「悪魔の紋章」12 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(まじゅつし そして、まもなく、ふくしゅうきのいわゆるだいにまくめのまくあきのひが)

魔術師 そして、間もなく、復讐鬼のいわゆる第二幕目の幕開きの日が

(やってきた。よっかのよるがすぐめのまえにちかづいてきた。 かわでしのていたくは、)

やって来た。四日の夜がすぐ目の前に近づいて来た。 川手氏の邸宅は、

(よううんにつつまれたように、ぶきみなせいじゃくにとざされていた。たえこさんはあれいらい)

妖雲に包まれたように、不気味な静寂に閉されていた。妙子さんはあれ以来

(べっどについたきりで、にちやそこしれぬきょうふにうちふるえていたし、)

ベッドについたきりで、日夜底知れぬ恐怖に打震えていたし、

(かわでしも、いっさいのこうさいをたって、たえこさんをなぐさめることと、ぶつまにこもって、)

川手氏も、一切の交際を絶って、妙子さんを慰めることと、仏間にこもって、

(なきゆきこさんのめいふくをいのることにかかりはてていた。 さて、とうじつのよっかには、)

なき雪子さんの冥福を祈ることにかかり果てていた。 さて、当日の四日には、

(あらかじめかわでしのいらいもあって、どうていのないがいには、じゅうにぶんのけいかいじんがしかれた。)

予め川手氏の依頼もあって、同邸の内外には、十二分の警戒陣が敷かれた。

(まずけいしちょうからはろくめいのしふくけいじがはけんされ、かわでていのおもてもんとうらもんと)

先ず警視庁からは六名の私服刑事が派遣され、川手邸の表門と裏門と

(へいそととをかためることになったし、ていないたえこさんのへやのそとには、)

塀外とを固めることになったし、邸内妙子さんの部屋の外には、

(むなかたはかせみずから、こいけじょしゅをひきつれて、てっしょうみはりをつづけることにした。)

宗像博士自ら、小池助手を引きつれて、徹宵見張りを続けることにした。

(たえこさんのへやは、やしきのおくまったかしょにあり、ふたつのまどがにわにめんして)

妙子さんの部屋は、屋敷の奥まった箇所にあり、二つの窓が庭に面して

(あいているほかには、たったひとつのでいりぐちしかなかった。はかせはそのどあのそとの)

開いている外には、たった一つの出入口しかなかった。博士はそのドアの外の

(ろうかにあんらくいすをすえてよをあかし、こいけじょしゅはふたつのまどのそとのにわに)

廊下に安楽椅子を据えて夜を明かし、小池助手は二つの窓の外の庭に

(いすをおいて、このほうめんからのしんにゅうしゃをふせぐというてはずであった。)

椅子を置いて、この方面からの侵入者を防ぐという手筈であった。

(はやいゆうしょくをすませて、いちどうぶしょについたが、かわでしはそれでもまだ)

早い夕食を済ませて、一同部署についたが、川手氏はそれでもまだ

(あんしんしきれぬていで、たえこさんのへやにはいったりでたりしながら、)

安心しきれぬ体で、妙子さんの部屋に入ったり出たりしながら、

(むなかたはかせのまえをとおりかかるたびに、なにかとふあんらしくはなしかけた。)

宗像博士の前を通りかかる度に、何かと不安らしく話しかけた。

(はかせはわらいながら、たえこさんのあんぜんをほしょうするのであった。)

博士は笑いながら、妙子さんの安全を保証するのであった。

(「ごしゅじん、けっしてごしんぱいにはおよびませんよ。おじょうさんは、いわば)

「御主人、決して御心配には及びませんよ。お嬢さんは、謂わば

(にじゅうのてつのはこにつつまれているのもどうぜんですからね。おていのまわりには)

二重の鉄の箱に包まれているのも同然ですからね。お邸のまわりには

など

(ことになれたろくにんのけいじがみはっています。そのめをごまかして、)

事に慣れた六人の刑事が見張っています。その目をごまかして、

(ここまではいってくるなんてほとんどふかのうなことですよ。もしかりにあいつが)

ここまで入って来るなんて殆んど不可能なことですよ。若し仮にあいつが

(ていないにはいりえたとしてもですね、ここにだいにのかんもんがあります。たったひとつの)

