黒死館事件34

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(ようするに、きみのなんかいしこうへきなんだ。たかが、りろんけいしきのもんだいに)

「要するに、君の難解思考壁なんだ。たかが、理論形式の問題に

(すぎないんじゃないか。のぶこがしっしんしたげんいんさえわかれば、なにもきみみたいに、)

すぎないんじゃないか。伸子が失神した原因さえ解れば、なにも君みたいに、

(さいしょからいしのかべのなかにあたまをつっこむひつようはないとおもうよ ところがくましろくん)

最初から石の壁の中に頭を突っ込む必要はないと思うよ」「ところが熊城君」

(とのりみずはひにくにやりかえして、たぶんのぶこのとうべんだけをあてにしたら、)

と法水は皮肉にやり返して、「たぶん伸子の答弁だけを当にしたら、

(まずこんなていどにすぎまいとおもうがね。きぶんがわるくなって、そのあとのことは)

まずこんな程度にすぎまいと思うがね。気分が悪くなって、その後の事は

(いっさいわかりません て。いや、そればかりじゃない。あのばいおんのなかには、)

いっさい判りません――て。いや、そればかりじゃない。あの倍音の中には、

(しっしんのげんいんをはじめとして、よろいどおしをにぎっていたことから、さっきぼくがしてきした)

失神の原因をはじめとして、鎧通しを握っていた事から、先刻僕が指摘した

(かいてんいすのむじゅんにいたるまでの、ありとあらゆるぎもんがふせさっているに)

廻転椅子の矛盾に至るまでの、ありとあらゆる疑問が伏さっているに

(ちがいないのだ。ことによると、えきすけじけんのいちぶまで、かんけいしてやしないかと)

違いないのだ。事によると、易介事件の一部まで、関係してやしないかと

(おもわれるくらいだよ うん、たしかにしんれいしゅぎだ とけんじがあんぜんとつぶやくと、)

思われるくらいだよ」「ウン、たしかに心霊主義だ」と検事が暗然と呟くと、

(のりみずはあくまでじせつをきょうちょうした。いやそれいじょうさ。だいたい、がっきの)

法水はあくまで自説を強調した。「いやそれ以上さ。だいたい、楽器の

(しんれいえんそうはかならずしもれいにとぼしいことじゃない。しゅれーだーの)

心霊演奏は必ずしも例に乏しい事じゃない。シュレーダーの

(れーべんす・まぐねちすむす いっさつにすら、にじゅうにちかいいんれいがあげられている。しかし、もんだいは)

『生体磁気説』一冊にすら、二十に近い引例が挙げられている。しかし、問題は

(おとのへんかなのだ。ところがさしものせんとおりげねすさえたんしょうを)

音の変化なのだ。ところがさしもの聖オリゲネスさえ嘆称を

(おしまなかったという、せんこのだいまじゅつし あれきさんどりああんてぃおくすでさえも)

惜しまなかったと云う、千古の大魔術師――亜歴山府のアンティオクスでさえも

(ひどらりうむのえんかくえんそうはしたというけれど、そのおんちょうについてはいっこうに)

水風琴の遠隔演奏はしたと云うけれど、その音調についてはいっこうに

(しるされていない。また、れいのあるべるつす・まぐぬす じゅうさんせいきのまつ、)

記されていない。また、例のアルベルツス・マグヌス(十三世紀の末、

(えーるぶるぐのどみにくそうだんにいたこうそう。れんきんまほうしのせいめいだかしといえども、)

エールブルグのドミニク僧団にいた高僧。錬金魔法師の声名高しといえども、

(つうせいろんてつがくしゃであり、かつまたちゅうせいちょめいのぶつりがくしゃことにしんれいじゅつしとしては)

通性論哲学者であり、かつまた中世著名の物理学者ことに心霊術士としては

(ここんむそうならんといわる。 がれがーるでおこなったときもおなじことなんだ。)

古今無双ならんと云わる。)が携帯用風琴で行ったときも同じ事なんだ。

など

(それからきんせいになって、いたりーのだいれいばいゆーざぴあ・ぱらるでぃのが、)

それから近世になって、伊太利の大霊媒ユーザピア・パラルディノが、

(かなあみのなかにいれたあっこーでぃおんをうごかしたけれども、かんじんのねいろについては、)

金網の中に入れた手風琴を動かしたけれども、肝腎の音色については、

(きょうがくしゃふらまりおんすらかたるところがないのだ。つまり、しんれいげんしょうでさえ、)

狂学者フラマリオンすら語るところがないのだ。つまり、心霊現象でさえ、

(じかんくうかんにはくんりんすることができても、まっすだけにはなんらのちからも)

時間空間には君臨することが出来ても、物質構造だけにはなんらの力も

(およばないことがわかるだろう。ところがくましろくん、そのまっすのだいほうそくが、)

及ばないことが判るだろう。ところが熊城君、その物質構成の大法則が、

(こきみよくてんぷくをとげているのだ。ああ、なんというおそろしいやつだろう。)

小気味よく顛覆を遂げているのだ。ああ、なんという恐ろしい奴だろう。

(じるふぇ くうきとおとのようせい やつはかねをたたいてにげてしまったのだ)

風精――空気と音の妖精――やつは鐘を叩いて逃げてしまったのだ」

(けっきょくばいおんについてののりみずのすいだんは、はっきりとにんげんしいそうぞうのげんかいをかくしたに)

