晩年 ⑥

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太宰 治
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りく 5947 A+ 6.1 97.3% 977.4 5973 160 77 2024/04/19
2 ふくろももんが 4249 C 4.3 97.9% 1348.0 5848 120 77 2024/04/20

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問題文

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(ふぼはそのころとうきょうにすまっていたらしく、わたしはおばにつれられてじょうきょうした。)

父母はその頃東京にすまっていたらしく、私は叔母に連れられて上京した。

(わたしはよほどながくとうきょうにいたのだそうであるが、あまりきおくにのこっていない。)

私は余程ながく東京に居たのだそうであるが、あまり記憶に残っていない。

(そのとうきょうのべったくへ、ときどきおとずれるばばのことをおぼえているだけである。)

その東京の別宅へ、ときどき訪れる婆のことを覚えているだけである。

(わたしはこのばばがきらいで、ばばのくるたびごとにないた。ばばはわたしにあかいゆうびんじどうしゃの)

私は此の婆がきらいで、婆の来る度毎に泣いた。婆は私に赤い郵便自動車の

(おもちゃをひとつくれたが、ちっともおもしろくなかったのである。やがてわたしはこきょうの)

玩具をひとつ呉れたが、ちっとも面白くなかったのである。やがて私は故郷の

(しょうがっこうへはいったが、ついおくもそれとともにいっぺんする。たけは、いつのまにか)

小学校へ入ったが、追憶もそれと共に一変する。たけは、いつの間にか

(いなくなっていた。あるぎょそんへよめにいったのであるが、わたしがそのあとをおう)

いなくなっていた。或る漁村へ嫁に行ったのであるが、私がそのあとを追う

(だろうというけねんからか、わたしにはなにもいわずにとつぜんいなくなった。)

だろうという懸念からか、私には何も言わずに突然いなくなった。

(そのよくねんだかのおぼんのとき、たけはわたしのうちへあそびにきたが、なんだか)

その翌年だかのお盆のとき、たけは私のうちへ遊びに来たが、なんだか

(よそよそしくしていた。わたしにがっこうのせいせきをきいた。わたしはこたえなかった。)

よそよそしくしていた。私に学校の成績を聞いた。私は答えなかった。

(ほかのだれかがかわってしらせたようだ。たけは、ゆだんたいてきでせえ、と)

ほかの誰かが代わって知らせたようだ。たけは、油断大敵でせえ、と

(いっただけでかくべつほめもしなかった。おなじころ、おばともわかれなければならぬ)

言っただけで格別ほめもしなかった。同じ頃、叔母とも別れなければならぬ

(じじょうがおこった。それまでにおばのじじょはとつぎ、さんじょはしに、ちょうじょははいしゃの)

事情が起こった。それまでに叔母の次女は嫁ぎ、三女は死に、長女は歯医者の

(ようしをとっていた。おばはそのちょうじょふうふとすえむすめとをつれて、とおくのまちへ)

養子をとっていた。叔母はその長女夫婦と末娘とを連れて、遠くのまちへ

(ぶんけしたのである。わたしもついていった。それはふゆのことで、わたしはおばといっしょに)

分家したのである。私もついて行った。それは冬の事で、私は叔母と一緒に

(そりのすみへうずくまっていると、そりのうごきだすまえにわたしのすぐうえのあにが、むご、むごと)

橇の隅へうずくまっていると、橇の動きだす前に私のすぐ上の兄が、婿、婿と

(わたしをののしってそりのほろのそとからわたしのしりをなんべんもつついた。わたしははをくいしばって)

私を罵って橇の幌の外から私の尻を何辺もつついた。私は歯を食いしばって

(このくつじょくにこらえた。わたしはおばにもらわれたのだとおもっていたが、がっこうにはいる)

此の屈辱にこらえた。私は叔母に貰われたのだと思っていたが、学校にはいる

(ようになったら、またこきょうへかえされたのである。がっこうにはいってからのわたしは、)

