黒死館事件87

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(だいななへん のりみずはついにいっせり!?)

第七篇 法水は遂に逸せり!?

(いち、しゃびえるしょうにんのてが・・・・・・)

一、シャビエル上人の手が

(こいに、のりみずがおとをおさえて、どあをひらいたときだった。そのときれヴぇずは、)

故意に、法水が音を押えて、扉を開いた時だった。その時レヴェズは、

(だんろのそでにあるねむりいすにこしをおろしていて、かおをりょうひざのあいだにおとし、そのこめかみを)

煖炉の袖にある睡椅子に腰を下していて、顔を両膝の間に落し、そのこめかみを

(りょうのこぶしでひしとおさえていた。そのぐろーまんふうにわけたながいぎんいろをした)

両の拳で犇と押えていた。そのグローマン風に分けた長い銀色をした

(かみのけのしたには、きょうぼうなひかりにもえてあかいおきをじいっとみつめている)

頭髪の下には、狂暴な光に燃えて紅いおきを凝然と瞶めている

(ふたつのめがあった。いつもなら、あのゆううつなえんせいかめいたれヴぇず)

二つの眼があった。いつもなら、あの憂鬱な厭世家めいたレヴェズ

(いまそのぜんしんを、かつてみるをえなかったげきじょうてきなものがおおいつつんでいる。)

いまその全身を、かつて見るを得なかった激情的なものが覆い包んでいる。

(かれはたえず、こびんのけをかきむしってはあらいといきをつき、また、それにつれて)

彼は絶えず、小びんの毛を掻き毟っては荒い吐息をつき、また、それにつれて

(きざみたたまれたしわが、ひくひくとかおいちめんにひっつれくねってゆくのだった。)

刻み畳まれた皺が、ひくひくと顔一面に引っ痙れくねってゆくのだった。

(そのようかいめいたみにくさ とうていそのようなずがいこつのしたには、へいせいとか)

その妖怪めいた醜さとうていそのような頭蓋骨の下には、平静とか

(ちょうわとかいうものが、ぞんしえようどうりはないのである。たしか、れヴぇずの)

調和とか云うものが、存し得よう道理はないのである。たしか、レヴェズの

(しんじゅうには、なにかひとつのきょうてきなひょうちゃくがあるにそういない。そして、)

心中には、何か一つの狂的な憑着があるに相違ない。そして、

(それがこのちゅうろうしんしを、さながらけもののようにあえぎくるわせているらしく)

それがこの中老紳士を、さながら獣のようにあえぎ狂わせているらしく

(おもわれるのだった。しかし、のりみずをみると、そのめからおうのうのかげがきえて、)

思われるのだった。しかし、法水を見ると、その眼から懊悩の影が消えて、

(れヴぇずはもうろうとやまのようにたちあがった。そのうつりかわりには、まるで、)

レヴェズは朦朧と山のように立ち上った。その変化には、まるで、

(べっこのれヴぇずがあらわれたのではないか とおもわれたほどに)

別個のレヴェズが現われたのではないかと思われたほどに

(あざやかなものがあった。また、たいどにもいがいとかけんおとかいうものがなくて、)

鮮かなものがあった。また、態度にも意外とか嫌悪とか云うものがなくて、

(あいかわらずしろっぽいかすみのかかったような、それでいて、そのかおの)

相変らず白っぽい霞のかかったような、それでいて、その顔の

(みえないほうのがわには、わるがしこいかためでもうごいていそうな・・・・・・という、いつもみる)

見えない方の側には、悪狡い片眼でも動いていそうなという、いつも見る

など

(ぼうばくとしたうすきみわるさで、またそれには、のりみずのぶさほうをせめるような、)

茫漠とした薄気味悪さで、またそれには、法水の無作法を責めるような、

(しゅんげんなそぶりもないのであった。まったく、れヴぇずのいふうなせいかくには、)

峻厳な素振もないのであった。まったく、レヴェズの異風な性格には、

(もじどおりのかいぶつといういがいにひょうしえようもないであろう。そのへやは、)

文字どおりの怪物という以外に評し得ようもないであろう。その室は、

(らいもんようのうきぼりにもすくふうをかみしためんとりづくりらすちっく・すたいるで、)

