黒死館事件15

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(なるほど とけんじはあわててさえぎって、けれども、そのにねんのさいげつが、)

「なるほど」と検事は慌てて遮って、「けれども、その二年の歳月が、

(ゆうべいちやをしょうめいするものとはいわれまい とさっそくにのりみずは、くましろを)

昨夜一夜を証明するものとは云われまい」とさっそくに法水は、熊城を

(ふりむいて、たぶんきみは、こぷとおりのしたをしらべなかったろう だいたい、)

振り向いて、「たぶん君は、コプト織の下を調べなかったろう」「だいたい、

(なにがそんなしたに?くましろはめをまるくしてさけんだ。ところが、でっどぽいんとと)

何がそんな下に?」熊城は眼を円くして叫んだ。「ところが、死点と

(いえるものは、けっしてもうまくのうえや、おんきょうがくばかりにじゃないからね。)

云えるものは、けっして網膜の上や、音響学ばかりにじゃないからね。

(ふりーまんはおりめのすきから、とくしゅなかいがらふんをもぐりこましている とのりみずがしずかに)

フリーマンは織目の隙から、特殊な貝殻粉を潜り込ましている」と法水が静かに

(しきものをまいてゆくと、そこのゆかにはすいちょくからはみえないけれども、もざいくの)

敷物を巻いてゆくと、そこの床には垂直からは見えないけれども、切嵌の

(しゃりんもようのかずがふえるにつれて、かすかにいようなあとがあらわれてきた。)

車輪模様の数がふえるにつれて、微かに異様な跡が現われてきた。

(そのいろだいりせきとはぜのきのしまめのうえにのこされているものは、まさしくみずでしるした)

その色大理石と櫨木の縞目の上に残されているものは、まさしく水で印した

(あとだった。ぜんたいがながさにしゃくばかりのこばんがたで、ぼうっとしたかたまりじょうであるが、)

跡だった。全体が長さ二尺ばかりの小判形で、ぼうっとした塊状であるが、

(しさいにみると、しゅういはむすうのてんでかこまれていて、そのなかに、さまざまなかたちをしたせんや)

仔細に見ると、周囲は無数の点で囲まれていて、その中に、様々な形をした線や

(てんがぐんしゅうしていた。そして、それが、あしあとのようなかたちで、こうごにとばりのほうへむかい)

点が群集していた。そして、それが、足跡のような形で、交互に帷幕の方へ向い

(さきになるにしたがいうすらいでゆく。どうもげんけいをかいふくすることはこんなんらしいね。)

先になるに従い薄らいでゆく。「どうも原型を回復することは困難らしいね。

(てれーずのあしだってこんなにおおきなものじゃない とくましろはすっかりげんわくされて)

テレーズの足だってこんなに大きなものじゃない」と熊城はすっかり眩惑されて

(しまったが、ようするに、いんがをみればいいのさ とのりみずはあっさり)

しまったが、「要するに、陰画を見ればいいのさ」と法水はアッサリ

(いいきった。こぷとおりはゆかにみっちゃくしているものではないし、それにはぜのきには、)

云い切った。「コプト織は床に密着しているものではないし、それに櫨木には、

(ぱるみちんさんをたりょうにふくんでいるので、だんすいせいがあるからだよ。ひょうめんからうらがわに)

パルミチン酸を多量に含んでいるので、弾水性があるからだよ。表面から裏側に

(にじみこんだみずが、せんもうからしたたりおちて、そのしたがはぜのきだと、みずがすいてきになって)

滲み込んだ水が、繊毛から滴り落ちて、その下が櫨木だと、水が水滴になって

(はねとんでしまう。そして、そのはんどうで、せんもうがじゅんじにいちをかえて)

跳ね飛んでしまう。そして、その反動で、繊毛が順次に位置を変えて

(ゆくのだから、なんどかしたたりおちるうちには、しまいにはぜのきからだいりせきのほうへ)

ゆくのだから、何度か滴り落ちるうちには、終いに櫨木から大理石の方へ

など

(うつってしまうだろう。だから、だいりいしのうえにあるちゅうしんからいちばんとおいせんを、)

移ってしまうだろう。だから、大理石の上にある中心から一番遠い線を、

(ぎゃくにたどっていって、それがはぜのきにかかったてんをつらねたものが、ほぼげんけいのせんに)

