吸血鬼50

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投稿者投稿者桃仔いいね1お気に入り登録
プレイ回数1222難易度(4.5) 5598打 長文 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 zero 6173 A++ 6.4 95.9% 869.3 5601 234 80 2024/04/15

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問題文

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(なにがしあわせになるか、このにんぷのこえが、いまにもなきだそうとしていたしげるしょうねんを)

何が仕合せになるか、この人夫の声が、今にも泣き出そうとしていた茂少年を

(だまらせてしまった。かれはこどもながらも、そのひとことに、じぶんたちのおそろしいきょうぐうを)

黙らせてしまった。彼は子供ながらも、その一言に、自分達の恐ろしい境遇を

(おもいだしたのか、しにものぐるいに、ははのひざへしがみついて、みうごきも)

思い出したのか、死にもの狂いに、母の膝へしがみついて、身動きも

(しなかった。しばらくちゅうをただよって、やがて、がたんとなにかのうえにおろされたかんじ、)

しなかった。暫く宙を漂って、やがて、ガタンと何かの上におろされた感じ、

(じりじりとひつぎのそこがゆれるおと、そうぎしゃのなかへいれられたのだ。ついで、)

ジリジリと棺の底が揺れる音、葬儀車の中へ入れられたのだ。ついで、

(えんじんのひびき。じどうしゃのはしるはげしいどうよう。しずこは、ほっとあんどのためいきを)

エンジンの響。自動車の走る烈しい動揺。倭文子は、ホッと安堵の溜息を

(ついた。もうすこしくらいものおとをたててもだいじょうぶだ。そうぎしゃのなかには、ひつぎのそとにひとは)

ついた。もう少し位物音を立てても大丈夫だ。葬儀車の中には、棺の外に人は

(いない。うんてんしゅせきも、ふつうのくるまとちがって、あついがらすでへだてられているはずだ。)

いない。運転手席も、普通の車と違って、厚いガラスで隔てられている筈だ。

(しげるちゃん、くるしくはない?ね、いいこだから、もうすこしがまんして)

「茂ちゃん、苦しくはない? ね、いい子だから、もう少し我慢して

(いるんですよ そっとささやくと、しょうねんは、ははのはらのうえを、むりにうえのほうへ)

いるんですよ」ソッとささやくと、少年は、母の腹の上を、無理に上の方へ

(はいあがってきた。くらくてみえはせぬけれど、せめてははのかおのそばに)

はい上って来た。暗くて見えはせぬけれど、せめて母の顔のそばに

(いたかったのだ。やがて、せまいはこのなかで、ははとこがかさなりあって、きゅうくつな)

いたかったのだ。やがて、狭い箱の中で、母と子が重なり合って、窮屈な

(ほおずりをしていた。そうするためには、おたがいのこうとうぶが、ひつぎのいたにごつごつあたって)

頬ずりをしていた。そうする為には、お互の後頭部が、棺の板にゴツゴツ当って

(ひどくいたかったけれど、いたいくらいはなんでもなかった。ぼうや、かんにんしてね。くるしい)

ひどく痛かったけれど、痛い位は何でもなかった。「坊や、堪忍してね。苦しい

(でしょ かあさま、ないてるの?こわいの?しげるはわがほおにははのなみだをかんじて、)

でしょ」「母さま、泣いてるの? 怖いの?」茂は我が頬に母の涙を感じて、

(しんぱいそうにたずねた。いいえ、ないてやしません。もうなんともないのよ。いまに)

心配そうに尋ねた。「イイエ、泣いてやしません。もうなんともないのよ。今に

(みたにのおじさんがたすけてくださるのよ いつ?もうじきよ まもなくくるまは)

三谷の小父さんが助けて下さるのよ」「いつ?」「もうじきよ」間もなく車は

(おてらについたらしく、ひつぎがはこびだされまたしても、ながったらしいどきょうがはじまった。)

