黒死館事件83

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(に、びはいんど・すていあすに・・・・・・)

二、大階段の裏に……

(のりみずがぞーでぃあっくからひきだしたかいとう びはいんど・すていあすのうらには、そのばしょと)

法水が十二宮から引き出した解答――大階段の裏には、その場所と

(ふごうするものに、ふたつのこしつがあった。ひとつは、てれーずにんぎょうのおいてあるへやで)

符合するものに、二つの小室があった。一つは、テレーズ人形の置いてある室で

(もうひとつは、それにとなりあっていて、なかはちょうどひとつないあきべやになっていた。)

もう一つは、それに隣り合っていて、内部は調度一つない空部屋になっていた。

(のりみずはまずこうしゃをえらんでのっぶにてをかけたが、それにはかぎもおりていず、)

法水はまず後者を択んで把手に手を掛けたが、それには鍵も下りていず、

(すうっとおともなくひらかれた。こうぞうじょうまどがひとつもないので、なかはしっこくの)

スウッと音もなく開かれた。構造上窓が一つもないので、内部は漆黒の

(やみである。そして、すすけたひややかなくうきがふれてくる。ところが、さきにたった)

闇である。そして、煤けた冷やかな空気が触れてくる。ところが、先に立った

(くましろが、かいちゅうでんとうをかざしながらかべぎわをあるいているうちに、)

熊城が、懐中電燈をかざしながら壁際を歩いているうちに、

(ふとなにをきいたものか、はいごのけんじがとつぜんたちどまった。かれは、なにかしら)

ふと何を聴いたものか、背後の検事が突然立ち止った。彼は、なにかしら

(りつぜんとしたようにいきをつめ、ききみみをたてはじめたのであるが、やがてのりみずに、)

慄然としたように息を詰め、聴耳を立てはじめたのであるが、やがて法水に、

(かすかなふるえをおびたこえでささやいた。のりみずくん、きみはあれがきこえないかね。)

幽かな顫えを帯びた声で囁いた。「法水君、君はあれが聴えないかね。

(となりのへやから、すずをふるようなおとがきえてくるんだ。じいっとみみを)

隣りの室から、鈴を振るような音が聴えてくるんだ。凝然と耳を

(すましていたまえ。そら、どうだ。ああたしか、あれはてれーずのにんぎょうが)

すましてい給え。そら、どうだ。ああたしか、あれはテレーズの人形が

(あるいているんだ・・・・・・なるほど、けんじのいうとおり、くましろがふむおもいくつおとに)

歩いているんだ……」なるほど、検事の云うとおり、熊城が踏む重い靴音に

(まじって、りりんりりんとかすかにふるえるようなおとがつたわってくる。)

交って、リリンリリンと幽かに顫えるような音が伝わってくる。

(むせいぶつであるにんぎょうのあゆみ まさに、たましいのそこまでもいてつけるような)

無生物である人形の歩み――まさに、魂の底までも凍てつけるような

(おどろきだった。しかし、とうぜんそうなると、にんぎょうのかたわらにあるなにものかを)

驚愕だった。しかし、当然そうなると、人形の側にある何者かを

(そうぞうしなくてはならない。そこでさんにんは、かつておぼえたことのないこうふんのぜっちょうに)

想像しなくてはならない。そこで三人は、かつて覚えたことのない昂奮の絶頂に

(せりあげられてしまった。もはやちゅうちょするじきではない くましろがきょうぼうなかぜを)

せり上げられてしまった。もはや躊躇する時機ではない――熊城が凶暴な風を

(おこして、のっぶをひきちぎらんばかりにひいたとき、そのときなんとおもってか、のりみずが)

起して、把手を引きちぎらんばかりに引いた時、その時なんと思ってか、法水が

など

(とつじょけたたましいばくしょうをあげた。はははははぜくらくん、じつはきみのいうかいおうせいが、)

