとにけがはなかったか」「きをぬすみにきたやつらがおちました」)

「人にけがはなかったか」「木を盗みに来たやつらが落ちました」

(とあしがるはてまねをしていった、「あのふたりをさきにたてていったのですが、)

と足軽は手まねをして云った、「あの二人を先に立てていったのですが、

(かけはしのところで、にげるきになったのでしょう、)

かけはしのところで、逃げる気になったのでしょう、

(こしなわのままふたりでかけだしたのです」なわじりをとっていたあしがるは、かれらが)

腰繩のまま二人で駆けだしたのです」繩尻を取っていた足軽は、かれらが

(じゆうにあるけないようすなので、ゆだんをしているところをつきとばされた。)

自由に歩けないようすなので、ゆだんをしているところを突きとばされた。

(ふたりはなわつきのまま、つぶてのようにはしっていったが、)

二人は繩付きのまま、つぶてのように走っていったが、

(かけはしのうえへはしりこんだとたんにしちゅうがおれ、)

かけはしの上へ走りこんだとたんに支柱が折れ、

(はしいたともつれあいながら、たにそこへおちていった。)

はし板ともつれあいながら、谷底へ落ちていった。

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