黒死館事件10
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問題文
(のりみずはあいかわらずしょうどうてきなしにしずむをはっきして、なるほど、どぐうにんぎょうに)
法水は相変らず衝動的な冷笑主義を発揮して、「なるほど、土偶人形に
(でものろじいか はんにんは、じんるいのせんざいひはんをねらっているんだ。だが、めずらしくこふうな)
悪魔学か――犯人は、人類の潜在批判を狙っているんだ。だが、珍しく古風な
(しょたいだな。まるで、あいりっしゅかねすきーみたいだ。でもきみは、これがひがいしゃの)
書体だな。まるで、半大字形か波斯文字みたいだ。でも君は、これが被害者の
(じしょだというしょうめいをえているのかい?むろんだとも くましろはかたをゆさぶって、)
自署だという証明を得ているのかい?」「無論だとも」熊城は肩を揺ぶって、
(じつは、きみたちがきたときにいたあのかみたにのぶこというふじんが、ぼくにとるとさいごの)
「実は、君達が来た時にいたあの紙谷伸子という婦人が、僕にとると最後の
(かんていしゃだったのだ。で、だんねべるぐふじんのくせというのはこうなんだ。)
鑑定者だったのだ。で、ダンネベルグ夫人の癖と云うのはこうなんだ。
(えんぴつのなかほどを、こゆびとくすりゆびとのあいだにさしはさんで、それをななめにしたのを、おやゆびと)
鉛筆の中ほどを、小指と薬指との間に挾んで、それを斜めにしたのを、拇指と
(ひとさしゆびとでつまんでかくそうだがね。そういったわけで、ふじんのひっせきはちょっと)
人差指とで摘んで書くそうだがね。そういった訳で、夫人の筆蹟はちょっと
(まねられんそうだよ。それに、このかすれぐあいが、えんぴつのおれたとがりと)
真似られんそうだよ。それに、この擦れ具合が、鉛筆の折れた尖と
(ぴったりふごうしている けんじはぶるっとどうぶるいして、おそろしいししゃのばくろじゃ)
ピッタリ符合している」検事はブルッと胴慄いして、「怖ろしい死者の暴露じゃ
(ないか。それでものりみずくん、きみは?うむ、どうしてもにんぎょうとそうもんをふかぶんに)
ないか。それでも法水君、君は?」「ウム、どうしても人形と創紋を不可分に
(かんがえなけりゃならんのかな とのりみずもうかぬかおでつぶやいた。このへやがどうやら)
考えなけりゃならんのかな」と法水も浮かぬ顔で呟やいた。「この室がどうやら
(みっしつくさいので、できることならげんかくといいたいところさ。けれども、)
密室くさいので、出来ることなら幻覚と云いたいところさ。けれども、
(げんじつのまえには、だんだんとそのほうへひかれていってしまうよ。いやかえってにんぎょうを)
現実の前には、段々とその方へ引かれて行ってしまうよ。いやかえって人形を
(しらべてみたら、そうもんのなぞをとくものが、そのきかいそうちからでもつかめるかも)
調べてみたら、創紋の謎を解くものが、その機械装置からでも掴めるかも
(しれない。なににしても、こうたてつづけに、まっくらななかでいようなおにびばかり)
しれない。何にしても、こう立て続けに、真暗な中で異妖な鬼火ばかり
(みせられているのだからね。ひかりなら、どんなかすかなものでもほしい)
見せられているのだからね。光なら、どんな微かなものでも欲しい
(やさきじゃないか。とにかく、かぞくのじんもんはあとにして、とりあえずにんぎょうを)
矢先じゃないか。とにかく、家族の訊問は後にして、とりあえず人形を
(しらべることにしよう それからにんぎょうのあるへやへいくことになって、しふくにかぎを)
調べることにしよう」それから人形のある室へ行くことになって、私服に鍵を
