黒死館事件109

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

関連タイピング

問題文

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(に、のぶこよ、うんめいのほしのなんじのむねに)

二、伸子よ、運命の星の汝の胸に

(あしもとにはちいさなかいだんがひとつあって、そこからうるしのようなやみがのぞいている。)

足許には小さな階段が一つあって、そこから漆のような闇が覗いている。

(えいねんがいきにふれたことのないいんしつなくうきが、さながらしおんのようなぬくもりと、)

永年外気に触れたことのない陰湿な空気が、さながら屍温のようなぬくもりと、

(いっしゅめいじょうのできぬかびくささとをともなって、どろりとながれでてくる もじどおりの)

一種名状の出来ぬ黴臭さとを伴って、ドロリと流れ出てくるーー文字どおりの

(ききだった。のりみずらさんにんは、さっそくかいちゅうでんとうをともして、かたをせばめながらかいだんを)

鬼気だった。法水等三人は、さっそく懐中電燈を点して、肩を狭めながら階段を

(おりていった。すると、そこははんじょうじきほどのいたじきになっていて、そこまでくると)

下りて行った。すると、そこは半畳敷ほどの板敷になっていて、そこまで来ると

(いままではこうせんのかげんでみえなかったすりっぱのあとが、ゆかにいくつとなく)

今までは光線の加減で見えなかったスリッパの跡が、床に幾つとなく

(はっけんされた。しかし、そのなかにはきわめてあたらしいひとつがあって、それがいっちょくせんに)

発見された。しかし、その中にはきわめて新しい一つがあって、それが一直線に

(かいだんのうえまでつづいているけれども、そのこばんがたのあとには、たぶんしずかに)

階段の上まで続いているけれども、その小判形の痕には、たぶん静かに

(あるいたせいでもあろうか、ぜんごのとくちょうさえものこっていないのである。したがって)

歩いたせいでもあろうか、前後の特徴さえも残っていないのである。したがって

(はたしてそれがかいだんからおりてきたものか、それとも、おくのこうどうから)

はたしてそれが階段から下りて来たものか、それとも、奥の坑道から

(たどりきたったものか、もちろんそのしきべつはふかのうなのであった。そのとき、しゅういを)

辿り来ったものか、勿論その識別は不可能なのであった。その時、周囲を

(てらしていたくましろがあっとさけんだ。みると、みぎてのじょうほうに、せいそうな)

照らしていた熊城がアッと叫んだ。見ると、右手の上方に、凄愴な

(はえぎわをみせたまおうばり いんどヴいしゆぬけしんでんせつにあらわれるあくまのな の)

生え際を見せた魔王バリ(印度ヴイシユヌ化身伝説に現われる悪魔の名)の

(きぼりめんがかかっていて、そのひだりめのひとみが、ごふんばかりぼうのようなかたちで)

木彫面が掛っていて、その左眼の瞳が、五分ばかり棒のような形で

(つきでている。それをおすと、はんたいにみぎのほうがもちあがってきて、うえから)

突き出ている。それを押すと、反対に右の方が持ち上ってきて、上から

(さしこむこうせんがせばめられていった つみいしがもとのいちにもどったからである。)

差し込む光線が狭められていったーー積石が旧の位置に戻ったからである。

(それからのりみずは、そのすりっぱのあととほはばのかんかくとをはかってから、ぜんぽうに)

それから法水は、そのスリッパの跡と歩幅の間隔とを計ってから、前方に

(きりひらかれているたんざくがたのやみのなかへはいっていった。じつにそれからが、)

切り開かれている短冊形の闇の中へ入って行った。実にそれからが、

(おうせきろーまこうていとらやぬすのじだいに、こんするぷりにうすがふたりのであこのをつかって、)

往昔羅馬皇帝トラヤヌスの時代に、執政官プリニウスが二人の女執事を使って、

など

(かりすとぅすちかせいろうをさぐらせたさいの、こうけいをほうふつとするものであった。)

カリストゥス地下聖廊を探らせた際の、光景を髣髴とするものであった。

(こうどうのてんじょうからは、えいねんのほこりのたいせきがしょうにゅうせきのようなかたちでたれさがっていて、)

