「悪魔の紋章」11 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(よていのよじをすぎるさんじゅっぷん、やっとさんぱいしゃがとぎれたので、いよいよひきあげようと、)

予定の四時を過ぎる三十分、やっと参拝者が途切れたので、愈々引上げようと、

(ひとびとがざわめきはじめたころ、たえこさんもあるきだそうとしていっぽまえにすすんだとき、)

人々がざわめき始めた頃、妙子さんも歩き出そうとして一歩前に進んだとき、

(かなしみにこころもみだれていたためか、よろよろとよろめいたかとおもうと、)

悲しみに心も乱れていたためか、ヨロヨロとよろめいたかと思うと、

(ばったりそこへたおれてしまった。 それをみると、ひとびとはかのじょがのうひんけつを)

バッタリそこへ倒れてしまった。 それを見ると、人々は彼女が脳貧血を

(おこしたものとおもいこみ、われさきにそばへかけよって、かいほうしようとしたが、)

起したものと思い込み、我先に側へ駈け寄って、介抱しようとしたが、

(たえこさんは、かたわらにいたしんせきのふじんにだきおこされ、そのままじどうしゃに)

妙子さんは、傍らにいた親戚の婦人に抱き起され、そのまま自動車に

(つれこまれて、べつだんのこともなくじたくにかえることができた。 じたくにかえると、)

連れ込まれて、別段の事もなく自宅に帰ることができた。 自宅に帰ると、

(かのじょはなによりもひとりきりになって、おもうぞんぶんなきたいとおもったので、)

彼女は何よりも独りきりになって、思う存分泣きたいと思ったので、

(あいさつもそこそこに、じぶんのへやにかけこんだが、そこにそなえてある)

挨拶もそこそこに、自分の部屋に駈け込んだが、そこに備えてある

(おおきなけしょうかがみのまえをとおりかかるとき、ふとわがすがたをみると、みぎのほおに)

大きな化粧鏡の前を通りかかる時、ふと我が姿を見ると、右の頬に

(くろいすすのようなものがついているのにきづいた。 「あら、こんなかおで、)

黒い煤のようなものが着いているのに気づいた。 「アラ、こんな顔で、

(あたし、あのおおぜいのかたにごあいさつしていたのかしら」 とおもうと、)

あたし、あの多勢の方に御挨拶していたのかしら」 と思うと、

(にわかにはずかしく、そんなさいながら、ついかがみのまえにこしかけてみないでは)

俄かに恥かしく、そんな際ながら、つい鏡の前に腰かけて見ないでは

(いられなかった。 かがみにかおをちかよせて、よくみると、それはただのよごれでは)

いられなかった。 鏡に顔を近寄せて、よく見ると、それはただの汚れでは

(なくて、なにかひとのゆびのあとらしく、こまかいしもんが、まるでくろいんきで)

なくて、何か人の指の痕らしく、細かい指紋が、まるで黒インキで

(いんさつでもしたように、くっきりとうきあがっていた。 「まあ、こんなに)

印刷でもしたように、クッキリと浮き上っていた。 「マア、こんなに

(はっきりとゆびのあとがつくなんて、みょうだわ」 とおもいながら、つくづくそのしもんを)

ハッキリと指の痕がつくなんて、妙だわ」 と思いながら、つくづくその指紋を

(ながめいっているうちに、たえこさんのかおは、みるみるあおざめていった。)

眺め入っている内に、妙子さんの顔は、見る見る青ざめて行った。

(くちびるからはまったくちのけがうせ、ふたえまぶたのりょうがんが、とびだすのではないかと)

唇からは全く血の気が失せ、二重瞼の両眼が、飛び出すのではないかと

(みひらかれた。そして「あああ・・・・・・」という、わけのわからぬかんだかいひめいを)

見開かれた。そして「アアア・・・・・・」という、訳の分らぬ甲高い悲鳴を

など

(あげたかとおもうと、かのじょはそのまま、いすからくずれおちて、じゅうたんのうえに)

上げたかと思うと、彼女はそのまま、椅子からくずれ落ちて、絨毯の上に

(たおれふしてしまった。 そのしもんには、みっつのうずがおばけのように)

