「悪魔の紋章」13 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(はかせはあおざめたかおでふたたびひかえのまにもどってきた。そしててばやく)

博士は青ざめた顔で再び控えの間に戻って来た。そして手早く

(かわでしのいましめをとくと、 「いったいこれはどうしたというのです」)

川手氏の縛めを解くと、 「一体これはどうしたというのです」

(としっせきするようにたずねた。 「なにがなんだかすこしもわかりません。うとうとと)

と叱責するように訊ねた。 「何が何だか少しも分りません。ウトウトと

(ねむったかとおもうと、とつぜんいきぐるしくなったのです。あれが)

眠ったかとおもうと、突然息苦しくなったのです。あれが

(ますいざいだったのでしょう。くちとはなのうえをなにかでおさえつけられているなと)

麻酔剤だったのでしょう。口と鼻の上を何かで圧えつけられているなと

(おもううちに、きがとおくなってしまいました。それからあとはなにもしりません。)

思ううちに、気が遠くなってしまいました。それからあとは何も知りません。

(たえこは?たえこはさらわれてしまったのですか」 かわでしはむろんそれをしっていた。)

妙子は?妙子は攫われてしまったのですか」 川手氏は無論それを知っていた。

(だが、きかずにはいられないのだ。 「もうしわけありません。しかし、ぼくのもちばには)

だが、聞かずにはいられないのだ。 「申訳ありません。しかし、僕の持場には

(すこしもいじょうはなかったのです。あいつはまどからはいったのかもしれません」)

少しも異状はなかったのです。あいつは窓から入ったのかも知れません」

(はかせはいいすてて、まどのところへとんでいくと、さっとかーてんをひらき、)

博士は云い捨てて、窓のところへ飛んで行くと、サッとカーテンを開き、

(かけがねをはずして、すりがらすのとをうえにおしあげ、にわをのぞいた。)

掛金をはずして、すりガラスの戸を上に押し上げ、庭を覗いた。

(「こいけくん、こいけくん」 「はあ、おはようございます」)

「小池君、小池君」 「ハア、お早うございます」

(なんとしたことだ。こいけじょしゅはべつじょうもなく、そこにいたのである。)

何としたことだ。小池助手は別状もなく、そこにいたのである。

(そしてなにもしらぬらしく、まのぬけたあいさつをしたのである。)

そして何も知らぬらしく、間の抜けた挨拶をしたのである。

(「きみはねむりやしなかったか」 「いいえ、いっすいも」)

「君は眠りやしなかったか」 「イイエ、一睡も」

(「それで、なにもみなかったのか」 「なにもって、なにをですか」)

「それで、何も見なかったのか」 「何もって、何をですか」

(「ばかっ、たえこさんがさらわれてしまったんだ」 はかせはとうとう)

「馬鹿ッ、妙子さんが攫われてしまったんだ」 博士はとうとう

(かんしゃくだまをはれつさせた。 だが、よくかんがえてみると、こいけじょしゅに)

癇癪玉を破裂させた。 だが、よく考えて見ると、小池助手に

(おちどのあるはずはなかった。かれがはんにんをみのがしたのではないしょうこには、)

落度のある筈はなかった。彼が犯人を見逃したのではない証拠には、

(まどはふたつとも、ちゃんとうちがわからかけがねがかけられ、すこしのいじょうも)

窓は二つとも、ちゃんと内側から掛金がかけられ、少しの異状も

など

(なかったからである。 とすると、あいつはいったいぜんたい、どこからはいって、)

なかったからである。 とすると、あいつは一体全体、どこから入って、

(どこからでていったのであろう。しつないにぬけあななんかないことはじゅうぶんしらべて)

どこから出て行ったのであろう。室内に抜け穴なんかないことは十分調べて

(たしかめてある。どあにはそとからかぎがかかっていた。まどのしまりにもべつじょうはない。)

確めてある。ドアには外から鍵がかかっていた。窓の締りにも別条はない。

(ああ、いよいよおばけだ。おばけかゆうれいででもないかぎり、みっぺいされたへやに)

アア、愈々お化けだ。お化けか幽霊ででもない限り、密閉された部屋に

(しのびこんだり、ぬけだしたりできるはずがないではないか。 しかし、ゆうれいが)

忍び込んだり、抜け出したり出来る筈がないではないか。 しかし、幽霊が

(ますいざいをかがしたり、ひとをしばったりするものであろうか。いや、それよりも、)

麻酔剤を嗅がしたり、人を縛ったりするものであろうか。イヤ、それよりも、

(くせものじしんはゆうれいのようにいちぶかにぶのすきまからぬけでたとしても、)

曲者自身は幽霊のように一分か二分の隙間から抜け出たとしても、

(たえこさんをどうしてはこびだすことができたのだ。たえこさんはちのかよった)

妙子さんをどうして運び出すことが出来たのだ。妙子さんは血の通った

(にんげんだ。すきまなどからぬけだせるものではない。 さすがのめいたんていむなかたはかせも、)

人間だ。隙間などから抜け出せるものではない。 流石の名探偵宗像博士も、

(これにはまったくとほうにくれてしまったようすであった。だが、いたずらに)

これには全く途方に暮れてしまった様子であった。だが、徒らに

(とほうにくれているばあいではない。あらんかぎりのちえをしぼって、)