邸内に入り得たとしてもですね、ここに第二の関門があります。たった一つの

(どあのそとには、こうしてぼくががんばっていますし、まどのそとには、こいけくんが)

ドアの外には、こうして僕が頑張っていますし、窓の外には、小池君が

(みはりをしている。しかもまどはぜんぶうちがわからかけがねがかけてあるのです。)

見張りをしている。しかも窓は全部内側から掛金がかけてあるのです。

(このどあもそのうちぼくがかぎをかけてしまうつもりですよ」 「しかし、もし)

このドアもそのうち僕が鍵をかけてしまう積りですよ」 「併し、若し

(かくれたつうろがあるとすれば・・・・・・」 かわでしのさいぎは)

隠れた通路があるとすれば・・・・・・」 川手氏の猜疑は

(はてしがないのである。 「いや、そんなものはありやしません。)

果てしがないのである。 「イヤ、そんなものはありやしません。

(さいぜんぼくとこいけくんとで、おじょうさんのへやをすみからすみまでしらべましたが、)

さい前僕と小池君とで、お嬢さんの部屋を隅から隅まで調べましたが、

(かべにもてんじょうにもゆかいたにも、すこしのいじょうもなかったのです。ここはあなたの)

壁にも天井にも床板にも、少しの異状もなかったのです。ここはあなたの

(おたてになったいえじゃありませんか。ぬけあななんかあってたまるものですか」)

お建てになった家じゃありませんか。抜穴なんかあってたまるものですか」

(「ああ、それもしらべてくだすったのですか。さすがにぬけめがありませんね。)

「アア、それも調べて下すったのですか。流石に抜け目がありませんね。

(いや、あなたのおはなしをきいて、いくらかきぶんがおちつきましたよ。)

イヤ、あなたのお話を聞いて、いくらか気分が落ち着きましたよ。

(しかし、わたしは、こんやだけはどうしてもむすめのそばをはなれるきになれません。)

しかし、わたしは、今夜だけはどうしても娘の傍を離れる気になれません。

(このへやのながいすでよをあかすつもりです」 「それはいいおかんがえです。)

この部屋の長椅子で夜を明かす積りです」 「それはいいお考えです。

(そうなされば、おじょうさんにはさんじゅうのまもりがつくわけですからね。)

そうなされば、お嬢さんには三重の守りがつく訳ですからね。

(あなたがこのへやのなかにいてくだされば、ぼくたちもいっそうこころじょうぶですよ」)

あなたがこの部屋の中にいて下されば、僕達も一層心丈夫ですよ」

(そこでかわでしは、そのままたえこさんのへやにはいって、しんしつにつづくひかえのまの)

そこで川手氏は、そのまま妙子さんの部屋に入って、寝室につづく控えの間の

(ながいすにこしをおろし、しばらくのあいだは、どあをひらいたままにしてはかせと)

長椅子に腰をおろし、暫くの間は、ドアを開いたままにして博士と

(はなしあっていたが、このさいかいわのはずむはずもなく、やがて、かわでしは)

話し合っていたが、この際会話のはずむ筈もなく、やがて、川手氏は

(ながいすのうえによこになったままだまりこんでしまったので、はかせは)

長椅子の上に横になったまま黙りこんでしまったので、博士は

(あずかっておいたかぎをとりだして、どあにしまりをした。 よがふけるにしたがって、)

預って置いた鍵を取出して、ドアに締りをした。 夜が更けるに従って、

(ていないははかばのようにしずまりかえっていった。まちのそうおんももうきこえてはこなかった。)

邸内は墓場のように静まり返って行った。町の騒音ももう聞えては来なかった。

(じょちゅうたちもねしずまったようすである。 むなかたはかせは、つよいはまきたばこをふかしながら、)

女中達も寝静まった様子である。 宗像博士は、強い葉巻煙草をふかしながら、

(あんらくいすにしずみこんで、ぎろぎろと、するどいめをひからしていた。)

安楽椅子に沈み込んで、ギロギロと、鋭い目を光らしていた。

(にわではこいけじょしゅが、これもたばこをすいつつ、いすにかけたり、いすのまえを)

