吸血鬼26

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(やみのなかにやみがあって、そのまっくろなひとかげみたいなものが、じょじょにこちらへあるいて)

闇の中に闇があって、その真黒な人影みたいなものが、徐々にこちらへ歩いて

(くるけはいだ。さすがのさいとうろうじんも、あまりのぶきみさに、どあをしめて、)

来る気配だ。流石の斎藤老人も、あまりの不気味さに、ドアをしめて、

(にげだそうとみがまえたとき、とつぜん、やみのなかから、ほがらかなわらいごえがひびいてきた。)

逃げ出そうと身構えた時、突然、闇の中から、ほがらかな笑い声が響いて来た。

(とどうじに、もうしあわせたように、へやのなかがあかるくなる。みえぬてが、ふたたび)

と同時に、申し合せた様に、部屋の中が明るくなる。見えぬ手が、再び

(すいっちをひねったのだ。あかあかとでんとうのひかりにてらしだされたかいぶつのしょうたい。)

スイッチをひねったのだ。あかあかと電燈の光りに照らし出された怪物の正体。

(あ、あなたは!ろうじんはあっけにとられてさけんだ。そこにたっていたのは、)

「ア、あなたは!」老人はあっけにとられて叫んだ。そこに立っていたのは、

(さっきあれほどさがしたのに、かげもみせなかったあけちこごろうであった。)

さっきあれ程探したのに、影も見せなかった明智小五郎であった。

(これはふしぎだ。あなたは、いったいぜんたい、どこにかくれておいでなすったのだ)

「これは不思議だ。あなたは、一体全体、どこに隠れてお出でなすったのだ」

(さいとうろうじんは、じろじろと、あけちをみあげみおろしてたずねた。どこにも、)

斎藤老人は、ジロジロと、明智を見上げ見下して尋ねた。「どこにも、

(かくれてなんかいませんよ。ぼくはさっきから、ここにいたのです あけちは)

隠れてなんかいませんよ。僕はさっきから、ここにいたのです」明智は

(にこにこして、こたえた。だが、それはうそにきまっている。いくらろうじんだからと)

ニコニコして、答えた。だが、それは嘘に極まっている。いくら老人だからと

(いって、にんげんひとりみおとすはずはない、それに、さっきしょせいも、このへやをいちど)

いって、人間一人見落す筈はない、それに、さっき書生も、この部屋を一度

(さがしにきたのだ。まどはすべてみっぺいしてある。あけちがそのほかにみをかくしていたとは)

探しに来たのだ。窓は凡て密閉してある。明智がその外に身を隠していたとは

(かんがえられぬ。すると、かれはむろんへやのなかにいたのだ。しかし、どこにそんな)

考えられぬ。すると、彼は無論部屋の中にいたのだ。併し、どこにそんな

(かくればしょがあるだろう。ぶつぞうのなかか。とてもにんげんがかくれるほどのひろさはない。)

隠れ場所があるだろう。仏像の中か。とても人間が隠れる程の広さはない。

(だいいち、いものやきぼりのぶつぞうのなかへ、どうしてはいれるものか。といって、かべにも)

第一、鋳物や木彫りの仏像の中へ、どうして這入れるものか。といって、壁にも

(ゆかにもかくしどのないことは、おがわのしたいふんしつじけんのさい、けいさつのひとびとがじゅうぶん)

床にも隠し戸のないことは、小川の死体紛失事件の際、警察の人々が充分

(しらべたので、わかっている。いや、なんでもないのです。きっとあなたのめが、)

調べたので、分っている。「イヤ、何でもないのです。きっとあなたの目が、

(どうかしていたのですよ あけちは、なにげなくいってへやをでた。ろうじんは、)

どうかしていたのですよ」明智は、何気なくいって部屋を出た。老人は、

(しかたなく、あけちしょうしつのふしんはそのままにしておいて、こばやししょうねんからのでんわの)

仕方なく、明智消失の不審はそのままにして置いて、小林少年からの電話の

など

(あったしさいをつげた。え、ふみよさんが?ぞくのために?さすがのあけちも、)

