黒死館事件78

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(ああまぶしいこと・・・・・・。わたし、このひかりが、いつかはかならずこずにはいないと・・・・・・)

「ああ眩しいこと……。私、この光が、いつかは必ず来ずにはいないと……

(それだけはかたくしんじてはいましたけれど・・・・・・でも、あのくらさが といいかけて、)

それだけは固く信じてはいましたけれど……でも、あの暗さが」と云いかけて、

(のぶこはみまいとするもののようにめをつぶり、くびをきょうぼうにふった。)

伸子は見まいとするもののように眼を瞑り、首を狂暴に振った。

(ええなんでもしてごらんにいれますとも。おどろうとさかだちしようと)

「ええ何でもして御覧に入れますとも。踊ろうと逆立ちしようと――」

(とたちあがって、まずるかのような4ぶんの3びょうしをふみながら、)

と立ち上って、波蘭輪舞のような4分の3拍子を踏みながら、

(くるくるこまみたいにせんかいをはじめたが、てーぶるのはしにばったりりょうてをつくと、)

クルクル独楽みたいに旋廻を始めたが、卓子の端にバッタリ両手を突くと、

(くだったかみのけをはすっぱにうしろのほうへはねあげていった。でも、かりりよんしつのしんそうと、)

下った髪毛を蓮葉に後の方へ跳ね上げて云った。「でも、鐘鳴器室の真相と、

(ぼるけん・はうすからでられなかったことだけは、どうかおききにならないで。だって、)

樹皮亭から出られなかったことだけは、どうかお訊きにならないで。だって、

(このやかたのかべには、ふしぎなみみがあるんですもの。それをやぶったひには、)

この館の壁には、不思議な耳があるんですもの。それを破った日には、

(いつまであなたのごどうじょうをうけていられるか、あやしくなってまいりますわ。さあ、)

いつまで貴方の御同情をうけていられるか、怪しくなってまいりますわ。サア、

(つぎのじんもんをはじめてちょうだい いや、もうおひきとりになっても。まだ、)

次の訊問を始めて頂だい」「いや、もうお引き取りになっても。まだ、

(だんねべるぐじけんについて、さんこうまでにおききしたいことはあるのですが)

ダンネベルグ事件について、参考までにお訊きしたい事はあるのですが」

(とのりみずはそういって、いつまでもきょうきのこうふんから、さることのできないのぶこを)

と法水はそう云って、いつまでも狂喜の昂奮から、去ることの出来ない伸子を

(ひきとらせた。ながいちんもくととがったくろいかげ かのじょがさったあとのしつないは、ちょうど)

引き取らせた。長い沈黙と尖った黒い影――彼女が去った後の室内は、ちょうど

(たいふういっかごのかんであったがそこにはなんともいえぬひつうなくうきがみなぎっていた。)

颱風一過後の観であったがそこにはなんとも云えぬ悲痛な空気が漲っていた。

(なぜなら、かれらはのぶこのかいほうをてんきとして、もはやにんげんのせかいにはきぼうを)

何故なら、彼等は伸子の解放を転機として、もはや人間の世界には希望を

(たたれてしまったからだ。あのものすさまじいこくしかんのていりゅう ささいなはんざいげんしょうの)

絶たれてしまったからだ。あの物凄じい黒死館の底流――些細な犯罪現象の

(ここひとつひとつにさえ、かげをたたないあのだいまりょくに、じけんのどうこうは)

個々一つ一つにさえ、影を絶たないあの大魔力に、事件の動向は

(しゃにむにけいちゅうされてゆくのではないか。くましろはがんめんをどちょうさせて、)

遮二無二傾注されてゆくのではないか。熊城は顔面を怒張させて、

(しばらくきりきりはがみをしていたが、とつぜんのりみずがひきぬいたぷらぐを)

しばらくキリキリ歯噛みをしていたが、突然法水が引き抜いた差込みを

など

(ゆかにたたきつけた。そして、たちあがってあらあらしくしつないをあるきまわっていたが、)

床に叩きつけた。そして、立ち上って荒々しく室内を歩き廻っていたが、

(それに、のりみずはへいぜんとこえをなげた。ねえくましろくん、これでいよいよ、だいにまくが)

それに、法水は平然と声を投げた。「ねえ熊城君、これでいよいよ、第二幕が

(おわったのだよ。もちろん、もじどおりのめいきゅうこんらんふんきゅうさ。だがしかしだ、)

終ったのだよ。もちろん、文字どおりの迷宮混乱紛糾さ。だがしかしだ、

(たぶんつぎのまくのしょっぱなにはれヴぇずがとうじょうして、それから、このじけんは、)

たぶん次の幕の冒頭にはレヴェズが登場して、それから、この事件は、

(きゅうこうてきにきゃたすとろふへいそぐことだろうよ かいけつ ばかをいいたまえ。ぼくはもう、)

