「悪魔の紋章」27 江戸川乱歩
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 123 | 6217 | A++ | 6.4 | 97.1% | 702.4 | 4499 | 132 | 67 | 2024/11/20 |
2 | pechi | 5851 | A+ | 6.6 | 89.2% | 687.7 | 4575 | 551 | 67 | 2024/09/30 |
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問題文
(かいぶつはそれをみあげて、またくっくっくっとせせらわらった。くろぬのでつつんだ)
怪物はそれを見上げて、又クックックッとせせら笑った。黒布で包んだ
(かおのなかから、ふたつのほそいめが、なにかいんきなけだもののめのようにひかっている。)
顔の中から、二つの細い目が、何か陰気なけだものの目のように光っている。
(このくろいうみぼうずをみては、ゆうれいのほうでみぶるいするかもしれない。)
この黒い海坊主を見ては、幽霊の方で身震いするかも知れない。
(かいぶつがそのままあるきだすと、からくりじかけのゆうれいは、そのあとをおうように)
怪物がそのまま歩き出すと、からくり仕掛けの幽霊は、そのあとを追うように
(すーっとまいくだってきた。そして、ふつうのけんぶつにするのとおなじかっこうで、)
スーッと舞い下ってきた。そして、普通の見物にするのと同じ恰好で、
(うしろから、かれのくろしゃつのかたにしがみついた。 かいぶつはよきしていたと)
うしろから、彼の黒シャツの肩にしがみついた。 怪物は予期していたと
(みえて、すこしもおどろかなかった。またみょうなわらいごえをたてながら、そのかぼそい)
見えて、少しも驚かなかった。又妙な笑い声を立てながら、そのか細い
(ゆうれいにんぎょうのてをはらいのけようとした。 だが、どうしたことか、ゆうれいのりょうては、)
幽霊人形の手を払いのけようとした。 だが、どうした事か、幽霊の両手は、
(いくらふりほどいても、くろいかいぶつのかたからはなれなかった。もがけばもがくほど、)
いくらふりほどいても、黒い怪物の肩から離れなかった。もがけばもがく程、
(そのてはぐんぐんかれのくびをしめつけてきた。 それはじつにいようなこうけいであった。)
その手はグングン彼の頸をしめつけて来た。 それは実に異様な光景であった。
(ほそいりょうめのほかはくろいっしょくのかげぼうしのせなかに、ながいかみのけをふりみだした、)
細い両眼の外は黒一色の影法師の背中に、長い髪の毛をふり乱した、
(びゃくえのあおざめたおんなゆうれいが、おぶさるようにしがみついているのだ。)
白衣の青ざめた女幽霊が、負ぶさるようにしがみついているのだ。
(くらやみのたけやぶのなかでは、それがこっけいにみえるどころか、なんともえたいのしれぬ)
暗闇の竹藪の中では、それが滑稽に見えるどころか、何ともえたいの知れぬ
(きかいなものにかんじられた。げんじつのできごとというよりは、あくむのなかの)
奇怪なものに感じられた。現実の出来事というよりは、悪夢の中の
(とっぴょうしもないこうけいであった。 やせおとろえたおんなゆうれいのあまりのちからづよさに、)
突拍子もない光景であった。 痩せ衰えた女幽霊の余りの力強さに、
(さすがのかいぶつもぎょっとしたらしく、こんどはほんきになって、ちからまかせに)
流石の怪物もギョッとしたらしく、今度は本気になって、力まかせに
(そのてをふりほどこうとあせった。 だが、ゆうれいのりょうては、いよいよちからをこめて、)
その手をふりほどこうとあせった。 だが、幽霊の両手は、愈々力をこめて、
(くびをしめつけてくる。いきもとまれとしめつけてくる。)
頸をしめつけて来る。呼吸もとまれとしめつけて来る。
(「き、きさまっ・・・・・・」 かいぶつはついにひめいをあげた。)
「き、貴様ッ・・・・・・」 怪物は遂に悲鳴を上げた。
(うしろにしがみついているやつが、にんぎょうではなくて、いきたにんげんであることを)
