黒死館事件28
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問題文
(とにかく、せっそうがしいんにかんけいないとすると、このはんこうは、おそらくいじょうしんりの)
「とにかく、切創が死因に関係ないとすると、この犯行は、恐らく異常心理の
(さんぶつだろう いやどうして とのりみずはくびをふって、このじけんのはんにんほど)
産物だろう」「いやどうして」と法水は頸を振って、「この事件の犯人ほど
(れいけつなにんげんが、どうしてださんいがいに、じぶんのきょうみだけでうごくもんか それから、)
冷血な人間が、どうして打算以外に、自分の興味だけで動くもんか」それから、
(しもんやけってきのちょうさをはじめたが、それには、いっこうしゅうかくはなかった。わけても)
指紋や血滴の調査を始めたが、それには、いっこう収穫はなかった。わけても
(かっちゅうのないぶいがいには、いってきのものすらはっけんされなかったのである。ちょうさがおわると)
甲冑の内部以外には、一滴のものすら発見されなかったのである。調査が終ると
(けんじは、のりみずがとうしてきなそうぞうをしたりゆうをたずねた。きみはどうして、えきすけが)
検事は、法水が透視的な想像をした理由を訊ねた。「君はどうして、易介が
(ここでころされているのがわかったのだね むろんかりりよんのおとでだよ とのりみずは)
ここで殺されているのが判ったのだね」「無論鐘鳴器の音でだよ」と法水は
(むぞうさにこたえた。つまり、みるのいうじょうよすいりさ。あだむすがかいおうせいを)
無雑作に答えた。「つまり、ミルの云う剰余推理さ。アダムスが海王星を
(はっけんしたというのも、ざんよのげんしょうはあるみちぶつのぜんけんである という、)
発見したというのも、残余の現象は或る未知物の前件である――という、
(このげんりいがいにはないことなんだ。だって、えきすけみたいなばけものがすがたをけしても、)
この原理以外にはないことなんだ。だって、易介みたいな化物が姿を消しても、
(はっけんされない。そこへもってきて、ばいおんいがいにはもうひとつ、かりりよんのおとに)
発見されない。そこへ持ってきて、倍音以外にはもう一つ、鐘鳴器の音に
(いじょうなものがあったからだよ。とびらでしゃだんされたげんばのへやとはことなって、ろうかでは)
異常なものがあったからだよ。扉で遮断された現場の室とは異なって、廊下では
(くうかんがたてもののなかにつうじているのだからね というのは......)
空間が建物の中に通じているのだからね」「と云うのは......」
(そのときざんきょうがすくなかったからだよ。だいたいかねには、ぴあのみたいにしんどうを)
「その時残響が少なかったからだよ。だいたい鐘には、洋琴みたいに振動を
(とめるそうちがないので、これほどざんきょうのいちじるしいものはない。それに、)
止める装置がないので、これほど残響のいちじるしいものはない。それに、
(かりりよんはひとつひとつにねいろもおんかいもちがうのだから、きょりのちかいてんやおなじたてもののなかで)
鐘鳴器は一つ一つに音色も音階も違うのだから、距離の近い点や同じ建物の中で
(きいていると、あとからあとからとひきつづいておこるおとにかんしょうしあって、しまいには、)
聴いていると、後から後からと引き続いて起る音に干渉し合って、終いには、
(ふゆかいなそうおんとしかかんぜられなくなってしまうのだ。それを、)
不愉快な噪音としか感ぜられなくなってしまうのだ。それを、
(しゃーるしゅたいんはしきさいえんのかいてんにたとえて、はじめあかとみどりをどうじにうけて、)
シャールシュタインは色彩円の廻転に喩えて、初め赤と緑を同時にうけて、
(そのちゅうおうにきをかんじたようなかんかくがおこるが、しまいにはいちめんにはいいろのものしか)
その中央に黄を感じたような感覚が起るが、終いには一面に灰色のものしか
(みえなくなってしまう と。まさにしげんなんだよ。まして、このやかたには、)
見えなくなってしまう――と。まさに至言なんだよ。まして、この館には、
(ところどころまるてんじょうやきょくめんのかべや、またきちゅうをつくっているようなぶぶんもあるので、ぼくは)
所々円天井や曲面の壁や、また気柱を作っているような部分もあるので、僕は
(こんとんとしたものをそうぞうしていた。ところが、さっきはあんなすんだねが)
混沌としたものを想像していた。ところが、先刻はあんな澄んだ音が
(きこえたのだ。がいきのなかへさんかいすれば、とうぜんざんきょうがきはくになるのだから、そのねは)
聞えたのだ。外気の中へ散開すれば、当然残響が稀薄になるのだから、その音は
