黒蜥蜴33

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プレイ回数1294難易度(4.2) 4668打 長文 かな 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(おそろしきなぞ)

恐ろしき謎

(さなえさんはひどくやつれていた。ゆうかいされたままのめいせんのふだんぎが、)

早苗さんはひどくやつれていた。誘拐されたままの銘仙の不断着が、

(くちゃくちゃにしわになって、かみもみだれるにまかせ、おびただしいおくれげが)

クチャクチャにしわになって、髪もみだれるにまかせ、おびただしいおくれ毛が

(あおじろいひたいをかくし、ほおもげっそりおちて、ひとしおたかくみえるはなのうえに、)

青白い額をかくし、頬もげっそり落ちて、ひとしお高く見える鼻の上に、

(つるのゆがんだめがねが、みすぼらしくかかっている。さなえさん、おきぶんは)

つるのゆがんだ目がねが、みすぼらしくかかっている。「早苗さん、お気分は

(いかが?そんなところにたっていないで、ここへおかけなさいな くろこふじんが、)

いかが?そんな所に立っていないで、ここへお掛けなさいな」黒衣婦人が、

(じぶんのながいすをゆびさしながら、やさしくいった。ええ さなえはいわれるままに)

自分の長椅子を指さしながら、やさしく言った。「ええ」早苗はいわれるままに

(すなおにに、さんぽまえにでたが、くろこふじんのかけているながいすをはっきりいしきすると)

素直に二、三歩前に出たが、黒衣婦人の掛けている長椅子をはっきり意識すると

(ゆうれいでもみたように、はっときょうふのひょうじょうをうかべて、あとずさりをはじめた。)

幽霊でも見たように、ハッと恐怖の表情を浮かべて、あとずさりをはじめた。

(にんげんいす、にんげんいす。みっかまえに、このなかへとじこめられたおそろしいきおくが、)

人間椅子、人間椅子。三日前に、この中へとじこめられた恐ろしい記憶が、

(まざまざとうかんでくる。ああ、これなの。このいすがこわいの?)

まざまざと浮かんでくる。「ああ、これなの。この椅子が怖いの?

(むりはないわね。じゃ、そちらのひじかけいすにするといいわ さなえさんは、)

無理はないわね。じゃ、そちらの肘掛椅子にするといいわ」早苗さんは、

(いわれたいすにおずおずとこしをおろした。あんなに、あばれたりなんかして、)

いわれた椅子におずおずと腰をおろした。「あんなに、あばれたりなんかして、

(すみませんでした。もうこれから、なんでもおっしゃるとおりにいたしますわ。)

すみませんでした。もうこれから、なんでもおっしゃる通りにいたしますわ。

(ごめんなさい うなだれたまま、かすかにわびごとをいうのだ。とうとう、)

ごめんなさい」うなだれたまま、かすかに詫びごとをいうのだ。「とうとう、

(あなたかんねんなすったのね。それがいいわ。もうこうなったら、すなおにして)

あなた観念なすったのね。それがいいわ。もうこうなったら、素直にして

(いるほうが、あなたのおためなのよ......でもふしぎねえ、きのうまで)

いるほうが、あなたのおためなのよ......でも不思議ねえ、きのうまで

(あれほどていこうしていたさなえさんが、きゅうに、こんなにおとなしくなるなんて、)

あれほど抵抗していた早苗さんが、急に、こんなにおとなしくなるなんて、

(なにかあるの?なにかわけがあるの?いいえ、べつに......にょぞくは)

何かあるの?何かわけがあるの?」「いいえ、別に......」女賊は

(するどいめで、うなだれているあいてを、さすようにみつめながら、つぎのしつもんに)

鋭い眼で、うなだれている相手を、刺すように見つめながら、次の質問に

など

(うつった。きたむらとあいだからきいたんですがね。あなたのへやでひとのこえがしたって)

移った。「北村と合田から聞いたんですがね。あなたの部屋で人の声がしたって

(いうのよ。だれかあなたのへやへはいったものがあるんじゃないの?)

いうのよ。だれかあなたの部屋へはいった者があるんじゃないの?

(ほんとうのことをいってくださらない?いいえ、あたしちっともきが)

ほんとうのことをいってくださらない?」「いいえ、あたしちっとも気が

(つきませんでしたわ。なにもききませんでしたわ さなえさん、うそいって)

つきませんでしたわ。何も聞きませんでしたわ」「早苗さん、うそいって

(いるんじゃないの?いいえ、けっして...... ......)