庭では小池助手が、これも煙草を吸いつつ、椅子にかけたり、椅子の前を

(ほしょうのようにゆきつもどりつしたり、ねむけをおっぱらうのにいっしょうけんめいであった。)

歩哨のように行きつ戻りつしたり、眠気を追っぱらうのに一生懸命であった。

(じゅうにじ、いちじ、にじ、さんじ、ながいながいよがふけて、そして、よがあけていった。)

十二時、一時、二時、三時、長い長い夜が更けて、そして、夜が明けて行った。

(ごぜんごじ、ろうかのまどにすがすがしいあさのひかりがさしはじめると、むなかたはかせは)

午前五時、廊下の窓に清々しい朝の光がさしはじめると、宗像博士は

(あんらくいすからぬっとたちあがって、おおきなのびをした。とうとうなにごとも)

安楽椅子からヌッと立上って、大きな伸びをした。とうとう何事も

(なかったらしい。さすがのふくしゅうきも、にじゅうさんじゅうのけいかいじんにへきえきして、)

なかったらしい。流石の復讐鬼も、二重三重の警戒陣に辟易して、

(だいにまくめのかいまくをえんきしたものらしい。 はかせはどあにちかづくと、)

第二幕目の開幕を延期したものらしい。 博士はドアに近づくと、

(かるくのっくしながらかわでしにこえをかけた。 「もうよがあけましたよ。)

軽くノックしながら川手氏に声をかけた。 「もう夜が明けましたよ。

(とうとうやつはこなかったじゃありませんか」 へんじがないので、こんどはすこしつよく)

とうとう奴は来なかったじゃありませんか」 返事がないので、今度は少し強く

(のっくして、かわでしをよんだ。それでもへんじがない。 「おかしいぞ」)

ノックして、川手氏を呼んだ。それでも返事がない。 「おかしいぞ」

(はかせはじょうだんのようにつぶやきながら、てばやくかぎをとりだし、それでどあをあけて、)

博士は冗談のように呟きながら、手早く鍵を取出し、それでドアを開けて、

(しつないにはいっていった。 すると、ああこれはどうしたというのだ。かわでしは)

室内に入って行った。 すると、アアこれはどうしたというのだ。川手氏は

(ながいすによこたわったまま、からだじゅうをぐるぐるまきにされて、かたくながいすに)

長椅子に横たわったまま、身体中をグルグル巻きにされて、固く長椅子に

(しばりつけられていた。そのうえ、くちにはげんじゅうなさるぐつわだ。 はかせはいきなり)

縛りつけられていた。その上、口には厳重な猿轡だ。 博士はいきなり

(とびついていって、まずさるぐつわをはずし、かわでしのからだをゆすぶりながらさけんだ。)

飛びついて行って、先ず猿轡をはずし、川手氏の身体をゆすぶりながら叫んだ。

(「ど、どうしたんです。いつのまに、だれが、こんなめにあわせたのです。)

「ど、どうしたんです。いつの間に、誰が、こんな目に合せたのです。

(そして、おじょうさんは?」 かわでしはぜつぼうのあまり、ものをいうちからもなかった。)

そして、お嬢さんは?」 川手氏は絶望の余り、物を云う力もなかった。

(ただめでつぎのまをさししめすばかりだ。 はかせはそのほうをふりかえった。)

ただ目で次の間をさし示すばかりだ。 博士はその方を振り返った。

(まのどあがひらいたままになっているので、たえこさんのべっどがよくみえる。)

間のドアが開いたままになっているので、妙子さんのベッドがよく見える。

(だが、そのべっどのうえには、だれもねてはいないのだ。 はかせはしんしつへ)

だが、そのベッドの上には、誰も寝てはいないのだ。 博士は寝室へ

(かけこんでいった。よほどあわてていたとみえ、おおきなおとをたてて)

駈け込んで行った。余程慌てていたと見え、大きな音を立てて

(いすのたおれるのがきこえた。 「おじょうさん、おじょうさん・・・・・・」)

椅子の倒れるのが聞えた。 「お嬢さん、お嬢さん・・・・・・」

(だが、いないひとがこたえるはずはない。しんしつはまったくのからっぽだったのである。)

だが、いない人が答える筈はない。寝室は全くの空っぽだったのである。

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