(とりにやると、まもなくそのけいじはこうふんしてもどってきた。かぎがふんしつしている)
取りにやると、間もなくその刑事は昂奮して戻って来た。「鍵が紛失している
(そうです、それにやくぶつしつのも やむをえなけりゃたたきやぶるまでのことだ と)
そうです、それに薬物室のも」「やむを得なけりゃ叩き破るまでのことだ」と
(のりみずはけっしんのいろをうかべて、だが、そうなると、しらべるへやがふたつできてしまった)
法水は決心の色を泛べて、「だが、そうなると、調べる室が二つ出来てしまった
(ことになる やくぶつしつもか こんどはけんじがおどろいたようにいった。だいたい)
ことになる」「薬物室もか」今度は検事が驚いたように云った。「だいたい
(せいさんかりなんて、しょうがくせいのこんちゅうさいしゅうばこのなかにもあるものだぜ のりみずはかまわず)
青酸加里なんて、小学生の昆蟲採集箱の中にもあるものだぜ」法水は関わず
(たちあがってどあのほうへあゆみながら、それがね、はんにんのちのうけんさなんだよ。)
立ち上って扉の方へ歩みながら、「それがね、犯人の智能検査なんだよ。
(つまり、そのけいかくのふかさをはかるものが、かぎのふんしつしたやくぶつしつにのこされている)
つまり、その計画の深さを計るものが、鍵の紛失した薬物室に残されている
(ようにおもわれるんだ てれーずにんぎょうのあるへやは、だいかいだんのこうほうにあたるいちで、)
ように思われるんだ」テレーズ人形のある室は、大階段の後方に当る位置で、
(あいだにろうかをひとつおき、ちょうど ふわけず のしんごにあたる、ふくろろうかの)
間に廊下を一つ置き、ちょうど「腑分図」の真後にあたる、袋廊下の
(つきあたりだった。とびらのまえにくると、のりみずはふしんなかおをして、がんぜんのうきぼりを)
突当りだった。扉の前に来ると、法水は不審な顔をして、眼前の浮彫を
(みつめだした。このとびらのは、へろでおうべてれへむえいじぎゃくさつのずと)
瞶めだした。「この扉のは、ヘロデ王ベテレヘム嬰児ぎゃくさつ之図と
(いうのだがね。これと、したいのあるへやの、せむしちりょうのずのにまいは、ゆうめいな)
云うのだがね。これと、死体のある室の、傴僂治療之図の二枚は、有名な
(おっとーさんせいふくいんしょのなかにあるそうがなんだよ。そうなると、そこになにかみゃくらくでも)
オットー三世福音書の中にある插画なんだよ。そうなると、そこに何か脈絡でも
(あるのかな とこくびをかしげながら、こころみにとびらをおしたが、それはびどうさえも)
あるのかな」と小首を傾げながら、試みに扉を押したが、それは微動さえも
(しなかった。しりごみすることはない。こうなれば、たたきやぶるまでのことさ」)
しなかった。「尻込みすることはない。こうなれば、叩き破るまでのことさ」
(くましろがやせいてきなこえをだすと、のりみずはきゅうにさえぎりとめて、うきぼりをみたので、きゅうに)
熊城が野生的な声を出すと、法水は急に遮り止めて、「浮彫を見たので、急に
(もったいなくなったよ。それに、ひびきであとをけすといかんから、したのほうのいたをそっと)
勿体なくなったよ。それに、響で跡を消すといかんから、下の方の板をそっと
(きりやぶろうじゃないか やがて、とびらのかほうにあけられたしかくのあなからもぐりこむと)
切り破ろうじゃないか」やがて、扉の下方に空けられた四角の穴から潜り込むと
(のりみずはかいちゅうでんとうをてんじた。まるいひかりにうつるものはへきめんとゆかだけでなにひとつかぐらしい)
法水は懐中電燈を点じた。円い光に映るものは壁面と床だけで何一つ家具らしい
(ものさえ、なかなかにあらわれだてはこない。が、そのうちみぎばたからかけてへやを)
