黒死館事件11

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(けんじがとんきょうなこえをあげると、それを、のりみずはひにくにわらいかえして、どうも)

検事が頓狂な声をあげると、それを、法水は皮肉に嗤い返して、「どうも

(たよりないね。さいしょはんにんがにんぎょうのほはばどおりにあるいて、そのうえをあとでにんぎょうに)

頼りないね。最初犯人が人形の歩幅どおりに歩いて、その上を後で人形に

(ふませる。そうしたら、じぶんのあしあとをけしてしまうことができるじゃないか。)

踏ませる。そうしたら、自分の足跡を消してしまうことが出来るじゃないか。

(そして、それからいごのしゅつにゅうは、そのあしがたのうえをふんであるくのだ。しかし、)

そして、それから以後の出入は、その足型の上を踏んで歩くのだ。しかし、

(ゆうべこのにんぎょうのいたさいしょのいちが、もしとぐちでなかったとしたら、ゆうべは)

昨夜この人形のいた最初の位置が、もし扉口でなかったとしたら、昨夜は

(このへやから、いっぽもそとへでなかったということができるのだよ)

この室から、一歩も外へ出なかったと云うことが出来るのだよ」

(そんなばかげたしょうせきが くましろはかんしゃくをおさえるようなこえをだして、いったい)

「そんな莫迦気た証跡が」熊城は癇癪を抑えるような声を出して、「いったい

(どこであしあとのぜんごがしょうめいされるね?それが、こうせききのひきざんなんだよ と)

どこで足跡の前後が証明されるね?」「それが、洪積期の減算なんだよ」と

(のりみずもやりかえして、というのは、さいしょのいちがとぐちでないとすると、よすじの)

法水もやり返して、「と云うのは、最初の位置が扉口でないとすると、四条の

(あしあとに、いっかんしたせつめいがつかなくなってしまうからだ。つまり、とぐちからまどぎわに)

足跡に、一貫した説明がつかなくなってしまうからだ。つまり、扉口から窓際に

(むかっているにじょうのうちのひとつが、いちばんさいごにあまってしまうのだよ。でかりに、)

向っている二条のうちの一つが、一番最後に剰ってしまうのだよ。で仮りに、

(さいしょ、にんぎょうがまどぎわにあったとして、まずはんにんのあしあとをふみながらへやをでていき、)

最初、人形が窓際にあったとして、まず犯人の足跡を踏みながら室を出て行き、

(そしてふたたび、もとのいちまでもどったとかていしよう。そうすると、つづいてもういちど、)

そして再び、旧の位置まで戻ったと仮定しよう。そうすると、続いてもう一度、

(こんどどあに、かぎをおろすためにあるかなければならない。ところがみたとおり、)

今度は扉に、鍵を下すために歩かなければならない。ところが見たとおり、

(それがどあのまえで、げんざいあるいちのほうへまがっているのだから、のこったひとすじが)

それが扉の前で、現在ある位置の方へ曲っているのだから、残った一条が

(ぜんぜんよけいなものになってしまう。だから、おうふくのいっかいを、はんにんのあしあとを)

全然余計なものになってしまう。だから、往復の一回を、犯人の足跡を

(けすためだとすると、そこからどうして、まどのほうへもういちどもどさなければ)

消すためだとすると、そこからどうして、窓の方へもう一度戻さなければ

(ならなかったのだろうか。まどぎわにおかなければ、なぜにんぎょうにかぎをおろさせることが)

ならなかったのだろうか。窓際に置かなければ、何故人形に鍵を下させることが

(できなかったのだろう にんぎょうがかぎをかける!?けんじはあきれてさけんだ。)

出来なかったのだろう」「人形が鍵をかける!?」検事は呆れて叫んだ。

(それいがいにだれがするもんか としらぬまに、のりみずはねつをおびたくちょうに)

「それ以外に誰がするもんか」と知らぬ間に、法水は熱を帯びた口調に

など

(なっていて、しかし、そのほうほうとなると、あいかわらずあたらしいあいであではない。)

なっていて、「しかし、その方法となると、相変らず新しい趣向ではない。

(じゅうねんいちじつのごとくに、はんにんはいとをつかっているんだよ。ところで、)

十年一日のごとくに、犯人は糸を使っているんだよ。ところで、

(ぼくのかんがえていることをじっけんしてみるかな そして、かぎがまどあのうちがわに)

僕の考えていることを実験してみるかな」そして、鍵がまず扉の内側に

(つっこまれた。けれども、かれがいっしゅんじつほどいぜん、せんとあれきせいじいんの)