坑道の天井からは、永年の埃の堆積が鍾乳石のような形で垂れ下っていて、

(こきゅうをするごとにさいじんがひさんしてきて、のどがくすぐられるようにむせっぽかった。)

呼吸をするごとに細塵が飛散してきて、咽喉が擽られるように咽っぽかった。

(それでなくても、くうきがしんせんでないために、みょうにいきぐるしく、もしこのさいたいまつを)

それでなくても、空気が新鮮でないために、妙に息苦しく、もしこの際松火を

(つかったとしたら、それは、かがやかずにくすぶりきえるだろうとおもわれた。それに、)

使ったとしたら、それは、輝かずに燻ぶり消えるだろうと思われた。それに、

(やかたじゅうのひびきがこのくうかんにはいようにとどろいてきて、ときおりえだみちではないかとおもったり、)

館中の響がこの空間には異様に轟いてきて、時折岐路ではないかと思ったり、

(また、ひとごえのようにもきえたりして、むねをおどらすのもしばしばであった。)

また、人声のようにも聴えたりして、胸を躍らすのもしばしばであった。

(しかし、すりっぱのあとはどこまでもきえずにかれらをみちびいていった。そのあしもとには)

しかし、スリッパの跡はどこまでも消えずに彼等を導いていった。その足許には

(ゆきをふみしだくようなかんじでほこりのたいせきがくずれ、それをすかして、)

雪を踏みしだくような感じで埃の堆積が崩れ、それを透かして、

(かしのつめたいかんしょくが、あたまのてっぺんまでしみとおるのだった。こうして、)

かしの冷たい感触が、頭の頂辺まで滲み透るのだった。こうして、

(このたんねるりょこうは、かれこれにじゅっぷんあまりもつづいた。こうどうはみぎにひだりに、また、)

この隧道旅行は、かれこれ二十分あまりも続いた。坑道は右に左に、また、

(あるぶぶんはさかをなし、ほとんどきおくできぬほどきょくせつのかぎりをつくして、さいごにひだりに)

ある部分は坂をなし、ほとんど記憶できぬほど曲折の限りを尽して、最後に左に

(まがると、そこはふくろとだなのようないきづまりになっていた。そして、そこにも)

曲ると、そこは袋戸棚のような行き詰りになっていた。そして、そこにも

(まおうばりのめんがはっけんされた。ああ、そのいしかべひとえのかなたは、)

魔王バリの面が発見された。ああ、その石壁一重の彼方は、

(やかたのどこであろうか。のりみずはかたずをのんでめんのかためをおした。すると、)

館の何処であろうか。法水は固唾を呑んで面の片眼を押した。すると、

(そのみぎのどあは、くましろのかたをかすかにかすってひらかれたが、ぜんぽうにもいぜんとしてやみは)

その右の扉は、熊城の肩を微かに掠って開かれたが、前方にも依然として闇は

(つづいている。しかし、どこからとなく、ゆるやかなかぜがおとずれてきて、そこが)

続いている。しかし、どこからとなく、寛かな風が訪れてきて、そこが

(ひろいくうかんであるのをおもわせるのだった。のりみずはぜんぽうのくうかんをめがけて、)

広い空間であるのを思わせるのだった。法水は前方の空間を目がけて、

(ななめにたかくひかりをなげた。けれども、そのひかりは、やみのなかをむなしくはしったのみで、)

斜めに高く光を投げた。けれども、その光は、闇の中を空しく走ったのみで、

(なにもうつらなかった。それで、こんどはいっぽふみこんで、ずじょうにむけると、そこには)

何も映らなかった。それで、今度は一歩踏み込んで、頭上に向けると、そこには

(みにくいくじゅうなそうぼうをしたさんにんのおとこのかおがあらわれた。のりみずはそれによって、)

醜い苦渋な相貌をした三人の男の顔が現われた。法水はそれによって、

(いっさいをしることができたのである。せいぱうろ、じゅんきょうしゃいぐなちうす、)

いっさいを知ることが出来たのである。聖パウロ、殉教者イグナチウス、

(こるどばのこんふぇっさーほしうす・・・・・・とへきめんのあとらんてすを、みっつまではかぞえたが、)