いるんじゃないの?」「いいえ、決して......」「......」

(くろとかげ はさなえさんをじっとみつめたまま、なにかかんがえこんでいる。いような)

「黒トカゲ」は早苗さんをじっと見つめたまま、何か考えこんでいる。異様な

(ちんもくがしばらくつづく。あの、このふね、どこへいきますの?やっとしてから)

沈黙がしばらくつづく。「あの、この船、どこへ行きますの?」やっとしてから

(さなえさんが、おずおずとたずねた。このふね?にょぞくははっとめいそうから)

早苗さんが、おずおずと尋ねた。「この船?」女賊はハッと瞑想から

(さめたように、このふねのいくさき、おしえてあげましょうか。あたしたちはいま、)

さめたように、「この船の行く先、教えて上げましょうか。あたしたちは今、

(えんしゅうなだをとうきょうにむかってはしっているのよ。とうきょうにはね、あるひみつのばしょに、)

遠州灘を東京に向かって走っているのよ。東京にはね、或る秘密の場所に、

(あたしのしせつびじゅつかんがありますの。ほほほほほ、さなえさんにおめに)

あたしの私設美術館がありますの。ホホホホホ、早苗さんにお眼に

(かけたいわね。そこへ、あなたと えじぷとのほし をちんれつするために、こうして)

かけたいわね。そこへ、あなたと『エジプトの星』を陳列するために、こうして

(いそいでいるのよ............きしゃにのれば、そりゃはやいに)

急いでいるのよ」「............」「汽車に乗れば、そりゃ早いに

(きまっているけれど、あなたといういきたおにもつがあっては、あぶなくって)

きまっているけれど、あなたという生きたお荷物があっては、あぶなくって

(りくろをとることができなかったのよ。ふねなれば、すこしおそいけれど、まったく)

陸路をとることができなかったのよ。船なれば、少し遅いけれど、まったく

(あんぜんですからね。さなえさん、これあたしのもちぶねなのよ。くろとかげ の)

安全ですからね。早苗さん、これあたしの持ち船なのよ。『黒トカゲ』の

(おねえさんは、ちゃんとじょうきせんまでよういしているのさ。おどろいたでしょう。でも、)

お姐さんは、ちゃんと蒸気船まで用意しているのさ。驚いたでしょう。でも、

(あたしにだって、こんなふねのいっそうぐらいじゆうにするしりょくはあるのよ。)

あたしにだって、こんな船の一艘ぐらい自由にする資力はあるのよ。

(あたしたち、りくろととれないときは、いつもこのふねをりようしていますの。こういう)

あたしたち、陸路ととれない時は、いつもこの船を利用していますの。こういう

(うまいどうぐがなくっちゃ、そのすじのめを、ながいあいだのがれていることなんぞ、)

うまい道具がなくっちゃ、その筋の眼を、長いあいだのがれていることなんぞ、

(おもいもおよばないわね でも、あたし......さなえさんが、なにかしら)

思いもおよばないわね」「でも、あたし......」早苗さんが、何かしら

(ごうじょうなようすをして、うわめづかいにちらとくろこふじんをみた。でも、どうだと)

強情な様子をして、上眼使いにチラと黒衣婦人を見た。「でも、どうだと

(おっしゃるの?あたし、そんなところへいくの、いやですわ そりゃ、)

おっしゃるの?」「あたし、そんな所へ行くの、いやですわ」「そりゃ、

(あたしだって、あんたがすきこのんでいくなんておもってやしない。)

あたしだって、あんたがすき好んで行くなんて思ってやしない。

(いやでしょうけど、あたしはつれていくのよ いいえ、あたし、いきません、)

いやでしょうけど、あたしはつれて行くのよ」「いいえ、あたし、行きません、

(けっして......まあ、たいへんじしんがありそうね。あんたはこのふねから)

決して......」「まあ、大へん自信がありそうね。あんたはこの船から

(にげだせるとでもおもっているの?あたししんじていますわ。きっとすくって)

逃げ出せるとでも思っているの?」「あたし信じていますわ。きっと救って

(くださいますわ。あたしちっともこわくはありませんわ このかくしんにみちたこえを)

くださいますわ。あたしちっとも怖くはありませんわ」この確信に満ちた声を

(きくと、くろこふじんはなにかしらぎょっとしないではいられなかった。)

聞くと、黒衣婦人は何かしらギョッとしないではいられなかった。

(しんじているって、だれをなの?だれがあんたをすくってくれるの?)