突っ込まれた。けれども、彼が一旬日ほど以前、聖アレキセイ寺院の

(じないーだのへやにおいてかちえたところのせいこうが、はたしてこんかいも、)

ジナイーダの室において贏ち得たところの成功が、はたして今回も、

(くりかえされるであるかどうか それがすこぶるあやぶまれた。というのは、)

繰り返されるであるかどうか――それがすこぶる危ぶまれた。と云うのは、

(そのこふうなえのながいかぎは、のっぶからはるかにつきだしていて、ぜんかいのぎこうを)

その古風な柄の長い鍵は、把手から遙かに突出していて、前回の技巧を

(さいげんすることがのぞまれないからであった。ふたりがみまもっているうちに、のりみずは)

再現することが望まれないからであった。二人が見成っているうちに、法水は

(ながいいとをよういさせて、それをそとがわからかぎあなをくぐらせ、さいしょかぎのりんけいのひだりがわを)

長い糸を用意させて、それを外側から鍵孔を潜らせ、最初鍵の輪形の左側を

(まいてから、つづいてしたからすくってみぎがわをからめ、こんどはうえのほうからりんけいのひだりの)

巻いてから、続いて下から掬って右側を絡め、今度は上の方から輪形の左の

(ねもとにひっかけて、あまりをけんじのどうにめぐらし、そのさきをふたたびかぎあなをとおして)

根本に引っ掛けて、余りを検事の胴に繞らし、その先を再び鍵穴を通して

(ろうかがわにたらした。そうしてから、まずはぜくらくんをにんぎょうにかていして、それが)

廊下側に垂らした。そうしてから、「まず支倉君を人形に仮定して、それが

(まどぎわからあるいてきたものとしよう。しかし、それいぜんにはんにんは、さいしょにんぎょうをおく)

窓際から歩いて来たものとしよう。しかし、それ以前に犯人は、最初人形を置く

(いちについて、せいかくなそくていをとげなければならなかった。なんにしても、どあの)

位置について、正確な測定を遂げなければならなかった。何にしても、扉の

(しきいのきわで、ひだりあしがとまるようにさだめるひつようがあったのだ。なぜなら、ひだりあしが)

閾の際で、左足が停まるように定める必要があったのだ。何故なら、左足が

(そのいちでとまると、つづいてみぎあしがうごきだしても、それがちゅうとでしきいにつかえて)

その位置で停まると、続いて右足が動き出しても、それが中途で閾に逼えて

(しまうだろう。だから、うしろはんぶんのよりょくが、そのあしをじくにかいてんをおこして、にんぎょうの)

しまうだろう。だから、後半分の余力が、その足を軸に廻転を起して、人形の

(ひだりあしがしだいにあとずさりしていく。そして、かんぜんによこむきになると、こんどどあと)

左足がしだいに後退りして行く。そして、完全に横向きになると、今度は扉と

(へいこうにすすんでいくからだよ それから、くましろにはどあのそとでにほんのいとをひかせ、)

平行に進んで行くからだよ」それから、熊城には扉の外で二本の糸を引かせ、

(けんじをかべのにんぎょうにむけてあるかせた。そうしているうちに、どあのまえをすぎてかぎが)

検事を壁の人形に向けて歩かせた。そうしているうちに、扉の前を過ぎて鍵が

(こうほうになると、のりみずはそのほうのいとをぐいとくましろにひかせた。すると、)

後方になると、法水はその方の糸をグイと熊城に引かせた。すると、

(けんじのからだがはりきったいとをおしていくので、りんけいのみぎがわがひかれて、)

検事の身体が張りきった糸を押して行くので、輪形の右側が引かれて、

(みるみるかぎがかいてんしてゆく。そして、かけがねがおりてしまうとどうじに、いとは)

みるみる鍵が廻転してゆく。そして、掛金が下りてしまうと同時に、糸は

(かぎのかたわらでぷつりときれてしまったのだ。やがて、くましろはにほんのいとをてにして)

鍵の側でプツリと切れてしまったのだ。やがて、熊城は二本の糸を手にして

(あらわれたが、かれはせつなそうなためいきをはいて、のりみずくん、きみはなんという)

現われたが、彼はせつなそうな溜息を吐いて、「法水君、君はなんという

(ふしぎなおとこだろう けれども、はたしてにんぎょうがこのへやからでたかどうか、)

不思議な男だろう」「けれども、はたして人形がこの室から出たかどうか、

(それをあからさまにしょうめいするものはない。あのいっかいよけいのあしあとだっても、まだまだ)