あった仔細を告げた。「エ、文代さんが?賊の為に?」流石の明智も、

(このとつぜんのきょうほうには、にこにこがおをひっこめないではいられなかった。おおいそぎで)

この突然の兇報には、ニコニコ顔を引込めないではいられなかった。大急ぎで

(かいかのきゃくまへおりていくと、さがしあぐねて、きせずして、そこへあつまっていた)

階下の客間へ降りて行くと、探しあぐねて、期せずして、そこへ集まっていた

(ひとびとは、あけちのふいのしゅつげんにおどろいて、しほうからしつもんをあびせたが、かれはそれに)

人々は、明智の不意の出現に驚いて、四方から質問をあびせたが、彼はそれに

(こたえるよゆうはない。みたにせいねんをとらえて、かえってこちらからでんわのようすを)

答える余裕はない。三谷青年を捉えて、却ってこちらから電話の様子を

(たずねるのだ。そうしているところへ、こばやししょうねんがたくしーでかけつけてきた。)

尋ねるのだ。そうしている所へ、小林少年がタクシーで駆けつけて来た。

(まちかねていたひとびとは、てをとるようにして、かれをきゃくまへつれこんだ。そこで、)

待ち兼ねていた人々は、手をとる様にして、彼を客間へつれこんだ。そこで、

(おはなしはふみよさんゆうかいじけんにうつるわけだが、いっぽうにかいのしょさいにおこったかいきについては)

お話は文代さん誘拐事件に移る訳だが、一方二階の書斎に起った怪奇については

(いまのところすこしも、そのなぞがとかれていない。おがわというおとこがなにがためにあのへやへ)

今の所少しも、その謎が解かれていない。小川という男が何が為にあの部屋へ

(しのびこんだのか。だれにころされたのか。そのしたいはどこへいってしまったのか。)

忍び込んだのか。誰に殺されたのか。その死体はどこへ行ってしまったのか。

(また、さきほどの、ふしぎなでんとうのめいめつ、あけちのしょうしつとかれのふいのしゅつげんなど。)

また、先程の、不思議な電燈の明滅、明智の消失と彼の不意の出現など。

(あけちはそのひみつを、すでにさぐりえたようすだが、なぜかかれは、それについてひとことも)

明智はその秘密を、既に探り得た様子だが、なぜか彼は、それについて一言も

(かたろうとはしないのだ。まだかたるべきじきでないのかもしれぬ。で、しょさいの)

語ろうとはしないのだ。まだ語るべき時期でないのかも知れぬ。で、書斎の

(ひみつは、そのままそっとしておいて、さしずめこころがかりな、あけちこごろうのおんなじょしゅの)

秘密は、そのままそっとして置いて、さしずめ心掛りな、明智小五郎の女助手の

(ゆくえについて、ものがたりをすすめなければならぬ。さて、きゃくまにつれこまれた、)

行方について、物語を進めなければならぬ。さて、客間につれ込まれた、

(こばやししょうねんが、りんごのようなほおを、ひときわあからめ、いきをはずましてかたったところによると)

小林少年が、林檎のような頬を、一際赤らめ、息をはずまして語った所によると

(・・・・・・ゆうがたごじごろ、あけちからのつかいだといって、いちだいのじどうしゃが、ふみよさんをむかえに)

……夕方五時頃、明智からの使だといって、一台の自動車が、文代さんを迎えに

(きた。あけちのひっせきで、きゅうようあり、すぐおいでをこう というかんたんなてがみを)

来た。明智の筆蹟で、「急用あり、すぐお出を乞う」という簡単な手紙を

(もっていたので、かのじょはべつだんうたがうところもなく、そのくるまにのった。だがこばやししょうねんは、)

持っていたので、彼女は別段疑う所もなく、その車に乗った。だが小林少年は、

(むしがしらせたのか、ひるまのぞくのきょうはくじょうや、あけちがでがけにちゅういしていったことが)

虫が知らせたのか、昼間の賊の脅迫状や、明智が出がけに注意して行ったことが

(きになってしようがなかった。ふみよさんをとめてみたけれど、とりあって)

気になって仕様がなかった。文代さんをとめて見たけれど、取合って

(くれないので、ひとりこころをいためて、はしりさるじどうしゃをみおくっていると、ちょうどさいわいにも)