途方に暮れている場合ではない。あらん限りの知恵を絞って、

(このおばけじみたなぞをとかなければならぬ。 はかせはふとおもいついたように、)

このお化けじみた謎を解かなければならぬ。 博士はふと思いついたように、

(あわただしくじょちゅうをよんで、げんかんともんとをひらかせると、きちがいのようにもんのそとに)

慌しく女中を呼んで、玄関と門とを開かせると、気違いのように門の外に

(とびだしていった。いうまでもなく、がいぶをかためているろくにんのけいじに、)

飛び出して行った。云うまでもなく、外部を固めている六人の刑事に、

(ゆうべのようすをたずねるためだ。 だが、そのけっかはんめいしたのは、)

昨夜の様子を訊ねるためだ。 だが、その結果判明したのは、

(おもてもんにもうらもんにも、そのほかていをとりまくたかべいのどのぶぶんにも、まったくなんの)

表門にも裏門にも、その他邸を取りまく高塀のどの部分にも、全く何の

(いじょうもなかったということである。かれらはいくどうおんに、そとからもうちからも、)

異状もなかったということである。彼らは異口同音に、外からも内からも、

(もんやへいをこえたものはけっしてなかったとかくしんにみちてこたえたのであった。)

門や塀を越えたものは決してなかったと確信に満ちて答えたのであった。

(めいたんていのしっさく 「おかしい。どうもおかしい。ぼくはなにかわすれているんだ。)

名探偵の失策 「おかしい。どうもおかしい。僕は何か忘れているんだ。

(のうずいのもうてんというやつかもしれない。ぶつりじょうのふかのうはあくまでふかのうだ」)

脳髄の盲点という奴かも知れない。物理上の不可能はあくまで不可能だ」

(はかせはげんこつで、じぶんのあたまをこつこつなぐりつけながら、かわでていのもんを)

博士は拳骨で、自分の頭をコツコツ殴りつけながら、川手邸の門を

(はいったりでたり、そうかとおもうと、もーにんぐのすそをひるがえして、)

入ったり出たり、そうかと思うと、モーニングの裾をひるがえして、

(こんくりーとのへいのまわりを、ぐるぐるあるきまわったりした。)

コンクリートの塀のまわりを、グルグル歩き廻ったりした。

(あかるくなるのをまって、ふたたびおくないおくがいのそうさがくりかえされた。はかせとじょしゅと)

明るくなるのを待って、再び屋内屋外の捜査が繰返された。博士と助手と

(ろくにんのけいじとが、それぞれてわけをして、たっぷりにじかんほど、まるで)

六人の刑事とが、夫々手分けをして、たっぷり二時間程、まるで

(まるですすはきのように、まっくろになっててんじょううらやえんのした、ていえんのすみずみまでも)

まるで煤掃のように、真黒になって天井裏や縁の下、庭園の隅々までも

(はいまわった。しかし、あしあとひとつ、しもんひとつはっけんすることができなかった。)

這い廻った。しかし、足跡一つ、指紋一つ発見することが出来なかった。

(このことがけいしちょうにきゅうほうされたのはいうまでもない。たちまちぜんしにひじょうせんが)

この事が警視庁に急報されたのは云うまでもない。忽ち全市に非常線が

(はられたのだが、せまいていないでさえ、けむりのようにひとめをくらましたぞくのことだ。)

張られたのだが、狭い邸内でさえ、煙のように人目をくらました賊のことだ。

(おそらくそのてはいもとろうにおわることであろう。 はいぐんのしょうむなかたはかせは、)

恐らくその手配も徒労に終ることであろう。 敗軍の将宗像博士は、

(ひじょうなふきげんで、いちおうじむしょにひきあげることになった。しゅじんのかわでしは、)

非常な不機嫌で、一応事務所に引上げることになった。主人の川手氏は、

(はかせのしっぱいをせめるちからもなく、ぜつぼうとひたんのためにはんびょうにんのていであったし、)

博士の失敗を責める力もなく、絶望と悲歎のために半病人の体であったし、

(はかせははかせで、ことさらわびごとをいうでもなく、にがむしをかみつぶしたようなかおで、)

博士は博士で、殊更詫びごとをいうでもなく、苦虫をかみつぶしたような顔で、

(かんたんなあいさつをすると、こいけじょしゅをひきつれて、さっさとげんかんをでてしまった。)

簡単な挨拶をすると、小池助手を引きつれて、サッサと玄関を出てしまった。

(じどうしゃをひろうと、はかせはくっしょんにもたれたまま、じっとめをとじて、)

自動車を拾うと、博士はクッションに凭れたまま、じっと目を閉じて、

(ひとこともくちをきかない。まるできぼりのぞうのように、こきゅうさえしていないかと)

一言も口を利かない。まるで木彫の像のように、呼吸さえしていないかと

(うたがわれるばかりだ。こいけじょしゅは、このふきげんなせんせいを、どうあつかっていいのか)

疑われるばかりだ。小池助手は、この不機嫌な先生を、どう扱っていいのか

(けんとうもつかなかった。ただ、きまずそうに、はかせのよこがおを)

見当もつかなかった。ただ、気拙ずそうに、博士の横顔を

(ちろちろとぬすみみながら、もじもじするばかりである。)

チロチロと盗み見ながら、モジモジするばかりである。

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