黒死館事件70

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(に、ちゅうにうかんで・・・・・・ころさるべし)

二、宙に浮んで……殺さるべし

(のりみずがくりヴぉふふじんにぽぐろむをこころみて、しきりとぞーでぃあっくひみつきほうの)

法水がクリヴォフ夫人に猶太人虐*殺を試みて、しきりと十二宮秘密記法の

(かいどくをしているころだった。いっぽうしふくのたてでかこまれているこくしかんでは、そのすきを)

解読をしている頃だった。一方私服の楯で囲まれている黒死館では、その隙を

(どうもぐったものか、よにもまたとないげんじゅつてきなさんげきがおこったのである。)

どう潜ったものか、世にもまたとない幻術的な惨劇が起ったのである。

(それがにじよんじゅっぷんのできごとで、とうのひがいしゃくりヴぉふふじんは、ちょうどぜんていに)

それが二時四十分の出来事で、当の被害者クリヴォフ夫人は、ちょうど前庭に

(めんしたほんかんのちゅうおう すなわちせんとうのまっすぐしたにあたるにかいのぶぐしつのなかで、)

面した本館の中央――すなわち尖塔のまっすぐ下に当る二階の武具室の中で、

(おりからのごごのひざしをまんしんにあびながら、まどぎわのいしたくによりどくしょしていた。)

折からの午後の陽差を満身に浴びながら、窓際の石卓に倚り読書していた。

(すると、とつぜんはいごからなにものかのてで、そうしょくひんのひとつであったふぃんらんだーしき)

すると、突然背後から何者かの手で、装飾品の一つであったフィンランダー式

(かじゅつどがはっしゃされたのだが、うんよくそのやは、かのじょのとうぶをわずかにかすめて)

火術弩が発射されたのだが、運よくその箭は、彼女の頭部をわずかに掠めて

(もうはつをぬった。そして、そのきょうもうなちょくしんりょくは、しゅんかんかのじょをちゅうにつり、)

毛髪を縫った。そして、その強猛な直進力は、瞬間彼女を宙に吊り、

(そのままちょくぜんのよろいどにめいちゅうしたので、そのはずみをくって、くりヴぉふふじんは)

そのまま直前の鎧扉に命中したので、その機みを喰って、クリヴォフ夫人は

(まりのようにそうがいになげだされたのだった。しかし、そのさすまたがたをしたおにやが、)

鞠のように窓外に投げ出されたのだった。しかし、その刺叉形をした鬼箭が、

(しかとかけのあいだにくいいっていたので、またこうびのやはずにからみついているかのじょの)

確かと棧の間に喰い入っていたので、また後尾の矢筈に絡みついている彼女の

(とうはつも、これまたしつようにはなれなかったので、ふじんのからだはそのいっぽんのやに)

頭髪も、これまた執拗に離れなかったので、夫人の身体はその一本の矢に

(つられてちゅうづりとなり、しかも、こくうのなかできりきりこまのようにかいてんを)

釣られて宙吊りとなり、しかも、虚空の中でキリキリ独楽のように廻転を

(はじめたのであった。まさに、だんねべるぐふじん えきすけとつづいた、ちみどろの)

始めたのであった。まさに、ダンネベルグ夫人――易介と続いた、血みどろの

(どうわふうけいである。あのそこしれぬようじゅつのようなまりょくをくしして、はんにんはこのひにも)

童話風景である。あの底知れぬ妖術のような魔力を駆使して、犯人はこの日にも

(また、くりヴぉふふじんをまりおねっとのようにもてあそんだ。そして、あいかわらず)

また、クリヴォフ夫人を操人形のように弄んだ。そして、相変らず

(ごさいけんらんとした、ちょうりほうちょうかんのうのしんわげきをうったのであった。おそらくそのこうけいは)

五彩絢爛とした、超理法超官能の神話劇を打ったのであった。恐らくその光景は

(くりヴぉふふじんのあかげがひにあおられて、それがくるくるかいてんするところは、)

クリヴォフ夫人の赤毛が陽に煽られて、それがクルクル廻転するところは、

など

(さながらほのおのこまのようにもおもえたであろうし、また、いかったごるごん)