くれないので、独心を痛めて、走り去る自動車を見送っていると、丁度幸いにも

(そこへいちだいのからたくしーがとおりかかった。こばやししょうねんは、ふとこどもらしいたんていごころを)

そこへ一台の空タクシーが通りかかった。小林少年は、ふと子供らしい探偵心を

(きして、そのじどうしゃをよびとめ、ふみよさんのくるまをびこうしてみるきになった。)

起して、その自動車を呼び止め、文代さんの車を尾行して見る気になった。

(ふみよのじどうしゃがとまったのは、ちょうどきくにんぎょうかいえんちゅうの、りょうごくこくぎかんの)

文代の自動車が止まったのは、丁度菊人形開演中の、両国国技館の

(まえであった。こばやししょうねんのたくしーは、はんじょうほどもおくれていたので、かれがおなじ)

前であった。小林少年のタクシーは、半町程もおくれていたので、彼が同じ

(ばしょでくるまをとめて、おりたときには、すでにそのあたりにふみよのすがたはみえなかった。)

場所で車を止めて、降りた時には、既にそのあたりに文代の姿は見えなかった。

(かのじょをのせてきたうんてんしゅをとらえて、たずねてみると、ふみよは、うんてんしゅにてがみを)

彼女を乗せて来た運転手を捉えて、尋ねて見ると、文代は、運転手に手紙を

(たくしたおとこにつれられて、いまこくぎかんへはいっていったばかりだというへんじであった。)

託した男につれられて、今国技館へ入って行ったばかりだという返事であった。

(そのおとこのふうさいをきくと、どうもあけちらしくないので、こばやししょうねんはいよいようたがいを)

その男の風采を聞くと、どうも明智らしくないので、小林少年はいよいよ疑いを

(まし、きっぷをかって、じょうないにはいって、かいさつぐちのしょうじょをはじめ、きくにんぎょうのばんにん、)

増し、切符を買って、場内に入って、改札口の少女を初め、菊人形の番人、

(ばいてんのしょうにんなどに、かたっぱしからきいてまわったが、ふみよらしいようそうのびじんが)

売店の商人などに、片っぱしから聞いて廻ったが、文代らしい洋装の美人が

(とおったことはおぼえていても、かのじょがどこにいるかは、だれもしらなかった。じょうないを)

通ったことは覚ていても、彼女がどこにいるかは、誰も知らなかった。場内を

(いちじゅんして、でぐちまできたころには、もうふみよをみたひともなく、きっぷうけとりのばんにんも、)

一巡して、出口まで来た頃には、もう文代を見た人もなく、切符受取の番人も、

(ここいちじかんばかり、そんなようそうのおんなはとおらぬという。つまりふみよはまだじょうないの)

ここ一時間ばかり、そんな洋装の女は通らぬという。つまり文代はまだ場内の

(どこかにいるとしかかんがえられぬのだ。そこでこばやしは、さらに、でぐちからぎゃくに)

どこかにいるとしか考えられぬのだ。そこで小林は、更に、出口から逆に

(いりぐちへと、けんぶつのぐんしゅうのあいだをさがしながらあるいてみたが、どうしてもみつからぬ。)

入口へと、見物の群衆の間を探しながら歩いて見たが、どうしても見つからぬ。

(あけちがふみよをこんなところへよぶのもへんだし、だいいち、きゅうようがあれば、じどうしゃなどを)

明智が文代をこんな所へ呼ぶのも変だし、第一、急用があれば、自動車などを

(たのまずとも、でんわでことがすむはずではないか。それに、そんなにさがしても、)

頼まずとも、電話で事がすむ筈ではないか。それに、そんなに探しても、

(あのめだつふくそうのふみよがみつからぬというのも、なんとやらただごとでない。そこで、)

あの目立つ服装の文代が見つからぬというのも、何とやら唯事でない。そこで、

(こばやししょうねんは、こくぎかんのそとのじどうでんわから、ききおぼえていたはたやなぎけのばんごうをさがして、)

