黒死館事件60

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小栗虫太郎の作品です。
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問題文

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(ところできみは、すぴるでぃんぐこのうんでぃねをえがいた、べっくりんのそうしょくがを)

「ところで君は、スピルディング湖の水精を描いた、ベックリンの装飾画を

(みたことがあるかね。うっそうとしたもみばやしのそこで、ひょうしょくこのみずがくらく)

見たことがあるかね。鬱蒼とした樅林の底で、氷蝕湖の水が暗く

(ひかっているのだ。それが、ぐんじょうをなまのとうどにとかしこんだようないろで、ねっとりと)

光っているのだ。それが、群青を生の陶土に溶かし込んだような色で、粘稠と

(よどんでいる。そのすいめんに、みずちのせではないかとおもわせているのが、)

澱んでいる。その水面に、みずちの背ではないかと思わせているのが、

(きんいろをおびたうつくしいとうはつで、それがもぐさのようにたなびいているのだよ。)

金色を帯びた美しい頭髪で、それが藻草のように靡いているのだよ。

(けれどもくましろくん。ぼくはなにもしょくぎょうてきなかんしょうかじゃないのだからね、りょうかんや)

けれども熊城君。僕はなにも職業的な観賞家じゃないのだからね、猟館や

(りゅうりゅうしたしぜんきょうなどをもちだしてまで、きみたちにめいそうをうながそうとするこんたんはない。)

瘤々した自然橋などを持ち出してまで、君達に瞑想を促そうとする魂胆はない。

(そういううんでぃねをだんせいにかえてしまうだんになると、まっさきにへんかのおこらねば)

そういう水精を男性に変えてしまう段になると、真先に変化の起らねば

(ならぬものが、そもそもなんであるか それをといたいのだよ とのりみずのかおに)

ならぬものが、そもそも何であるか――それを問いたいのだよ」と法水の顔に

(かすかなこうちょうがうかびあがって、ぺんたぐらむまのふびをしてきする、)

微かな紅潮が泛び上って、五芒星の不備を指摘する、

(めふぃすとのせりふ そのえんにいっかしょごびゅうがあったためにそのかんげきをねらい、)

メフィストの科白(その円に一個所誤謬があったためにその間隙を狙い、

(めふぃすとがふぁうすとのさじゅをやぶってしんにゅうしたのである をくちにした。)

メフィストがファウストの鎖呪を破って侵入したのである)を口にした。

(とくとみたまえ。あのいんじゅはかんぜんにひいてないよ。そとがわにむいているかくが、)

「――とくと見給え。あの印呪は完全に引いてないよ。外側に向いている角が、

(みるとおりにすこしひらいている ああなるほど、かみのけとかぎのかくどにみず!これは、)

見るとおりに少し開いている」「ああなるほど、毛髪と鍵の角度に水!これは、

(はくがくなるせんせいにごあいさつもうしあげます。すこぶるあせをかかされたものですわい)

博学なる先生に御挨拶申し上げます。すこぶる汗をかかされたものですわい」

(とおなじくしゃれたくちょうで、けんじもめふぃすとのせりふであいづちをうったけれども、)

と同じく洒落た口調で、検事もメフィストの科白で相槌を打ったけれども、

(それには、はんにんとのりみずと、りょうようのいみであっとうされてしまった。・・・・・・あのよる)

それには、犯人と法水と、両様の意味で圧倒されてしまった。……あの夜

(だんねべるぐふじんがしたいとなったへやのどあには、かぎあなにそそぎこんだみずの)

ダンネベルグ夫人が死体となった室の扉には、鍵孔に注ぎ込んだ水の

(しつどによってかみのけがしんしゅくし、じどうてきにかいへいされるでいはかせのいんけんとびらそうちが)

湿度によって毛髪が伸縮し、自働的に開閉されるデイ博士の隠顕扉装置が

(ひめられてあった。ところが、それにひつようなみずとかみのけとが、)

秘められてあった。ところが、それに必要な水と毛髪とが、

など

(かるであこじゅもんのなかにかくされていたのはまだしものことで、)

カルデア古呪文の中に隠されていたのは未だしもの事で、

(よりいじょうのおどろきというのは、ほかにあったのだ。それは、そのそうちをりきがくてきに)