突如けたたましい爆笑を上げた。「ハハハハ支倉君、実は君の云う海王星が、

(このかべのなかにあるのだよ。だって、あのほしはさいしょからきちすうでは)

この壁の中にあるのだよ。だって、あの星は最初から既知数では

(なかったのだからね。おもいだしたまえ、こだいとけいしつにあったにんぎょうとけいのどあに、)

なかったのだからね。憶い出し給え、古代時計室にあった人形時計の扉に、

(いったいなんというさいこくがしるされていたか。よんひゃくねんのむかしに、ちぢわきよざえもんが)

いったい何という細刻が記されていたか。四百年の昔に、千々石清左衛門が

(ふぃりっぷにせいからはいりょうしたというくらヴぃ・ちぇんばろは、そのあとしょざいをだれひとりしるものが)

フィリップ二世から拝領したという梯状琴は、その後所在を誰一人知る者が

(なかったのだよ。たぶんあのおとは、たたれたいとが、しんどうで)

なかったのだよ。たぶんあの音は、截たれた絃が、震動で

(ふるえなったのだろう 。さいしょは、おもいにんぎょうがりんしつのかべぎわをあゆんだ。そして、)

顫え鳴ったのだろう――。最初は、重い人形が隣室の壁際を歩んだ。そして、

(つぎはいまのくましろくんだ。つまり、びはいんど・すていあす のかいとうというのは、)

次は今の熊城君だ。つまり、大階段の裏――の解答と云うのは、

(このりんしつとのさかいにあるかべのことなんだよ しかし、そのへきめんにはどこをさぐっても)

この隣室との境にある壁のことなんだよ」しかし、その壁面にはどこを探っても

(かくしとびらがもうけてあるようなてがかりはなかった。そこでやむなく、そのいちぶを)

隠し扉が設けてあるような手掛りはなかった。そこでやむなく、その一部を

(はかいすることになった。くましろはさいしょおんきょうをたしかめてから、それらしいぶぶんに)

破壊することになった。熊城は最初音響を確かめてから、それらしい部分に

(ておのをふって、ぱねるにたたきつけると、はたしてそこからは、むすうのいとが)

手斧を振って、羽目に叩きつけると、はたしてそこからは、無数の絃が

(なりさわぐようなおとがおこった。そして、もくへんがくだけとび、そのいちまいをておのとともに)

鳴り騒ぐような音が起った。そして、木片が砕け飛び、その一枚を手斧とともに

(ひくと、ぱねるのかげからはひえびえとしたくうきがながれでてくる そこは、ふたつの)

引くと、羽目の蔭からは冷えびえとした空気が流れ出てくる――そこは、二つの

(へきめんにさしはさまれたくうどうだった。そのしゅんかん、あっきのひみつなつうろがやみのなかから)

壁面に挾まれた空洞だった。その瞬間、悪鬼の秘密な通路が闇の中から

(つかみとられそうなきがして、さんにんのつばをのむおとがあわしたようにきこえた。)

掴み取られそうな気がして、三人の唾を嚥む音が合したように聴えた。

(うちおろすおととともに、くらヴぃ・ちぇんばろのいとのおとが、くるったとりのようなせいさんなひびきをまじえる。)

打ち下す音とともに、梯状琴の絃の音が、狂った鳥のような凄惨な響を交える。

(それは、しゅういのぱねるを、くましろがはかいしはじめたからだった。ところが、やがて)

それは、周囲の羽目を、熊城が破壊しはじめたからだった。ところが、やがて

(そのいっかくからほこりまみれになってぬけだしてくると、かれははげしいこきゅうのちゅうとで)

その一劃から埃まみれになって抜け出してくると、彼は激しい呼吸の中途で

(おおきなためいきをはき、のりみずにいっさつのしょもつをてわたした。そして、ぐったりとした)

大きな溜息を吐き、法水に一冊の書物を手渡した。そして、グッタリとした

(よわよわしいこえでいった。なにもない かくしどあもひみつかいだんもあげぶたもないんだ。)

