「悪魔の紋章」21 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(せんにんのむなかたはかせ なんだかまほうにかけられたような、それともきでも)

千人の宗像博士 何だか魔法にかけられたような、それとも気でも

(くるったのじゃないかとあやしまれるような、いっしゅいようのこころもちであった。)

狂ったのじゃないかと怪しまれるような、一種異様の心持であった。

(ばしょがばけものやしきのなかだけに、そして、いまのいままで、もじどおりのやみのなかを)

場所が化物屋敷の中だけに、そして、今の今まで、文字通りの闇の中を

(あるいてきただけに、はかせはついこのみせもののこうあんしゃをかいかぶったのであった。)

歩いて来ただけに、博士はついこの見世物の考案者を買被ったのであった。

(すこしおちついて、よくよくみれば、はかせのしょうめんにあるものは、おおきな)

少し落ちついて、よくよく見れば、博士の正面にあるものは、大きな

(かがみのかべにすぎないことがわかってきた。 「なあんだ。かがみだったのか。)

鏡の壁に過ぎないことが分って来た。 「ナアンだ。鏡だったのか。

(しかし、それにしても、このみせものはふつうのばけものやしきなんかとちがって、)

しかし、それにしても、この見世物は普通の化物屋敷なんかと違って、

(なかなかあじをやりおるわい」 だが、なあんだかがみかと、けいべつするのは)

なかなか味をやりおるわい」 だが、ナアンだ鏡かと、軽蔑するのは

(すこしはやまりすぎた。このみょうなこべやには、まだまだはかせをびっくりさせるような)

少し早まり過ぎた。この妙な小部屋には、まだまだ博士をびっくりさせるような

(しかけが、しつらえてあったのだから。 ひょいとみぎをむくと、)

仕掛けが、しつらえてあったのだから。 ヒョイと右を向くと、

(そこにもはかせじしんがいた。ひだりをむくとそこにもおなじじぶんのすがたがあった。)

そこにも博士自身がいた。左を向くとそこにも同じ自分の姿があった。

(あとをふりかえれば、どあのうらがわがやっぱりかがみで、そこにじつぶつのごばいほどもある)

後を振返れば、ドアの裏側がやっぱり鏡で、そこに実物の五倍ほどもある

(おおにゅうどうのようなはかせの、あっけにとられたかおがのぞいていた。)

大入道のような博士の、あっけに取られた顔が覗いていた。

(いやいや、こうかいたのではほんとうでない。かがみはしほうにあったばかりでは)

イヤイヤ、こう書いたのでは本当でない。鏡は四方にあったばかりでは

(ないのだ。てんじょうもいちめんのかがみであった。ゆかもいちめんのかがみであった。)

ないのだ。天井も一面の鏡であった。床も一面の鏡であった。

(そして、はかせをとりまくかべはふきそくなろっかくけいになっていて、それがわくも)

そして、博士を取りまく壁は不規則な六角形になっていて、それが枠も

(なにもないかがみばかりなのだ。つまりろっかくとうのないめんが、すこしのすきまもなく)

なにもない鏡ばかりなのだ。つまり六角筒の内面が、少しの隙間もなく

(すっかりかがみではりつめられ、そのじょうげのすみずみにでんとうがとりつけてあるという、)

すっかり鏡で張りつめられ、その上下の隅々に電燈が取りつけてあるという、

(いともふしぎなまほうのへやなのである。 しかも、それらのかがみは、かならずしも)

いとも不思議な魔法の部屋なのである。 しかも、それらの鏡は、必ずしも

(へいめんきょうばかりではなかった。あるぶぶんはさきにもしるしたように、じつぶつを)

平面鏡ばかりではなかった。ある部分は先にも記したように、実物を

など

(ごばいにみせるえんけいのおうめんきょうになっていた。またあるぶぶんは、かがみのめんがふくざつな)

五倍に見せる円形の凹面鏡になっていた。またある部分は、鏡の面が複雑な

(なみがたをしていて、ひとのすがたをいちじょうにひきのばしたり、にしゃくにちぢめたりしてみせた。)

波形をしていて、人の姿を一丈に引き伸ばしたり、二尺に縮めたりして見せた。

(そして、それらのざったのかげがろっかくのおのおののめんにたがいにはんしゃしあって、)

そして、それらの雑多の影が六角の各々の面に互に反射し合って、

(ひとりのすがたがろくにんになり、じゅうににんになり、にじゅうよにんになり、よんじゅうはちにんになり、)

一人の姿が六人になり、十二人になり、二十四人になり、四十八人になり、

(じっとかがみのおくをのぞくと、はるかのはるかのうすぐらくなったかなたまで、おそらくは)

じっと鏡の奥を覗くと、遥かの遥かの薄暗くなった彼方まで、恐らくは

(なんびゃくというかげをかさねてうつっているのだ。それをろくばいすればなんぜんにん、)

何百という影を重ねて映っているのだ。それを六倍すれば何千人、

(さらにそのうえに、てんじょうとゆかとが、またおのおのにはんしゃしあい、ほうぼうのかべに)

更にその上に、天井と床とが、また各々に反射し合い、方々の壁に

(かげをなげるのである。 はかせはそういうかがみのへやというものを、)

影を投げるのである。 博士はそういう鏡の部屋というものを、

(そうぞうしたことはあった。しかし、これほどよくできたかがみのはこに、ただひとり)

想像したことはあった。しかし、これ程よく出来た鏡の箱に、ただ一人

(とじこめられたのは、まったくはじめてのけいけんなのだ。せけんをしりつくし、)

とじこめられたのは、全く初めての経験なのだ。世間を知りつくし、

(ものにどうぜぬほういがくしゃも、このすさまじいこうけいには、りくつぬきに、)

