【タイピング文庫】芥川龍之介「羅生門2」

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プレイ回数4781難易度(4.2) 5952打 長文 かな
短編名作を数多くのこした、芥川龍之介の「羅生門」の後編です。
主人公の下人の心の動きをとおして、生きるための悪という人間のエゴイズムを克明に描き出した、日本近代文学の名作です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 novo 5202 B+ 5.3 97.2% 1111.0 5950 170 100 2024/04/12

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問題文

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(げにんは、ろくぶんのきょうふとしぶのこうきしんとにうごかされて、)

下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、

(ざんじはこきゅうをするのさえわすれていた。きゅうきのきしゃのことばをかりれば、)

暫時は呼吸をするのさえ忘れていた。旧記の記者の語を借りれば、

(とうしんのけもふとるようにかんじたのである。するとろうばは、まつのきぎれを、)

「頭身の毛も太る」ように感じたのである。すると老婆は、松の木片を、

(ゆかいたのまにさして、それから、いままでながめていたしがいのくびにりょうてをかけると、)

床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、

(ちょうど、さるのおやがこのしらみをとるように、そのながいかみのけをいっぽんずつぬきはじめた。)

丁度、猿の親が子の虱をとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。

(かみはてにしたがってぬけるらしい。そのかみのけが、いっぽんずつぬけるのにしたがって、)

髪は手に従って抜けるらしい。その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、

(げにんのこころからは、きょうふがすこしずつきえていった。そうしてそれとどうじに、)

下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうしてそれと同時に、

(このろうばにたいするはげしいぞうおが、すこしずつうごいてきた。)

この老婆に対する激しい憎悪が、少しずつ動いて来た。

(いや、このろうばにたいするといっては、ごへいがあるかもしれない。)

いや、この老婆に対すると云っては、語弊があるかも知れない。

(むしろ、あらゆるあくにたいするはんかんが、いっぷんごとにつよさをましてきたのである。)

むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。

(このとき、だれかがこのげにんに、さっきもんのしたでこのおとこがかんがえていた、)

この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、

(うえじにをするかぬすびとになるかというもんだいを、あらためてもちだしたら、)

饑死にをするか盗人になるかと云う問題を、改めて持出したら、

(おそらくげにんは、なんのみれんもなく、がしをえらんだことであろう。)

恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。

(それほど、このおとこのあくをにくむこころは、)

それほど、この男の悪を憎む心は、

(ろうばのゆかにさしたまつのきぎれのように、いきおいよくもえあがりだしていたのである。)

老婆の床に挿した松の木片のように、勢いよく燃え上り出していたのである。

(げにんには、もちろん、なぜろうばがしにんのかみのけをぬくかわからなかった。)

下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。

(したがって、ごうりてきには、それをぜんあくのいずれにかたづけてよいかしらなかった。)

従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。

(しかしげにんにとっては、このあめのよるに、このらしょうもんのうえで、)

しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、

(しにんのかみのけをぬくということが、それだけですでにゆるすべからざるあくであった。)

死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。

(もちろん、げにんは、さっきまでじぶんが、ぬすびとになるきでいたことなぞは、)

勿論、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、

など

(とうにわすれていたのである。そこで、げにんは、りょうあしにちからをいれて、いきなり、)

とうに忘れていたのである。そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、

(はしごからうえへとびあがった。そうしてひじりづかのたちにてをかけながら、)

梯子から上へ飛び上った。そうして聖柄の太刀に手をかけながら、

(おおまたにろうばのまえへあゆみよった。ろうばがおどろいたのはいうまでもない。)

大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が驚いたのは云うまでもない。

(ろうばは、ひとめげにんをみると、まるでいしゆみにでもはじかれたように、とびあがった。)

老婆は、一目下人を見ると、まるで弩にでも弾かれたように、飛び上った。

(おのれ、どこへいく。げにんは、ろうばがしがいにつまずきながら、)

「おのれ、どこへ行く。」下人は、老婆が死骸につまずきながら、

(あわてふためいてにげようとするゆくてをふさいで、こうののしった。ろうばは、)

慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵った。老婆は、

(それでもげにんをつきのけていこうとする。げにんはまたそれをいかすまいとして、)

