日記帳8(終) 江戸川乱歩
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | pechi | 6564 | S+ | 7.3 | 90.6% | 326.0 | 2386 | 246 | 36 | 2024/09/29 |
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問題文
(それはあまりにもおくびょうすぎたこいでした。)
それは余りにも臆病過ぎた恋でした。
(ゆきえさんはうらわかいおんなのことですからまだむりのないてんもありますけれど、)
雪枝さんはうら若い女のことですからまだ無理のない点もありますけれど、
(おとうとのしゅだんにいたっては、おくびょうというよりはむしろひきょうにちかいものでした。)
弟の手段に至っては、臆病というよりはむしろ卑怯に近いものでした。
(さればといって、わたしはなきおとうとのやりかたをすこしだってせめるきはありません。)
さればといって、私はなき弟のやり方を少しだって責める気はありません。
(それどころか、わたしは、かれのこのいっしゅいようなせいへきをよにもいとしくおもうのです。)
それどころか、私は、彼のこの一種異様な性癖を世にもいとしく思うのです。
(うまれつきひじょうなはにかみやで、おくびょうもので、それでいてかなりじそんしんの)
生れつき非常なはにかみ屋で、臆病者で、それでいてかなり自尊心の
(つよかったかれは、こいするばあいにも、まずきょぜつされたときのはずかしさをそうぞうしたに)
強かった彼は、恋する場合にも、先ず拒絶された時の恥かしさを想像したに
(そういありません。それは、おとうとのようなきしつのおとこにとっては、)
相違ありません。それは、弟の様な気質の男にとっては、
(とうていかんがえもおよばぬほどひどいくつうなのです。)
到底考えも及ばぬ程ひどい苦痛なのです。
(かれのあにであるわたしには、それがよくわかります。)
彼の兄である私には、それがよくわかります。
(かれはこのきょぜつのはじをよぼうするためにどれほどくしんしたことでしょう。)
彼はこの拒絶の恥を予防する為にどれ程苦心したことでしょう。
(こいをうちひらけないでいられない。しかし、もしうちひらけてこばまれたら、)
恋を打開けないでいられない。しかし、若し打開けてこばまれたら、
(そのはずかしさ、きまずさ、それはあいてがこのよにいきながらえているあいだ、)
その恥かしさ、気まずさ、それは相手がこの世に生きながらえている間、
(いつまでもいつまでもつづくのです。なんとかして、もしこばまれたばあいには、)
いつまでもいつまでも続くのです。何とかして、若し拒まれた場合には、
(あれはこいぶみではなかったのだといいぬけるようなほうほうがないものだろうか。)
あれは恋文ではなかったのだといい抜ける様な方法がないものだろうか。
(かれはそうかんがえたにそういありません。)
彼はそう考えたに相違ありません。
(そのむかし、おおみやびとは、どちらにでもいみのとれるような「こいか」というたくみな)
その昔、大宮人は、どちらにでも意味のとれる様な「恋歌」という巧な
(ほうほうによって、あからさまなきょぜつのくつうをやわらげようとしました。)
方法によって、あからさまな拒絶の苦痛をやわらげようとしました。
(かれのばあいはちょうどそれなのです。ただ、かれのはひごろあいどくするたんていしょうせつから)
彼の場合はちょうどそれなのです。ただ、彼のは日頃愛読する探偵小説から
(おもいついたあんごうつうしんによって、そのもくてきをはたそうとしたのですが、)
思いついた暗号通信によって、その目的を果そうとしたのですが、
(それが、ふこうにも、かれのあまりふかいようじんのために、あのようななんかいなものに)
それが、不幸にも、彼の余り深い用心の為に、あの様な難解なものに
(なってしまったのです。それにしても、かれはじぶんじしんのあんごうを)
なってしまったのです。それにしても、彼は自分自身の暗号を
(かんがえだしためんみつさににあわないで、あいてのあんごうをとくのに、)
考え出した綿密さに似あわないで、相手の暗号を解くのに、
(どうしてこうもどんかんだったのでしょう。うぬぼれすぎたためめにとんだしっぱいを)
どうしてこうも鈍感だったのでしょう。自ぼれ過ぎた為めに飛んだ失敗を
(えんじるれいは、よにままあることですけれど、これはまたうぬぼれの)
演じる例は、世に間々あることですけれど、これはまた自ぼれの
(なさすぎたためのひげきです。なんというほんいないことでしょう。)
なさ過ぎた為の悲劇です。何という本意ないことでしょう。
(ああ、わたしのおとうとのにっきちょうをひもといたばかりに、とりかえしのつかぬじじつに)
ああ、私の弟の日記帳をひもといたばかりに、とり返しのつかぬ事実に
(ふれてしまったのです。わたしはそのときのこころもちを、どんなことばでけいようしましょう。)
触れてしまったのです。私はその時の心持を、どんな言葉で形容しましょう。
(それが、ただわかいふたりのきのどくなしっぱいをいたむばかりであったなら、)
それが、ただ若い二人の気の毒な失敗をいたむばかりであったなら、
(まだしもよかったのです。しかし、わたしにはもうひとつの、もっとりこてきなかんじょうが)
まだしもよかったのです。しかし、私にはもう一つの、もっと利己的な感情が
(ありました。そして、そのかんじょうがわたしのこころをくるうばかりにかきみだしたのです。)
ありました。そして、その感情が私の心を狂うばかりにかき乱したのです。
(わたしはじゅくしたあたまをふゆのよるのこおったかぜにあてるために、そこにあったにわげたを)
私は熟した頭を冬の夜の凍った風に当てる為に、そこにあった庭下駄を
(つっかけて、ふらふらとにわへくだりました。そしてみだれたこころそのままに、)
つっかけて、フラフラと庭へ下りました。そして乱れた心そのままに、
(こだちのあいだを、ぐるぐるとはてしもなくまわりあるくのでした。)
木立の間を、グルグルと果てしもなく廻り歩くのでした。
(おとうとのしぬにかげつばかりまえにとりきめられた、わたしとゆきえさんとの、)
弟の死ぬ二ヶ月ばかり前に取きめられた、私と雪枝さんとの、
(とりかえしのつかぬこんやくのことをかんがえながら。)
とり返しのつかぬ婚約のことを考えながら。