うしろにしがみついている奴が、人形ではなくて、生きた人間であることを
(さとったのだ。ゆうれいにばけて、かれのとおりかかるのをまちうけていた、)
悟ったのだ。幽霊に化けて、彼の通りかかるのを待ち受けていた、
(おってのひとりであることをさとったのだ。 おそろしいかくとうがはじまった。)
追手の一人であることを悟ったのだ。 恐ろしい格闘が始まった。
(おんなゆうれいとうみぼうずとの、しにものぐるいのくみうちである。 だが、たたかいはあっけなく)
女幽霊と海坊主との、死もの狂いの組打である。 だが、戦いはあっけなく
(おわりをつげた。くびをしめつけられて、ちからのよわっていたかいぶつは、たちまち)
終りをつげた。頸をしめつけられて、力の弱っていた怪物は、たちまち
(ゆうれいのためにくみふせられてしまった。 「おーい、とらえたぞ。ここだ、ここだ、)
幽霊の為に組み伏せられてしまった。 「オーイ、捕えたぞ。ここだ、ここだ、
(はやくきてくれ」 ゆうれいがこいけじょしゅのこえでどなった。)
早く来てくれ」 幽霊が小池助手の声で呶鳴った。
(ただおいまわしていたのでは、あいてはまっくろなほごしょくのかいぶつだから、)
ただ追い廻していたのでは、相手は真黒な保護色の怪物だから、
(きゅうにとらえるみこみはないとさとって、とっさのきち、かれはくびつりゆうれいのいしょうをつけ、)
急に捉える見込みはないと悟って、咄嗟の機智、彼は首吊り幽霊の衣裳をつけ、
(ちょうはつのかつらをかぶって、にんぎょうにばけててきのきょをついたのであった。)
長髪の鬘を冠って、人形に化けて敵の虚を突いたのであった。
(こいけじょしゅはとくいであった。はかせのるすのあいだに、はやくもかいぶつを)
小池助手は得意であった。博士の留守の間に、早くも怪物を
(とらえてしまったのだ。ざんぎゃくあくなきふくしゅうまをくみしいてしまったのだ。)
捉えてしまったのだ。残虐飽くなき復讐魔を組み敷いてしまったのだ。
(それにしても、みかけほどにもないよわいやつだ。いったいどんなかおをしているのだろう。)
それにしても、見かけ程にもない弱い奴だ。一体どんな顔をしているのだろう。
(かれはいきなりふくめんのくろぬのにてをかけて、びりびりとひきやぶった。)
彼はいきなり覆面の黒布に手をかけて、ビリビリと引き破った。
(あごが、くちが、はなが、そしてめが、つぎつぎとあらわれてきた。うすやみのなかとはいえ、)
顎が、口が、鼻が、そして目が、次々と現われて来た。薄闇の中とはいえ、
(せっきんしているのでかおかたちがわからぬほどではない。かれはかいぶつのかおをみた。)
接近しているので顔容が分らぬ程ではない。彼は怪物の顔を見た。
(はっきりとそのすがおをみたのだ。 ひとめみるやいなや、こいけじょしゅのくちから、)
はっきりとその素顔を見たのだ。 一目見るや否や、小池助手の口から、
(なんともいえぬおそろしいさけびごえがほとばしった。そのちょうしには、きょくどのおどろきと、)
何とも云えぬ恐ろしい叫び声がほとばしった。その調子には、極度の驚きと、
(なにかしらよにもひつうなひびきがこもっていた。 「うぬ、おれのかおをみたな」)
何かしら世にも悲痛な響きが籠っていた。 「ウヌ、俺の顔を見たな」
(くろいかいぶつがうめくようにいって、くみしかれたまま、くねくねとからだを)
黒い怪物がうめくように云って、組みしかれたまま、クネクネと身体を
(うごかしたかとおもうと、やみのなかにぱっとあおいひかりがひらめいて、ばくっとものを)
動かしたかと思うと、闇の中にパッと青い光が閃めいて、バクっと物を
(さくようなおとがした。 それとどうじに、ゆうれいのむねから、まっかなちのりが)
裂くような音がした。 それと同時に、幽霊の胸から、真赤な血のりが
(ぽとぽととしたたりおちていた。かれはかおのまえにたれさがったながいかみのけを)
ポトポトと滴り落ちていた。彼は顔の前に垂れ下がった長い髪の毛を
(ふりみだして、うーんとのけぞったが、そのままこときれて、ぱったりうしろに)
振り乱して、ウーンとのけぞったが、そのまま縡れて、パッタリうしろに