お寺についたらしく、棺が運び出されまたしても、長たらしい読経が始まった。

(しずこはそのあいだじゅう、ひとびとにかんづかれはしないかと、きがきでなかったが、)

倭文子はその間中、人々に感づかれはしないかと、気が気でなかったが、

(しげるしょうねんが、まるでおとなのようにようじんぶかくしているので、べつだんのこともなく、やがて)

茂少年が、まるで大人の様に用心深くしているので、別段のこともなく、やがて

など

(また、ひつぎはそうぎしゃないにはこばれた。ああ、なんてまちどおしいことだろう。でも、)

また、棺は葬儀車内に運ばれた。「アア、何て待遠しいことだろう。でも、

(もうほんのすこしのしんぼうだわ しずこはなによりもはやくこいびとのかおがみたかった。)

もうほんの少しの辛抱だわ」倭文子は何よりも早く恋人の顔が見たかった。

(あのひとのかおさえみれば、さっきのようなおそろしいもうそうも、たちまちきえて)

あの人の顔さえ見れば、さっきのような恐ろしい妄想も、忽ち消えて

(しまうのだとおもった。そうぎしゃはまたぶるる、ぶるるはしりだした。かあさま、)

しまうのだと思った。葬儀車はまたブルル、ブルル走り出した。「母さま、

(まだなの?しげるしょうねんがたまりかねて、たずねた。もうすこしよ、もうすこしよ)

まだなの?」茂少年がたまり兼ねて、たずねた。「もう少しよ、もう少しよ」

(しずこはわがこにほおずりしながら、こたえた。どこいくの?しげるはかれらのいきさきが、)

倭文子は我子に頬ずりしながら、答えた。「どこいくの?」茂は彼等の行先が、

(ひどくふあんらしいようすである。きかれてみると、ははにもそれははっきり)

ひどく不安らしい様子である。聞かれて見ると、母にもそれはハッキリ

(わからなかった。たぶんどこかでくるまをとめて、みたにがひつぎをとりだし、ふたをひらいてたすけて)

分らなかった。多分どこかで車を止めて、三谷が棺を取出し、蓋を開いて助けて

(くれるものと、そうぞうするばかりだ。もしも、ああ、もしも、どうかして)

くれるものと、想像するばかりだ。「若しも、アア、若しも、どうかして

(みたにのてはずがくるうようなことがあったら、わたしたちは、このままかそうばへついてしまう)

三谷の手筈が狂う様な事があったら、私達は、このまま火葬場へついてしまう

(のではあるまいか しずこは、とつぜん、こころのそこからわきあがってくる、)

のではあるまいか」倭文子は、突然、心の底からわき上って来る、

(めいじょうしがたいきょうふにとらわれた。)

名状し難い恐怖にとらわれた。

(いきじごく)

生地獄

(それからながいあいだ、くらやみのどうようがつづいて、やっとくるまがとまった。ああ、とうとう、)

それから長い間、暗やみの動揺が続いて、やっと車が止った。アア、とうとう、

(すくわれるときがきた。みたにさんは、どこにいるのであろう。よんでみようかしら、)

救われる時が来た。三谷さんは、どこにいるのであろう。呼んで見ようかしら、

(よべば、あのひとは、きっとなつかしいこえでこたえてくれるにちがいない。しずこは、)

呼べば、あの人は、きっと懐しい声で答えてくれるに違いない。倭文子は、

(まさかほんとうにこえをたてるようなことはしなかったけれど、はげしいきたいに、むねを)

まさか本当に声を立てるようなことはしなかったけれど、激しい期待に、胸を

(わくわくさせながら、こいびとのてでひつぎのふたがひらかれるのをまちかまえていた。)

ワクワクさせながら、恋人の手で棺のふたが開かれるのを待ち構えていた。

(やがて、ずるずるとひつぎのそこいたのきしむおと。いよいよいまわしいそうぎしゃから、)

やがて、ズルズルと棺の底板のきしむ音。いよいよいまわしい葬儀車から、

(おろされるのだ。ひつぎをひきだしているのは、みたにさんのやとったにんぷたちであろう。)