逆に辿って行って、それが櫨木にかかった点を連ねたものが、ほぼ原型の線に

(ひとしいというわけさ。つまり、すいてきをぴあののきいにして、けがろんどを)

等しいと云う訳さ。つまり、水滴を洋琴の鍵にして、毛が輪旋曲を

(おどったのだよ なるほど とけんじはうなずいたが、だが、このみずはいったい)

踊ったのだよ」「なるほど」と検事は頷いたが、「だが、この水はいったい

(なんだろうか?それが、ゆうべはいってきも としずこがいうと、それを、のりみずは)

何だろうか?」「それが、昨夜は一滴も」と鎮子が云うと、それを、法水は

(おもしろそうにわらって、いや、それがきのはせおきょうのこじなのさ。おにのむすめが)

面白そうに笑って、「いや、それが紀長谷雄卿の故事なのさ。鬼の娘が

(みずになってきえてしまったって ところが、のりみずのかいぎゃくは、けっして)

水になって消えてしまったって」ところが、法水の諧謔は、けっして

(そのばかぎりのざれごとではなかった。そうしてつくられたげんけいを、くましろが)

その場限りの戯言ではなかった。そうして作られた原型を、熊城が

(てれーずにんぎょうのあしがたと、ほはばとにたいしょうしてみると、そこにおどろくべきいっちが)

テレーズ人形の足型と、歩幅とに対照してみると、そこに驚くべき一致が

(あらわれていたのである。いくどかすいていのなかで、きたいなめいめつをくりかえしながらも、)

現われていたのである。幾度か推定の中で、奇体な明滅を繰り返しながらも、

(えたいのしれないみずをふんであらわれたにんぎょうのそんざいは、こうなるとげんぜんたるじじつと)

得態の知れない水を踏んで現われた人形の存在は、こうなると厳然たる事実と

(いうのほかにない。そして、てっぺきのようなどあとあのうつくしいせんどうおんとのあいだに、)

云うのほかにない。そして、鉄壁のような扉とあの美しい顫動音との間に、

(よりおおきなむじゅんがよこたえられてしまったのであった。こうして、もうもうたる)

より大きな矛盾が横たえられてしまったのであった。こうして、濛々たる

(たばこのけむりとなぞのぞくしゅつとで、それでなくても、このきんぱくしきったくうきにけんじは)

莨の煙と謎の続出とで、それでなくても、この緊迫しきった空気に検事は

(いいかげんじょうきしてしまったらしく、まどをあけはなってもどってくると、のりみずは)

いい加減上気してしまったらしく、窓を明け放って戻って来ると、法水は

(ながれでるしろいけむりをながめながら、ふたたびざについた。ところでくがさん、かこの)

流れ出る白い煙を眺めながら、再び座についた。「ところで久我さん、過去の

(さんじけんにはこのさいろんきゅうしないにしてもです。いったいどうしてこのへやが、)

三事件にはこの際論及しないにしてもです。いったいどうしてこの室が、

(かようなぐういてきなものでみちているのでしょう。あのすくらいぶのぞうなども、めいはくに)

かような寓意的なもので充ちているのでしょう。あの立法者の像なども、明白に

(めいきゅうのあんじではありませんか。あれは、たしかまりえっとが、ねくろぽりすにある)

迷宮の暗示ではありませんか。あれは、たしかマリエットが、埋葬地にある

(らびりんすのいりぐちではっけんしたのですからね そのらびりんさは、たぶんこれからおこるじけんの)

迷宮の入口で発見したのですからね」「その迷宮は、たぶんこれから起る事件の

(あんじですわ としずこはしずかにいった。おそらくさいごのひとりまでもころされてしまう)

暗示ですわ」と鎮子は静かに云った。「恐らく最後の一人までも殺されてしまう

(でしょう のりみずはおどろいて、しばらくあいてのかおをみつめていたが、いや、)

でしょう」法水は驚いて、しばらく相手の顔を瞶めていたが、「いや、

(すくなくともみっつのじけんまでは・・・・・・としずこのことばをうわごとのようなちょうしで)

少なくとも三つの事件までは……」と鎮子の言を譫妄のような調子で

(いいなおしてから、そうするとくがさん、あなたはまだ、ゆうべのしんいしんもんのきおくに)