弱々しい声で云った。「何もない――隠し扉も秘密階段も揚蓋もないんだ。

(たったこのいっさつだけがしゅうかくだったのだよ。ああ、こんなものが、)

たったこの一冊だけが収穫だったのだよ。ああ、こんなものが、

(そーでぃあっくひみつきほうのかいとうだなんて のりみずも、このしょうげきからすぐにかいふくすることは)

十二宮秘密記法の解答だなんて」法水も、この衝撃からすぐに恢復することは

(こんなんだった。あきらかにそれは、にじゅうにおもしのくわわった、しつぼうを)

困難だった。明らかにそれは、二重に重錘の加わった、失望を

(いみするのだから。では、なぜかというに、でぃぐすびいが)

意味するのだから。では、何故かと云うに、ディグスビイが

(せっけいしゃだったということから、ほとんどうたがうよちのなかったひみつつうろのはっけんに、)

設計者だったということから、ほとんど疑う余地のなかった秘密通路の発見に、

(まずまんまとしっぱいしてしまった それは、むろんいうまでもないことである。)

まずまんまと失敗してしまった――それは、無論云うまでもないことである。

(けれども、それとどうじに、じけんのとうしょだんねべるぐふじんがじひつでしめしたところの)

けれども、それと同時に、事件の当初ダンネベルグ夫人が自筆で示したところの

(にんぎょうのはんこうというかていを、わずかそれひとすじでつなぎとめていたせんおんのしょざいが)

人形の犯行という仮定を、わずかそれ一筋で繋ぎ止めていた顫音の所在が

(めいはくになった。それなので、いよいよはっきりとここで、あのぷろヴぃんしやじんの)

明白になった。それなので、いよいよ明瞭とここで、あのプロヴィンシヤ人の

(ものものしいきえいをみとめなければならなくなってしまったのだ。しかし、いぜんのへやに)

物々しい鬼影を認めなければならなくなってしまったのだ。しかし、以前の室に

(もどってそのいっさつをひらくと、のりみずはりつぜんとしたようにみをすくめた。けれども、)

戻ってその一冊を開くと、法水は慄然としたように身を竦めた。けれども、

(そのめには、まざまざときょうたんのいろがあらわれた。ああ、おどろくべきじゃないか。)

その眼には、まざまざと驚嘆の色が現われた。「ああ、驚くべきじゃないか。

(これは、ほるばいんの とーてん・たんつ なんだよ。しかも、もうきこうにひとしい)

これは、ホルバインの『死の舞踏』なんだよ。しかも、もう稀覯に等しい

(1538ねんりおんのしょはんなんだ それには、よんじゅうねんごのきょうにいたって、)

一五三八年里昂の初版なんだ」それには、四十年後の今日に至って、

(こくしかんにおこったいんさんなしをとーてん・たんつをよげんするかのように、はっきりとでぃぐすびいの)

黒死館に起った陰惨な死の舞踊を予言するかのように、明瞭とディグスビイの

(さいしゅうのいしがしめされていた。そのちゃのこうしかわでそうていされたひょうしをひらくと、うらがわには)

最終の意志が示されていた。その茶の犢皮で装幀された表紙を開くと、裏側には

(じゃんぬ・ど・つーぜーるふじんにささげたほるばいんのででぃけーしょんがしるされ、)

ジャンヌ・ド・ツーゼール夫人に捧げたホルバインの捧呈文が記され、

(そのじように、ほるばいんのかずでざいんをもくはんにうつしたりゅっつぇんぶるがーの)

その次葉に、ホルバインの下図デザインを木版に移したリュッツェンブルガーの

(1530ねんばーぜるにおけるせいさくをしょうめいするいちぶんがのせられていた。しかし、)

一五三〇年バーゼルにおける制作を証明する一文が載せられていた。しかし、

(ぺーじをくっていって、しにがみとしがいでうめられているおおくのはんがをおうているうちに)

