晩年 70

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プレイ回数575難易度(4.2) 3631打 長文 かな
太宰 治
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1 pechi 6413 S 7.0 91.7% 528.3 3721 333 52 2024/03/06

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問題文

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(けれども、きかいはおもいがけなくやってきた。そのころみしまのやどに、しかまやとかたを)

けれども、機会は思いがけなくやって来た。そのころ三島の宿に、鹿間屋と肩を

(ならべてともにともにさけつくりをきそっていたじんしゅうやたけろくというかねもちがいた。)

並べてともにともに酒つくりを競っていた陣州屋丈六という金持ちがいた。

(ここのさけはいくぶんしたったるく、いろあいがのうこうであった。たけろくもまたさけに)

ここの酒はいくぶん舌ったるく、色あいが濃厚であった。丈六もまた酒に

(よくにて、よにんのめかけをもっているのにそれでもふそくでごにんめのめかけをもとうとして)

よく似て、四人の妾を持っているのにそれでも不足で五人目の妾を持とうとして

(さまざまのくふうをしていた。たかのしらはのやがじろべえのいえのやねをすどおりして)

様様の工夫をしていた。鷹の白羽の矢が次郎兵衛の家の屋根を素通りして

(そのおむかいのしゅうじのおししょうのわびずまいしているいえのやねのぺんぺんぐさを)

そのおむかいの習字のお師匠の詫住いしている家の屋根のぺんぺん草を

(かきわけてぐさとつきささったのである。おししょうはかるがるとはへんじを)

かきわけてぐさとつきささったのである。お師匠はかるがるとは返事を

(しなかった。にど、せっぷくをしかけてはかじんにみつけられてしっぱいしたほどであった)

しなかった。二度、切腹をしかけては家人に見つけられて失敗したほどであった

(じろべえはそのうわさをきいてうでのなるのをおぼえた。きかいをねらったのである。)

次郎兵衛はその噂を聞いて腕の鳴るのを覚えた。機会を狙ったのである。

(さんがつめにきかいがやってきた。じゅうにがつのはじめ、みしまにめずらしいおおゆきがふった。)

三月目に機会がやって来た。十二月のはじめ、三島に珍しい大雪が降った。

(ひのくれかたからちらしはじめまもなくおおきいぼたんゆきにかわりさんすんくらい)

日の暮れかたからちらしはじめ間もなくおおきい牡丹雪にかわり三寸くらい

(つもったころ、しゅくばのろっこのはんしょうがいっときになった。かじである。)

積ったころ、宿場の六個の半鐘が一時になった。火事である。

(じろべえはゆったりゆったりいえをでた。じんしゅうやのとなりのたたみやがきのどくにも)

次郎兵衛はゆったりゆったり家を出た。陣州屋の隣の畳屋が気の毒にも

(もえあがっていた。すうせんのひのたまこぞうがれつをなしてたたみやのやねのうえでまいくるい)

燃えあがっていた。数千の火の玉小僧が列をなして畳屋の屋根のうえで舞い狂い

(ひのこがまつのかふんのようにふんしゅつしてはひろがりひろがってはしほうのそらにとおく)

火の粉が松の花粉のように噴出してはひろがりひろがっては四方の空に遠く

(ひさんした。ときたまこくえんがうみぼうずのようにのっそりあらわれやねぜんたいを)

飛散した。ときたま黒煙が海坊主のようにのっそりあらわれ屋根全体を

(おおいかくした。ふりしきるぼたんゆきはほのおにいろどられ、いっそうおもたげに)

おおいかくした。降りしきる牡丹雪は焔にいろどられ、いっそう重たげに

(もったいなげにみえた。ひけしたちは、じんしゅうやとぎろんをはじめていた。)

もったいなげに見えた。火消したちは、陣州屋と議論をはじめていた。

(じんしゅうやはじぶんのいえへみずをいれるのはまっぴらであるといいはり、はやくとなりの)

陣州屋は自分の家へ水をいれるのはまっぴらであると言い張り、はやく隣の

(たたみやのとうをたたきおとしてひをしずめたらよいとめいれいした。ひけしたちはそれは)

畳屋の棟をたたき落として火をしずめたらよいと命令した。火消したちはそれは

など

(ひけしのほうにそむくといってはんばくしたのである。そこへじろべえがあらわれた。)

火消しの法にそむくと言って反駁したのである。そこへ次郎兵衛があらわれた。

(じんしゅうやさん。じろべえはできるだけひくいこえで、しかもほとんどほほえむようにして)

陣州屋さん。次郎兵衛はできるだけ低い声で、しかもほとんど微笑むようにして

(いいだした。おまえ、まちがってはいませんか。じょうだんじゃないかしら。)

言いだした。おまえ、間違ってはいませんか。冗談じゃないかしら。

(じんしゅうやはだしぬけにことばをはさんだ。これはしかまやのわかだんな、へっへ、じょうだんです)

陣州屋はだしぬけに言葉をはさんだ。これは鹿間屋の若旦那、へっへ、冗談です

(まったくのすいきょうです、ささ、ぞんぶんにみずをおいれください。けんかには)

