黒死館事件53
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問題文
(すると、あんたのしんちゅうにあるそのじんぶつというのは、いったいだれをさして)
「すると、あんたの心中にあるその人物というのは、いったい誰を指して
(いうことですかな?おしがねつたこです のりみずはすかさずりんぜんといいはなった。)
云うことですかな?」「押鐘津多子です」法水はすかさず凜然と云い放った。
(かつてあのひとは、にほんのもーど・あだむすといわれただいじょゆうでした。)
「かつてあの人は、日本のモード・アダムスと云われた大女優でした。
(ごふいーとよんいんちというすうじは、あのひとのしんちょういがいにはないのですよ。)
五フイート四インチという数字は、あの人の身長以外にはないのですよ。
(たごうさん、あなたはだんねべるぐふじんのへんしをはっけんするとどうじに、さくやから)
田郷さん、貴方はダンネベルグ夫人の変死を発見すると同時に、昨夜から
(すがたのみえないつたこふじんに、とうぜんぎわくのめをむけました。しかし、)
姿の見えない津多子夫人に、当然疑惑の眼を向けました。しかし、
(こうえいあるいちぞくのなかからはんにんをだすまいとすると、そこになんらかのそちで、)
光栄ある一族の中から犯人を出すまいとすると、そこになんらかの措置で、
(おおわねばならぬひつようにせまられたのです。ですから、ぜんいんにかんこうれいをしき、)
覆わねばならぬ必要に迫られたのです。ですから、全員に嵌口令を敷き、
(ふじんのみまわりひんを、どこかめにつかないばしょにかくしたのでしょう。)
夫人の身廻り品を、どこか眼につかない場所に隠したのでしょう。
(むろんそういう、しはいてきなしょちにでることのできるじんぶつといえば、)
無論そういう、支配的な処置に出ることの出来る人物と云えば、
(まずあなたいがいにはありません。このやかたのじっけんしゃをさておいて、ほかに)
まず貴方以外にはありません。この館の実権者をさておいて、他に
(それらしいひとをもとめられようどうりがないじゃありませんか)
それらしい人を求められよう道理がないじゃありませんか」
(おしがねつたこ そのなはじけんのけんないにぜんぜんなかっただけに、このばあい)
押鐘津多子――その名は事件の圏内に全然なかっただけに、この場合
(せいてんのへきれきにひとしかったであろう。のりみずのなあヴぁしずむがびみょうなほうしゅつをつづけて、)
青天の霹靂に等しかったであろう。法水の神経運動が微妙な放出を続けて、
(のぼりつめたぜっちょうがこれだったのか。しかし、けんじもくましろもしびれたような)
上りつめた絶頂がこれだったのか。しかし、検事も熊城も痺れたような
(かおになっていて、よういにことばもでなかった。というのは、これがはたしてのりみずの)
顔になっていて、容易に言葉も出なかった。と云うのは、これがはたして法水の
(かみわざであるにしても、とうていそのままをしんじつとしてうのみにできなかったほど)
神技であるにしても、とうていそのままを真実として鵜呑みに出来なかったほど
(むしろおそれにちかいかせつだったからである。しんさいはしゅどうよんりんしゃをたおれんばかりに)
むしろ怖れに近い仮説だったからである。真斎は手働四輪車を倒れんばかりに
(ゆすって、はげしくこうしょうをはじめた。はははははのりみずさん、くだらんようげんふせつは)
揺って、激しく哄笑を始めた。「ハハハハハ法水さん、下らん妖言浮説は
(やめにしてもらいましょう。あなたがいわれるつたこふじんは、さくちょうそうそうにこのやかたを)
止めにしてもらいましょう。貴方が云われる津多子夫人は、昨朝早々にこの館を
(さったのですじゃ。だいたい、どこにかくれているといわれるのです。にんげんわざで)
去ったのですじゃ。だいたい、どこに隠れていると云われるのです。人間業で
(はいれるところなら、いままでにのこらずさがしつくされておりましょう。もし、どこかに)
入れる個処なら、今までに残らず捜し尽されておりましょう。もし、どこかに
(ひそんでいるのでしたら、わしからすすんではんにんとしてひきだしてみせますわい)
潜んで居るのでしたら、儂から進んで犯人として引き出して見せますわい」
(どうして、はんにんどころか・・・・・・のりみずはれいしょうをたたえていいかえした。)
「どうして、犯人どころか……」法水は冷笑を湛えて云い返した。
(そのかわりえんぴつとめすがひつようなんですよ。そりゃぼくも、いちどはつたこふじんを、)
「その代り鉛筆と解剖刀が必要なんですよ。そりゃ僕も、一度は津多子夫人を、
(じるふぇのじがぞうとしてながめたことはありましたがね。ところがたごうさん、)
風精の自画像として眺めたことはありましたがね。ところが田郷さん、
(これがまた、ひつうきわまるえぴそーどなんですよ。あのひとは、したいとなってからも、)
これがまた、悲痛きわまる傍説なんですよ。あの人は、死体となってからも、
(かっさいをうけるじきをうしなってしまったのですからね。それが、さくやの)
喝采をうける時機を失ってしまったのですからね。それが、昨夜の
(はちじいぜんだったのです。そのころにはとうにつたこふじんは、とおくふぇありー・らんどに)
八時以前だったのです。その頃には既に津多子夫人は、遠く精霊界に
(つれさられていたのです。ですから、あのひとこそ、だんねべるぐふじんいぜんの・・・・・・)
連れ去られていたのです。ですから、あの人こそ、ダンネベルグ夫人以前の……
(つまり、このじけんではさいしょのぎせいしゃだったのですよ なに、ころされて!?)
