黒死館事件84

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(のりみずは、それにちょっとめをとおしただけだったが、けんじとくましろはいつまでも)

法水は、それにちょっと眼を通しただけだったが、検事と熊城はいつまでも

(ひねくっていて、しばらくすうふんのあいだみつめていた。しかし、ついに)

捻くっていて、しばらく数分のあいだ瞶めていた。しかし、ついに

(つまらなそうなてつきでたくじょうになげだしたけれども、さすがぶんちゅうにこもっている)

つまらなそうな手付で卓上に投げ出したけれども、さすが文中に籠っている

(でぃぐすびいのじゅそのいしには、ほうはくとせまってくるものがあったのは)

ディグスビイの呪詛の意志には、磅はくと迫ってくるものがあったのは

(じじつだった。なるほど、めいはくにでぃぐすびいのこくはくだが、これほどおそろしい)

事実だった。「なるほど、明白にディグスビイの告白だが、これほど怖ろしい

(どくねんがあるだろうか けんじはおもいなしこえをふるわせて、のりみずをみた。たしかに)

毒念があるだろうか」検事は思いなし声を慄わせて、法水を見た。「たしかに

(ぶんちゅうにあるしりがるむすめというのは、てれーずのことをさしていうのだろう。すると、)

文中にある尻軽娘と云うのは、テレーズのことを指して云うのだろう。すると、

(てれーず・さんてつ・でぃぐすびい とこのさんかくれんあいかんけいのきけつは、とうぜん、)

テレーズ・算哲・ディグスビイとこの三角恋愛関係の帰結は、当然、

(かいんのやからのなかにとじこめられ のいっくでりょうぜんたるものになってしまう。)

カインの輩の中に鎖じ込められの一句で瞭然たるものになってしまう。

(そして、でぃぐすびいはまず、このやかたになんもんをていしゅつし、そうしてから、)

そして、ディグスビイはまず、この館に難問を提出し、そうしてから、

(そのじぐざぐのむすびめのなかで、せせらわらっているのだ とけんじはしんけいてきにゆびを)

その錯綜の結び目の中で、嘲笑っているのだ」と検事は神経的に指を

(からみあわせて、てんじょうをふりあおいだ。ああ、そのつぎは、きょうけいにてにんぎょうを)

絡み合わせて、天井をふり仰いだ。「ああ、その次は、凶鐘にて人形を

(よびさませ じゃないか。ねえのりみずくん、でぃぐすびいというふかかいなおとこは、)

喚び覚せじゃないか。ねえ法水君、ディグスビイという不可解な男は、

(このやかたのとうようじんどもが、ごろごろじごくへころがりこんでいくこうけいさえ)

この館の東洋人どもが、ゴロゴロ地獄へ転がり込んで行く光景さえ

(よちしていたのだよ。つまり、このじけんのせいいんは、とおくよんじゅうねんまえにあったのだ。)

予知していたのだよ。つまり、この事件の生因は、遠く四十年前にあったのだ。

(すでにあのおとこは、そのときじけんのやくわりをはやくまでもさだめていたんだぜ)

すでにあの男は、その時事件の役割を端役までも定めていたんだぜ」

(でぃぐすびいのいしがおそろしいじゅそであることは、かれがそれをしるすに、)

ディグスビイの意志が怖ろしい呪詛であることは、彼がそれを記すに、

(ほるばいんの とーてん・たんつ をもちいただけでもあきらかであるが、それにまして)

ホルバインの「死の舞踏」を用いただけでも明らかであるが、それにまして

(おそろしくおもわれたのは、かれがしつようにも、すうだんのくりぷとめにつぇを)

怖ろしく思われたのは、彼が執拗にも、数段の秘密記法を

(よういしていることだった。それをおくそくすれば、おそらくどこかにひとつのおどろくべき)

用意していることだった。それを臆測すれば、恐らくどこかに一つの驚くべき

など

(けいかくがのこされていて、それがかもしだしてくるきょううんを、なんかいきわまるくりぷとめにつぇにて)

計画が残されていて、それが醸し出してくる凶運を、難解きわまる秘密記法にて

(おおい、ひとびとがそれにあぐみなやむありさまを、ひそかによこてでわらおうというこんたんらしく)

覆い、人々がそれにあぐみ悩む有様を、秘かに横手で嗤おうという魂胆らしく

(おもわれるのだった。すなわち、そのくりぷとめにつぇのふかさは、このことのじけんのはってんに)