さながら焔の独楽のようにも思えたであろうし、また、怒ったゴルゴン

(めどうーさらさんしまい のとうはつをほうふつとさせるほどに、せいさんこくれつを)

(メドウーサら三姉妹)の頭髪を髣髴とさせるほどに、凄惨酷烈を

(きわめたものにちがいなかった。そして、そのときくりヴぉふふじんが、もし)

きわめたものに違いなかった。そして、その時クリヴォフ夫人が、もし

(むがむちゅうのうちにまどわくにかたてをかけなかったなら、あるいは、そのうちにやはずが)

無我夢中の裡に窓框に片手を掛けなかったなら、あるいは、そのうちに矢筈が

(しなびやじりがぬけるかして、けっきょくちょっかさんじょうのちじょうでふんさいされたかも)

萎び鏃が抜けるかして、結局直下三丈の地上で粉砕されたかも

(しれなかったのである。しかし、ひめいをききつけられて、くりヴぉふふじんは)

しれなかったのである。しかし、悲鳴を聴きつけられて、クリヴォフ夫人は

(ただちにひきあげられたけれども、とうはつはほとんどむざんにもひきぬかれていて、)

ただちに引き上げられたけれども、頭髪はほとんど無残にも引き抜かれていて、

(おまけにもうこんからのしゅっけつで、こんとうしているかのじょのかおは、いちめんにしゃたんを)

おまけに毛根からの出血で、昏倒している彼女の顔は、一面に赭丹を

(ながしたようそじをみることができなかったそうであった。そのさんじが)

流したよう素地を見ることが出来なかったそうであった。その惨事が

(はっせいしてから、わずかさんじゅうごふんのあとに、のりみずいっこうはこくしかんにとうちゃくしていた。)

発生してから、わずか三十五分の後に、法水一行は黒死館に到着していた。

(やかたにはいると、かれはすぐにくりヴぉふふじんのびょうしょうをみまった。すると、おりよく)

館に入ると、彼はすぐにクリヴォフ夫人の病床を見舞った。すると、折よく

(いしのてでいしきがかいふくされていて、じょうじゅつのじじょうを、とぎれながらもきくことが)

医師の手で意識が恢復されていて、上述の事情を、杜絶れながらも聴くことが

(できた。しかし、それいじょうのしんそうは、こんとんのかなたではんにんがにぎっていた。)

出来た。しかし、それ以上の真相は、混沌の彼方で犯人が握っていた。

(そのとうじかのじょは、まどをしょうめんにいすのせをどあのほうへむけていたので、)

その当時彼女は、窓を正面に椅子の背を扉の方へ向けていたので、

(しぜんはいごにいたじんぶつのすがたはみることができなかったというしまつだし、また、)

自然背後にいた人物の姿は見ることが出来なかったと云う始末だし、また、

(そのへやにはいるさゆうのろうかには、それぞれひとりあてずつのしふくがまがりかどのところで)

その室に入る左右の廊下には、それぞれ一人宛ずつの私服が曲り角の所で

(がんばっていたのだったけれども、だれしもそこをしゅつにゅうしたじんぶつはなかった)

頑張っていたのだったけれども、誰しもそこを出入した人物はなかった

(というのだった。ことばをかえていうと、そのへやはほとんどみっぺいされたはこむろに)

と云うのだった。言葉を換えて云うと、その室はほとんど密閉された函室に

(ひとしく、したがって、しふくのめからはずれて、いやしくもけいたいをそなえたせいぶつなら、)

等しく、したがって、私服の眼から外れて、いやしくも形体を具えた生物なら、

(しゅつにゅうはぜったいふかのうであるにそういなかったのである。のりみずはちょうしゅをおわると、)

出入は絶対不可能であるに相違なかったのである。法水は聴取を終ると、

(くりヴぉふふじんのびょうしつをでて、さっそくもんだいのぶぐしつをてんけんした。)

クリヴォフ夫人の病室を出て、さっそく問題の武具室を点検した。

(そのへやはぜんめんからみると、せいかくにほんかんのまんなかにあたり、にじょうのあぷすに)

その室は前面から見ると、正確に本館の真中央に当り、二条の張出間に

(はさまれていて、ふたつあるがらすまどはそれだけがほかとはことなり、じゅうはっせいきまっきの)