物に動ぜぬ法医学者も、このすさまじい光景には、理屈ぬきに、

(あかんぼうのようなきょういをかんじないではいられなかった。 はかせがわらえば、せんのかおが)

赤ん坊のような驚異を感じないではいられなかった。 博士が笑えば、千の顔が

(どうじにわらうのだ。しかも、それらのなかには、ごばいのおおにゅうどうのかお、)

同時に笑うのだ。しかも、それらの中には、五倍の大入道の顔、

(きゅうりのようなながっほそいかお、かぼちゃのようにひらべったいかおなども、)

胡瓜のような長っ細い顔、南瓜のように平べったい顔なども、

(いくそとなくまじっている。てをあげれば、どうじにせんにんのてがあがり、)

幾十となく交っている。手を上げれば、同時に千人の手が上がり、

(あるけばどうじにせんにんのあしがうごくのだ。 てんじょうをみあげると、そこには)

歩けば同時に千人の足が動くのだ。 天井を見上げると、そこには

(さかだちをしたはかせが、じっとこちらをにらみつけている。ゆかをのぞけば、そこにも)

逆立ちをした博士が、じっとこちらを睨みつけている。床を覗けば、そこにも

(あしをうえにしてぶらさがっているはかせが、したのほうからみあげている。)

足を上にしてぶら下がっている博士が、下の方から見上げている。

(そして、それらにようのぎゃくのすがたが、むげんのそらにまで、おくそこしれぬろっかくの)

そして、それら二様の逆の姿が、無限の空にまで、奥底知れぬ六角の

(いどのそこまで、かずかぎりもなくかさなりあって、すえはみとおしもきかぬやみとなって、)

井戸の底まで、数限りもなく重なり合って、末は見通しも利かぬ闇となって、

(きえているのだ。つまり、ぜんごさゆうはもちろん、うえもしたもむげんのかなたにつづいていて、)

消えているのだ。つまり、前後左右は勿論、上も下も無限の彼方に続いていて、

(まるでおおぞらになげだされでもしたような、だいちがきえてなくなったような、)

まるで大空に投げ出されでもしたような、大地が消えてなくなったような、

(いうにいわれぬふあんていのかんじであった。 どちらをみても、)

云うに云われぬ不安定の感じであった。 どちらを見ても、

(いきどまりというものがなく、じぶんじしんのすがたがむげんにつづいているのである。)

行き止りというものがなく、自分自身の姿が無限に続いているのである。

(このおそろしいばしょをのがれるためには、それらのなんぜんというひとびとを、)

この恐ろしい場所を逃れるためには、それらの何千という人々を、

(かきわけおしわけ、むげんにはしるほかはないという、きかいせんばんなさっかくがおこるのだ。)

掻き分け押し分け、無限に走る外はないという、奇怪千万な錯覚が起るのだ。

(はかせはふと、こんなみせものをこうぎょうさせておくのはじんどうもんだいだとおもった。)

博士はふと、こんな見世物を興行させて置くのは人道問題だと思った。

(はかせのようなしりょふんべつのあるちゅうねんものでさえ、たまらないほどのふあんを)

博士のような思慮分別のある中年者でさえ、たまらない程の不安を

(かんじるのだから、もしおんなこどもがこのかがみべやにとじこめられたなら、)

感じるのだから、若し女子供がこの鏡部屋にとじこめられたなら、

(きょうふのためになきだすにちがいない。いや、なきだすばかりでなく、)

恐怖のために泣き出すに違いない。イヤ、泣き出すばかりでなく、

(なかにはきがちがってしまうものもあるかもしれない。 はかせはかつてなにかのほんで、)

中には気が違ってしまう者もあるかも知れない。 博士は嘗て何かの本で、

(にんげんをかがみのへやにとじこめてはっきょうさせたはなしをよんだことがあった。)

人間を鏡の部屋にとじこめて発狂させた話を読んだことがあった。

(そして、それとかんれんして、よせのげいにんがものまねをする、がまのあぶらうりの、)

そして、それと関聯して、寄席の芸人が物真似をする、蝦蟇の膏売りの、

(こっけいなようでいて、どことなくものすごいみょうなこうじょうが、みみもとにうかんできた。)

滑稽なようでいて、どことなく物凄い妙な口上が、耳元に浮かんで来た。

(むしんけいながまでさえ、かがみにとりかこまれたきょうふには、ぜんしんから)

無神経な蝦蟇でさえ、鏡に取りかこまれた恐怖には、全身から

(たらーりたらーりとあぶらあせをながすではないか。 さすがのむなかたはかせも)

タラーリタラーリと膏汗を流すではないか。 流石の宗像博士も

(このきょうふのへやには、そのままたたずんでいるきはしなかった。)

この恐怖の部屋には、そのまま佇んでいる気はしなかった。

(おおいそぎでろっかくのかがみのめんにさわりながら、どこかにでぐちはないかとあるきまわった。)

大急ぎで六角の鏡の面に触りながら、どこかに出口はないかと歩き廻った。

(すると、せんにんのおなじはかせがぐるぐると、だいぐらうんどでの)

すると、千人の同じ博士がグルグルと、大グラウンドでの

(ます・げーむのように、まんじともえとなってあるきまわるのだ。 なんというざんこくな)

マス・ゲームのように、卍巴となって歩き廻るのだ。 何という残酷な

(しかけだろう。いりぐちのどあはしまったままあかないし、でぐちもみつからぬ。)

仕掛けだろう。入口のドアは閉まったまま開かないし、出口も見つからぬ。

(けんぶつがきのちがうまでとじこめておこうとでもいうのだろうか。)

見物が気の違うまで閉じこめて置こうとでもいうのだろうか。

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