「信じているって、だれをなの?だれがあんたを救ってくれるの?」

(おわかりになりませんか?さなえさんのくちょうには、ときがたきなぞと、ふしぎに)

「おわかりになりませんか?」早苗さんの口調には、解きがたき謎と、不思議に

(つよいかくしんがふくまれていた。かよわいおじょうさんを、これほどつよくさせたものは、)

強い確信がふくまれていた。かよわいお嬢さんを、これほど強くさせたものは、

(いったいぜんたいなにもののちからであったか。もしや、もしや......くろこふじんはみるみる)

一体全体何者の力であったか。もしや、もしや......黒衣婦人はみるみる

(あおざめていった。ええ、わからないこともありませんわ。いってみましょうか)

青ざめて行った。「ええ、わからないこともありませんわ。言ってみましょうか

(......あけちこごろう!まあ......さなえさんはきょをつかれた)

......明智小五郎!」「まあ......」早苗さんは虚を突かれた

(ように、かえってろうばいをかんじたようすであった。ね、あたったでしょう。)

ように、かえって狼狽を感じた様子であった。「ね、当たったでしょう。

(あなたのへやでこっそりあなたをなぐさめてくれたひと。みんなはおばけだなんて)

あなたの部屋でこっそりあなたをなぐさめてくれた人。みんなはお化けだなんて

(いっているけど、おばけがものをいうはずはない。あけちこごろうでしょう。)

言っているけど、お化けが物をいうはずはない。明智小五郎でしょう。

(あのたんていさんがあんたをたすけてやるとやくそくしたんでしょう いいえ、)

あの探偵さんがあんたを助けてやると約束したんでしょう」「いいえ、

(そんなこと ごまかしたってだめよ。さあ、もうあんたからきくことは、)

そんなこと」「ごまかしたってだめよ。さあ、もうあんたから聞くことは、

(なにもないわ くろこふじんはものすごいぎょうそうをして、すっくとたちあがった。きたむら、)

何もないわ」黒衣婦人は物凄い形相をして、スックと立ち上がった。「北村、

(このむすめをもとのとおりにしばって、さるぐつわをはめて、あのへやへとじこめて)

この娘を元の通りに縛って、猿ぐつわをはめて、あの部屋へとじこめて

(おしまい。そして、おまえもそのへやへはいって、うちがわからかぎをかけて、)

おしまい。そして、お前もその部屋へはいって、内側から鍵をかけて、

(もういいというまでみはりをしているんです。ぴすとるのよういはいいだろうね。)

もういいというまで見張りをしているんです。ピストルの用意はいいだろうね。

(どんなことがあっても、にがしたりしたら、しょうちしないよ よござんす。)

どんなことがあっても、逃がしたりしたら、承知しないよ」「よござんす。

(たしかにひきうけました きたむらがさなえさんをひきずるようにして)

たしかに引き受けました」北村が早苗さんを引きずるようにして

(つれさるあとから、くろとかげ もあわただしくろうかへとびだしていったが、)

つれ去るあとから、「黒トカゲ」もあわただしく廊下へ飛び出して行ったが、

(ちょうどそこへ、せんないのそうさくをおわったじゅんいちじむちょうがかえってくるのと)

ちょうどそこへ、船内の捜索を終った潤一事務長が帰ってくるのと

(ぶっつかった。あ、じゅんちゃん、おばけのしょうたいはね、あけちたんていなのよ。あけちが、)

ぶっつかった。「あ、潤ちゃん、お化けの正体はね、明智探偵なのよ。明智が、

(どうかしてこのふねのなかにせんぷくしているらしいのよ。さ、もういちど、さがさせて)

どうかしてこの船の中に潜伏しているらしいのよ。さ、もう一度、探させて

(ください。はやく そこでまた、せんないのだいそうさくがおこなわれた。じゅうめいのせんいんが)

ください。早く」そこでまた、船内の大捜索が行なわれた。十名の船員が

(てわけをして、かいちゅうでんとうをふりてらしながら、かんぱん、せんしつ、きかんぶはもうすに)

手分けをして、懐中電燈を振り照らしながら、甲板、船室、機関部は申すに

(およばず、つうふうとうのなかから、ちょたんしつのそこまでもしらべまわった。だが、それらしい)

及ばず、通風筒の中から、貯炭室の底までもしらべ廻った。だが、それらしい

(ひとかげはもちろん、これぞというてがかりさえもえられなかった。)

人影はもちろん、これぞという手がかりさえも得られなかった。

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