急降的に破局へ急ぐことだろうよ」「解決――莫迦を云い給え。僕はもう、

(じひょうをだすきりょくさえなくなっているんだぜ。たぶんさいしょから、とがきに)

辞表を出す気力さえなくなっているんだぜ。たぶん最初から、ト書に

(していしてあるんだろう。だいにまくまではちじょうのばめんで、さんまくいごはしんせいこうれいの)

指定してあるんだろう。第二幕までは地上の場面で、三幕以後は神筮降霊の

(せかいだ とでも とくましろはしょうちんしたようにつぶやくのだった。とにかく、)

世界だ――とでも」と熊城は銷沈したように呟くのだった。「とにかく、

(あとのしごとは、きみがちんぞうするいんきゅなぷらでもあさることだ。そして、ぼくらの)

後の仕事は、君が珍蔵する十六世紀前紀本でも漁ることだ。そして、僕等の

(ぼひぶんをつくることなんだよ うん、そのいんきゅなぷらなんだがねえ。じつは、)

墓碑文を作ることなんだよ」「うん、その十六世紀前紀本なんだがねえ。実は、

(それににたくうろんがひとつあるのだよ とけんじはちんつうなたいどをうしなわず、なじるような)

それに似た空論が一つあるのだよ」と検事は沈痛な態度を失わず、詰るような

(けわしさでのりみずをみて、ねえのりみずくん、にじのしたをかれくさをつんだばしゃがとおった。)

険しさで法水を見て、「ねえ法水君、虹の下を枯草を積んだ馬車が通った。

(そして、きぐつをはいたむすめがおどったのだ、 すると、このじけんにはひとりの)

――そして、木靴を履いた娘が踊ったのだ、――すると、この事件には一人の

(にんげんもいなくなってしまったのだよ。ぼくにはどうしても、このぼっかてきふうけいの)

人間もいなくなってしまったのだよ。僕にはどうしても、この牧歌的風景の

(いみがわからないのだ。だいたいそのにじ というのは、いったいどういうげんしょうの)

意味が判らないのだ。だいたいその虹――と云うのは、いったいどういう現象の

(かたくれえずなんだね じょうだんじゃない。けっしてそれはぶんてんでも しでもない。)

強喩法なんだね」「冗談じゃない。けっしてそれは文典でも――詩でもない。

(もちろん、るいすいでもしょうおうでもないのだよ。じっさいにしんせいのにじが、はんにんと)

勿論、類推でも照応でもないのだよ。実際に真正の虹が、犯人と

(くりヴぉふふじんとのあいだにあらわれたのだがね とのりみずが、いまだにむそうの)

クリヴォフ夫人との間に現われたのだがね」と法水が、未だに夢想の

(さりきらない、ねつっぽいひとみをむけたとき、どあがしずかにひらかれた。そして、)

去りきらない、熱っぽい瞳を向けたとき、扉が静かに開かれた。そして、

(とつぜんなんのよこくもなしに、くがしずこのやせたとげとげしいかおがあらわれた。そのしゅんかん、)

突然何の予告もなしに、久我鎮子の瘠せた棘々しい顔が現われた。その瞬間、

(ぐいといきづまるようなものがせまってきた。おそらくこのがくしきにとみ、ちゅうせいてきなきょうれつな)

グイと息詰るようなものが迫ってきた。恐らくこの学識に富み、中性的な強烈な

(こせいをもったしんぴろんじゃは、にんげんにははんにんをもとめようのなくなったいようなじけんを、)

個性を持った神秘論者は、人間には犯人を求めようのなくなった異様な事件を、

(さらにいっそうあんたんたるものとするにそういないのである。しずこはかるくもくれいを)

さらにいっそう暗澹たるものとするに相違ないのである。鎮子は軽く目礼を

(わたりますと、いつものようにれいたんなちょうしでいった。が、そのないようは)

済ますと、いつものように冷淡な調子で云った。が、その内容は

(すこぶるげきえつなものだった。のりみずさん、わたし、まさかとはおもいますわ。ですけど)

すこぶる激越なものだった。「法水さん、私、まさかとは思いますわ。ですけど

(あなたはあのわたりどりのいうことを、むろんそのままおしんじになっているのじゃ)

貴方はあの渡り鳥のいうことを、無論そのままお信じになっているのじゃ

(ございますまいね わんだー・ふぉーげる!?のりみずはきいのめをみはって、とっさに)

ございますまいね」「渡り鳥!?」法水は奇異の眼をみはって、咄嗟に

(はんもんした。ついいましがた、じぶんがにじのひょうしょうとしてはいたことばが、ぐうぜんかはしらぬが)

