人間失格【太宰治】12

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投稿者投稿者ひきにーと。いいね1お気に入り登録
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第二の手記5です
おや?~しまい込みました。までです。

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問題文

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(おやとおもいましたそのしゅんかんじぶんのおちゆくみちがけっていせられたように)

おや? と思いました。その瞬間、自分の落ち行く道が決定せられたように、

(こうねんにいたってそんなきがしてなりませんじぶんはしっていましたそれは)

後年に到って、そんな気がしてなりません。自分は、知っていました。それは、

(ごっほのれいのじがぞうにすぎないのをしっていましたじぶんたちのしょうねんのころには)

ゴッホの例の自画像に過ぎないのを知っていました。自分たちの少年の頃には、

(にほんでふらんすのいわゆるいんしょうはのえがだいりゅうこうしていてようがかんしょうのだいいっぽを)

日本でフランスの所謂印象派の画が大流行していて、洋画鑑賞の第一歩を、

(たいていこのあたりからはじめたものでごっほごーぎゃんせざんぬ)

たいていこのあたりからはじめたもので、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、

(るなあるなどというひとのえはいなかのちゅうがくせいでも)

ルナアルなどというひとの絵は、田舎の中学生でも、

(たいていそのしゃしんばんをみてしっていたのでしたじぶんなども)

たいていその写真版を見て知っていたのでした。自分なども、

(ごっほのげんしょくばんをかなりたくさんみてたっちのおもしろさ)

ゴッホの原色版をかなりたくさん見て、タッチの面白さ、

(しきさいのあざやかさにきょうしゅをおぼえていはいたのですがしかしおばけのえ)

色彩の鮮やかさに興趣を覚えていはいたのですが、しかし、お化けの絵、

(だとはいちどもかんがえたことがなかったのでしたではこんなのは)

だとは、いちども考えた事が無かったのでした。「では、こんなのは、

(どうかしらやっぱりおばけかしらじぶんはほんだなから)

どうかしら。やっぱり、お化けかしら。」自分は本棚から、

(もじりあにのがしゅうをだしやけたしゃくどうのようなはだの)

モジリアニの画集を出し、焼けた赤銅のような肌の、

(れいのらふのぞうをたけいちにみせましたすげえなあ)

れいの裸婦の像を竹一に見せました。「すげえなあ、」

(たけいちはめをまるくしてかんたんしましたじごくのうまみたいやっぱり)

竹一は眼を丸くして感嘆しました。「地獄の馬みたい。」「やっぱり、

(おばけかねおれもこんなおばけのえがかきたいよ)

お化けかね。」「おれも、こんなお化けの絵がかきたいよ。」

(あまりににんげんをきょうふしているひとたちはかえってもっともっと)

あまりに人間を恐怖している人たちは、かえって、もっともっと、

(おそろしいようかいをかくじつにこのめでみたいとがんぼうするにいたるしんりああ)

おそろしい妖怪を確実にこの眼で見たいと願望するに至る心理、ああ、

(このいちぐんのがかたちはにんげんというばけものにいためつけられ)

この一群の画家たちは、人間という化け物に痛めつけられ、

(おびやかされたあげくのはてついにげんえいをしんじはくちゅうのしぜんのなかに)

おびやかされた揚句の果、ついに幻影を信じ、白昼の自然の中に、

(ありありとようかいをみたのだしかもかれらはそれをどうけなどでごまかさず)

ありありと妖怪を見たのだ、しかも彼等は、それを道化などでごまかさず、

など

(みえたままのひょうげんにどりょくしたのだたけいちのいうようにかんぜんとおばけのえ)

見えたままの表現に努力したのだ、竹一の言うように、敢然と「お化けの絵」

(をかいてしまったのだここにしょうらいのじぶんのなかまがいるとじぶんは)

をかいてしまったのだ、ここに将来の自分の、仲間がいる、と自分は、

(なみだがでたほどにこうふんしぼくもかくよおばけのえをかくよじごくのうまを)

涙が出たほどに興奮し、「僕も画くよ、お化けの絵を画くよ、地獄の馬を、

(かくよとなぜだかひどくこえをひそめてたけいちにいったのでした)

画くよ。」と、なぜだか、ひどく声をひそめて、竹一に言ったのでした。

(じぶんはしょうがっこうのころからえはかくのもみるのもすきでしたけれども)

自分は、小学校の頃から、絵はかくのも、見るのも好きでした。けれども、

(じぶんのかいたえはじぶんのつづりかたほどにはしゅういのひょうばんが)

自分のかいた絵は、自分の綴り方ほどには、周囲の評判が、

(よくありませんでしたじぶんは)

よくありませんでした。自分は、

(どだいにんげんのことばをいっこうにしんようしていませんでしたのでつづりかたなどは)