雷文様の浮彫にモスク風を加味した面取作りラスチック・スタイルで、

(みっつならびのかくばったりょうが、かべからてんじょうまでへいこうなひだをなし、そのおおくのひだが)

三つ並びの角張った稜が、壁から天井まで並行な襞をなし、その多くの襞が

(こうしをくんでいるてんじょうのちゅうおうからは、じゅうそうしょくけいのこふうなしゃんでりあがくだっていた。)

格子を組んでいる天井の中央からは、十三燭形の古風な装飾灯が下っていた。

(そして、みょうにようかいめいたきいろっぽいひかりが、そこからゆかのちょうどるいに)

そして、妙に妖怪めいた黄色っぽい光が、そこから床の調度類に

(ふりそそがれているのだった。のりみずのっくしなかったことをていちょうにわびてから)

降り注がれているのだった。法水は叩しなかったことを鄭重に詫びてから

(れヴぇずとむきあわせのながいすにこしをおろした。すると、まずれヴぇずのほうで、)

レヴェズと向き合わせの長椅子に腰を下した。すると、まずレヴェズの方で、

(ろうかいそうなからせきをひとつしてからきりだした。ときに、さっきゆいごんしょを)

老獪そうな空咳を一つしてから切り出した。「時に、先刻遺言書を

(かいふうなさったそうですな。すると、このへやにおいでになったのも、)

開封なさったそうですな。すると、この室にお出でになったのも、

(わしにそのないようをこうしゃくなさろうというおつもりで。はははは、だがのりみずさん、)

儂にその内容を講釈なさろうというおつもりで。ハハハハ、だが法水さん、

(たしかあれはばかげたげーむのはずで、いやいまですからおはなしますがね。)

たしかあれは莫迦げた遊戯のはずで、いや今ですからお話しますがね。

(じつをいいますと、かいふうすなわちゆいごんのじっこうなのです。つまり、あれには)

実を云いますと、開封すなわち遺言の実行なのです。つまり、あれには

(きげんのとうらいをしめすいみしかなくて、しかも、そのないようは)

期限の到来を示す意味しかなくて、しかも、その内容は

(そっこくじっこうされねばならんのですよ なるほど・・・・・・。いかにもあのままでは、)

即刻実行されねばならんのですよ」「なるほど。いかにもあのままでは、

(へんけんはおろか、さっかくさえもおこすよちはありますまい。だが、しかしれヴぇずさん)

偏見はおろか、錯覚さえも起す余地はありますまい。だが、しかしレヴェズさん

(とうとうあのゆいごんしょいがいに、ぼくはどうきのしんえんをさぐりあてましたよ とのりみずは、)

とうとうあの遺言書以外に、僕は動機の深淵を探り当てましたよ」と法水は、

(びしょうのなかにみょうにとげとげしいものをかくして、あいてにむけた。ところで、)

微笑の中に妙に棘々しいものを隠して、相手に向けた。「ところで、

(それについて、ぜひにもあなたのごじょりょくがひつようになりましてな。じつをいうと、)

それについて、ぜひにも貴方の御助力が必要になりましてな。実を云うと、

(そのそこぶかいふちのなかから、ふしぎなどうようがひびいてくるのをきいたのでしたよ。)

その底深い淵の中から、奇異な童謡が響いてくるのを聴いたのでしたよ。

(ああ、あのどうよう それはじじつぼくのげんちょうではなかったのです。もちろん、それみずからは)

ああ、あの童謡それは事実僕の幻聴ではなかったのです。勿論、それ自らは

(すこぶるひろんりてきなもので、けっしてたんどくではそくていをゆるされません。しかし、)

すこぶる非論理的なもので、けっして単独では測定を許されません。しかし、

(そのしゃえいをおうてかんさつしてゆくうちに、ぐうぜんそのなかから、ひとつのていすうが)

その射影を追うて観察してゆくうちに、偶然その中から、一つの定数が

(はっけんされたのでした。つまりれヴぇずさん、そのヴぁりゅーを、あなたにけっていして)

発見されたのでした。つまりレヴェズさん、その値を、貴方に決定して

(いただきたいとおもうのですが・・・・・・なに、ふしぎなどうようを!?といったんは)

