黒死館事件81
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問題文
(ところで、それがもしじじつだとしたら、ぼくらはとうていへいせいでは)
「ところで、それがもし事実だとしたら、僕等はとうてい平静では
(いられなくなってくるのです。なぜなら、あのとうじさんてつはかせは、ひだりむねの)
いられなくなってくるのです。何故なら、あの当時算哲博士は、左胸の
(さしんしつ それもほとんどはたれにあたるぶぶんをさしつらぬいていたのですが、あまりに)
左心室――それもほとんど端れに当る部分を刺し貫いていたのですが、あまりに
(じさつのじょうきょうがけんちょだったために、そのしたいにぼうけんをようきゅうするまでには)
自殺の状況が顕著だったために、その屍体に剖見を要求するまでには
(いたらなかったのでした。そうなるとだいいちのぎもんは、ひだりはいのかようぶを)
至らなかったのでした。そうなると第一の疑問は、左肺の下葉部を
(つらぬいたところで、それがはたして、そくしにあたいするものかどうか)
貫いたところで、それがはたして、即死に価するものかどうか――
(ということです。そのしょうこには、げかしゅじゅつのひかくてきようちだった)
という事です。その証拠には、外科手術の比較的幼稚だった
(みなみあせんそうとうじでさえも、こうそうきょりのみじかいばあいは、そのほとんどぜんぶが)
南亜戦争当時でさえも、後送距離の短い場合は、そのほとんど全部が
(かいゆしているのですからね。そうそう、そのみなみあせんそうでしたが・・・・・・とのりみずは)
快癒しているのですからね。そうそう、その南亜戦争でしたが……」と法水は
(たばこのはしをぐいとかみしめて、こわねをしずめむしろおそれにちかいいろをうかべた。)
莨の端をグイと噛み締めて、声音を沈めむしろ怖れに近い色を泛べた。
(ところで、めーきんすがへんさんした、みなみあせんそうぐんじんいがくしゅうろく というほうこくしゅうが)
「ところで、メーキンスが編纂した、『南亜戦争軍陣医学集録』という報告集が
(あるのですが、そのなかに、ほとんどさんてつのばあいをほうふつとするきせきが)
あるのですが、その中に、ほとんど算哲の場合を髣髴とする奇蹟が
(あげられているのですよ。それは、かくとうちゅうみぎむねじょうぶにさーべるを)
挙げられているのですよ。それは、格闘中右胸上部に洋剣を
(さされたままになっていたりゅうきへいごちょうが、それからろくじゅうじかんごに、かんちゅうに)
刺されたままになっていた竜騎兵伍長が、それから六十時間後に、棺中に
(そせいしたというのです。しかし、へんしゃであるめいげかいのめーきんすは、それに)
蘇生したと云うのです。しかし、編者である名外科医のメーキンスは、それに
(つぎのようなけんかいをあたえました。 しいんは、たぶんじょうだいじょうみゃくをさーべるのせで)
次のような見解を与えました。――死因は、たぶん上大静脈を洋剣の背で
(あっぱくしたために、みゃっかんがいちじきょうさくされて、それがしんぞうへのちゅうけつをげきげんさせたに)
圧迫したために、脈管が一時狭窄されて、それが心臓への注血を激減させたに
(そういない。しかし、そのうっけつしゅちょうしているみゃっかんは、したいのいちが)
相違ない。しかし、その鬱血腫脹している脈管は、屍体の位置が
(ことなったりするたびに、けっきょうけつえきがりゅうどうするので、それがため、いっしゅぶつりてきな)
異なったりするたびに、血胸血液が流動するので、それがため、一種物理的な
(えいきょうをうけたのであろう。つまり、そのさようというのは、おうおうにしたいのしんぞうを)
影響をうけたのであろう。つまり、その作用と云うのは、往々に屍体の心臓を
(そせいさせることのある、あるしゅのまっさーじにるいしたものだったとおもわれる。なぜなら)
蘇生させることのある、ある種の摩擦に類したものだったと思われる。何故なら