挾まれていて、二つある硝子窓はそれだけが他とは異なり、十八世紀末期の

(にだんじょうげしきになっている。また、しつないもほっぽうごーとふうのげんぶがんでたたみあげた)

二段上下式になっている。また、室内も北方ゴート風の玄武岩で畳み上げた

(つみいしづくりで、しゅういはひとかかえもあるかくいしできずきあげられ、それが、くらくそぼうなもうまいな)

積石造で、周囲は一抱えもある角石で築き上げられ、それが、暗く粗暴な蒙昧な

(いかにもおもおもしげなておどりっくちょうあたりをほうふつとさせるものであった。)

いかにも重々しげなテオドリック朝あたりを髣髴とさせるものであった。

(そして、しつないにはちんれつひんのほかに、きょだいないしたくと、てんがいのないばるだきんが)

そして、室内には陳列品のほかに、巨大な石卓と、天蓋のない背長椅子が

(ひとつあるのみにすぎなかった。しかも、そのあんたんとしたふんいきを、さらに)

一つあるのみにすぎなかった。しかも、その暗澹とした雰囲気を、さらに

(いちだんものものしくしているのが、しゅういのへきめんをかざっているかくじだいの)

いちだん物々しくしているのが、周囲の壁面を飾っている各時代の

(こだいぶぐだったのである。それには、さしてじょうこのものはなかったけれども、)

古代武具だったのである。それには、さして上古のものはなかったけれども、

(こがたのもるがるてんせんそうとうじのかたぷるとしきぱりすた、へーるばんじょうびののりいればしご、)

小型のモルガルテン戦争当時の放射式投石機、屯田兵常備の乗入梯子、

(しなげんだいとうかきのようなややかたのおおきいせんきにるいするものから、しゅほうようはヴぃるぜ)

支那元代投火機のようなやや型の大きい戦機に類するものから、手砲用鞍形楯

(ほかじゅうに、さんのたてるい、ておどしうすてつむち、あらごんじだいのかけや、げるまんれんか、)

ほか十二、三の楯類、テオドシウス鉄鞭、アラゴン時代の戦槌、ゲルマン連枷、

(のるまんがたおおみのやりからじゅうろくせいきやりにいたる、じゅうすうしゅのちょうたんひたまたをまじた)

ノルマン型大身鎗から十六世紀鎗にいたる、十数種の長短直叉を混じた

(そうげきるい。また、ほへいようせんふをはじめに、さーべるのるいもかくねんだいにわたっていて、)

鎗戟類。また、歩兵用戦斧をはじめに、洋剣の類も各年代にわたっていて、

(ことに、ぶるがんでぃかまがたなやざばーげんけんがちんきなものだった。そして、)

ことに、ブルガンディ鎌刀やザバーゲン剣が珍奇なものだった。そして、

(そのところどころに、ぬーしゃてるかっちゅうやまきしみりあんがた、それにふぁるねすや)

その所々に、ヌーシャテル甲冑やマキシミリアン型、それにファルネスや

(ばいやーるがたなどのちゅうせいかっちゅうがちんれつされていて、じゅうきといえば、わずかにしょきの)

バイヤール型などの中世甲冑が陳列されていて、銃器と云えば、わずかに初期の

(はんどきゃのんをふたつみっつみるにすぎなかった。しかし、それらちんれつひんを)

手砲を二つ三つ見るにすぎなかった。しかし、それ等陳列品を

(じゅんししているうちに、おそらくのりみずは、かれがちんぞうしているぐろーすの)

巡視しているうちに、恐らく法水は、彼が珍蔵しているグロースの

(こだいぐんきしょ を、このさいじさんしなかったことがくやまれたにちがいない。)

「古代軍器書」を、この際持参しなかったことが悔まれたに違いない。

(なぜなら、かれはときおりたんそくし、あるいはほそめためを、さいこくやもんしょうに)

何故なら、彼は時折嘆息し、あるいは細めた眼を、細刻や紋章に

(ちかづけたりなどして、たしかにこのせんぐへんせんのみりょくは、かれのしょくむを)

近づけたりなどして、たしかにこの戦具変遷の魅力は、彼の職務を

(わすれさせたほどに、こうこつとさせたにそういなかったのである。)

忘れさせたほどに、恍惚とさせたに相違なかったのである。

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