思われるのだった。すなわち、その秘密記法の深さは、この事の事件の発展に

(せいひれいするのではないか 。しかし、のりみずはそのぶんちゅうから、でぃぐすびいにも)

正比例するのではないか。しかし、法水はその文中から、ディグスビイにも

(あるまじい、ようちなぶんぽうをさえむししているてんや、また、かんしのないことも)

あるまじい、幼稚な文法をさえ無視している点や、また、冠詞のないことも

(してきしたのだったが、つぎのそうせいきめいたきぶんにいたると、そのふたつのぶんしょうが、)

指摘したのだったが、次の創世記めいた奇文に至ると、その二つの文章が、

(れんかんしているところはもちろん、すべてが、さながらきりにつつまれたようなかんを)

聯関している所は勿論、すべてが、宛然霧に包まれたような観を

(ていしているのだった。それから、おしがねはかせにゆいごんしょのかいふうをいらいすべく、)

呈しているのだった。それから、押鐘博士に遺言書の開封を依頼すべく、

(のりみずらはかいかのさろんにおもむいた。さろんのなかには、おしがねはかせとはたたろうとが)

法水等は階下の広間に赴いた。広間の中には、押鐘博士と旗太郎とが

(たいざしていたが、いっこうをみるとたちあがってむかえた。いがくはかせおしがねどうきちは)

対座していたが、一行を見ると立ち上って迎えた。医学博士押鐘童吉は

(ごじゅうだいにはいったしんしで、うすいはんぱくのかみをきれいにくしけずり、それにちょうわしているような)

五十代に入った紳士で、薄い半白の髪を綺麗に梳り、それに調和しているような

(らんえんけいのりんかくで、また、かおのしょきかんもそうおうして、それぞれにたんせいなととのいを)

卵円形の輪廓で、また、顔の諸器官も相応して、それぞれに端正な整いを

(みせていた。そうじて、ひゅーまにたりあんとくゆうのむそうにとぼしい、そして、ゆたかなほうようりょくを)

見せていた。総じて、人道主義者特有の夢想に乏しい、そして、豊かな抱擁力を

(おもわせるものがあった。はかせは、のりみずをみるといんぎんにえしゃくして、かれのつまを)

思わせるものがあった。博士は、法水を見ると慇懃に会釈して、彼の妻を

(しのくさりからすくってくれたことに、なんどもくりかえしてかんしゃのじをのべた。)

死の幽鎖から救ってくれたことに、何度も繰り返して感謝の辞を述べた。

(しかし、いちどうがざにつくと、まずはかせがきょうなげなちょうしできりだした。)

しかし、一同が座に着くと、まず博士が興なげな調子で切り出した。

(いったいどうしたというんです。のりみずさん。いまにだれもかも、げんそに)

「いったいどうしたと云うんです。法水さん。いまに誰もかも、元素に

(かえされてしまうのじゃないでしょうか。いったい、はんにんはだれですかな。かないは、)

還されてしまうのじゃないでしょうか。いったい、犯人は誰ですかな。家内は、

(そのふぁんとむをみなかったといってますよ さよう、まったくしんぴてきなじけんです)

その影像を見なかったと云ってますよ」「さよう、まったく神秘的な事件です」

(とのりみずはのばしたあしをちぢめて、かたひじをたくじょうにおいた。ですから、しもんが)

と法水は伸ばした肢を縮めて、片肱を卓上に置いた。「ですから、指紋が

(とれようがいとがきれていようが、とうていだめなのです。ようするに、)

取れようが糸が切れていようが、とうてい駄目なのです。要するに、

(あのそこふかいたいかんをせんめいせずには、じけんのかいけつがふかのうなのですよ。つまり、)

あの底深い大観を闡明せずには、事件の解決が不可能なのですよ。つまり、

(ヴぃじたーがヴぃじょなりーとなるじきにですな いや、がんらいわしは、そういうてつがくもんどうが)

臨検家が幻想家となる時機にですな」「いや、元来儂は、そういう哲学問答が

(ふとくいでしてな とけいかいぎみに、はかせはめをしばたいてのりみずをみた。)

不得意でしてな」と警戒気味に、博士は眼を瞬いて法水を見た。

(そして、しかし、あなたはいま、いとといわれましたね。はははは、それがなにか)

そして、「しかし、貴方はいま、糸と云われましたね。ハハハハ、それが何か

(れいじょうとかんけいがおありですかな。のりみずさん、わしはこのままでじっと、ほうりつのいりょくを)