(あきらかに、てらすとつづいているふらんすまどからはいってくる。それをしって、ぼくは)
明らかに、テラスと続いている仏蘭西窓から入って来る。それを知って、僕は
(おもわずがくっとしたのだ。ではなぜかというと、どこかに、たてもののなかから)
思わず愕然としたのだ。では何故かと云うと、どこかに、建物の中から
(ひろがってくる、そうおんをしゃだんしたものがなけりゃならない。くかくとびらはぜんごとも)
広がってくる、噪音を遮断したものがなけりゃならない。区劃扉は前後とも
(とじられているのだから、のこっているのは、そでろうかのえんろうがわにひらいているとびら)
閉じられているのだから、残っているのは、拱廊の円廊側に開いている扉
(ひとつじゃないか。しかし、さっきにどめにいったときは、たしかひだりてのつりぐそくがわの)
一つじゃないか。しかし、先刻二度目に行った時は、確か左手の吊具足側の
(いちまいを、ぼくはあけっぱなしにしておいたようなきおくがする。それに、あそこは)
一枚を、僕は開け放しにしておいたような記憶がする。それに、あそこは
(ほかのいみでぼくのしんぞうにひとしいのだから、ぜったいにてをつけぬように)
他の意味で僕の心臓に等しいのだから、絶対に手をつけぬように
(いいつけてあるんだ。むろんそれがとじられてしまえば、このいっかくには、)
云いつけてあるんだ。無論それが閉じられてしまえば、この一劃には、
(きゅうおんそうちがかんせいして、まずざんきょうにたいしてはでっと・るーむにちかくなってしまうからだ。)
吸音装置が完成して、まず残響に対しては無響室に近くなってしまうからだ。
(だから、ぼくらにきこえてくるのは、てらすからはいる、つよいひとつのきおんより)
だから、僕等に聞えてくるのは、テラスから入る、強い一つの基音より
(ほかになくなってしまうのだよ すると、そのとびらはなにがとじたのだ?)
ほかになくなってしまうのだよ」「すると、その扉は何が閉じたのだ?」
(えきすけのしたいさ。せいからしへうつっていくせいさんなじかんのうちに、えきすけじしんでは)
「易介の死体さ。生から死へ移って行く凄惨な時間のうちに、易介自身では
(どうにもならない、このおもいよろいをうごかしたものがあったのだ。みるとおりに、)
どうにもならない、この重い鎧を動かしたものがあったのだ。見るとおりに、
(さゆうがぜんぶななめになっていて、そのむきが、ひとつおきにひだり、みぎ、ひだり)
左右が全部斜めになっていて、その向きが、一つ置きに左、右、左
(となっているだろう。つまり、ちゅうおうのもえぎにおいがかいてんしたので、そのそでいたが)
となっているだろう。つまり、中央の萌黄匂が廻転したので、その肩罩板が
(そでをよこからおして、そのぐそくもかいてんさせ、じゅんじにそのはどうがさいしゅうのものにまで)
肩罩を横から押して、その具足も廻転させ、順次にその波動が最終のものにまで
(つたわっていったのだ。そして、さいしゅうのそでいたがのっぶをたたいて、とびらを)
伝わっていったのだ。そして、最終の肩罩板が把手を叩いて、扉を
(しめてしまったのだよ すると、このよろいをかいてんさせたものは?それが、)
閉めてしまったのだよ」「すると、この鎧を廻転させたものは?」「それが、
(かぶととほろぼねなんだ といって、のりみずはほろをとりのぞのけ、ふといげいきんでつくったほろぼねを)
兜と幌骨なんだ」と云って、法水は母衣を取り除のけ、太い鯨筋で作った幌骨を
(さししめした。だって、えきすけがこれをつうじょうのかたちにきようとしたら、だいいち、せなかの)
指し示した。「だって、易介がこれを通常の形に着ようとしたら、第一、背中の
(りゅうきがつかえてしまうぜ。だから、さいしょにぼくは、えきすけがぐそくのなかで、じぶんのせの)
瘤起が支えてしまうぜ。だから、最初に僕は、易介が具足の中で、自分の背の
(りゅうきをどうしょちするかかんがえてみた。するとおもいあたったのは、よろいのよこにある)
瘤起をどう処置するか考えてみた。すると思い当ったのは、鎧の横にある
(ひきあいぐちをせにして、ほろぼねのなかへはいりゅうをいれさえすれば、)
引合口を背にして、幌骨の中へ背瘤を入れさえすれば、
(ということだったのだ。つまり、このかたちをおもいうかべたというわけだが、しかし)
――という事だったのだ。つまり、この形を思い浮べたという訳だが、しかし
(びょうじゃくひりきのえきすけには、とうていこれだけのじゅうりょうをうごかすちからはないのだ)
病弱非力の易介には、とうていこれだけの重量を動かす力はないのだ」
(ほろぼねとかぶと?とくましろはいぶかしげそうになんどとなくくりかえすのだったが、のりみずは)