(たおれてしまった。 くみしかれていたくろいかいぶつは、ひきさかれたくろぬのを)
倒れてしまった。 組みしかれていた黒い怪物は、引裂かれた黒布を
(もとどおりかおのまえにたれると、ゆっくりとおきあがった。みぎてには)
元通り顔の前に垂れると、ゆっくりと起き上った。右手には
(いまひをはいたばかりのこがたのぴすとるをにぎっている。)
今火を吐いたばかりの小型のピストルを握っている。
(「くっ、くっ、くっ・・・・・・」 かれはまたあのきみょうなわらいごえをたてた。)
「クッ、クッ、クッ・・・・・・」 彼は又あの奇妙な笑い声を立てた。
(そして、かわいそうなこいけじょしゅのしたいをふみこえ、すばやくたけやぶのむこうに)
そして、可哀想な小池助手の死体を踏み越え、素早く竹藪の向うに
(すがたをかくしてしまった。 それとひきちがいに、はんたいのほうがくから、ふたりのこやのものが、)
姿を隠してしまった。 それと引違いに、反対の方角から、二人の小屋の者が、
(いきせききってかけつけてきた。こいけじょしゅのおそろしいさけびごえとじゅうせいを)
息せききって駈けつけて来た。小池助手の恐ろしい叫び声と銃声を
(ききつけたからである。 かれらはそこにおんなゆうれいのころがっているのをみた。)
聞きつけたからである。 彼等はそこに女幽霊の転がっているのを見た。
(ふしぎなことに、そのゆうれいのすそからは、にほんのあしがにゅーっとつきだしていた。)
不思議なことに、その幽霊の裾からは、二本の足がニューッと突き出していた。
(むねからはびゃくえをそめてまっかなちがながれだしていた。 しばらくはなにがなんだかわからず、)
胸からは白衣を染めて真赤な血が流れ出していた。 暫くは何が何だか分らず、
(ぼうぜんとしてたちつくしていたが、やがて、ひとりがそれときづいて、)
呆然として立ちつくしていたが、やがて、一人がそれと気附いて、
(ゆうれいのちょうはつをかきわけてみた。 「おい、これはさっきのたんていさんだぜ。)
幽霊の長髪をかき分けて見た。 「オイ、これはさっきの探偵さんだぜ。
(ゆうれいにばけてくせものをまちぶせしていたのかもしれない。ああ、もうみゃくが)
幽霊に化けて曲者を待ち伏せしていたのかも知れない。アア、もう脈が
(とまっている。あいつにやられたんだ。あいつはぴすとるをもっているんだぜ」)
止まっている。あいつにやられたんだ。あいつはピストルを持っているんだぜ」
(ふたりはきょうふにたえぬもののように、たけやぶのかさなりあったやみのなかをみまわした。)
二人は恐怖に耐えぬもののように、竹藪の重なり合った闇の中を見廻した。
(「それはいったいどうしたというのです」 みあげると、そこにむなかたはかせが)
「それは一体どうしたというのです」 見上げると、そこに宗像博士が
(たっていた。 「あなたのおつれのかたが、くせもののためにうたれたのです」)
立っていた。 「あなたのお連れの方が、曲者の為に撃たれたのです」
(「えっ、こいけくんが?」 はかせはとっさにそれとさっしたのか、ころがっている)
「エッ、小池君が?」 博士は咄嗟にそれと察したのか、転がっている
(ゆうれいのそばにひざまずいた。 「おお、こいけくん、このようすでは、あいつをみつけて)
幽霊の側に跪いた。 「オオ、小池君、この様子では、あいつを見つけて
(くみついていったんだね。そして、こんなめにあってしまったんだね。)
組みついて行ったんだね。そして、こんな目に会ってしまったんだね。
(ああ、もうだめだ、しんぞうのまんなかをやられている。よしっ、こいけくん、)
アア、もう駄目だ、心臓の真中をやられている。よしッ、小池君、
(このかたきはきっととってやるよ。きみときじまくんとふたりのかたきはおれがかならず)
この仇はきっと取ってやるよ。君と木島君と二人の仇は俺が必ず
(うってみせるよ」 はかせはりょうめにきらきらとなみだのたまをうかべて、)
討って見せるよ」 博士は両眼にキラキラと涙の玉を浮かべて、
(こいけじょしゅのかばねのまえにしずかにだつぼうするのであった。)
小池助手の屍の前に静かに脱帽するのであった。