結局倍音についての法水の推断は、明確と人間思惟想像の限界を劃したに

(とまっていた。しかし、はんにんは、それすらあっけなくふみこえて、だれしもゆめにも)

止まっていた。しかし、犯人は、それすらあっけなく踏み越えて、誰しも夢にも

(しんじられなかったところの、ちょうしんれいてきなきせきをなしとげているのだ。)

信じられなかったところの、超心霊的な奇蹟をなし遂げているのだ。

(それであるからして、ふんらんしたあみをやっとはねのけたかとおもうと、)

それであるからして、紛乱した網を辛っと跳ね退けたかと思うと、

(がんぜんのかべはすでにくもをつらぬいている。そうなると、のぶこのちんじゅつにも、さしたきたいが)

眼前の壁はすでに雲を貫いている。そうなると、伸子の陳述にも、さした期待が

(もてなくなったことはいうまでもないが、べっしてのりみずがけんじした、)

持てなくなったことは云うまでもないが、別して法水が顕示した、

(ふしぎなばいおんにたっするふたつのみちにも、まんがいちのぎょうこうをおもわせるのみのことで、)

不思議な倍音に達する二つの道にも、万が一の僥倖を思わせるのみのことで、

(はやくもわすれさられようとするほどのこころぼそさだった。やがて、かりりよんしつをでて)

早くも忘れ去られようとするほどの心細さだった。やがて、鐘鳴器室を出て

(だんねべるぐふじんのへやにもどると、ふじんのしたいは、とうにかいぼうのため)

ダンネベルグ夫人の室に戻ると、夫人の死体は、既に解剖のため

(はこびさられていて、そのいんきなへやのなかには、さっきかぞくのどうせいちょうさをめいじておいた)

運び去られていて、その陰気な室の中には、先刻家族の動静調査を命じておいた

(ひとりのしふくが、ぽつねんとまっていた。やといにんのくちからはかせたちょうさのけっかは、)

一人の私服が、ポツネンと待っていた。傭人の口から吐かせた調査の結果は、

(つぎのとおりだった。)

次のとおりだった。

(ふりやぎはたたろう。しょうごちゅうしょくご、ほかのかぞくさんにんとさろんにてかいだんし、)

降矢木旗太郎。正午昼食後、他の家族三人と広間にて会談し、

(いちじごじゅっぷんもてっとのあいずとともにうちそろってれいはいどうにおもむき、れきえむの)

一時五十分経文歌の合図とともに打ちそろって礼拝堂に赴き、鎮魂楽の

(えんそうをなし、にじさんじゅうごふん、れいはいどうをほかのさんにんとともにでてじしつにはいる。)

演奏をなし、二時三十五分、礼拝堂を他の三人とともに出て自室に入る。

(おりが・くりヴぉふ どうぜん)

オリガ・クリヴォフ(同前)

(がりばるだ・せれな どうぜん)

ガリバルダ・セレナ(同前)

(おっとかーる・れヴぇず どうぜん)

オットカール・レヴェズ(同前)

(たごうしんさい。いちじさんじゅっぷんまでは、ばとらーふたりとともにかこのそうぎきろくちゅうより)

田郷真斎。一時三十分までは、召使二人とともに過去の葬儀記録中より

(てきろくをなしいたるも、じんもんごはじしつにてがしょうす。)

摘録をなしいたるも、訊問後は自室にて臥床す。

(くがしずこ。じんもんごはとしょしつよりいでず、そのじじつは、としょはこびの)

久我鎮子。訊問後は図書室より出でず、その事実は、図書運びの

(しょうじょによってしょうめいさる。)

少女によって証明さる。

(かみたにのぶこ。しょうごにちゅうしょくをじしつにはこばせたときいがいは、ろうかにてみかけたるものもなく)

紙谷伸子。正午に昼食を自室に運ばせた時以外は、廊下にて見掛けたる者もなく

(じしつにひきこもれるものとすいさつさる。いちじはんごろしょうろうかいだんをのぼりいくすがたを)

自室に引き籠れるものと推察さる。一時半頃鐘楼階段を上り行く姿を

(もくげきしたるものあり。いじょうのじじつのほかいっさいいじょうなし。)

目撃したる者あり。以上の事実の外いっさい異状なし。

(のりみずくん、だますくすへのみちは、たったこのひとつだよ とけんじはくましろと)

「法水君、ダマスクスへの道は、たったこの一つだよ」と検事は熊城と

(しせんをあわせて、さもえつにいったようにもみてをしながら みたまえ。すべてが)

視線を合わせて、さも悦に入ったように揉手をしながら「見給え。すべてが

(のぶこにしゅうちゅうされてゆくじゃないか のりみずはそのちょうさしょをぽけっとにつきこんだてで、)

伸子に集注されてゆくじゃないか」法水はその調査書を衣袋に突き込んだ手で、

(さっきそでろうかでうけとった、がらすのはへんとそのふきんのみとりずをとりだした。)

先刻拱廊で受け取った、硝子の破片とその附近の見取図を取り出した。

(が、ひらいてみると、じつにこのじけんでなんどめかのきょうがくが、かれらのめをいった。)

が、開いてみると、実にこの事件で何度目かの驚愕が、彼等の眼を射った。

(にじょうのあしあとがしるされている、みとりずにつつまれているのがなんであったろうか、)

二条の足跡が印されている、見取図に包まれているのが何であったろうか、

(いがいにもそれが、しゃしんかんぱんのはへんだったのである。)

意外にもそれが、写真乾板の破片だったのである。

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