おろされるのだ。棺を引出しているのは、三谷さんの雇った人夫達であろう。

(いや、ひょっとしたら、あのひともそのなかにまじって、おてつだいをしているかも)

イヤ、ひょっとしたら、あの人もその中に混って、お手伝いをしているかも

(しれない。ひつぎは、くるまのそとにいちどおろされたが、すぐまたかつぎあげられ、)

知れない。棺は、車の外に一度おろされたが、すぐまたかつぎ上げられ、

(しばらくごとごとゆれていたかとおもうと、じゃりじゃりとそこのすれるおと、)

しばらくゴトゴトゆれていたかと思うと、ジャリジャリと底のすれる音、

(からんというほがらかなきんぞくせいのひびき、ひつぎはなにかきんでできたどうぐのうえに)

カランというほがらかな金属性の響、棺は何か金で出来た道具の上に

(おろされたかんじである。おや、へんだな とおもうまもあらず、がちゃんと、)

おろされた感じである。「オヤ、変だな」と思う間もあらず、ガチャンと、

(びっくりするような、きんぞくときんぞくとぶつかるおと。どうじにあたりのそうおんが、)

びっくりするような、金属と金属とぶつかる音。同時にあたりの騒音が、

(ぱったりきこえなくなってしまった。まるではかばのそこのような、ひしひしとみに)

パッタリきこえなくなってしまった。まるで墓場の底のような、ヒシヒシと身に

(せまるしずけさだ。どうしたの?ここ、どこなの?あせばむほどもしっかりと、)

迫る静けさだ。「どうしたの?ここ、どこなの?」汗ばむ程もしっかりと、

(ははのくびにしがみついていたしげるしょうねんが、おびえてたずねた。しっ しずこは、)

母の頸にしがみついていた茂少年が、おびえて尋ねた。「シッ」倭文子は、

(ようじんぶかくしげるのこえをせいしておいて、なおしばらくみみをすました。ひょっとしたら、)

用心深く茂の声を制しておいて、なおしばらく耳をすました。ひょっとしたら、

(みたにのてはずがくるったのではあるまいか。とすると、ここはいったいぜんたいどこで)

三谷の手筈が狂ったのではあるまいか。とすると、ここは一体全体どこで

(あろう。もしや、もしや・・・・・・そうぎしゃのいきつくさきは、いわずとしれたかそうばだ。)

あろう。若しや、若しや……葬儀車の行きつく先は、いわずと知れた火葬場だ。

(ああ、わかった、このひつぎはかそうばのろのなかへとじこめられてしまったのだ。)

アア、分った、この棺は火葬場の炉の中へとじこめられてしまったのだ。

(さっきのがちゃんというきんのおとは、ろのいりぐちのてつのとびらがしまったおとにちがいない。)

さっきのガチャンという金の音は、炉の入口の鉄の扉がしまった音に違いない。

(そうだ。もうすこしもうたがうところはない。わたしたちはいま、おそろしいろのなかにいるのだ。)

そうだ。もう少しも疑う処はない。私達は今、恐ろしい炉の中にいるのだ。

(かのじょは、かつてきんしんのそうぎをおくってかそうばへいったきおくをよびおこした。いんうつな)

彼女は、かつて近親の葬儀を送って火葬場へ行った記憶を呼び起した。陰鬱な

(こんくりーとのかべに、くろいてつのとびらがずらりとならんでいた。ここが)

コンクリートの壁に、黒い鉄のとびらがズラリと並んでいた。「ここが

(じごくいきのていしゃばだね だれかがこっそりそんなじょうだんをいっていたのをおぼえている。)

地獄行きの停車場だね」誰かがコッソリそんな冗談をいっていたのを覚ている。

(おそろしいてつのとびらのならんだありさまは、いかにも じごくのていしゃば みたいなかんじで)