より以上の驚きと云うのは、ほかにあったのだ。それは、その装置を力学的に

(そうこうさせるところのおとしがねのかくどが、ものもあろうにきかいずのようなせいみつさで、)

奏効させるところの落し金の角度が、物もあろうに機械図のような精密さで、

(ごぼうせいのふうさをやぶっためふぃすとのせりふのなかにしめされていたことである。)

五芒星の封鎖を破ったメフィストの科白の中に示されていた事である。

(そうなると、もちろんそのほうていしきは、じけんちゅうさいだいのぎもんといわれるつぎのじるふすにむかって)

そうなると、勿論その方程式は、事件中最大の疑問と云われる次の風精に向って

(ついきゅうされねばならなかった。が、そのかいとうをもとめたけんじのかおには、)

追及されねばならなかった。が、その解答を求めた検事の顔には、

(いたいたしいまでのしついがあらわれた。すると、かりりよんしつのじるふすが、あのばいおんえんそうと)

痛々しいまでの失意が現われた。「すると、鐘鳴器室の風精が、あの倍音演奏と

(どんなかんけいがあるのだね。そのらむだは、しーたは?とけんじがあえぐようにたずねると、)

どんな関係があるのだね。そのλは、θは?」と検事があえぐように訊ねると、

(のりみずはにわかにたいどをかえて、ひげきてきにくびをふった。じょうだんじゃない。どうして)

法水はにわかに態度を変えて、悲劇的に首を振った。「冗談じゃない。どうして

(あれが、そんなゆうぎてきしょうどうのさんぶつなもんか。あれには、あくまのいちばんげんしゅくなかおが)

あれが、そんな遊戯的衝動の産物なもんか。あれには、悪魔の一番厳粛な顔が

(あらわれているんだよ。ねえ、そうじゃないかはぜくらくん、ぼっとうとこくしとからは、)

現われているんだよ。ねえ、そうじゃないか支倉君、没頭と酷使とからは、

(きまっておそろしいゆーもあがほうしゅつされるんだぜ。だから、あのじるふすのゆーもあは)

きまって恐ろしいユーモアが放出されるんだぜ。だから、あの風精のユーモアは

(いまのようなろんりついきゅうだけでひしゃげてしまうようなしろものじゃない。)

今のような論理追求だけで潰げてしまうようなしろものじゃない。

(きっとうんでぃぬすなどとはにてもにつかぬほど、きょうぼうてきなふぁんたすちっくなものに)

きっと水精などとは似ても似つかぬほど、狂暴的な幻想的なものに

(ちがいないのだ。それに、がんらいあのじるふすというのが、)

違いないのだ。それに、元来あの風精と云うのが、

(いんヴぃんじぶる・ふぇありーなんだからね。したがって、どこぞという)

眼には見えぬ気体の精なんだからね。したがって、どこぞという

(とくちょうもないのだ とむしろれいこくにつきはなしてから、くましろのほうをむくと、かれは)

特徴もないのだ」とむしろ冷酷に突き放してから、熊城の方を向くと、彼は

(まんめんにさっきをうかべていいはなった。つまり、きっとはんにんのしにしずむが、けっきょくじぶんの)

満面に殺気を泛べて云い放った。「つまり、きっと犯人の冷笑癖が、結局自分の

(ぼけつをほってしまったのだよ。ためしにうんでぃぬすと、せいべつてんかんのおこなわれてないざらまんだーとを)

墓穴を掘ってしまったのだよ。試しに水精と、性別転換の行われてない火精とを

(ひかくしてみたまえ。かならずそのかいとうが、ぜんれいのふたつとはてんでてんとうしたはんこうけいしきに)

比較して見給え。必ずその解答が、前例の二つとはてんで転倒した犯行形式に

(ちがいないのだ。はんにんはいんびなしゅだんからずに、どうどうとすがたをあらわして、)

違いないのだ。犯人は隠微な手段籍らずに、堂々と姿を現わして、

(ぶらっけんべるぐかじゅつのせいかをうちはなすだろう。もちろんひょうしゃくとひきがねをいとで)