それでも下人をつきのけて行こうとする。下人はまたそれを行かすまいとして、

(おしもどす。ふたりはしがいのなかで、しばらく、むごんのまま、つかみあった。)

押しもどす。二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。

(しかししょうはいは、はじめからわかっている。)

しかし勝敗は、はじめからわかっている。

(げにんはとうとう、ろうばのうでをつかんで、むりにそこへねじたおした。)

下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへねじ倒した。

(ちょうど、にわとりのあしのような、ほねとかわばかりのうでである。)

丁度、鶏の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。

(なにをしていた。いえ。いわぬと、これだぞよ。)

「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ。」

(げにんは、ろうばをつきはなすと、いきなり、たちのさやをはらって、)

下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘を払って、

(しろいはがねのいろをそのめのまえへつきつけた。けれども、ろうばはだまっている。)

白い鋼の色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。

(りょうてをわなわなふるわせて、かたでいきをきりながら、めを、)

両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、

(めだまがまぶたのそとへでそうになるほど、みひらいて、おしのようにしゅうねくだまっている。)

眼球が瞼の外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗く黙っている。

(これをみると、げにんははじめてめいはくにこのろうばのせいしが、)

これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、

(ぜんぜん、じぶんのいしにしはいされているということをいしきした。)

全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。

(そしてこのいしきは、いままでけわしくもえていたぞうおのこころを、)

そしてこの意識は、今まで険しく燃えていた憎悪の心を、

(いつのまにかさましてしまった。あとにのこったのは、ただ、あるしごとをして、)

いつの間にか冷ましてしまった。後に残ったのは、ただ、ある仕事をして、

(それがえんまんにじょうじゅしたときの、やすらかなとくいとまんぞくとがあるばかりである。)

それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。

(そこで、げにんは、ろうばをみくだしながら、すこしこえをやわらげてこういった。)

そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。

(おれはけびいしのちょうのやくにんなどではない。いましがたこのもんのしたをとおりかかった)

「己は検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった

(たびのものだ。だからおまえになわをかけて、どうしようというようなことはない。ただ、)

旅の者だ。だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、

(いまじぶんこのもんのうえでなにをしていたのだか、それをおれにはなしさえすればいいのだ)

今時分この門の上で何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ

(すると、ろうばは、みひらいていためを、いっそうおおきくして、)

すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、

(じっとそのげにんのかおをみまもった。)

じっとその下人の顔を見守った。

(まぶたのあかくなった、にくしょくどりのような、するどいめでみたのである。)

瞼の赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。

(それから、しわで、ほとんど、はなとひとつになったくちびるを、)

それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、

(なにかものでもかんでいるようにうごかした。)

何か物でも噛んでいるように動かした。

(ほそいのどで、とんがったのどぼとけのうごいているのがみえる。)

細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。

(そのとき、そののどから、からすのなくようなこえが、)

その時、その喉から、鴉の啼くような声が、

(あえぎあえぎ、げにんのみみへつたわってきた。)

あえぎあえぎ、下人の耳へ伝わって来た。

(このかみをぬいてな、このかみをぬいてな、かずらにしようとおもうたのじゃ。)

「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘にしようと思うたのじゃ。」

(げにんは、ろうばのこたえがぞんがい、へいぼんなのにしつぼうした。そうしてしつぼうするとどうじに、)

下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、

(またまえのぞうおが、ひややかなぶべつといっしょに、こころのなかへはいってきた。)

また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一しょに、心の中へはいって来た。

(すると、そのけしきが、せんぽうへもつうじたのであろう。)

すると、その気色が、先方へも通じたのであろう。

(ろうばは、かたてに、まだしがいのあたまからうばったながいぬけげをもったなり、)

老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、

(ひきのつぶやくようなこえで、くちごもりながら、こんなことをいった。)

蟇のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。

(なるほどな、しにんのかみのけをぬくということは、なにぼうわるいことかもしれぬ。じゃが、)

「成程な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、

(ここにいるしにんどもは、みんなそのくらいなことを、されてもいいにんげんばかりだぞよ。)

ここにいる死人どもは、皆そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。

(わしがいま、かみをぬいたおんななどはな、へびをよんすんばかりずつにきってほしたのを、)

わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりずつに切って干したのを、

(ほしうおだというて、たてわきのじんへうりにいんだわ。)

干魚だと云うて、太刀帯の陣へ売りに往んだわ。

(えやみにかかってしななんだら、いまでもうりにいんでいたことであろ。)

疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。

(それもよ、このおんなのうるほしうおは、あじがよいというて、)

それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、

(たてわきどもが、かかさずさいりょうにかっていたそうな。)

太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。

(わしは、このおんなのしたことがわるいとはおもうていぬ。)

わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。

(せねば、がしをするのじゃて、しかたがなくしたことであろ。)

せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。

(されば、いままた、わしのしていたこともわるいこととはおもわぬぞよ。)

されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。

(これとてもやはりせねば、がしをするじゃて、しかたがなくすることじゃわいの。)

これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。

(じゃて、そのしかたがないことを、よくしっていたこのおんなは、)

じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、

(おおかたわしのすることもおおめにみてくれるであろ。)

大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」

(ろうばは、だいたいこんないみのことをいった。)

老婆は、大体こんな意味の事を云った。

(げにんは、たちをさやにおさめて、そのたちのえをひだりのてでおさえながら、)

下人は、太刀を鞘におさめて、その太刀の柄を左の手でおさえながら、

(れいぜんとして、このはなしをきいていた。もちろん、みぎのてでは、)

冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、

(あかくほおにうみをもったおおきなにきびをきにしながら、きいているのである。)

赤く頬に膿を持った大きな面皰を気にしながら、聞いているのである。

(しかし、これをきいているなかに、げにんのこころには、あるゆうきがうまれてきた。)

しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。

(それは、さっきもんのしたで、このおとこにはかけていたゆうきである。)

それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。

(そうして、またさっきこのもんのうえへのぼって、)

そうして、またさっきこの門の上へ上って、

(このろうばをとらえたときのゆうきとは、ぜんぜん、はんたいなほうこうにうごこうとするゆうきである。)

この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。

(げにんは、がしをするかぬすびとになるかに、まよわなかったばかりではない。)

下人は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。

(そのときのこのおとこのこころもちからいえば、がしなどということは、)

その時のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、

(ほとんど、かんがえることさえできないほど、いしきのそとにおいだされていた。)

ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。

(きっと、そうか。)

「きっと、そうか。」

(ろうばのはなしがおわると、げにんはあざけるようなこえでねんをおした。)

老婆の話が完ると、下人は嘲るような声で念を押した。

(そうして、ひとあしまえへでると、ふいにみぎのてをにきびからはなして、)

そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰から離して、

(ろうばのえりがみをつかみながら、かみつくようにこういった。)

老婆の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。

(ではおれがひはぎをしようとうらむまいな。おれもそうしなければがしをするからだなのだ。)

では己が引剥をしようと恨むまいな。己もそうしなければ饑死をする体なのだ。

(げにんは、すばやく、ろうばのきものをはぎとった。)

下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。

(それから、あしにしがみつこうとするろうばを、てあらくしがいのうえへけたおした。)

それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。

(はしごのくちまでは、わずかにごほをかぞえるばかりである。げにんは、)

梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。下人は、

(はぎとったひわだいろのきものをわきにかかえて、)

剥ぎとった檜皮色の着物をわきにかかえて、

(またたくまにきゅうなはしごをよるのそこへかけおりた。)

またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。

(しばらく、しんだようにたおれていたろうばが、しがいのなかから、)

しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、

(そのはだかのからだをおこしたのは、それからまもなくのことである。)

その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。

(ろうばはつぶやくような、うめくようなこえをたてながら、)

老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、

(まだもえているひのひかりをたよりに、はしごのくちまで、はっていった。)

まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。

(そうして、そこから、みじかいしらがをさかさまにして、もんのしたをのぞきこんだ。)

そうして、そこから、短い白髪を倒にして、門の下を覗きこんだ。

(そとには、ただ、こくとうとうたるよるがあるばかりである。)

外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。

(げにんのゆくえは、だれもしらない。)

下人の行方は、誰も知らない。

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