恐ろしい鉄のとびらの並んだ有様は、如何にも「地獄の停車場」みたいな感じで

(あった。ひつぎをおさめると、おんぼうがてつのとびらをしめて、そとからかぎをかけた。)

あった。棺をおさめると、隠亡が鉄のとびらをしめて、外から鍵をかけた。

(そのときのがちゃんという、ものすごいおとが、かんがえてみると、さっきのきんぞくせいのおとと)

その時のガチャンという、物すごい音が、考えて見ると、さっきの金属性の音と

(まったくおなじであった。それから、どうなるのか、くわしくはしらぬけれど、よるに)

全く同じであった。それから、どうなるのか、くわしくは知らぬけれど、夜に

(なるのをまって、せきたんがたかれ、あさまでには、すっかりはいになってしまうとの)

なるのを待って、石炭が焚かれ、朝までには、すっかり灰になってしまうとの

(ことであった。ちかごろでは、そのほかに、べんりなじゅうゆしょうきゃくそうちができている。それは)

ことであった。近頃では、その外に、便利な重油焼却装置が出来ている。それは

(ろのなかへひつぎをいれるがいなや、しほうからひがふきだして、かいそうしゃがまっているあいだに)

炉の中へ棺を入れるが否や、四方から火が吹き出して、会葬者が待っている間に

(みるみるはいになってしまうというはなしだ。だが、いままでなんのかわったことも)

見る見る灰になってしまうという話しだ。だが、今まで何の変ったことも

(おこらぬところをみると、これはせきたんのろにそういない。ひっそりと、しずまりかえっている)

起らぬ所を見ると、これは石炭の炉に相違ない。ひっそりと、静まり返っている

(ようすでは、かいそうしゃはみなかえってしまったのであろう。おんぼうも、よふけになって、)

様子では、会葬者は皆帰ってしまったのであろう。隠亡も、夜更けになって、

(せきたんにひをつけるまで、ようじもないので、どこかへたちさったものにそういない。)

石炭に火をつけるまで、用事もないので、どこかへ立去ったものに相違ない。

(ああ、こうしてはいられぬ。たといよふけまでは、あんぜんであるとしても、)

アア、こうしてはいられぬ。たとい夜更けまでは、安全であるとしても、

(ろのなかにいるとわかったからには、どうしてじっとしていられよう。いきながら、)

炉の中にいると分ったからには、どうしてじっとしていられよう。生きながら、

(やかれるおそろしさは、おもっただけでもみのけがよだつ。しかも、いとしい)

焼かれる恐ろしさは、思っただけでも身の毛がよだつ。しかも、いとしい

(わがこまでも、なんのつみもないしげるまでも、おなじうきめにあわねばならぬのだ。)

我子までも、何の罪もない茂までも、同じ憂き目に会わねばならぬのだ。

(ほとんどさんじゅっぷんほども、とつおいつ、あわただしいしあんをくりかえしていたが、)

ほとんど三十分程も、とつおいつ、あわただしい思案を繰返していたが、

(そとからはなんのものおとも、けはいさえもきこえてはこぬ。こがいなれば、ひそかに)

外からは何の物音も、気配さえも聞こえては来ぬ。戸外なれば、ひそかに

(ひかりのもれてくる、ひつぎのふたのすきまも、いまはいちようにまっくらで、すぐめのまえのしげるの)

光りのもれて来る、棺のふたの隙間も、今は一様に真暗で、すぐ目の前の茂の

(かおさえ、すこしもみえぬほどだ。いよいよそれときまった。このままじっとして)

顔さえ、少しも見えぬ程だ。いよいよそれときまった。このままじっとして

(いれば、おやこもろとも、やきころされてしまうばかりだ。もうべんべんとみたにのたすけを)

いれば、親子もろ共、焼殺されてしまうばかりだ。もう便々と三谷の助けを

(まっているばあいでない。かれはなにか、よくよくのじゃまがはいって、ここへ)

待っている場合でない。彼は何か、よくよくの邪魔が入って、ここへ

(こられなくなったのであろう。)

来られなくなったのであろう。

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