ものさえ、なかなかに現われ出てはこない。が、そのうち右辺からかけて室を
(いっしゅうしおわろうとするさいに、おもいがけなくも、のりみずのすぐよこて どあからみぎよりの)
一周し終ろうとする際に、思いがけなくも、法水のすぐ横手――扉から右寄りの
(かべにやみがやぶれた。そして、そこからふうっとふきだしたききとともに、)
壁に闇が破れた。そして、そこからフウッと吹き出した鬼気とともに、
(てれーず・しによれのよこがおがあらわれたのであった。めんのきょうふといえばだれしも)
テレーズ・シニヨレの横顔が現われたのであった。面の恐怖と云えば誰しも
(けいけんすることだが、たとえば、はくちゅうでもふるいやしろのがくどうをおとずれて、はふのこうしとびらに)
経験することだが、たとえば、白昼でも古い社の額堂を訪れて、破風の格子扉に
(かかげているのうめんをながめていると、まるで、ぜんしんをさかさになであげられるような)
掲げている能面を眺めていると、まるで、全身を逆さに撫で上げられるような
(ぶきみなかんかくにおそわれるものだ。まして、このじけんによういなふんいきをかもしだした)
不気味な感覚に襲われるものだ。まして、この事件に妖異な雰囲気を醸し出した
(とうのてれーずが、あれすすけたへやのくらやみのなかから、ぼうっとうきでたのであるから、)
当のテレーズが、荒れ煤けた室の暗闇の中から、暈っと浮き出たのであるから、
(そのしゅんかん、さんにんがはっとしていきをつめたのもむりではなかった。まどにかすかな)
その瞬間、三人がハッとして息を窒めたのも無理ではなかった。窓に微かな
(せんこうがきらめいて、よろいどのりんかくがめいりょうにうかびあがると、とおくちどうのようならいめいが、)
閃光が燦めいて、鎧扉の輪廓が明瞭に浮び上ると、遠く地動のような雷鳴が、
(おどろとはいよってくる。そうしたせいそうなくうきのなかで、のりみずはぎょうぜんとまなこをみすえ)
おどろと這い寄って来る。そうした凄愴な空気の中で、法水は凝然と眼を見据え
(がんぜんのあやしいひとがたをみつめはじめた ああ、このしぶつのにんぎょうがしんかんとしたやはんの)
眼前の妖しい人型を瞶めはじめた――ああ、この死物の人形が森閑とした夜半の
(ろうかを。すいっちのしょざいがわかって、しつないがあかるくなった。てれーずのにんぎょうは)
廊下を。開閉器の所在が判って、室内が明るくなった。テレーズの人形は
(みのたけごしゃくご、ろくすんばかりのろうきせにんぎょうで、とれりすのそうへきをつけたせいらんしょくの)
身長五尺五、六寸ばかりの蝋着せ人形で、格檣型の層襞を附けた青藍色の
(すかーとに、これもおなじいろのふろっくをつけていた。ぞうめんからうけるかんじは、)
スカートに、これも同じ色の上衣を附けていた。像面からうける感じは、
(あいくるしいというよりも、むしろいたんてきなうつくしさだった。はんげつけいをした)
愛くるしいと云うよりも、むしろ異端的な美しさだった。半月形をした
(るーべんすまゆや、くちびるのりょうたんがつりあがったいわゆるふくしゅうこうなどというのは、)
ルーベンス眉や、唇の両端が釣り上ったいわゆる覆舟口などと云うのは、
(げんらいみだらなかたちとされている。けれども、みょうにこのぞうめんでははなのまるみと)
元来みだらな形とされている。けれども、妙にこの像面では鼻の円みと
(ちょうわしていて、それが、とろけさるようなしょじょのしょうけいをあらわしていた。そして、)
調和していて、それが、蕩け去るような処/女の憧憬を現わしていた。そして、
(せいちなりんかくにつつまれ、まきげのきんぱつをたれているのが、とれヴぃーゆそうのかじん)