ようになったら、また故郷へ返されたのである。学校に入ってからの私は、

(もうこどもでなかった。うらのあきやしきにはいろんなざっそうがのんのんとしげっていたが、)

もう子供でなかった。裏の空屋敷には色んな雑草がのんのんと繁っていたが、

など

(なつのあるてんきのいいひにわたしはそのそうげんのうえでおとうとのこもりからいきぐるしいことを)

夏の或る天気のいい日に私はその草原の上で弟の子守から息苦しいことを

(おしえられた。わたしがやっつぐらいで、こもりもそのころはじゅうしごをこえていまいと)

教えられた。私が八つぐらいで、子守もそのころは十四五を越えていまいと

(おもう。うまごやしをわたしのいなかでは「ぼくさ」とよんでいるが、そのこもりはわたしとみっつ)

思う。苜蓿を私の田舎では「ぼくさ」と呼んでいるが、その子守は私と三つ

(ちがうおとうとに、ぼくさのよつばをさがしてこい、といいつけておいやりわたしをいだいて)

違う弟に、ぼくさの四つ葉を捜して来い、と言いつけて追いやり私を抱いて

(ころころところげまわった。それからもわたしたちはくらのなかだのおしいれのなかだのにかくれて)

ころころと転げ廻った。それからも私たちは蔵の中だの押入の中だのに隠れて

(あそんだ。おとうとがひどくじゃまであった。おしいれのそとにひとりのこされおとうとが、しくしく)

遊んだ。弟がひどく邪魔であった。押入のそとにひとり残され弟が、しくしく

(なきだしたため、わたしのすぐのあににわたしたちのことをみつけられてしまったときもある。)

泣き出した為、私のすぐの兄に私たちのことを見つけられてしまった時もある。

(あにがおとうとからきいて、そのおしいれのとをあけたのだ。こもりは、おしいれへぜにを)

兄が弟から聞いて、その押入の戸をあけたのだ。子守は、押入へ銭を

(おとしたのだ、とへいきでいっていた。うそはわたしもしじゅうはいていた。)

落としたのだ、と平気で言っていた。嘘は私もしじゅう吐いていた。

(しょうがくにねんかさんねんのひなまつりのときがっこうのせんせいに、うちのひとがきょうはひなさまを)

小学二年か三年のひな祭りのとき学校の先生に、うちの人が今日は雛さまを

(かざるのだからはやくかえれといっている、とうそをはいてじゅぎょうをいちじかんもうけずに)

飾るのだから早く帰れと言っている、と嘘を吐いて授業を一時間も受けずに

(きたくし、いえのひとには、きょうはもものせっくだからがっこうはやすみです、といってひなを)

帰宅し、家の人には、きょうは桃の節句だから学校は休みです、と言って雛を

(はこからだすのにいらぬてつだいをしたことがある。またわたしはことりのたまごをあいした。)

箱から出すのに要らぬ手伝いをしたことがある。また私は小鳥の卵を愛した。

(すずめのたまごはくらのやねがわらをはぐと、いつでもたくさんてにいれられたが、)

雀の卵は蔵の屋根瓦をはぐと、いつでもたくさん手にいれられたが、

(さくらどりのたまごやからすのたまごなどはわたしのやねにころがってなかったのだ。)

さくらどりの卵やからすの卵などは私の屋根に転がってなかったのだ。

(そのもえるようなみどりのたまごやおかしいはんてんのあるたまごを、わたしはがっこうのせいとたちから)

その燃えるような緑の卵や可笑しい斑点のある卵を、私は学校の生徒たちから

(もらった。そのかわりわたしはそのせいとたちにわたしのぞうしょをごさつじゅっさつとまとめてあたえるので)

貰った。その代り私はその生徒たちに私の蔵書を五冊十冊とまとめて与えるので

(ある。あつめたたまごはわたでくるんでつくえのひきだしにいっぱいしまっておいた。)

