百物語3(完) 岡本綺堂

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幕末の若侍たちの百物語。妖怪は出るか、出ないのか。

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問題文

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(しまかわというのは、おくづとめのちゅうろうで、おりふしはとののおよとぎにもめされるとか)

島川というのは、奥勤めの中老で、折りふしは殿のお夜伽にも召されるとか

(いううわさのあるおんなであるから、ひとびとはまたおどろいた。やくにんもいったんはかおいろをかえたが)

いう噂のある女であるから、人々は又おどろいた。役人も一旦は顔色を変えたが

(よくかんがえてみると、おくづとめのおんながこんなところへでてくるはずがない。なにかの)

よく考えてみると、奥勤めの女がこんなところへ出てくる筈がない。なにかの

(しさいがあってじさつしたとしても、こんなばしょをえらむはずがない。だいいち、おくとおもてとの)

子細があって自殺したとしても、こんな場所を選む筈がない。第一、奥と表との

(へだてのきびしいじょうないで、ちゅうろうともあるべきものがどこをどうぬけだして)

隔てのきびしい城内で、中老ともあるべきものが何処をどう抜け出して

(きたのであろう。どうしてもこれはほんとうのしまかわではない。たにんのそらにか、)

来たのであろう。どうしてもこれは本当の島川ではない。他人の空似か、

(あるいはやはりようかいのしわざか、いずれにしてもそこつにたちさわぐことむようと、)

あるいはやはり妖怪の仕業か、いずれにしても粗忽に立ち騒ぐこと無用と、

(やくにんはひとびとをかたくいましめておいて、さらにそのしだいをおくがろうにほうこくした。)

役人は人々を堅く戒めて置いて、さらにその次第を奥家老に報告した。

(おくがろうしもだじへえもそれをきいてまゆをしわめた。ともかくもおくへいって、)

奥家老下田治兵衛もそれを聴いて眉をしわめた。ともかくも奥へ行って、

(しまかわどのにおめにかかりたいといいいれると、ゆうべからふかいでふせって)

島川どのにお目にかかりたいと言い入れると、ゆうべから不快で臥せって

(いるからおあいはできないというへんじであった。さてはあやしいとおもったので、)

いるからお逢いは出来ないという返事であった。さては怪しいと思ったので、

(しもだはおしかえしていった。 「ごふかいちゅう、はなはだおきのどくでござるが、ぜひとも)

下田は押返して言った。 「御不快中、はなはだお気の毒でござるが、是非とも

(すぐにおめにかからねばならぬきゅうようができいたしたれば、ちょっとおあい)

すぐにお目にかからねばならぬ急用が出来いたしたれば、ちょっとお逢い

(もうしたい」 それでどうするかとおもってまちかまえていると、ほんにんのしまかわは)

申したい」  それでどうするかと思って待ち構えていると、本人の島川は

(じぶんのへやからでてきた。なるほどふかいのていでかおやかたちもひどくやつれていたが、)

自分の部屋から出て来た。なるほど不快のていで顔や形もひどく窶れていたが、

(なにしろべつじょうなくいきているので、しもだもまずあんしんした。なんのごようと)

なにしろ別条なく生きているので、下田もまず安心した。なんの御用と

(ふしぎそうなかおをしているしまかわにたいしては、いいかげんのへんじをしておいて、)

不思議そうな顔をしている島川に対しては、いい加減の返事をして置いて、

(しもだはそうそうにおもてにでてゆくと、かのしろいおんなのすがたはきえてしまったと)

下田は早々に表に出てゆくと、かの白い女のすがたは消えてしまったと

(いうのである。なかはらをはじめ、ほかのひとびともげんじゅうにみはっていたのである、それが)

いうのである。中原をはじめ、他の人々も厳重に見張っていたのである、それが

(おのずとけむりのようにきえうせてしまったというので、しもだもまたおどろいた。)

おのずと煙りのように消え失せてしまったというので、下田も又おどろいた。

など

(「しまかわどのはたしかにぶじ。してみると、それはやはりようかいであったにそういない。)

「島川どのは確かに無事。してみると、それはやはり妖怪であったに相違ない。

(かようなことはけっしてこうがいしてはあいなりませぬぞ」 はじめはようかいであると)

かようなことは決して口外しては相成りませぬぞ」  初めは妖怪であると

(おもったおんなが、なかごろにはにんげんになって、さらにまたようかいになったので、ひとびとも)

思った女が、中ごろには人間になって、さらにまた妖怪になったので、人々も

(ゆめのようなこころもちであった。しかしそのすがたがきえるのをもくぜんにみたのであるから、)

夢のような心持であった。しかしその姿が消えるのを目前に見たのであるから、

(だれもそれをあらそうよちはなかった。ひゃくものがたりのおかげで、よにはようかいのあることが)

誰もそれを争う余地はなかった。百物語のおかげで、世には妖怪のあることが

(たしかめられたのであった。 そのほんにんのしまかわはいったんほんぷくして、あいかわらずおくに)

確かめられたのであった。  その本人の島川は一旦本復して、相変らず奥に

(つとめていたが、それからふたつきほどのあとにふたたびふかいといいたててひきこもって)

勤めていたが、それからふた月ほどの後に再び不快と言い立てて引籠って

(いるうちに、あるよるじぶんのへやでくびをくくってしんだ。まえまえからのふかいと)

いるうちに、ある夜自分の部屋で首をくくって死んだ。前々からの不快と

(いうのも、なにかひとをうらむすじがあったためであるとつたえられた。)

いうのも、なにか人を怨むすじがあった為であると伝えられた。

(してみると、さきのよるのしろいおんなはたんにいっしゅのようかいにすぎないのか。)

してみると、さきの夜の白い女は単に一種の妖怪に過ぎないのか。

(あるいはそのとうじからしまかわはすでにいしのかくごをしていたので、そのいきりょうが)

あるいはその当時から島川はすでに縊死の覚悟をしていたので、その生霊が

(いっしゅのまぼろしとなってあらわれたのか。それはいつまでもとかれないなぞであると)

一種のまぼろしとなって現われたのか。それはいつまでも解かれない謎であると

(なかはらぶだゆうがろうごにひとにかたった。これもまえのはなしのりこんびょうのたぐいかもしれない。)

中原武太夫が老後に人に語った。これも前の話の離魂病のたぐいかも知れない。

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