黒蜥蜴4
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問題文
(またしても、やみのなかに、きたじまとさきこのだんまつまの、はきけをもよおすような、)
またしても、闇の中に、北島と咲子の断末魔の、吐き気をもよおすような、
(しゅうかいなものすごいぎょうそうが、にじゅううつしになって、まざまざとうきあがった。)
醜怪な物すごい形相が、二重写しになって、まざまざと浮きあがった。
(おれはいま、やつらのあくりょうにまねきよせられて、よみじのやみをさまよっているのでは)
おれは今、やつらの悪霊に招きよせられて、よみじの闇をさまよっているのでは
(ないかしら。かれはうまれてからけいけんしたこともないきかいなさっかくにおちいって、)
ないかしら。彼は生れてから経験したこともない奇怪な錯覚におちいって、
(からだじゅうにあぶらあせをながしていた。くろこふじんのてにするかいちゅうでんとうのまるいひかりは、)
からだじゅうに脂汗を流していた。黒衣婦人の手にする懐中電燈の丸い光は、
(なにかをさがしもとめるように、そろそろとゆかのうえをはっていった。しきもののない、あらい)
何かを探し求めるように、ソロソロと床の上を這って行った。敷物のない、荒い
(もくめのゆかいたが、いちまいいちまいと、えんこうのなかをとおりすぎる。やがて、にすのはげた)
木目の床板が、一枚一枚と、えん光の中を通りすぎる。やがて、ニスのはげた
(がんじょうなつくえのようなものが、あしのほうからだんだんとひかりのなかへはいってくる。)
頑丈な机のようなものが、脚の方からだんだんと光の中へはいってくる。
(ながいおおきなつくえだ。おや、にんげんだ。にんげんのあしだ。では、このへやにはだれかが)
長い大きな机だ。おや、人間だ。人間の足だ。では、この部屋にはだれかが
(ねているのだな。だが、いやにひからびたろうじんのあしだぞ。それにあしくびに、ひもで)
寝ているのだな。だが、いやにひからびた老人の足だぞ。それに足首に、紐で
(きのふだがむすびつけてあるのは、いったいどういういみなのだ。おや、このおやじ、)
木の札がむすびつけてあるのは、一体どういう意味なのだ。おや、このおやじ、
(さむいのにはだかでねているのかしら。えんこうはももからはら、はらからあばらぼねの)
寒いのにはだかで寝ているのかしら。えん光は腿から腹、腹からあばら骨の
(みえすいたむねへといどうし、つぎにはにわとりのあしみたいなくびから、がっくりおちたあご、)
見えすいた胸へと移動し、次には鶏の足みたいな頸から、ガックリ落ちた顎、
(ばかのようにひらいたくちびる、むきだしたは、くろいくち、くもりがらすのような)
馬鹿のようにひらいた唇、むき出した歯、黒い口、くもりガラスのような
(こうたくのないがんきゅう・・・・・・しがいだ。じゅんいちはさいぜんのまぼろしと、いまえんこうのなかに)
光沢のない眼球……死骸だ。潤一はさいぜんの幻と、いまえん光の中に
(あらわれたものとの、ぶきみなふごうにふるえあがった。たいざいをおかしてこころみだれた)
現われたものとの、無気味な符合にふるえあがった。大罪を犯して心みだれた
(かれは、まだそのへやがどこであるかをさとりえないで、おれはきでもちがったのか)
彼は、まだその部屋がどこであるかをさとり得ないで、おれは気でも違ったのか
(それともあくむにうなされているのかと、おもいまどった。だが、そのつぎに)
それとも悪夢にうなされているのかと、思いまどった。だが、その次に
(かいちゅうでんとうがうつしだしたこうけいには、さすがのかれも、くろこふじんのちゅういをわすれて、)
懐中電燈がうつし出した光景には、さすがの彼も、黒衣婦人の注意を忘れて、
(ぎゃっとさけばないではいられなかった。これがじごくのこうけいでなくて)
ギャッと叫ばないではいられなかった。これが地獄の光景でなくて
(なんであろう。そこにはろくじょうじきほどのおおきさのよくそうのようなものがあって、)
なんであろう。そこには六畳敷ほどの大きさの浴槽のようなものがあって、
(そのなかににじゅうにもさんじゅうにも、ろうにゃくなんにょのぜんらのしたいが、うじゃうじゃ)
その中に二重にも三重にも、老若男女のぜんらの死体が、ウジャウジャ
(つみかさなっているのだ。ちのいけにもうじゃどもがひしめきあっている、じごくえに)
積みかさなっているのだ。血の池に亡者どもがひしめき合っている、地獄絵に
(そっくりのものおそろしいありさま、これがはたしてこのよのげんじつなのであろうか。)
そっくりの物恐ろしい有様、これがはたしてこの世の現実なのであろうか。
(じゅんちゃん、よわむしねえ。おどろくことなんかありゃしないわ。これかいぼうじっしゅうようの)
「潤ちゃん、弱虫ねえ。驚くことなんかありゃしないわ。これ解剖実習用の
(したいおきばなのよ。どこのいがっこうにだってあるものよ くろこふじんのこえが、)
死体置場なのよ。どこの医学校にだってあるものよ」黒衣婦人の声が、
(だいたんふてきにわらっていた。ああ、そうなのか。やっぱりこれはだいがくのこうない)
大胆不敵に笑っていた。ああ、そうなのか。やっぱりこれは大学の構内
(だったのか。しかし、それにしても、いったいぜんたいなんのようじがあって、こんな)
だったのか。しかし、それにしても、一体全体なんの用事があって、こんな