ある。集めた卵は綿でくるんで机の引き出しに一杯しまって置いた。

(すぐのあには、わたしのそのひみつのとりひきにかんずいたらしく、あるばん、わたしにせいようの)

すぐの兄は、私のその秘密の取引に感ずいたらしく、ある晩、私に西洋の

(どうわしゅうともういっさつなんのほんだかわすれたが、そのふたつをかしてくれといった。)

童話集ともう一冊なんの本だか忘れたが、その二つを貸して呉れと言った。

(わたしはあにのいじわるさをにくんだ。わたしはそのりょうほうのほんともたまごにとうししてしまってないので)

私は兄の意地悪さを憎んだ。私はその両方の本とも卵に投資して了ってないので

(あった。あにはわたしがないといえばそのほんのいきさきをついきゅうするつもりなのだ。)

あった。兄は私がないと言えばその本の行先を追求するつもりなのだ。

(わたしは、きっとあったはずだからさがしてみる、とこたえた。わたしは、わたしのへやはもちろん、)

私は、きっとあった筈だから捜してみる、と答えた。私は、私の部屋は勿論、

(いえじゅういっぱいらんぷをさげてさがしてあるいた。あにはわたしについてあるきながら、)

家中いっぱいランプをさげて捜して歩いた。兄は私についてあるきながら、

(ないのだろう、といってわらっていた。わたしは、ある、とがんきょうにいいはった。)

ないのだろう、と言って笑っていた。私は、ある、と頑強に言い張った。

(だいどころのとだなのうえによじのぼってまでさがした。あにはしまいに、もういい、といった)

台所の戸棚の上によじのぼってまで捜した。兄はしまいに、もういい、と言った

(がっこうでつくるわたしのつづりかたも、ことごとくでたらめであったといってよい。わたしはわたしじしんを)

学校で作る私の綴方も、ことごとく出鱈目であったと言ってよい。私は私自身を

(しんみょうないいこにしてつづるようどりょくした。そうすれば、いつもみなにかっさいされる)

神妙ないい子にして綴るよう努力した。そうすれば、いつも皆にかっさいされる

(のである。ひょうせつさえした。とうじけっさくとしてせんせいたちにいいはやされた「おとうとの)

のである。剽窃さえした。当時傑作として先生たちに言いはやされた「弟の

(かげえ」というのは、なにかしょうねんざっしのいっとうとうせんさくだったのをわたしがそっくり)

影絵」というのは、なにか少年雑誌の一等当選作だったのを私がそっくり

(ぬすんだものである。せんせいはわたしにそれをもうひつでせいしょさせ、てんらんかいにださせた。)

盗んだものである。先生は私にそれを毛筆で清書させ、展覧会に出させた。

(あとでほんずきのひとりのせいとにそれをはっけんされ、わたしはそのせいとのしぬことを)

あとで本好きのひとりの生徒にそれを発見され、私はその生徒の死ぬことを

(いのった。やはりそのころ「あきのよる」というのもみなのせんせいにほめられたが、)

祈った。やはりそのころ「秋の夜」というのも皆の先生にほめられたが、

(それは、わたしがべんきょうしてあたまがいたくなったからえんがわへでてにわをみわたした、つきのいい)

それは、私が勉強して頭が痛くなったから縁側へ出て庭を見渡した、月のいい

(よるでいけにはこいやきんぎょがたくさんあそんでいた。わたしはそのにわのしずかなけしきをむちゅうで)

夜で池には鯉や金魚がたくさん遊んでいた。私はその庭の静かな景色を夢中で

(ながめていたが、となりべやからははたちのわらいごえがどっとおこったので、はっときが)

眺めていたが、隣部屋から母たちの笑い声がどっと起こったので、はっと気が

(ついたらわたしのずつうがなおっていた、というしょうひんぶんであった。このなかにはしんじつが)

ついたら私の頭痛がなおって居た、という小品文であった。此の中には真実が

(ひとつもないのだ。にわのびょうしゃは、たしかあねたちのさくぶんちょうからぬきとったもので)