倒れ伏してしまった。 その指紋には、三つの渦がお化けのように

(わらっていたのである。ふくしゅうきのおそるべきさんじゅうかじょうもんは、ついにひとのかおにまで、)

笑っていたのである。復讐鬼の恐るべき三重渦状紋は、遂に人の顔にまで、

(そのいやらしいのろいのもんをあらわしたのである。 たえこさんのへやからの、)

そのいやらしい呪いの紋を現わしたのである。 妙子さんの部屋からの、

(ただならぬさけびごえに、ひとびとがかけつけてみると、かのじょはきをうしなってたおれていた。)

ただならぬ叫び声に、人々が駈けつけて見ると、彼女は気を失って倒れていた。

(そして、そのほおには、まだぬぐわれもせず、あくまのもんしょうがまざまざと)

そして、その頬には、まだ拭われもせず、悪魔の紋章がまざまざと

(うきあがっていたのである。 だが、さわぎはそればかりではなかった。)

浮き上っていたのである。 だが、騒ぎはそればかりではなかった。

(ちょうどそのころ、ちちのかわでしは、まだいのこっているきゅうちのひとたちと、)

丁度その頃、父の川手氏は、まだ居残っている旧知の人達と、

(きゃくまではなしをしていたのだが、しがれっと・けーすをだそうとして、)

客間で話をしていたのだが、シガレット・ケースを出そうとして、

(もーにんぐのうちぽけっとにてをいれると、そこにまったくきおくのないふうとうが)

モーニングの内ポケットに手を入れると、そこに全く記憶のない封筒が

(はいっていた。 おやっとおもって、とりだしてみると、どうやらみおぼえのある)

入っていた。 オヤっと思って、取出して見ると、どうやら見覚えのある

(やすふうとう、ふうはしてあるが、おもてにはあてなもなにもない。それをみたばかりで、)

安封筒、封はしてあるが、表には宛名も何もない。それを見たばかりで、

(もうかわでしのかおいろはかわっていた。しかしなかにはてがみがはいっているらしいようす、)

もう川手氏の顔色は変っていた。しかし中には手紙が入っているらしい様子、

(おそろしいからといって、みないわけにはいかぬ。 おもいきってふうをひらけば、)

恐ろしいからと云って、見ない訳には行かぬ。 思い切って封を開けば、

(あんのじょう、いつものようし、わざとへたにかいたらしいえんぴつのひっせき。あいつだ。)

案の定、いつもの用紙、態と下手に書いたらしい鉛筆の筆蹟。あいつだ。

(あいつがまだしゅうねんぶかくつきまとっているのだ。ぶんめんにはさのようなおそろしい)

あいつがまだ執念深くつき纏っているのだ。文面には左のような恐ろしい

(もんくがしたためてあった。 かわでくん、どうだね。ふくしゅうしゃのうでまえおもいしったかね。)

文句が認めてあった。 川手君、どうだね。復讐者の腕前思い知ったかね。

(だが、ほんとうのふくしゅうはまだこれからだぜ。じょまくがあいたばかりさ。)

だが、本当の復讐はまだこれからだぜ。序幕が開いたばかりさ。

(ところでふたまくめだがね、それももうぶたいかんとくのじゅんびはすっかりととのっている。)

ところで二幕目だがね、それももう舞台監督の準備はすっかり整っている。

(さて、ふたまくめはあねむすめのばんだ。はっきりきじつをつうこくしておこう。ほんげつよっかのよるだ。)

さて、二幕目は姉娘の番だ。はっきり期日を通告して置こう。本月四日の夜だ。

(そのよる、あねむすめはいもうとむすめとおなじめにあうのだ。こんどのはいけいはすばらしいぜ。)

その夜、姉娘は妹娘と同じ目に遭うのだ。今度の背景はすばらしいぜ。

(ゆびおりかぞえてまっているがいい。それがすむとさんまくめだ。さんまくめのしゅやくを)

指折り数えて待っているがいい。それが済むと三幕目だ。三幕目の主役を

(しっているかね。いうまでもない、きみじしんさ。しんうちのでばんはさいごに)

知っているかね。云うまでもない、君自身さ。真打ちの出番は最後に

(きまっているじゃないか。 ふくしゅうしゃより)