頁を繰っていって、死神と屍骸で埋められている多くの版画を追うているうちに

(のりみずのめは、ふとあるいってんにくぎづけされてしまった。そのひだりがわのぺーじには、)

法水の眼は、ふとある一点に釘付けされてしまった。その左側の頁には、

(おおみのやりをふったどくろじんが、ひとりのきしのどうたいをいもざしにしているずがえがかれ、)

大身槍を振った髑髏人が、一人の騎士の胴体を芋刺しにしている図が描かれ、

(また、そのみぎがわのは、おおぜいのがいこつがながとろむぱやほるんをふきけっとる・どらむを)

また、その右側のは、大勢の骸骨が長管喇叭や角笛を吹き筒太鼓を

(ならしたりして、しょうりのらんぶによいしれているこうけいだった。ところが、)

鳴らしたりして、勝利の乱舞に酔いしれている光景だった。ところが、

(そのじょうらんに、つぎのようなえいぶんがしたためられてあった。それはいんきのいろの)

その上欄に、次のような英文が認められてあった。それはインキの色の

(ぐあいといい、はじめてみるでぃぐすびいのじひつにそういなかったのである。)

具合と云い、初めて見るディグスビイの自筆に相違なかったのである。

(queen locked in kains. jew yawning)

“Queen locked in Kains. Jew yawning

(in knot. knell karagoz!)

in knot. Knell karagoz!

(jainists underlie below inferno.)

Jainists underlie below Inferno.”

(しりがるむすめはかいんのともがらのなかにとじこめられ、じゅうはなんもんのなかにて)

――(訳文)。尻軽娘はカインの輩の中に鎖じ込められ、猶太人は難問の中にて

(あざわらう。きょうけいにてにんぎょう からぎよす とるこのあやつりにんぎょう をよびさませ、)

嘲笑う。凶鐘にて人形(カラギヨス――土耳古の操人形)を喚び覚ませ、

(じゃいなきょうとども ぶっきょうときょうつうてんのおおいしまいてきしゅうきょう はじごくのそこに)

奢那教徒ども(仏教と共通点の多い姉妹的宗教)は地獄の底に

(よこたわらん。)

横たわらん。(以上は、判読的意訳である)

(そして、つぎのいちぶんがつづいていた。それはぶんいといい、そうせいきにひにくちょうせつを)

そして、次の一文が続いていた。それは文意と云い、創世記に皮肉嘲説を

(あびせているようなものだった。)

浴びせているようなものだった。

(えほばがみはふたなりなりき。はじめにみずからいとなみて、そうせいじを)

――(訳文)。エホバ神は半陰陽なりき。初めに自らいとなみて、双生児を

(うみたまえり。さいしょにはらよりいでしは、おんなにしてえヴとなづけ、つぎなるはおとこにして)

生み給えり。最初に胎より出でしは、女にしてエヴと名付け、次なるは男にして

(あだむとなづけたり。しかるに、あだむはひにむこうじ、ほぞよりうえはひにしたがいて)

アダムと名付けたり。しかるに、アダムは陽に向う時、臍より上は陽に従いて

(はいごにかげをなせども、ほぞよりしたはひにさからいて、ぜんぽうにかげをおとせり。)

背後に影をなせども、臍より下は陽に逆らいて、前方に影を落せり。

(かみ、このふしぎをみていたくおどろき、あだむをおそれてみずからがことなしたまいしも、)

神、この不思議を見ていたく驚き、アダムを畏れて自らが子となし給いしも、

(えヴはつねのひととことならざればしもめとなし、さてえヴといとなみしに、えヴみごもりて)

エヴは常の人と異ならざれば婢となし、さてエヴといとなみしに、エヴ妊りて

(おなごをうみてしせり。かみ、そのおなごをげかいにくだしてひとのははとなさしめたまいき。)

女児を生みて死せり。神、その女児を下界に降して人の母となさしめ給いき。

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