黒死館事件18
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問題文
(なるほど、ゆーもあやじょーくは、いっしゅのせいりてきせんできにはちがいないがね。しかし、)
「なるほど、飄逸や戯喩は、一種の生理的洗滌には違いないがね。しかし、
(かんじょうのはけぐちのないにんげんにとると、それがまたとないきけんなものになって)
感情の捌け口のない人間にとると、それがまたとない危険なものになって
(しまうんだ。だいたい、ひとつのせかいひとつのかんねん しかないにんげんというものは、)
しまうんだ。だいたい、一つの世界一つの観念――しかない人間というものは、
(きょうみをあたえられると、それにむかってへんしゅうてきにけいとうしてしまって、ひたすら)
興味を与えられると、それに向って偏執的に傾倒してしまって、ひたすら
(ぎゃくのかたちでかんのうをもとめようとする。そのとうさくしんりだが それにもしこのずの)
逆の形で感応を求めようとする。その倒錯心理だが――それにもしこの図の
(ほんしつがうつったとしたら、それがさいごとなって、かんさつはたちどころにねじれて)
本質が映ったとしたら、それが最後となって、観察はたちどころに捻れて
(しまう。そして、ようしきからこじんのけいけんのほうにうつってしまうんだ。つまり、)
しまう。そして、様式から個人の経験の方に移ってしまうんだ。つまり、
(きげきからひげきへなんだよ。で、それからは、きちがいみたいにしぜんとうたのあとを)
喜劇から悲劇へなんだよ。で、それからは、気違いみたいに自然淘汰の跡を
(おいはじめて、れいけつてきなおそろしいしゅりょうのしんりしかなくなってしまうのだ。)
追いはじめて、冷血的な怖ろしい狩猟の心理しかなくなってしまうのだ。
(だからはぜくらくん、ぼくはそーんだいくじゃないがね、まらりややおうねつびょうよりも、)
だから支倉君、僕はソーンダイクじゃないがね、マラリヤや黄熱病よりも、
(らいめいやあんやのほうがおそろしいとおもうよ まあ、はんざいちょうこうがく・・・・・・しずこは)
雷鳴や闇夜の方が怖ろしいと思うよ」「マア、犯罪徴候学……」鎮子は
(あいかわらずのしにしずむをはっきして、だいたいそんなものは、ただしゅんかんの)
相変らずの冷笑主義を発揮して、「だいたいそんなものは、ただ瞬間の
(ちょっかんにだけひつようなものとばかりおもっていましたわ。ところでえきすけというはなしですが)
直感にだけ必要なものとばかり思っていましたわ。ところで易介という話ですが
(あれはほとんどかぞくのいちいんにひとしいのですよ。まだななねんにしかならない)
あれはほとんど家族の一員に等しいのですよ。まだ七年にしかならない
(わたしなどとはちがって、やといびととはいいくだり、おさないころからしじゅうしのこんにちまで、ずうっと)
私などとは違って、傭人とは云い条、幼い頃から四十四の今日まで、ずうっと
(さんてつさまのてもとでそだてられてまいったのですから。それに、このずはもちろんさくいんには)
算哲様の手許で育てられてまいったのですから。それに、この図は勿論索引には
(のっておりませず、ぜったいにひとめにふれなかったことはだんげんいたします。さんてつさまの)
載っておりませず、絶対に人目に触れなかったことは断言いたします。算哲様の
(ぼつごだれひとりふれたことのない、ほこりだらけなみせいりとしょのそこにうずもれていて、)
歿後誰一人触れたことのない、埃だらけな未整理図書の底に埋もれていて、
(このわたしでさえも、さくねんのくれまではいっこうにしらなかったほどで)
この私でさえも、昨年の暮まではいっこうに知らなかったほどで
(ございますものね。そうして、あなたのおせつどおりに、はんにんのけいかくが)
ございますものね。そうして、貴方の御説どおりに、犯人の計画が
(このもくしずからしゅっぱつしているものとしましたなら、はんにんのさんしゅつは いいえ)
この黙示図から出発しているものとしましたなら、犯人の算出は――いいえ
(このひきざんは、たいへんかんたんではございませんこと このふしぎなろうふじんは、)
この減算は、大変簡単ではございませんこと」この不思議な老婦人は、
(とつぜんげしがたいろしゅつてきたいどにでた。のりみずもちょっとめんくらったらしかったが、)
突然解し難い露出的態度に出た。法水もちょっと面喰ったらしかったが、
(すぐにしゃだつなちょうしにもどって、すると、そのけいさんには、いくつむげんきごうをつけたら)
すぐに洒脱な調子に戻って、「すると、その計算には、幾つ無限記号を附けたら
(よいのでしょうかな といったあとで、おどろくべきことばをはいた。しかし、おそらく)
よいのでしょうかな」と云った後で、驚くべき言葉を吐いた。「しかし、恐らく
(はんにんでさえ、このずのみをひつようとはしなかったろうとおもうのです。あなたは、)