小林少年は、国技館の外の自働電話から、聞き覚ていた畑柳家の番号を探して、

(でんわをかけてみたところ、あんのじょう、あけちはどうけにいることがわかった。そこで、ぜんごの)

電話をかけて見た処、案の定、明智は同家にいることが分った。そこで、善後の

(しょちをそうだんするため、さっそくやってきたというのである。そのふみよさんを)

処置を相談する為、早速やって来たというのである。「その文代さんを

(よびだしたおとこというのは、きっとおかだのはいかのものです。まさか、おかだが)

呼び出した男というのは、きっと岡田の配下のものです。まさか、岡田が

(あのかおで、ひとごみのなかへあらわれるはずはありませんからね みたにせいねんは、こんどの)

あの顔で、人込みの中へ現れる筈はありませんからね」三谷青年は、今度の

(はんにんを、おかだみちひこときめてしまっている。まあ、どうしましょう。わたしたちのことを)

犯人を、岡田道彦と極めてしまっている。「マア、どうしましょう。私達の事を

(おねがいしたばっかりに、ふみよさんというおかたを、そんなめにあわせてしまって。)

御願いしたばっかりに、文代さんというお方を、そんな目に合わせてしまって。

(あいつは、なんというひどいことをするのでしょう しずこも、さなきだに)

あいつは、何というひどいことをするのでしょう」倭文子も、さなきだに

(なやましきまゆを、いっそうしかめて、かなしげに、はらだたしげにつぶやく。ふみよさんは、)

悩ましき眉を、一層しかめて、悲しげに、腹立たしげに呟く。「文代さんは、

(ぼくのひっせきをよくしっているはずです。あのひとがだまされたほどだから、ぞくのにせてがみは)

僕の筆蹟をよく知っている筈です。あの人がだまされた程だから、賊の偽手紙は

(よほどたくみにできていたのでしょう。きくにんぎょう・・・・・・ああ、あいつのかんがえつきそうな)

余程巧に出来ていたのでしょう。菊人形……アア、あいつの考えつきそうな

(ことだ。ぞくはひょっとしたら、こくぎかんをねじろにして、おそろしいあくじをたくらんで)

ことだ。賊はひょっとしたら、国技館を根城にして、恐ろしい悪事を企らんで

(いるのかもしれません。あとりえのしたいぐんぞうといい、ここのにかいのぶつぞうといい、)

いるのかも知れません。アトリエの死体群像といい、ここの二階の仏像といい、

(いままたこくぎかんのきくにんぎょうと、あいつのはんざいには、みょうににんぎょうがつきまとっている)

今また国技館の菊人形と、あいつの犯罪には、妙に人形がつき纒っている」

(あけちはひじょうにきがかりのようすでたちあがった。ぼくはこれからすぐ、こくぎかんへいって)

明智は非常に気掛りの様子で立上った。「僕はこれからすぐ、国技館へ行って

(みなければなりません。あのさつじんきはふみよさんをどんなめにあわせているか、)

見なければなりません。あの殺人鬼は文代さんをどんな目に合わせているか、

(ひょっとしたら、もうまにあわぬかもしれません いいながら、かれはこばやししょうねんを)

ひょっとしたら、もう間に合わぬかも知れません」いいながら、彼は小林少年を

(したがえて、もうどあのそとへでていた。みたにさん。にかいのしょさいをちゅういしてください。)

従えて、もうドアの外へ出ていた。「三谷さん。二階の書斎を注意して下さい。

(やっぱりどあをしめきって、だれもあすこへはいらぬようにしてください。めしつかいのひとたちにも)

やっぱりドアを締切て、誰もあすこへ入らぬ様にして下さい。召使の人達にも

(けっしてあのへやへあしぶみせぬよう、きびしくいいわたしてください。わるくすると、ひとの)

決してあの部屋へ足踏みせぬ様、きびしくいい渡して下さい。悪くすると、人の

(いのちにもかかわるようなことがおこるかもしれません あけちは、みおくるみたにと、ろうかを)

命にもかかわる様なことが起るかも知れません」明智は、見送る三谷と、廊下を

(あるきながら、くりかえしくりかえし、それをちゅういした。)

歩きながら、繰返し繰返し、それを注意した。

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