(ぶきみなばしょへこなければならなかったのだろう。さすがのふりょうせいねんも、うつくしい)
無気味な場所へこなければならなかったのだろう。さすがの不良青年も、美しい
(どうはんしゃのあまりにもいひょうがいなこうどうに、めをみはらないではいられなかった。)
同伴者のあまりにも意表外な行動に、眼をみはらないではいられなかった。
(かいちゅうでんとうのえんこうはしたいのやまのぜんけいをひととおりなでまわしてから、そのじょうそうに)
懐中電燈のえん光は死体の山の全景を一通りなでまわしてから、その上層に
(よこたわっているいっかのなまなましいわかもののらたいのうえにとまった。やみのなかに、いような)
横たわっている一箇の生々しい若者の裸体の上にとまった。闇の中に、異様な
(げんとうのえのように、ひとりのせいねんが、きいろいはだをさらして、じっとうごかないで)
幻燈の絵のように、一人の青年が、黄色い肌をさらして、じっと動かないで
(いた。これよ くろこふじんは、かいちゅうでんとうをわかもののしたいからそらさないで、)
いた。「これよ」黒衣婦人は、懐中電燈を若者の死体からそらさないで、
(ささやいた。このわかいおとこは、kせいしんびょういんのせりょうかんじゃで、きのうしんだばかり)
ささやいた。「この若い男は、K精神病院の施療患者で、きのう死んだばかり
(なのよ。kせいしんびょういんとこのがっこうとのあいだにとくやくがむすんであるもんだから、)
なのよ。K精神病院とこの学校とのあいだに特約が結んであるもんだから、
(しぬとすぐ、しがいをここへはこばれたの。このしたいしつのじむいんはあたしの)
死ぬとすぐ、死骸をここへ運ばれたの。この死体室の事務員はあたしの
(ともだち・・・・・・まあこぶんといったようなかんけいになっているのさ。だから、あたし、)
友だち……まあ子分といったような関係になっているのさ。だから、あたし、
(このわかもののしがいがあることを、ちゃんとしっていたっていうわけよ。どう?)
この若者の死骸があることを、ちゃんと知っていたっていうわけよ。どう?
(このしたいでは どうって?じゅんいちはどぎまぎした。いったいこのおんなはなにをかんがえて)
この死体では」「どうって?」潤一はドギマギした。一体この女は何を考えて
(いるのだ。せかっこうもにくづきも、あんたとよくにていはしなくって?ちがうのは)
いるのだ。「背恰好も肉付も、あんたとよく似ていはしなくって?違うのは
(かおだけじゃなくって いわれてみると、なるほどねんぱいも、からだのおおきさも、)
顔だけじゃなくって」いわれてみると、なるほど年配も、からだの大きさも、
(かれじしんとちょうどおなじほどにみえた。 ああ、そうか。こいつをおれのみがわりに)
彼自身とちょうど同じほどに見えた。(ああ、そうか。こいつをおれの身代りに
(たてようっていうのか。だが、このおんなはまあ、まるできふじんのようなきれいなかおを)
立てようっていうのか。だが、この女はまあ、まるで貴婦人のような綺麗な顔を
(していて、なんてだいたんなおそろしいことをおもいついたものだろう ね、)
していて、なんて大胆な恐ろしいことを思いついたものだろう)「ね、
(わかったでしょう。どう?あたしのちえは。まほうつかいでしょう。だって、)
わかったでしょう。どう?あたしの智恵は。魔法使いでしょう。だって、
(にんげんひとりこのよからまっさつしてしまおうというんだもの、おもいきったまほうでも)
人間一人この世から抹殺してしまおうというんだもの、思い切った魔法でも
(つかわなきゃ、できっこないわ。さ、そのふくろをおだしなさい。ちっとばかしきもちが)
使わなきゃ、できっこないわ。さ、その袋をお出しなさい。ちっとばかし気持が
(わるいけど、ふたりでこいつを、そのふくろにいれて、じどうしゃのところまではこぶのよ)
わるいけど、二人でこいつを、その袋に入れて、自動車のところまで運ぶのよ」
(じゅんいちせいねんは、しがいなぞよりも、かれのすくいぬしのくろこふじんがおそろしくなった。いったい)
潤一青年は、死骸なぞよりも、彼の救い主の黒衣婦人が恐ろしくなった。一体
(このおんなはなにものだろう。おかねもちのゆうかんまだむのざんぎゃくゆうぎとしても、あまりごねんが)
この女は何者だろう。お金持の有閑マダムの残虐遊戯としても、あまり御念が
(はいりすぎているではないか。かのじょはいま、したいかかりのじむいんをかのじょのこぶんだと)
入りすぎているではないか。彼女は今、死体係りの事務員を彼女の子分だと
(いった。こんながっこうのなかにまでこぶんをもっているからには、このおんなはよほどの)
いった。こんな学校の中にまで子分を持っているからには、この女はよほどの
(だいあくとうにちがいない。じゅんちゃん、なにぼんやりしてるの。さ、はやくふくろを)
大悪党にちがいない。「潤ちゃん、なにぼんやりしてるの。さ、早く袋を」
(やみのなかからじょかいのこえがしかりつけた。しかりつけられるとじゅんいちせいねんは、いっしゅいようの)
闇のなかから女怪の声が叱りつけた。叱りつけられると潤一青年は、一種異様の
(いあつをかんじて、こころがしびれたようになって、ねこのまえのねずみみたいに、ただかのじょの)
威圧を感じて、心がしびれたようになって、猫の前の鼠みたいに、ただ彼女の
(いうがままにうごくほかはなかった。)
いうがままに動くほかはなかった。