つまり、この事件では最初の犠牲者だったのですよ」「なに、殺されて!?」
(しんさいはおそらくでんげきにひとしいしょっくをうけたらしい。そして、おもわずはんしゃてきに)
真斎は恐らく電撃に等しい衝撃をうけたらしい。そして、思わず反射的に
(といかえした。す、すると、そのしたいはどこにあるというのです?ああ、)
問い返した。「す、すると、その死体はどこにあると云うのです?」「ああ、
(それをきいたら、あなたはさぞじゅんきょうてきなきもちになられるでしょうが とのりみずは、)
それを聴いたら、貴方はさぞ殉教的な気持になられるでしょうが」と法水は、
(いったんしばいがかったたんそくをして、じつをいうと、あなたはそのてで、)
いったん芝居がかった嘆息をして、「実を云うと、貴方はその手で、
(したいのはいっているおもいこうてつどをしめたのでしたからね ときっぱりいいはなった。)
死体の入っている重い鋼鉄扉を閉めたのでしたからね」とキッパリ云い放った。
(とたんにみっつのかおから、かんかくがことごとくうせさったのもむりではない。のりみずは)
とたんに三つの顔から、感覚がことごとく失せ去ったのも無理ではない。法水は
(あたかもこのじけんがかれじしんのふぁんたすちっくなゆうぎででもあるかのように、)
あたかもこの事件が彼自身の幻想的な遊戯ででもあるかのように、
(はきつづけるいっせつごとに、ききょうなじょうしょうをかさねてゆく。そして、ちょうどこの)
吐き続ける一説ごとに、奇矯な上昇を重ねてゆく。そして、ちょうどこの
(うるとらくらいまっくすが、はっきりとさんにんのかんかくてきげんかいをしめしていたからであった。)
超頂点が、はっきりと三人の感覚的限界を示していたからであった。
(そこでのりみずは、このごーとしきひげきにじまくのかーてんをあげた。ところでたごうさん、)
そこで法水は、この北方式悲劇に次幕の緞帳を上げた。「ところで田郷さん、
(さくやのしちじぜんごといえば、ちょうどやといにんたちのしょくじじかんにあたっていたそうですし、)
昨夜の七時前後と云えば、ちょうど傭人達の食事時間に当っていたそうですし、
(またそでろうかで、かぶとがおきかえられたころあいにもふごうするのですが、とにかく)
また拱廊で、兜が置き換えられた頃合にも符合するのですが、とにかく
(そのぜんごに、だいかいだんのりょうすそにあったにきのちゅうせいかっちゅうむしゃが、かいだんをひとあしとびに)
その前後に、大階段の両裾にあった二基の中世甲冑武者が、階段を一足跳びに
(あがってしまい、ふわけず のぜんぽうにたちふさがっていたのです。しかし、)
上ってしまい、『腑分図』の前方に立ち塞がっていたのです。しかし、
(たったそのいちじだけで、つたこふじんのしたいがこだいとけいしつのなかに)
たったその一事だけで、津多子夫人の死体が古代時計室の中に
(しょうめいされるのですがね。さぁろんよりしょうこ、こんどはあのこうてつどを)
証明されるのですがね。サァ論より証拠、今度はあの鋼鉄扉を
(ひらいていただきましょうか それから、こだいとけいしつにいくまでのくらいろうかが、)
開いて頂きましょうか」それから、古代時計室に行くまでの暗い廊下が、
(どんなにながいことだったか。おそらく、まどをはげしくゆするかぜもゆきも、かれらのみみには)
どんなに長いことだったか。恐らく、窓を激しく揺する風も雪も、彼等の耳には
(はいらなかったであろう。ねつびょうかんじゃのようなじゅうけつしためをしていて、じょうたいのみが)
入らなかったであろう。熱病患者のような充血した眼をしていて、上体のみが
(いたずらにまえへでて、たいくのあらゆるせつどをうしないきっているさんにんにとると、)
徒らに前へ出て、体躯のあらゆる節度を失いきっている三人にとると、
(ちんちゃくをきわめたのりみずのほこうが、いかにももどかしかったにちがいない。)
沈着をきわめた法水の歩行が、いかにももどかしかったに違いない。
(やがてさいしょのてっさくどがさゆうにおしひらかれ、うるしですみわたったくろかがみのように)
やがて最初の鉄柵扉が左右に押し開かれ、漆で澄みわたった黒鏡のように