令状と関係がおありですかな。法水さん、儂はこのままで凝と、法律の威力を

(ぼうかんしていたいですよ とはやくもゆいごんしょのかいふうに、ふどういらしいいこうを)

傍観していたいですよ」と早くも遺言書の開封に、不同意らしい意向を

(もらすのだった。そりゃいうまでもありません。かたくそうさくれいじょうなどは、)

洩らすのだった。「そりゃ云うまでもありません。家宅捜索令状などは、

(どこにももっちゃいませんよ。だが、ひとりのじしょくだけですむものなら、)

どこにも持っちゃいませんよ。だが、一人の辞職だけで済むものなら、

(たぶんぼくらはほうりつもやぶりかねないでしょう とくましろはにくにくしげにはかせをみすえ)

たぶん僕等は法律も破りかねないでしょう」と熊城は憎々しげに博士を見据え

(いじょうなけついをしめした。そのにわかにさっきだったくうきのなかで、)

異常な決意を示した。そのにわかに殺気立った空気の中で、

(のりみずはしずかにいった。さよう、まさにいっぽんのいとなんです。つまり、そのもんだいは)

法水は静かに云った。「さよう、まさに一本の糸なんです。つまり、その問題は

(さんてつはかせをまいそうしたとうやにあったのですよ。たしかあなたは、あのばんこのやかたへ)

算哲博士を埋葬した当夜にあったのですよ。たしか貴方は、あの晩この館へ

(おとまりになられたでしょう。けれども、そのときもしあのいとがきれなかったら)

お泊りになられたでしょう。けれども、その時もしあの糸が切れなかったら

(そうだとすれば、きょうのじけんはとうぜんおこらなかったはずです。ああ、)

そうだとすれば、今日の事件は当然起らなかったはずです。ああ、

(あのゆいごんしょが・・・・・・。そうなれば、さんてついちだいのせいしんてきいぶつとなることが)

あの遺言書が。そうなれば、算哲一代の精神的遺物となることが

(できたでしょうに おしがねはかせのかおがあおざめてみるみるしらけていったが、)

出来たでしょうに」押鐘博士の顔が蒼ざめてみるみる白けていったが、

(いと のしんそうをしらないはたたろうは、ふしぜんなえみをつくって、つぶやくようにいった。)

糸の真相を知らない旗太郎は、不自然な笑を作って、呟くように云った。

(ああ、ぼくはいしゆみのいとのことをおはなしかとおもいましたよ しかし、はかせは)

「ああ、僕は弩の絃のことをお話しかと思いましたよ」しかし、博士は

(のりみずのかおをまじまじとみつめて、つっかかるようにたずねた。)

法水の顔をまじまじと瞶めて、突っかかるように訊ねた。

(どうも、おっしゃることばがはっきりとのみこめませんが、しかし、けっきょくあのゆいごんしょの)

「どうも、仰言る言葉が判然と嚥み込めませんが、しかし、結局あの遺言書の

(ないようが、なんだといわれるんです?ぼくは、げんざいでははくしだと)

内容が、なんだと云われるんです?」「僕は、現在では白紙だと

(しんじているのです ととつぜんめをけわしくして、のりみずはじつにいがいなことばをはいた。)

信じているのです」と突然眼を険しくして、法水は実に意外な言を吐いた。

(もうすこししょうさいにいいますと、そのないようが、あるじきにいたって、はくしに)

「もう少し詳細に云いますと、その内容が、ある時期に至って、白紙に

(かえられたのだ と ばかな、なにをいわれるのです とはかせのきょうがくのいろが、)

変えられたのだと」「莫迦な、何を云われるのです」と博士の驚愕の色が、

(たちまちぞうおにかわった。そして、はじもなく、みえすいたじゅっさくをろうしているかの)

たちまち憎悪に変った。そして、恥もなく、見え透いた術策を弄しているかの

(あいてを、しげしげみつめていたが、ふとしんちゅうになにやらひらめいたらしく、しずかにたばこを)

相手を、しげしげ瞶めていたが、ふと心中に何やら閃いたらしく、静かに莨を

(おいていった。それでは、ゆいごんしょをさくせいしたとうじのじょうきょうをおきかせして、)

置いて云った。「それでは、遺言書を作成した当時の状況をお聴かせして、

(あなたから、そういうもうしんをさらせてもらいましょう。)

貴方から、そういう妄信を去らせてもらいましょう。

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