精緻な輪廓に包まれ、捲毛の金髪を垂れているのが、トレヴィーユ荘の佳人
(てれーず・しによれのせいかくなふくせいだったのである。ひかりをうけたほうのめんは、いまにも)
テレーズ・シニヨレの精確な複製だったのである。光をうけた方の面は、今にも
(けっかんがすきとおってでもみえそうな、いかにもなまなましいかがやきであったが、)
血管が透き通ってでも見えそうな、いかにも生々しい輝きであったが、
(きょじんのようなたいくとのふちょうわはどうであろうか。あんていをたもつために、かたからしたが)
巨人のような体躯との不調和はどうであろうか。安定を保つために、肩から下が
(おそろしくおおきくつくられていて、あしひらのごときは、ふつうじんのやくさんばいもあろうと)
恐ろしく大きく作られていて、足蹠のごときは、普通人の約三倍もあろうと
(おもわれるひろさだった。のりみずはこうしょうぎみなしせんをやすめずに、まるでごーれむか)
思われる広さだった。法水は考証気味な視線を休めずに、「まるで騎士埴輪か
(くろがねのしょじょとしかおもわれんね、これがこぺつきーのさくひんだというそうだが、)
鉄の処/女としか思われんね、これがコペツキーの作品だと云うそうだが、
(さあぷらーぐというよりも、たいくのせんは、ばーでんばーでんのはんすヴるすと)
さあプラーグと云うよりも、体躯の線は、バーデンバーデンのハンスヴルスト
(どいつのあやつりにんぎょう にちかいね。このかんそなせんには、ほかのにんぎょうにはもとめられない)
(独逸の操人形)に近いね。この簡素な線には、他の人形には求められない
(むりょうのしんぴがある。さんてつはかせがほんかくてきなにんぎょうしにたのまないで、これをおおきな)
無量の神秘がある。算哲博士が本格的な人形師に頼まないで、これを大きな
(まりおねっとにつくったのは、いかにもあのひとらしいしゅみだとおもうよ にんぎょうのかんしょうは、)
操人形に作ったのは、いかにもあの人らしい趣味だと思うよ」「人形の観賞は、
(いずれゆっくりやってもらうことにしてだ とくましろはにがにがしげにかおをしかめたが、)
いずれゆっくりやってもらうことにしてだ」と熊城は苦々しげに顔を顰めたが、
(それよりのりみずくん、かぎがうちがわからかかっているんだぜ うんおどろくべきじゃ)
「それより法水君、鍵が内側から掛っているんだぜ」「ウン驚くべきじゃ
(ないか。しかし、まさかにはんにんのいしで、このにんぎょうがてれぱしっくにうごいたという)
ないか。しかし、まさかに犯人の意志で、この人形が遠感的に動いたという
(わけじゃあるまい かぎあなにつきこまれているかざりつきのかぎをみて、けんじはりつぜんとした)
訳じゃあるまい」鍵穴に突き込まれている飾付の鍵を見て、検事は慄然とした
(らしかったが、あしもとからはじめて、ゆかのあしがたをおいはじめた。あとかたもなく)
らしかったが、足許から始めて、床の足型を追いはじめた。跡方もなく
(いりみだれている、とびらぐちからしょうめんのまどぎわにかけてのゆかには、おおきなへんぺいなあしがたで、)
入り乱れている、扉口から正面の窓際にかけての床には、大きな扁平な足型で、
(にかいおうふくしたよすじのあとがしるされていて、それいがいには、とぐちからげんざいにんぎょうのいる)
二回往復した四条の跡が印されていて、それ以外には、扉口から現在人形のいる
(ばしょにつづいているひとすじのみだった。しかし、なによりおどろかされたのは、かんじんの)
場所に続いている一条のみだった。しかし、何より驚かされたのは、肝腎の
(にんげんのものがないということだった。)
人間のものがないということだった。