まったくの酔興です、ささ、ぞんぶんに水をおいれ下さい。喧嘩には

(ならなかった。じろべえはしかたなくかじをながめた。けんかにはならなかったけれど)

ならなかった。次郎兵衛は仕方なく火事を眺めた。喧嘩にはならなかったけれど

(このことでじろべえはまたまたおとこをあげてしまった。かじのあかりにてらされ)

このことで次郎兵衛はまたまた男をあげてしまった。火事のあかりにてらされ

(ながらじんしゅうやをたしなめていたときのじろべえのまっかなりょうほおにはとおひらあまりの)

ながら陣州屋をたしなめていたときの次郎兵衛のまっかな両頬には十片あまりの

(ぼたんゆきがきえもせずにへばりついていてそのありさまはかみさまのようにおそろしかった)

牡丹雪が消えもせずにへばりついていてその有様は神様のように恐ろしかった

(というのは、そのあとながいあいだのひけしたちのかたりぐさであった。)

というのは、その後ながいあいだの火消したちの語り草であった。

(そのあくるとしのにがつのよいひに、じろべえはしゅくばのはずれにしんきょをかまえた。)

その翌る年の二月のよい日に、次郎兵衛は宿場のはずれに新居をかまえた。

(ろくじょうとよじょうはんとさんじょうとみまあるほかにはちじょうのうらにかいがありそこからふじが)

六畳と四畳半と三畳と三間あるほかに八畳の裏二階がありそこから富士が

(まっすぐにながめられた。さんがつのさらによいひにしゅうじのおししょうのむすめがはなよめとして)

まっすぐに眺められた。三月の更によい日に習字のお師匠の娘が花嫁として

(このしんきょにむかえられた。そのよる、ひけしたちはじろべえのしんきょにぎっしり)

この新居にむかえられた。その夜、火消したちは次郎兵衛の新居にぎっしり

(つまっていわいざけをのみ、ひとりずつじゅんじゅんにかくしげいをしてよをふかしいよいよ)

つまって祝い酒を呑み、ひとりずつ順々にかくし芸をして夜を更しいよいよ

(よくあさになってやっとおしまいのひとりがにまいのさらのてじなをやってみなのでいすいと)

翌朝になってやっとおしまいのひとりが二枚の皿の手品をやって皆の泥酔と

(じゅくすいのめをごまかしあるいちぐうからのぱちぱちというかっさいでもってむくいられ、)

熟睡の眼をごまかし或る一隅からのぱちぱちという喝采でもって報いられ、

(しゅくがのうたげはおわった。じろべえは、これはまたこれでけっこうなことにちがい)

祝賀の宴はおわった。次郎兵衛は、これはまたこれで結構なことにちがい

(ないのだろう、となまざとりしてきょとんとしたいちにちいちにちをおくっていた。)

ないのだろう、となま悟りしてきょとんとした一日一日を送っていた。

(ちちおやのいっぺいもまた、これでいちだんらく、とつぶやいてはぽんときせるをとげっぽうに)

父親の逸平もまた、これで一段落、と呟いてはぽんと煙管を吐月峯に

(はたいていた。けれどもいっぺいのすんだずのうでもってしてさえおもいおよばなかった)

はたいていた。けれども逸平の澄んだ頭脳でもってしてさえ思い及ばなかった

(かなしいことがらがたった。けっこんしてかれこれにがつめのばんに、じろべえははなよめの)

悲しいことがらが起った。結婚してかれこれ二月目の晩に、次郎兵衛は花嫁の

(しゃくでさけをのみながら、おれはけんかがつよいのだよ、けんかをするにはの、こうして)

酌で酒を呑みながら、おれは喧嘩が強いのだよ、喧嘩をするにはの、こうして

(みぎてでみけんをなぐりさ、こうしてひだりてでみぞおちをなぐるのだよ。ほんのじゃれて)

右手で眉間を殴りさ、こうして左手で水落ちを殴るのだよ。ほんのじゃれて

(やってみせたことであったが、はなよめはころりところんでしんだ。)

やってみせたことであったが、花嫁はころりところんで死んだ。

(やはりうちどころがよかったのであろう。じろべえはろうやへはいってからも)

やはり打ちどころがよかったのであろう。次郎兵衛は牢屋へはいってからも

(そのどこやらおちつきはらったようすのためにやくにんからばかにはされなかったし、)

そのどこやら落ちつきはらった様子のために役人から馬鹿にはされなかったし、

(またどうしつのざいにんたちからはろうなぬしとしてあがめられた。ほかのざいにんたちよりは)

また同室の罪人たちからは牢名主としてあがめられた。ほかの罪人たちよりは

(いちだんとたかいところにすわらされながら、じろべえはかれのじさくのどどいつともねんぶつとも)

一段と高いところに坐らされながら、次郎兵衛は彼の自作の都々逸とも念仏とも

(つかぬうたを、あわれなふしでくちずさんだ。)

つかぬ歌を、あわれなふしで口ずさんだ。

(いわにささやく ほおをあからめつつ)

岩に囁く 頬をあからめつつ

(おれはつよいのだよ いわはこたえなかった)

おれは強いのだよ 岩は答えなかった

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