それを明白に証明するものはない。あの一回余計の足跡だっても、まだまだ

(ぼくのこうさつだけではたりないとおもうよ とのりみずは、さいごのだめをおして、それから)

僕の考察だけでは足りないと思うよ」と法水は、最後の駄目を押して、それから

(すかーとのはいごにあるほっくをはずしてかんのんびらきをひらき、たいないのきかいそうちを)

衣裳の背後にあるホックを外して観音開きを開き、体内の機械装置を

(のぞきこんだ。それは、すうじゅっこのとけいをあつめたほどにせいこうをきわめたものだった。)

覗き込んだ。それは、数十個の時計を集めたほどに精巧をきわめたものだった。

(いくつとなくだいしょうさまざまなはぐるまがならびかさなっているあいだに、すうだんにもじどうてきにさようする)

幾つとなく大小様々な歯車が並び重なっている間に、数段にも自働的に作用する

(ふくざつなほうだきがあり、いろいろなかんせつをうごかすほそいしんちゅうぼうがごこうのようなほうしゃせんを)

複雑な方舵機があり、色々な間接を動かす細い真鍮棒が後光のような放射線を

(つくっていて、そのあいだに、ぜんまいをまくとっきとせいどうきとがみえた。つづいてくましろは、)

作っていて、その間に、弾条を巻く突起と制動機とが見えた。続いて熊城は、

(にんぎょうのぜんしんをかぎまわったり、かくだいきょうでしもんやゆびがたをさがしはじめたが、なにひとつ)

人形の全身を嗅ぎ廻ったり、拡大鏡で指紋や指型を探しはじめたが、何一つ

(かれのしんけいにふれたものはなかったらしい。のりみずはそれがすむのをまって、)

彼の神経に触れたものはなかったらしい。法水はそれが済むのを待って、

(とにかく、にんぎょうのせいのうはたかのしれたものだよ。あるき、とまり、てをふり、)

「とにかく、人形の性能は多寡の知れたものだよ。歩き、停まり、手を振り、

(ものをにぎってはなす それだけのことだ。たとえこのへやからでたにしても、あのそうもんを)

物を握って離す――それだけの事だ。仮令この室から出たにしても、あの創紋を

(ほるなどとはとんでもないもうそうさ。そろそろだんねべるぐふじんのひっせきもげんかくに)

彫るなどとはとんでもない妄想さ。そろそろダンネベルグ夫人の筆跡も幻覚に

(ちかくなったかな とおもうつぼらしいけつろんをいったけれども、しかしかれのしんちゅうには、)

近くなったかな」と思う壺らしい結論を云ったけれども、しかし彼の心中には、

(うすれいったにんぎょうのかげにかわって、とうていぬぐいさることのできないぎもんが)

薄れ行った人形の影に代って、とうてい拭い去ることの出来ない疑問が

(のこされてしまった。のりみずはつづいて、だがくましろくん、はんにんはなぜ、にんぎょうがかぎを)

残されてしまった。法水は続いて、「だが熊城君、犯人は何故、人形が鍵を

(おろしたようにみせなければならなかったのだろうね。もっとも、じけんに)

下したように見せなければならなかったのだろうね。もっとも、事件に

(ぐいぐいしんぴをかさねてゆこうとしたのか、それとも、じぶんのゆうえつを)

グイグイ神秘を重ねてゆこうとしたのか、それとも、自分の優越を

(ほこりたいためでもあったかもしれない。しかし、にんぎょうのしんぴを)

誇りたいためでもあったかもしれない。しかし、人形の神秘を

(きょうちょうするのだとしたら、かえってそんなこざいくをやるよりも、いっそどあを)

強調するのだとしたら、かえってそんな小細工をやるよりも、いっそ扉を

(あけっぱなしにして、にんぎょうのゆびにおれんじのしるでもつけておいたほうがこうかてきじゃないか。)

開け放しにして、人形の指に洋橙の汁でも附けておいた方が効果的じゃないか。

(ああ、はんにんはどうしてぼくに、いととにんぎょうのぎこうをみやげにおいていったのだろう?)

ああ、犯人はどうして僕に、糸と人形の技巧を土産に置いて行ったのだろう?」

(としばらくかいぎにもだえるようなひょうじょうをしていたが、とにかく、にんぎょうを)

としばらく懐疑に悶えるような表情をしていたが、「とにかく、人形を

(うごかしてみることにしよう といってめのひかりをけした。)

動かしてみることにしよう」と云って眼の光を消した。

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