どだい人間の言葉を一向に信用していませんでしたので、綴り方などは、

(じぶんにとってただおどけのごあいさつみたいなものでしょうがっこうちゅうがっこう)

自分にとって、ただお道化のご挨拶みたいなもので、小学校、中学校、

(とつづいてせんせいたちをきょうきさせてきましたがしかしじぶんでは)

と続いて先生たちを狂喜させて来ましたが、しかし、自分では、

(さっぱりおもしろくなくえだけはまんがなどはべつですけれども)

さっぱり面白くなく、絵だけは、(漫画などは別ですけれども)

(そのたいしょうのひょうげんにおさないがりゅうながらたしょうのくしんをはらっていました)

その対象の表現に、幼い我流ながら、多少の苦心を払っていました。

(がっこうのずがのおてほんはつまらないしせんせいのえはへたくそだしじぶんは)

学校の図画のお手本はつまらないし、先生の絵は下手くそだし、自分は、

(まったくでたらめにさまざまのひょうげんほうをじぶんでくふうしてこころみなければならないのでした)

全く出鱈目にさまざまの表現法を自分で工夫して試みなければならないのでした

(ちゅうがっこうへはいってじぶんはあぶらえのどうぐもひとそろいもっていましたがしかし)

中学校へはいって、自分は油絵の道具も一揃い持っていましたが、しかし、

(そのたっちのてほんをいんしょうはのがふうにもとめてもじぶんのかいたものは)

そのタッチの手本を、印象派の画風に求めても、自分の画いたものは、

(まるでちよがみざいくのようにのっぺりしてものになりそうもありませんでした)

まるで千代紙細工のようにのっぺりして、ものになりそうもありませんでした。

(けれどもじぶんはたけいちのことばによってじぶんのそれまでのかいがにたいするこころがまえが)

けれども自分は、竹一の言葉に依って、自分のそれまでの絵画に対する心構えが

(まるでまちがっていたことにきがつきましたうつくしいとかんじたものを)

まるで間違っていたことに気が附きました。美しいと感じたものを、

(そのままうつくしくひょうげんしようとするどりょくのあまさおろかしさまいすたーたちは)

そのまま美しく表現しようとする努力の甘さ、おろかしさ。マイスターたちは、

(なんでもないものをしゅかんによってうつくしくそうぞうし)

何でも無いものを、主観に依って美しく創造し、

(あるいはみにくいものにおうとをもよおしながらもそれにたいするきょうみをかくさず)

或いは醜いものに嘔吐をもよおしながらも、それに対する興味を隠さず、

(ひょうげんのよろこびにひたっているつまり)

表現のよろこびにひたっている、つまり、

(ひとのおもわくにすこしもたよっていないらしいというがほうのぷりみちヴなとらのまきを)

人の思惑に少しも頼っていないらしいという、画法のプリミチヴな虎の巻を、

(たけいちからさずけられてれいのおんなのらいきゃくたちにはかくしてすこしずつ)

竹一から、さずけられて、れいの女の来客たちには隠して、少しずつ、

(じがぞうのせいさくにとりかかってみましたじぶんでもぎょっとしたほど)

自画像の制作に取りかかってみました。自分でも、ぎょっとしたほど、

(いんさんなえができあがりましたしかし)

陰惨な絵が出来上がりました。しかし、

(これこそむなそこにひたかくしにかくしているじぶんのしょうたいなのだおもてはようきにわらい)

これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なのだ、おもては陽気に笑い、

(またひとをわらわせているけれどもじつはこんないんうつなこころをじぶんはもっているのだ)

また人を笑わせているけれども、実は、こんな陰鬱な心を自分は持っているのだ

(しかたがないとひそかにこうていしけれどもそのえはたけいちいがいのひとには)

仕方が無い、とひそかに肯定し、けれどもその絵は、竹一以外の人には、

(さすがにだれにもみせませんでしたじぶんのおどけのそこのいんさんをみやぶられ)

さすがに誰にも見せませんでした。自分のお道化の底の陰惨を見破られ、

(きゅうにけちくさくけいかいせられるのもいやでしたしまた)

急にケチくさく警戒せられるのもいやでしたし、また、

(これをじぶんのしょうたいともきづかずやっぱりしんしゅこうのおどけとみなされ)

これを自分の正体とも気付かず、やっぱり新趣向のお道化と見なされ、

(おおわらいのたねにせられるかもしれぬというけねんもあり)

大笑いの種にせられるかも知れぬという懸念もあり、

(それはなによりもつらいことでしたので)

それは何よりもつらい事でしたので、

(そのえはすぐにおしいれのおくふかくしまいこみました)

その絵はすぐに押し入れの奥深くしまい込みました。

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