反問した。つい今し方、自分が虹の表象として吐いた言葉が、偶然かは知らぬが

(しずこによってくりかえされたからである。さよう、いきのこったさんにんの)

鎮子によって繰り返されたからである。「さよう、生き残った三人の

(わたりどりのことですわ そうはきすてるようにいって、しずこはじいっとのりみずのかおを)

渡り鳥のことですわ」そう吐き捨てるように云って、鎮子は凝然と法水の顔を

(せいしした。つまり、ああいうれんちゅうがどういうぼうえいてきなさくどうにでようと、)

正視した。「つまり、ああいう連中がどういう防衛的な策動に出ようと、

(つたこさまはぜったいにはんにんではございません わたしはそれをあくまで)

津多子様は絶対に犯人ではございません――私はそれをあくまで

(しゅちょうしたいのです。それにあのかたは、けさがたからおきあがってはいられますけど)

主張したいのです。それにあの方は、今朝がたから起き上ってはいられますけど

(まだじんもんにたえるというほどにはかいふくしておられないのです。あなたなら、)

まだ訊問に耐えるというほどには恢復しておられないのです。貴方なら、

(ごぞんじでいらっしゃいましょう ほうすいくろらーるのかりょうが)

御存じでいらっしゃいましょう――抱水クロラールの過量が

(いったいどういうしょうじょうをおこすものか。とうていきょういちにちちゅうでは、あのひんけつと)

いったいどういう症状を起すものか。とうてい今日一日中では、あの貧血と

(ししんのひろうからかいふくすることはこんなんなのでございます。いいえわたしは、あのかたに)

視神の疲労から恢復することは困難なのでございます。いいえ私は、あの方に

(めありー・すちゅあーと じゅうろくせいきすこっとらんどにおけるせいじょのようなじょおう。)

メアリー・スチュアート(十六世紀スコットランドにおける聖女のような女王。

(のちにじょおうえりざべすのためだんとうにしょせらる 1587ねんにがつようか のうんめいが)

後に女王エリザベスのため断頭に処せらる――一五八七年二月八日)の運命が

(ありそうにおもわれて・・・・・・。つまりあなたのへんけんがあやぶまれてならないのですわ)

ありそうに思われて……。つまり貴方の偏見が危惧まれてならないのですわ」

(めありー・すちゅあーと!?のりみざはとつぜんきょうみにそそのかられたらしく、はんしんを)

「メアリー・スチュアート!?」法水は突然興味に唆られたらしく、半身を

(たくじょうにのりだした。そうすると、あのぜんりょうすぎるほどのおひとよしを)

卓上に乗り出した。「そうすると、あの善良過ぎるほどのお人良しを

(いうのですか、それとも、くいーんえりざべすのけんぼうかんさくを・・・・・・)

云うのですか、それとも、女王エリザベスの権謀奸策を……

(あのさんにんに それは、りょうようのいみでです しずこはれいぜんとこたえた。)

あの三人に」「それは、両様の意味でです」鎮子は冷然と答えた。

(ごしょうちとはぞんじますが、つたこさまのごふぎみおしがねはかせは、ごじしんけいえいになる)

「御承知とは存じますが、津多子様の御夫君押鐘博士は、御自身経営になる

(じぜんびょういんのために、ほとんどしざいをとうじんしてしまいました。それなので、)

慈善病院のために、ほとんど私財を蕩尽してしまいました。それなので、

(こんごのいじのためには、どうあってもあのせきがんをおしてまで、つたこさまはふたたび)

今後の維持のためには、どうあってもあの隻眼を押してまで、津多子様は再び

(あしひかりをあびなければならなくなったのです。おそらくあのかたのうけるかっさいが、)

脚光を浴びなければならなくなったのです。恐らくあの方のうける喝采が、

(いやくにきぼうをもてないなにまんというひとたちをうるおすことでしょう。まったく、ひとを)

医薬に希望を持てない何万という人達を霑おすことでしょう。まったく、人を

(みることにゅうわなるものはめぐまれるでしょうが、そうかといって、)

見ること柔和なるものは恵まれるでしょうが、そうかと云って、

(されどもんにたてるものはひとをさまたぐ ですわ。のりみずさん、あなたはこのそろもんの)

されど門に立てる者は人を妨ぐ――ですわ。法水さん、貴方はこのソロモンの

(いみがおわかりになりまして。あのもん つまりこのじけんにせいさんなひかりを)

意味がお判りになりまして。あの門――つまりこの事件に凄惨な光を

(そそぎいれている、あのかぎあなのあるもんのことですわ。そこに、こくしかんえいせいのひやくが)

注ぎ入れている、あの鍵孔のある門の事ですわ。そこに、黒死館永生の秘鑰が

(あるのです それを、もうすこしぐたいてきにおっしゃっていただけませんか)

あるのです」「それを、もう少し具体的に仰言って頂けませんか」

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