犯人でさえ、この図のみを必要とはしなかったろうと思うのです。貴女は、
(もうはんぶんのほうはごぞんじないのですか もうはんぶんとは・・・・・・だれがそんなもうそうを)
もう半分の方は御存じないのですか」「もう半分とは……誰がそんな妄想を
(しんずるもんですか!!としずこがおもわずひすてりっくなこえでさけぶと、はじめて)
信ずるもんですか!!」と鎮子が思わずヒステリックな声で叫ぶと、始めて
(のりみずはかれのかびんなしんけいをあきらかにした。のりみずのちょっかんてきなしいのしわから)
法水は彼の過敏な神経を明らかにした。法水の直観的な思惟の皺から
(ほうしゅつされてゆくものは、もくしずのずどくといいこれといい、すでににんげんの)
放出されてゆくものは、黙示図の図読といいこれといい、すでに人間の
(かんかくてきげんかいをこえていた。では、ごぞんじなければもうしあげましょう。たぶん、)
感覚的限界を越えていた。「では、御存じなければ申し上げましょう。たぶん、
(きばつなそうぞうとしかおかんがえにならないでしょうが、じつはこのずというのが、)
奇抜な想像としかお考えにならないでしょうが、実はこの図と云うのが、
(ふたつにわったはんようにすぎないんですよ。むっつのずけいのひょうげんをちょうぜつしたところに、)
二つに割った半葉にすぎないんですよ。六つの図形の表現を超絶したところに、
(それはしんえんなないいがあるのです くましろはおどろいてしまって、いろいろとずのしえんを)
それは深遠な内意があるのです」熊城は驚いてしまって、種々と図の四縁を
(おりまげてあわせていたが、のりみずくん、しゃれはよしにしたまえ。はばひろいやいばがたは)
折り曲げて合わせていたが、「法水君、洒落はよしにし給え。幅広い刃形は
(しているが、ひじょうにせいかくなせんだよ。いったいどこに、あとからきったあとが)
しているが、非常に正確な線だよ。いったいどこに、後から截った跡が
(あるのだ?いや、そんなものはないさ のりみずはむぞうさにいいはなって、ぜんたいが)
あるのだ?」「いや、そんなものはないさ」法水は無雑作に云い放って、全体が
(みぎかたさがりのないふのとうしんによこせんがいっぽんはいっているかたちのかたちをしているもくしずを)
右肩下がりのナイフの刀身に横線が一本入っている形の形をしている黙示図を
(さししめした。このかたちが、いっしゅのぱじぐらふぃなんだよ。げんらいししゃのひけんなんて)
指し示した。「この形が、一種の記号語なんだよ。元来死者の秘顕なんて
(いんけんきわまるものなんだから、ほうほうまでもじつにねじれきっている。で、このずも)
陰険きわまるものなんだから、方法までも実に捻れきっている。で、この図も
(みたとおりだが、ぜんたいがとうす せっきじだいのかっせきぶき のやいばがたみたいなかたちを)
見たとおりだが、全体が刀子(石器時代の滑石武器)の刃形みたいな形を
(しているだろう。ところが、そのみぎかたをななめにきったところが、じつにしんえんないみを)
しているだろう。ところが、その右肩を斜めに截った所が、実に深遠な意味を
(ふくんでいるんだよ。むろんさんてつはかせに、こうこがくのぞうけいがなけりゃもんだいには)
含んでいるんだよ。無論算哲博士に、考古学の造詣がなけりゃ問題には
(しないけれども、このかたちとふごうするものが、なるまー・めねすおうちょうあたりの)
しないけれども、この形と符合するものが、ナルマー・メネス王朝あたりの
(ぴらみっどしょうけいもじのなかにある。だいいち、こんなきゅうくつなふしぜんきわまるかたちのなかに、)
金字塔前象形文字の中にある。第一、こんな窮屈な不自然きわまる形の中に、
(はかせがなぜえがかねばならなかったものか、かんがえてみたまえ そうして、もくしずの)
博士がなぜ描かねばならなかったものか、考えてみ給え」そうして、黙示図の
(よはくに、えんぴつでみぎかたさがりのないふのとうしんのようなかたちをかいてから、)
余白に、鉛筆で右肩下がりのナイフの刀身のような形を書いてから、
(くましろくん、これが1/2のをあらわすこぷちっくのぶんすうすうじだとしたら、ぼくのそうぞうも)
「熊城君、これが1/2のを表わす上古埃及の分数数字だとしたら、僕の想像も
(まんざらもうかくばかりじゃあるまいね とかんけいにむすんで、それからしずこにいった。)
まんざら妄覚ばかりじゃあるまいね」と簡勁に結んで、それから鎮子に云った。
(もちろん、しごにあらわれたぐういてきなかたちなどというものは、いつかていせいされるきかいが)
「勿論、死語に現われた寓意的な形などというものは、いつか訂正される機会が
(ないともかぎりません。けれども、ともかくそれまでは、このずからはんにんを)
ないとも限りません。けれども、ともかくそれまでは、この図から犯人を
(さんしゅつすることだけは、さけたいとおもうのです そのかん、しずこはものうげにちゅうを)