(がんらいしんぞうというものはりがくてきぞうきであり、また、ぶらうんせかーるきょうじゅの)
元来心臓と云うものは理学的臓器であり、また、ブラウンセカール教授の
(ことばのごとく、おそらくぜつめいしているあいだでも、ちょうしんやしょくしんではとうてい)
言のごとく、恐らく絶命している間でも、聴診や触診ではとうてい
(ききとることのできぬ、かすかなこどうがつづいていたにそういないのだから)
聴き取ることの出来ぬ、細微な鼓動が続いていたに相違ないのだから
(ぱりだいがくきょうじゅぶらうんせかーるとこうししおは、じんたいのしんぞうをきいてそれがなお)
(巴里大学教授ブラウンセカールと講師シオは、人体の心臓を聞いてそれがなお
(こどうをつづけていたというすうじゅうれいをほうこくしている。すなわち、しんぞうがなおじゅうぶんな)
鼓動を続けていたという数十例を報告している。すなわち、心臓がなお充分な
(ちからをもっていることをしょうめいするのであって、かんげんすれば、それはしんどうのかんぜんな)
力を持っていることを証明するのであって、換言すれば、それは心動の完全な
(ていしをしょうめいしないのである。もちろんそのこどうは、がいぶではきこえない)
停止を証明しないのである。勿論その鼓動は、外部では聴えない)
(とめーきんすはこういうすいだんをくだしているのです。そうなるとくがさん、)
――とメーキンスはこういう推断を下しているのです。そうなると久我さん、
(ぼくはこのぎしんあんきを、いったいどうすればいいのでしょうか とのりみずは、さんてつの)
僕はこの疑心暗鬼を、いったいどうすればいいのでしょうか」と法水は、算哲の
(しんぞうのいちがことなっていることから、ししゃのさいせいなどというよりも、)
心臓の位置が異なっていることから、死者の再生などと云うよりも、
(もっともっとかがくてきろんきょのたしかな、ひとつのけねんをのうこうにするのだった。)
もっともっと科学的論拠の確かな、一つの懸念を濃厚にするのだった。
(が、そのとき、しんじゅうでせいそうなだんまりをつづけていたしずこに、とつじょひっしのけはいがひらめいた。)
が、その時、心中で凄愴な黙闘を続けていた鎮子に、突如必死の気配が閃いた。
(あくまでしんじつにたいしてりょうしんてきなかのじょは、きょうふもふあんもなにもかも)
あくまで真実に対して良心的な彼女は、恐怖も不安も何もかも
(おしきってしまったのだった。ああ、なにもかももうしあげましょう。いかにも)
押し切ってしまったのだった。「ああ、何もかも申し上げましょう。いかにも
(さんてつさまは、みぎにしんぞうをもったとくいたいしつしゃでございました。ですけれど、なにより)
算哲様は、右に心臓を持った特異体質者でございました。ですけれど、何より
(わたしには、さんてつさまがじさつなされるのに、みぎはいをついたといういしがうたがわしく)
私には、算哲様が自殺なされるのに、右肺を突いたという意志が疑わしく
(おもわれるのです。それで、ためしにわたしは、したいのひかにあむもにあちゅうしゃを)
思われるのです。それで、試しに私は、屍体の皮下にアムモニア注射を
(いたしたのでございました。ところが、それにははっきりと、せいたいとくゆうのあかいろが)
いたしたのでございました。ところが、それには明瞭と、生体特有の赤色が
(うかんでくるではありませんか。それに、なんというおそろしいことでしたろう。)
泛んでくるではありませんか。それに、なんという怖ろしい事でしたろう。
(あのいとが、まいそうしたよくあさにはきれていたのでございましたわ。ですけど、わたしには)
あの糸が、埋葬した翌朝には切れていたのでございましたわ。ですけど、私には
(とうてい、さんてつさまのぼこうをおとずれるゆうきはございませんでした)
とうてい、算哲様の墓宕を訪れる勇気はございませんでした」
(そのいとというのは けんじがするどくといかえした。それは、)