極っているじゃないか。 復讐者より

(このふたつのちんじがかさなりあって、かわでていはそうぎのゆうべともおもわれぬ、)

この二つの椿事が重なり合って、川手邸は葬儀の夕べとも思われぬ、

(ひとかたならぬさわぎとなった。 たえこさんは、ひとびとのかいほうによって、まもなくいしきを)

一方ならぬ騒ぎとなった。 妙子さんは、人々の介抱によって、間もなく意識を

(とりもどしたけれど、かんじょうのげきどうのためにはつねつして、いしをよばなければ)

取戻したけれど、感情の激動のために発熱して、医師を呼ばなければ

(ならなかったし、それにひきつづいて、そうぎからかえったばかりのむなかたはかせが、)

ならなかったし、それに引続いて、葬儀から帰ったばかりの宗像博士が、

(かわでしのきゅうほうをうけてふたたびかけつける、けいしちょうからはなかむらそうさかかりちょうが)

川手氏の急報を受けて再び駈け付ける、警視庁からは中村捜査係長が

(やってくる。それからかわでしとさんにんていざして、ぜんごさくのみつぎにふけるという)

やって来る。それから川手氏と三人鼎座して、善後策の密議に耽るという

(さわぎであった。 はんにんはおそらくaさいじょうのしきじょうにまぎれこんでいたものに)

騒ぎであった。 犯人は恐らくA斎場の式場にまぎれ込んでいたものに

(ちがいない。そして、いっぽうではたえこさんのほおにかいしもんのらくいんをおし、)

違いない。そして、一方では妙子さんの頬に怪指紋の烙印を捺し、

(いっぽうではかわでしにせっきんして、そのうちぽけっとに、すりのようなてばやさで、)

一方では川手氏に接近して、その内ポケットに、掏摸のような手早さで、

(あのふうとうをすべりこませたものにちがいない。 しかし、たえこさんのほおに)

あの封筒を辷り込ませたものに違いない。 しかし、妙子さんの頬に

(ゆびがたをおしつけるなんて、いくらなんでもふつうのばあいにできるわざではない。)

指型を押しつけるなんて、いくら何でも普通の場合にできる業ではない。

(これはきっと、こくべつしきがおわって、たえこさんがたおれたときのどさくさまぎれに、)

これはきっと、告別式が終って、妙子さんが倒れた時のどさくさまぎれに、

(すばやくおこなわれたものであろう。すると、そのとき、じょうないにいあわせたものは、)

素早く行われたものであろう。すると、その時、場内に居合せたものは、

(かわでしのしんせききゅうちのかぎられたひとびとのみではなかったか。)

川手氏の親戚旧知の限られた人々のみではなかったか。

(なかむらけいぶはそこへきがつくと、かわでしのきおくやめいぼをたよりに、たちまちよんじゅうなんにんの、)

中村警部はそこへ気がつくと、川手氏の記憶や名簿を頼りに、忽ち四十何人の、

(じんめいひょうをつくりあげ、ぶかにめいじて、そのひとりひとりをほうもんし、)

人名表を作り上げ、部下に命じて、その一人一人を訪問し、

(しもんをとらせることにせいこうした。それにはしゅじんのかわでしはもちろん、)

指紋を取らせることに成功した。それには主人の川手氏は勿論、

(どうけのめしつかいたちはもれなくはいっていたし、むなかたはかせやこいけじょしゅのしもんまで)

同家の召使達は漏れなく入っていたし、宗像博士や小池助手の指紋まで

(あつめたのであったが、そのなかには、さんじゅうかじょうもんなどひとつもないことが)

集めたのであったが、その中には、三重渦状紋など一つもないことが

(たしかめられた。 いっぽうかふぇ・あとらんちすにあらわれたかいじんぶつについては、)

確かめられた。 一方カフェ・アトランチスに現われた怪人物については、

(ひきつづきむなかたけんきゅうしつのてでそうさがおこなわれていたが、さいしょこいけじょしゅがさぐりだした)

引きつづき宗像研究室の手で捜査が行われていたが、最初小池助手が探り出した

(じじつのほかには、なんのてがかりもはっけんされぬままに、いちにちいちにちとひがたっていった。)

事実の外には、何の手掛りも発見されぬままに、一日一日と日がたって行った。

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