頂きたいと思うのですが」「なに、奇異な童謡を!?」といったんは

(びっくりして、だんろのおきからのりみずのかおにしせんをはねあげたが、)

吃驚して、煖炉のおきから法水の顔に視線を跳ね上げたが、

(ああ、わかりましたとものりみずさん、とにかく、みえすいたしばいだけは、)

「ああ、判りましたとも法水さん、とにかく、見え透いた芝居だけは、

(やめにしてもらいますかな。なんで、あなたのようなきょうもうむひ)

やめにしてもらいますかな。なんで、貴方のような兇猛無比

(まるでけっくすほるむてきだんへいみたいなほうが。となううにことかいてみじめな)

まるでケックスホルム擲弾兵みたいな方が。唱うに事欠いて惨めな

(まどりがーれとは・・・・・・。はははは、むそうのひとよ!こいねがわくは、まえすてヴぉるめんてとあれ!)

牧歌とは。ハハハハ、無双の人よ! 冀くは、威風堂々とあれ!」

(とあいてのさくぼうをみすかして、れヴぇずはつうれつなひにくをはなった。そして、はやくも)

と相手の策謀を見透かして、レヴェズは痛烈な皮肉を放った。そして、早くも

(けいかいのしょうへきをきずいてしまったのである。しかし、のりみずはびどうもせぬしらじらしさで、)

警戒の墻壁を築いてしまったのである。しかし、法水は微動もせぬ白々しさで、

(いよいよれいせいのたびをふかめていった。なるほど、ぼくのはじきだしが、いくぶんえすぷれっしヴぉに)

いよいよ冷静の度を深めていった。「なるほど、僕の弾き出しが、幾分表情的に

(すぎたかもしれません。しかし、こういうと、あるいはぼくのせんがくを)

過ぎたかもしれません。しかし、こう云うと、あるいは僕の浅学を

(おわらいになるでしょうが、じじつぼくは、いまだもって)

お嗤いになるでしょうが、事実僕は、未だもって

(discorsi じゅうろくせいきのぜんはんふぃれんつぇのがいこうかまきぁヴぇりちょ)

『Discorsi』(十六世紀の前半フィレンツェの外交家マキァヴェリ著

(いんぼうし さえもよんでいないのですよ、ですから、ごらんのとおりの)

「陰謀史」)さえも読んでいないのですよ、ですから、御覧のとおりの

(あけっぱなしで、もちろんわなもたくらみもありっこないのです。いや、いっそこのさい、)

開けっ放しで、勿論陥穽も計謀もありっこないのです。いや、いっそこの際、

(じけんのきすうをおはなして、ごぞんじのないぶぶんまでおみみにいれましょう。そして、)

事件の帰趨をお話して、御存じのない部分までお耳に入れましょう。そして、

(そのうえで、さらにごどういをえるとしますかな とひじをひざのうえでずらし、あいてを)

その上で、さらに御同意を得るとしますかな」と肱を膝の上でずらし、相手を

(みすえたままのりみずはじょうたいをかしげた。で、それというのは、このじけんのどうきに、)

見据えたまま法水は上体を傾げた。「で、それと云うのは、この事件の動機に、

(みっつのちょうりゅうがあるということなのです なんですと、どうきに)

三つの潮流があるということなのです」「なんですと、動機に

(みっつのちょうりゅうが・・・・・・。いや、たしかそれはひとつのはずです。のりみずさん、あんたは)

三つの潮流が。いや、たしかそれは一つのはずです。法水さん、貴方は

(つたこを いさんのはいぶんにもれたひとりをおわすれかな いや、それは)

津多子を遺産の配分に洩れた一人をお忘れかな」「いや、それは

(ともかくとして、まずおききねがいましょう とのりみずはあいてをせいして、)

ともかくとして、まずお聴き願いましょう」と法水は相手を制して、

(さいしょでぃぐすびいをあげた。そしてじゅうにきゅうひみつきほうのかいどくにはじめて)

最初ディグスビイを挙げた。そして十二宮秘密記法の解読にはじめて

(ほるばいんの とーてん・たんつ をかたり、それにしるされているじゅそのいしをのべてから)