「幌骨と兜?」と熊城は怪訝そうに何度となく繰り返すのだったが、法水は
(むぞうさにけつろんをいった。ところで、ぼくがかぶととほろぼねといったりゆうをいおう。)
無雑作に結論を云った。「ところで、僕が兜と幌骨と云った理由を云おう。
(つまり、えきすけのからだがちゅうにうかぶと、ぐそくぜんたいのじゅうしんが、そのじょうほうへうつってしまう。)
つまり、易介の体が宙に浮ぶと、具足全体の重心が、その上方へ移ってしまう。
(のみならず、それがいっぽうにへんざいしてしまうのだ。だいたい、せいししているぶったいが)
のみならず、それが一方に偏在してしまうのだ。だいたい、静止している物体が
(じどうてきにうんどうをおこすばあいというのは、しつりょうのへんかか、じゅうてんのいどういがいにはない。)
自働的に運動を起す場合というのは、質量の変化か、重点の移動以外にはない。
(ところが、そのげんいんというのが、じじつかぶととほろぼねにあったのだよ。それをくわしく)
ところが、その原因と云うのが、事実兜と幌骨にあったのだよ。それを詳しく
(いうと、えきすけのしせいはこうなるだろう。のうてんにはかぶとのじゅうあつがくわわっていて、)
云うと、易介の姿勢はこうなるだろう。脳天には兜の重圧が加わっていて、
(せのりゅうきは、ほろぼねのはんえんのなかにすっぽりとはまりこみ、あしはちゅうにういている、)
背の瘤起は、幌骨の半円の中にスッポリと嵌り込み、足は宙に浮いている、
(いうまでもなく、これはひじょうにくつうなしせいにちがいないのだ。だから、)
云うまでもなく、これは非常に苦痛な姿勢に違いないのだ。だから、
(いしきのあるうちは、とうぜんてあしをどこかでささえてしのいでいたろうから、)
意識のあるうちは、当然手足をどこかで支えて凌いでいたろうから、
(そのあいだはじゅうしんがかふくぶあたりにあるとみてさしつかえない。ところが、いしきを)
その間は重心がか腹部辺りにあるとみて差支えない。ところが、意識を
(そうしつしてしまうと、ささえるちからがなくなるので、てあしがちゅうにういてしまい、こんどは)
喪失してしまうと、支える力がなくなるので、手足が宙に浮いてしまい、今度は
(じゅうてんがほろぼねのぶぶんにうつってしまうのだ。つまり、えきすけじしんのちからではなくて、)
重点が幌骨の部分に移ってしまうのだ。つまり、易介自身の力ではなくて、
(こゆうのじゅうりょうとしぜんのほうそくがけっていしたもんだいなんだよ のりみずのちょうじんてきな)
固有の重量と自然の法則が決定した問題なんだよ」法水の超人的な
(かいせきりょくを、いまにはじまったことではないけれども、しゅんかんそれだけのものを)
解析力を、今に始まったことではないけれども、瞬間それだけのものを
(くみあげたかとおもうと、なれきったけんじやくましろでさえも、のうてんがじいんと)
組み上げたかと思うと、馴れきった検事や熊城でさえも、脳天がジインと
(かんじがするのだった。のりみずはつづいていった。ところで、ぜつめいじこくのぜんごに、)
麻痺れゆくような感じがするのだった。法水は続いて云った。「ところで、
(ぜつめいじこくのぜんごに、だれがどこでなにをしていたかわかればいいのだがね。しかし、)
絶命時刻の前後に、誰がどこで何をしていたか判ればいいのだがね。しかし、
(これはしょうろうのちょうさをおわってからでもいいが・・・・・・、とりあえずくましろくん、)
これは鐘楼の調査を終ってからでもいいが……、とりあえず熊城君、
(やといにんのなかで、さいごにかえみをみたものをさがしてもらいたいのだ くましろはまもなく、)
傭人の中で、最後に易見を見た者を捜してもらいたいのだ」熊城は間もなく、
(えきすけとどうねんぱいぐらいのばとらーをともなってもどってきた。そのおとこのなは、こがしょうじゅうろう)
易介と同年輩ぐらいの召使を伴って戻ってきた。その男の名は、古賀庄十郎
(というのだった。きみがさいごにかえすけをみたのは、なんじごろだったね とさっそくに)
というのだった。「君が最後に易介を見たのは、何時頃だったね」とさっそくに
(のりみずがきりだすと、それどころか、わたしは、いたすくさんがこのぐそくのなかにいたのも)
法水が切り出すと、「それどころか、私は、易介さんがこの具足の中にいたのも
(ぞんじておりますので。それから、しんでいるということも・・・・・・ときみわるそうに)
存じておりますので。それから、死んでいるという事も……」と気味悪そうに
(したいからかおをそむけながらも、しょうじゅうろうはいがいなことばをはいた。)
死体から顔を外けながらも、庄十郎は意外な言を吐いた。