ブラッケンベルグ火術の精華を打ち放すだろう。勿論標尺と引金を糸で

(むすびつけて、はんたいのほうこうへじどうはっしゃをこころみるようなことはやらんだろうし、)

結び付けて、反対の方向へ自働発射を試みるようなことはやらんだろうし、

(しるでちぢむれっとりんげるしをゆびにまいて、ひきがねにぎぞうしもんをのこすような)

汁で縮むレットリンゲル紙を指に巻いて、引金に偽造指紋を残すような

(ろうれつなしゅだんにもでまい。いわば、いっさいいんけんさくをはいじょした)

陋劣な手段にも出まい。云わば、いっさい陰険策を排除した

(きしどうせいしんなんだよ。しかし、ぼくらにもしこのよういがなかったひには、ぜんれいの)

騎士道精神なんだよ。しかし、僕等にもしこの用意がなかった日には、前例の

(ふたつにあらわれている。ふくざつなびみょうなぎこうになれためで、かならずやさっかくをおこすに)

二つに現われている。複雑な微妙な技巧に慣れた眼で、必ずや錯覚を起すに

(ちがいないのだ。つまり、そこにはんにんがもくろんだ、はんたいあんじがあるというわけだが、)

違いないのだ。つまり、そこに犯人が目論んだ、反対暗示があると云う訳だが、

(......こんどこそはわらいかえしてやるぞ もちろんそのひとことは、こんどのごえいほうほうに)

......今度こそは嗤い返してやるぞ」勿論その一言は、今度の護衛方法に

(けっていてきなししんをあたえるものにそういなかった。けれども、こうしてのりみずのちのうが、)

決定的な指針を与えるものに相違なかった。けれども、こうして法水の知脳が、

(じかいのはんざいにおいてまったくはんにんのきせんをせいしたかのようにみえ、ことにざらまんだーの)

次回の犯罪において全く犯人の機先を制したかのように見え、ことに火精の

(いっくが、けっきょくはんにんのはめつをひきだすかのかんをていしたのだったけれども、)

一句が、結局犯人の破滅を引き出すかの観を呈したのだったけれども、

(これまでかれたいはんにんのあいだにくりかえされていったけんぼうじゅっさくのあとをかえりみると、)

従来彼対犯人の間に繰り返されていった権謀術策の跡を顧みると、

(のりみずのすいだんをそことするのが、まだまだそうけいのようにもおもわれるのではないか。)

法水の推断を底とするのが、まだまだ早計のようにも思われるのではないか。

(しかし、ごぼうせいじゅもんにたいするかれのついきゅうは、けっしてそれのみには)

しかし、五芒星呪文に対する彼の追及は、けっしてそれのみには

(つきなかったのである。しかし、まだまだぼくは、あのごぼうせいじゅもんに、もっと)

尽きなかったのである。「しかし、まだまだ僕は、あの五芒星呪文に、もっと

(ふかいところにないざいしている、かくしんのものがあるとしんじていたのだ。つまり、)

深いところに内在している、核心のものがあると信じていたのだ。つまり、

(このじけんのせいいんとかんれんしている、さあ、はんざいどうきというよりも、まだもっと)

この事件の生因と関聯している、サア、犯罪動機と云うよりも、まだもっと

(しんおうのものかもしれない。いや、もうすこしひろいいみでいうと、こくしかんのちていには)

深奥のものかもしれない。いや、もう少し広い意味で云うと、黒死館の地底には

(いちめんにひろがっているいくつかのひみつのねがある。それがばんこんさくそうとして)

一面に拡がっている幾つかの秘密の根がある。それが盤根錯綜として

(かさなりあっているところのけいじょうを、なにかのどうきでしることができはしまいかと)

重なり合っている個所の形状を、何かの動機で知ることが出来はしまいかと

(かんがえたのだ。それで、こころみにさまざまのかくどをつかって、いちいちあのじゅもんを)

考えたのだ。それで、試みに様々の角度を使って、一々あの呪文を

(うつしてみたのだよ とそこまでいうと、のりみずはさすがにひろうのいろをうかべて、)

映してみたのだよ」とそこまで云うと、法水はさすがに疲労の色を泛べて、

(きのういちにちをついやしたせいそうなどりょくをかたるのだった。)

昨日一日を費やした凄愴な努力を語るのだった。

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