(かがやいているこうてつどのまえにたつと、しんさいはからだをかがめて、とりだしたかぎで、)
輝いている鋼鉄扉の前に立つと、真斎は身体を跼めて、取り出した鍵で、
(みぎとびらのはんどるのしたにあるてっせいのはこをあけ、そのなかのもじばんをまわしはじめた。)
右扉の把手の下にある鉄製の函を明け、その中の文字盤を廻しはじめた。
(みぎにひだりに、そうしてまたみぎにひねると、かすかにかんぬきどめのはずれるおとがした。)
右に左に、そうしてまた右に捻ると、微かに閂止の外れる音がした。
(のりみずはもじばんのさいこくをのぞきこんで、なるほど、これはヴぃくとりあちょうに)
法水は文字盤の細刻を覗き込んで、「なるほど、これはヴィクトリア朝に
(はやったらまりなーす・こむぱす もじばんのしゅういはいんぐらんどこのえりゅうきへいれんたいの)
流行った羅針儀式(文字盤の周囲は英蘭土近衛竜騎兵聯隊の
(しおうひょうである。へんりーごせい、へんりーろくせい、へんりーはっせい)
四王標である。ヘンリー五世、ヘンリー六世、ヘンリー八世
(じょおうえりざべすのそでしょうでさいぼりがされとってには the right)
女王エリザベスの袖章で細彫りがされ把手には the Right
(hon ble. john lord churchil のきょうぞうが)
Hon'ble. JOHN Lord CHURCHIL の胸像が
(ほられてある ですね といったけれども、それがどことはなしに、)
彫られてある)ですね」と云ったけれども、それがどことはなしに、
(しつぼうしたようなうつろなひびきをつたえるのだった。かぎのせいのうにたいして)
失望したような空洞な響を伝えるのだった。鍵の性能に対して
(ほとんどしんぴょうをおいていないのりみずにとると、おそらくこのにじゅうにとざされたてっぴが、)
ほとんど信憑をおいていない法水にとると、恐らくこの二重に鎖された鉄扉が、
(かれのしんちゅうにわだかまっている、あるひとつのかんねんをてんぷくしたにちがいないのだった。)
彼の心中に蟠っている、ある一つの観念を顛覆したに違いないのだった。
(さあ、めいしょうはぞんじませんが、あわせもじをしめたほうこうとぎゃくにたどってゆくと、)
「サア、名称は存じませんが、合わせ文字を閉めた方向と逆に辿ってゆくと、
(さんかいのそうさでとびらがひらくしかけになっております。つまり、しめるときのさいしゅうのもじに)
三回の操作で扉が開く仕掛になっております。つまり、閉める時の最終の文字に
(あたるわけですが、しかし、このもじばんのそうさほうとてつばこのかぎとは、さんてつさまのぼつご、)
当るわけですが、しかし、この文字盤の操作法と鉄函の鍵とは、算哲様の歿後、
(わしいがいにはしるものがないのです つぎのしゅんかん、つばをのむすきさえ)
儂以外には知る者がないのです」次の瞬間、唾を嚥む隙さえ
(あたえられなかったいちどうが、いきづまるようなきんちょうをおぼえたというのは、のりみずがりょうがわの)
与えられなかった一同が、息詰るような緊張を覚えたと云うのは、法水が両側の
(とってをにぎって、おもいてっぴをかんのんびらきにひらきはじめたからだった。)
把手を握って、重い鉄扉を観音開きに開きはじめたからだった。
(なかはしっこくのやみで、あなぐらのようなしめったくうきが、ひやりとふれてくる。)
内部は漆黒の闇で、穴蔵のような湿った空気が、冷やりと触れてくる。
(ところが、どうしたことか、ちゅうとでのりみずはいきなりどうさをちゅうしして、)
ところが、どうしたことか、中途で法水は不意動作を中止して、
(せんりつをおぼえたようにかたくなってしまった。が、そのようすは、どうやらみみを)
戦慄を覚えたように硬くなってしまった。が、その様子は、どうやら耳を
(こらしているようにおもわれた。ちくたくときざむものうげなふりこのおととともに、)
凝らしているように思われた。刻々と刻む物懶げな振子の音とともに、
(ちていからとどろいてくるような、いようなおんきょうがながれきたのであった。)
地底から轟いて来るような、異様な音響が流れ来たのであった。