ひとつもないのだ。庭の描写は、たしか姉たちの作文帳から抜き取ったもので

(あったし、だいいちわたしはあたまのいたくなるほどべんきょうしたことはいっかいもなかった。)

あったし、だいいち私は頭のいたくなるほど勉強したことは一回もなかった。

(ごらくぼんばかりよんでいたのである。うちのひとはわたしがほんさえよんでいれば、それを)

娯楽本ばかり読んでいたのである。うちの人は私が本さえ読んで居れば、それを

(べんきょうだとおもっていた。しかしわたしがつづりかたへしんじつをかきこむとかならずよくないけっかが)

勉強だと思っていた。しかし私が綴方へ真実を書き込むと必ずよくない結果が

(おこったのである。ふぼがわたしをあいしてくれないというふへいをかきつづったときには)

起こったのである。父母が私を愛して呉れないという不平を書き綴ったときには

(じゅじくんどうにきょういんしつへよばれてしかられた。「もしせんそうがおこったなら。」という)

受持訓導に教員室へ呼ばれて叱られた。「もし戦争が起こったなら。」という

(だいをあたえられて、じしんかみなりかじおやじ、それいじょうにこわいせんそうがおこったならまずやまの)

題を与えられて、地震雷火事親父、それ以上に怖い戦争が起こったなら先ず山の

(なかへでもにげこもう、にげるついでにせんせいをもさそおう、せんせいもにんげん、ぼくもにんげん、)

中へでも逃げ込もう、逃げるついでに先生をも誘おう、先生も人間、僕も人間、

(いくさのこわいのはおなじであろう、とかいた。このときにはこうちょうとじせきくんどうとが)

いくさの怖いのは同じであろう、と書いた。此の時には校長と次席訓導とが

(ふたりがかりでわたしをしらべた。どういうきもちでこれをかいたか、ときかれたので、)

二人がかりで私を調べた。どういう気持ちで之を書いたか、と聞かれたので、

(わたしはただおもしろはんぶんにかきました、といいかげんなごまかしをいった。じせきくんどうは)

私はただ面白半分に書きました、といい加減なごまかしを言った。次席訓導は

(てちょうへ、「こうきしん」とかきこんだ。それからわたしとじせきくんどうとがすこしぎろんをはじめた)

手帖へ、「好奇心」と書き込んだ。それから私と次席訓導とが少し議論を始めた

(せんせいもにんげん、ぼくもにんげん、とかいてあるがにんげんというものはみなおなじものか、と)

先生も人間、僕も人間、と書いてあるが人間というものは皆おなじものか、と

(かれはたずねた。そうおもう、とわたしはもじもじしながらこたえた。わたしはいったいにくちが)

彼は尋ねた。そう思う、と私はもじもじしながら答えた。私はいったいに口が

(おもいほうであった。それではぼくとこのこうちょうせんせいとはおなじにんげんでありながら、)

重い方であった。それでは僕と此の校長先生とは同じ人間でありながら、

(どうしてきゅうりょうがちがうのだ、とかれにとわれてわたしはしばらくかんがえた。そして、それは)

どうして給料が違うのだ、と彼に問われて私は暫く考えた。そして、それは

(しごとがちがうからでないか、とこたえた。てつぶちのめがねをかけ、かおのほそいじせきくんどうは)

仕事がちがうからでないか、と答えた。鉄縁の眼鏡をかけ、顔の細い次席訓導は

(わたしのそのことばをすぐてちょうにかきとった。わたしはかねてからこのせんせいにこういをもって)

私のその言葉をすぐ手帖に書きとった。私はかねてから此の先生に好意を持って

(いた。それからかれはわたしにこんなしつもんをした。きみのおとうさんとぼくたちとはおなじ)

いた。それから彼は私にこんな質問をした。君のお父さんと僕たちとは同じ

(にんげんか。わたしはこまってなにともこたえなかった。)

人間か。私は困って何とも答えなかった。

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