コルドバの老証道人ホシウスと壁面の彫像柱を、三つまでは数えたが、

(そのこえにがぜんふるえがくわわってきて、くりぷとだよ、とうとうぼくらはさんてつのくりぷとに)

その声に俄然顫えが加わってきて、「墓宕だよ、とうとう僕等は算哲の墓宕に

(やってきてしまったんだ とくるわしげにさけんだ。そのこえとどうじに、くましろは)

やって来てしまったんだ」と狂わしげに叫んだ。その声と同時に、熊城は

(に、さんぽすすんでいって、まるいあかりでぜんぽうをいちのじにはいた。すると、そのなかに)

二、三歩進んでいって、円い灯で前方を一の字に掃いた。すると、その中に

(いくつかせきかんのすがたがめいめつして、あきらかにこのいっかくが、さんてつのくりぷとにそういないことが)

幾つか石棺の姿が明滅して、明らかにこの一劃が、算哲の墓宕に相違ないことが

(わかった。さんにんはきれぎれにおとたかいこきゅうをはじめた。いつぞやれヴぇずが)

分った。三人は切れ切れに音高い呼吸を始めた。いつぞやレヴェズが

(のりみずにいった、こぼると・じっひ・みゅーへん のかいしゃくが、いまやまぼろしからげんじつに)

法水に云った、地精よ、いそしめーーの解釈が、今や幻から現実に

(うつされようとしている。しかも、すりっぱのあとは、ちゅうおうにあってひときわきょだいな)

移されようとしている。しかも、スリッパの跡は、中央にあってひときわ巨大な

(さんてつのかんだいをめがけて、いちもんじにつづいているのだ。そのふたには、けいてつでつくられた)

算哲の棺台を目がけて、一文字に続いているのだ。その蓋には、軽鉄で作られた

(しゅごしんせんとげおるひがよこたわっていて、それはかるくもたげられた。おそらく、そのとき)

守護神聖ゲオルヒが横たわっていて、それは軽く擡げられた。恐らく、その時

(さんにんのしんじゅうには・・・・・・さんてつのかんだいのみにあしがなくて、それがだいりせきのいしづみで)

三人の心中には算哲の棺台のみに脚がなくて、それが大理石の石積で

(つくられていることから、たしかかんちゅうにはふぁうすとはかせのすがたはなくて、)

作られていることから、たしか棺中にはファウスト博士の姿はなくて、

(そこからまた、ちかにつづくあたらしいこうどうがもうけられているようにおもわれていた。)

そこからまた、地下に続く新しい坑道が設けられているように思われていた。

(ところが、ふたがもたげられて、まるいひかりがさっとさしいれられたとき おもわずさんにんは)

ところが、蓋が擡げられて、円い光がサッと差し入れられた時ーー思わず三人は

(りつぜんとしたものをかんじて、とびのいた。みよそのなかには、いぎょうながいこつが)

慄然としたものを感じて、跳び退いた。見よその中には、異形な骸骨が

(よこたわっているではないか。せいふしているはずのひざがたかくおりまげられていて、)

横たわっているではないか。静臥しているはずの膝が高く折り曲げられていて、

(りょうてはちゅうにうき、ゆびはなにものかをかかんとするもののように、むざんな)

両手は宙に浮き、指は何物かを掻かんとするもののように、無残な

(まげかたをしている。しかも、さんにんがとびのいたはずみに、それがかさこそと)

曲げ方をしている。しかも、三人が跳び退いた機に、それがカサコソと

(なって、おまけになおうすきみわるいことには、ろっこつのはしがいち、にほんぽろりと)

鳴って、おまけになお薄気味悪いことには、肋骨の端が一、二本ポロリと

(かけおちて、それもはいのようにひしゃつぶれてしまうのだった。しかし、)

欠け落ちて、それも灰のようにひしゃ潰れてしまうのだった。しかし、

(ひだりろっこつにはそうしょうのあとがのこっていて、あきらかにそれは、さんてつのいがいに)

左肋骨には創傷の跡が残っていて、明らかにそれは、算哲の遺骸に

(そういないのだった。)

相違ないのだった。

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