算出することだけは、避けたいと思うのです」その間、鎮子は懶気に宙を
(みつめていたが、かのじょのめには、しんりをついきゅうしようというはげしいねつじょうが)
瞶めていたが、彼女の眼には、真理を追求しようという激しい熱情が
(もえさかっていた。そして、のりみずのすみきったうつくしいしいのせかいとはことなって、)
燃えさかっていた。そして、法水の澄みきった美しい思惟の世界とは異なって、
(ものものしいいんえいにとんだしつりょうてきなものをぐいぐいつみかさねてゆき、じっしょうてきな)
物々しい陰影に富んだ質量的なものをぐいぐい積み重ねてゆき、実証的な
(しんおうのものをせんめいしようとした。なるほどどくそうはへいぼんじゃございませんわね)
深奥のものを闡明しようとした。「なるほど独創は平凡じゃございませんわね」
(とひとりごとのようにつぶやいてから、ふたたびもとどおりれいこくなひょうじょうにかえって、のりみずをみた。)
と独言のように呟いてから、再び旧どおり冷酷な表情に返って、法水を見た。
(ですから、じったいがかぞうよりもはなやかでないのはどうりですわ。しかし、そんな)
「ですから、実態が仮像よりも華やかでないのは道理ですわ。しかし、そんな
(はむぞくのそうぎようきねんぶつよりかも、もしそのしかくのこうはいとししゃのふねを、)
ハム族の葬儀用記念物よりかも、もしその四角の光背と死者の船を、
(じじつもくげきしたものがあったとしたらどうなさいます?それがあなたなら、ぼくは)
事実目撃した者があったとしたらどうなさいます?」「それが貴女なら、僕は
(はぜくらにいって、きそさせましょう とのりみずはどうじなかった。いいえ、)
支倉に云って、起訴させましょう」と法水は動じなかった。「いいえ、
(えきすけなんです しずこはしずかにいいかえした。だんねべるぐさまがおれんじをめしあがる)
易介なんです」鎮子は静かに云い返した。「ダンネベルグ様が洋橙を召し上る
(じゅうごふんほどまえでしたが、えきすけはそのぜんごにじゅっぷんばかりへやをあけました。それが、)
十五分ほど前でしたが、易介はその前後に十分ばかり室を空けました。それが、
(あとできくとこうなんです。ちょうどしんいしんもんのかいがはじまっているさなかだった)
後で訊くとこうなんです。ちょうど神意審問の会が始まっている最中だった
(そうですが、そのときえきすけがうらげんかんのいしだたみのうえにたっていると、ふとにかいのちゅうおうで)
そうですが、その時易介が裏玄関の石畳の上に立っていると、ふと二階の中央で
(かれのめにうつったものがありました。それが、かいがおこなわれているへやのみぎどなりの)
彼の眼に映ったものがありました。それが、会が行われている室の右隣の
(はりだしまどで、そこにだれやらいるらしいようすで、まっくろなひとかげがうすきみわるくうごいていた)
張出窓で、そこに誰やら居るらしい様子で、真黒な人影が薄気味悪く動いていた
(というのです。そして、そのときちじょうになにやらおとしたらしいかすかなおとが)
と云うのです。そして、その時地上に何やら落したらしい微かな音が
(したそうですが、それにきになってたまらず、どうしてもみにいかずには)
したそうですが、それに気になってたまらず、どうしても見に行かずには
(いられなかったともうすのでした。ところが、えきすけがはっけんしたものは、あたりいちめんに)
いられなかったと申すのでした。ところが、易介が発見したものは、辺り一面に
(さんざいしているがらすのはへんにすぎなかったのです では、えきすけがそのばしょへ)
散財している硝子の破片にすぎなかったのです」「では、易介がその場所へ
(たっするまでのけいろをおききでしたか いいえ としずこはくびをふって、それに)
達するまでの経路をお訊きでしたか」「いいえ」と鎮子は頸を振って、「それに
(のぶこさんは、だんねべるぐさまがそっとうなさるとすぐ、りんしつからみずをもってまいった)
伸子さんは、ダンネベルグ様が卒倒なさるとすぐ、隣室から水を持ってまいった
(というほどですし、ほかにもだれひとりとして、ざをうごいたかたは)
というほどですし、ほかにも誰一人として、座を動いた方は
(ございませんでした。これだけもうせば、わたしがこのもくしずにばからしいしゅうちゃくを)
ございませんでした。これだけ申せば、私がこの黙示図に莫迦らしい執着を
(もっているりゆうがおわかりでございましょう。もちろんそのひとかげというのは、)
持っている理由がお判りでございましょう。勿論その人影というのは、
(われわれろくにんのうちにはないのです。といって、やといにんははんにんのけんないには)
吾々六人のうちにはないのです。と云って、傭人は犯人の圏内には
(ございません。ですから、このじけんになにひとつのこされていないというのも、)
ございません。ですから、この事件に何一つ残されていないと云うのも、
(しごくどうりなんでございますわ)
しごく道理なんでございますわ」