ホルバインの『死の舞踏』を語り、それに記されている呪詛の意志を述べてから

(つまり、そのもんだいはしじゅうよねんのむかし、かつてさんてつががいゆうしたとうじの)

「つまり、その問題は四十余年の昔、かつて算哲が外遊した当時の

(ひじだったのです。それによると、さんてつ・でぃぐすびい・てれーずと)

秘事だったのです。それによると、算哲・ディグスビイ・テレーズと

(このさんにんのあいだに、くるわしいさんかくれんあいかんけいのあったことがあきらかになります。)

この三人の間に、狂わしい三角恋愛関係のあった事が明らかになります。

(そして、おそらくそのけっか、でぃぐすびいはゆだやじんであるがために)

そして、恐らくその結果、ディグスビイは猶太人であるがために

(はいぼくしたのでしょう。しかし、そのあとになって、でぃぐすびいに)

敗北したのでしょう。しかし、その後になって、ディグスビイに

(おもいがけないきかいがおとずれたというのは、つまりこくしかんのけんせつなのですよ。)

思いがけない機会が訪れたと云うのは、つまり黒死館の建設なのですよ。

(ねえれヴぇずさん、いったいでぃぐすびいは、はいぼくにむくいゆるに)

ねえレヴェズさん、いったいディグスビイは、敗北に酬ゆるに

(なにをもってしたことでしょうか。そのどくねんいっとの、こくれつをきわめたいしが)

何をもってしたことでしょうか。その毒念一途の、酷烈をきわめた意志が

(かたちとなったものは・・・・・・。ですから、そうなって、さしずめおもいおこされてくるのが)

形となったものは。ですから、そうなって、さしずめ想い起されてくるのが

(かこさんへんしじけんのないようでしょう。そのいずれもにどうきのふめいだったてんが、)

過去三変死事件の内容でしょう。そのいずれもに動機の不明だった点が、

(じつにいようなしさをおこしてくるのです。また、けんせつごごねんめには、さんてつがないぶを)

実に異様な示唆を起してくるのです。また、建設後五年目には、算哲が内部を

(かいしゅうしています。おそらくそれというのも、でぃぐすびいのほうふくを、おそれたうえでの)

改修しています。恐らくそれと云うのも、ディグスビイの報復を、惧れた上での

(しょちではなかったのでしょうか。しかし、なによりおどろかされるのは、)

処置ではなかったのでしょうか。しかし、何より駭かされるのは、

(でぃぐすびいがしじゅうよねんごのきょうをよげんしていて、あのきぶんのなかに、)

ディグスビイが四十余年後の今日を予言していて、あの奇文の中に、

(にんぎょうのしゅつげんがしるされていることなのです。ああ、あのでぃぐすびいのどくねんが、)

人形の出現が記されていることなのです。ああ、あのディグスビイの毒念が、

(いまだこくしかんのどこかにのこされているようなきがしてならないじゃありませんか。)

未だ黒死館のどこかに残されているような気がしてならないじゃありませんか。

(しかも、たしかそれは、じんちをちょうぜつしたふしぎなけたいにそういないのです。)

しかも、確かそれは、人智を超絶した不思議な化体に相違ないのです。

(いや、ぼくはもっときょくげんしましょう。らんぐーんでとうしんしたというでぃぐすびいの)

いや、僕はもっと極言しましょう。蘭貢で投身したというディグスビイの

(しゅうえんにも、そのしんぴをぎんみせねばならぬひつようがある と ふむ、)

終焉にも、その真否を吟味せねばならぬ必要があると」「ふむ、

(でぃぐすびい・・・・・・。あのかたがじじつもしいきておられるなら、ちょうどことしで)

ディグスビイ。あの方が事実もし生きておられるなら、ちょうど今年で

(はちじゅうになったはずです。しかしのりみずさん、あなたがどうようといわれたのは、)

八十になったはずです。しかし法水さん、貴方が童謡と云われたのは、

(つまりそれだけのことですかな とれヴぇずはいぜんちょうぶてきなたいどを)

つまりそれだけの事ですかな」とレヴェズは依然嘲侮的な態度を

(かえないのだった。しかし、のりみずはかまわずに、れいぜんとつぎのこうもくにうつった。)

変えないのだった。しかし、法水は関わずに、冷然と次の項目に移った。

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