「その糸と云うのは」検事が鋭く問い返した。「それは、
(こうなのでございます しずこはげんかにいいつづけた。じつをもうしますと、さんてつさまは)
こうなのでございます」鎮子は言下に云い続けた。「実を申しますと、算哲様は
(ひどくそうきのまいそうをおおそれになったかたで、このやかたのけんせつとうしょにも、だいきぼの)
ひどく早期の埋葬をお懼れになった方で、この館の建設当初にも、大規模の
(くりぷとをおつくりなったほどでございます。そして、それにはひそかに、)
地下墓宕をお作りなったほどでございます。そして、それには秘かに、
(こるにつぇ・かるにつきー ろしあこうていあれきさんだーさんせいじじゅう しきににた、)
コルニツェ・カルニツキー(露皇帝アレキサンダー三世侍従)式に似た、
(そうきまいそうぼうしそうちをもうけておいたのでした。ですから、まいそうしきのよる、わたしは)
早期埋葬防止装置を設けて置いたのでした。ですから、埋葬式の夜、私は
(まんじりともせずに、あのべるのなるのをひたすらまちわびておりました。)
まんじりともせずに、あの電鈴の鳴るのをひたすら待ち佗びておりました。
(ところが、そのよるはなにごともないので、よくあさおおあめのよるがあけるのをまって、)
ところが、その夜は何事もないので、翌朝大雨の夜が明けるのを待って、
(ねんのために、うらにわのぼこうをみにまいりました。なぜかともうしますなら、)
念のために、裏庭の墓宕を見にまいりました。何故かと申しますなら、
(あのぐるりあるとちのしげみのなかには、べるをならすすいっちが)
あの周囲にある七葉樹の茂みの中には、電鈴を鳴らす開閉器が
(かくされているからでございます。するとどうでございましたろう。)
隠されているからでございます。するとどうでございましたろう。
(そのすいっちのあいだには、やまがらのひながさしはさまれていて、とってをひくいとが)
その開閉器の間には、山雀の雛が挾まれていて、把手を引く糸が
(きれておりました。ああ、あのいとはたしか、ちかのかんちゅうからひかれたに)
切れておりました。ああ、あの糸はたしか、地下の棺中から引かれたに
(そういございません。それにひつぎのも、ちじょうのかたふぁるこのふたも、なかからよういに)
相違ございません。それに棺のも、地上の棺龕の蓋も、内部から容易に
(ひらくことができるのですから なるほど、そうしてみると とのりみずはつばを)
開くことが出来るのですから」「なるほど、そうしてみると」と法水は唾を
(のんで、ちょっとけしきばんだようなききかたをした。そのじじつを)
嚥んで、ちょっと気色ばんだような訊き方をした。「その事実を
(しっているのは、いったいだれとだれですか。つまり、さんてつのしんぞうのいちと、)
知っているのは、いったい誰と誰ですか。つまり、算哲の心臓の位置と、
(そのそうきまいそうぼうしそうちのしょざいをしっているのは?)
その早期埋葬防止装置の所在を知っているのは?」
(それならかくじつに、わたしとおしがねせんせいだけだともうしあげることができますわ。)
「それなら確実に、私と押鐘先生だけだと申し上げることが出来ますわ。
(ですから、のぶこさんがおっしゃった はーとのきんぐうんぬんのことは、きっとぐうぜんの)
ですから、伸子さんが仰言った――ハートの王様云々のことは、きっと偶然の
(あんごうにすぎまいとおもわれるのです そういいおわると、にわかにしずこは、まるで)
暗合にすぎまいと思われるのです」そう云い終ると、にわかに鎮子は、まるで
(さんてつのほうふくをおそれるようなきょうふのいろをうかべた。そして、きたときとはまた、)
算哲の報復を懼れるような恐怖の色を泛べた。そして、来た時とはまた、
(うってかわったたいどで、くましろにしんぺんのけいごをようきゅうしてから、へやをでていった。)
うって変った態度で、熊城に身辺の警護を要求してから、室を出て行った。