云い直してから、「そうすると久我さん、貴女はまだ、昨夜の神意審問の記憶に

(よっているのですね あれはひとつのあかしにすぎません。わたしにはとうから、)

酔っているのですね」「あれは一つの証詞にすぎません。私には既から、

(このじけんのおこることがよちされていたのです。いいあててみましょうか。したいは)

この事件の起ることが予知されていたのです。云い当ててみましょうか。死体は

(たぶんきよらかなえいこうにつつまれているはずですわ ふたりのきもんきとうに)

たぶん浄らかな栄光に包まれているはずですわ」二人の奇問奇答に

(ぼうぜんとしていたやさきだったので、けんじとくましろにとると、それがまさに)

茫然としていた矢先だったので、検事と熊城にとると、それがまさに

(せいてんのへきれきだった。だれひとりしるはずのないあのきせきを、このろうふじんのみは)

青天の霹靂だった。誰一人知るはずのないあの奇蹟を、この老婦人のみは

(どうしてしっているのであろう。しずこはつづいていった。が、それは、)

どうして知っているのであろう。鎮子は続いて云った。が、それは、

(のりみずにたいするつるぎのようなしもんだった。ところで、したいからえいこうをはなったれいを)

法水に対する剣のような試問だった。「ところで、死体から栄光を放った例を

(ごぞんじでしょうか そうじょううぉーたーとあれつお、あぽろじすとのまきしむす、)

御存じでしょうか」「僧正ウォーターとアレツオ、弁証派のマキシムス、

(あらごにあのせんとらける・・・・・・もうよにんほどあったとおもいます。しかし、それらは)

アラゴニアの聖ラケル……もう四人ほどあったと思います。しかし、それ等は

(ようするに、きせきばいばいにんのあくぎょうにすぎないことでしょう とのりみずもつめたく)

要するに、奇蹟売買人の悪業にすぎないことでしょう」と法水も冷たく

(いいかえした。それでは、せんめいなさるほどのごかいしゃくはないのですね。それから、)

云い返した。「それでは、闡明なさるほどの御解釈はないのですね。それから、

(1872ねんじゅうにがつすこっとらんどいんヴぁねすのぼくししこうじけんは?)

一八七二年十二月蘇古蘭インヴァネスの牧師屍光事件は?」

(にしくあしりあむいじしんし 。うぉるかっとぼくしはつまあびげいると)

(註)(西区アシリアム医事新誌)。ウォルカット牧師は妻アビゲイルと

(ゆうじんすてぃヴんをともない、すてぃヴんしょゆうれんがこうじょうのふきんなるひょうしょくこかとりんに)

友人スティヴンを伴い、スティヴン所有煉瓦工場の附近なる氷蝕湖カトリンに

(あそぶ。しかるに、すてぃヴんはそのみっかめにすがたをけし、よくねんいちがつじゅういちにちよるげつめいに)

遊ぶ。しかるに、スティヴンはその三日目に姿を消し、翌年一月十一日夜月明に

(じょうじてこじょうにおもむきしぼくしふさいは、ついにそのよるはかえらず、やはんし、ごめいのそんみんが)

乗じて湖上に赴きし牧師夫妻は、ついにその夜は帰らず、夜半四、五名の村民が

(うちゅうつきぼつごのこじょうはるかえいこうにかがやけるぼくしのしたいをはっけんせるも、いふしてはくめいを)

雨中月没後の湖上遙か栄光に輝ける牧師の死体を発見せるも、畏怖して薄明を

(まちてり。ぼくしはたさつにて、ちめいしょうはひだりがわよりずがいこうちゅうにいれるじゅうそうなるも、)

待てり。牧師は他殺にて、致命傷は左側より頭蓋腔中に入れる銃創なるも、

(じゅうきははっけんされず、したいはひょうめんのくぼみのなかにありて、そのあとはえいこうのこと)

銃器は発見されず、死体は氷面の窪みの中にありて、その後は栄光の事

(なかりしも、つまはそのよるかぎりしっそうして、ついにすてぃヴんとともにそうせきを)

なかりしも、妻はその夜限り失踪して、ついにスティヴンとともに踪跡を

(うしないたり。)

失いたり。

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