山本周五郎 赤ひげ診療譚 狂女の話 9
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | zero | 6258 | S | 6.4 | 96.4% | 774.3 | 5030 | 184 | 91 | 2024/11/09 |
2 | pechi | 6157 | A++ | 6.8 | 90.4% | 744.8 | 5129 | 543 | 91 | 2024/10/17 |
3 | baru | 4014 | C | 4.3 | 92.0% | 1146.1 | 5037 | 436 | 91 | 2024/11/21 |
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問題文
(のぼるはくらがりのなかでおすぎをみた。「そういうことはしらなかった」とかれはいった、)
登は暗がりの中でお杉を見た。「そういうことは知らなかった」と彼は云った、
(「ーーつがわはなにをしたんだ」「そんなこといえませんわ」)
「ーー津川はなにをしたんだ」「そんなこと云えませんわ」
(「いいか、おすぎさん」とかれはあらたまったちょうしでいった、)
「いいか、お杉さん」と彼は改まった調子で云った、
(「わたしはいしゃだし、あたらしいいじゅつをまなんできたにんげんだ、くわしいしょうじょうがわかれば、)
「私は医者だし、新らしい医術をまなんで来た人間だ、詳しい症状がわかれば、
(あかひげとはべつなちりょうほうがあるかもしれない、はなしてみるだけでも、)
赤髯とはべつな治療法があるかもしれない、話してみるだけでも、
(むだじゃあないとおもわないか」おすぎもかれをみかえした、)
むだじゃあないと思わないか」お杉も彼を見返した、
(「まじめにそうおっしゃるのね」「わたしのことはよくしっているはずだ」)
「まじめにそう仰しゃるのね」「私のことはよく知っている筈だ」
(「よってさえいらっしゃらなければね」とおすぎはいった、)
「酔ってさえいらっしゃらなければね」とお杉は云った、
(「ようございます、このつぎのときにすっかりおはなしもうしますわ」)
「ようございます、この次のときにすっかりお話し申しますわ」
(「どうしていまはなさないんだ」のぼるはおすぎのてをつかもうとした。)
「どうしていま話さないんだ」登はお杉の手をつかもうとした。
(おすぎはそのてをさけてたちあがり、くすっとしのびわらいをしながらいった。)
お杉はその手を避けて立ちあがり、くすっと忍び笑いをしながら云った。
(「そういうことをなさるからよ」「それとこれとはべつだ」)
「そういうことをなさるからよ」「それとこれとはべつだ」
(のぼるはすばやくたっておすぎをだいた。)
登はすばやく立ってお杉を抱いた。
(おすぎはじっとしていた。のぼるはかたてをおすぎのせ、かたてをかたにまわしてだきしめた。)
お杉はじっとしていた。登は片手をお杉の背、片手を肩にまわして抱き緊めた。
(「おれがすきなんだろう」「あなたは」とおすぎがききかえした。)
「おれが好きなんだろう」「あなたは」とお杉が訊き返した。
(「すきさ」といいざま、のぼるはじぶんのくちびるでつよくおすぎのくちびるをふさいだ、)
「好きさ」と云いざま、登は自分の唇でつよくお杉の唇をふさいだ、
(「すきだよ」おすぎのからだからちからがぬけ、やわらかくおもたくなるのがかんじられた。)
「好きだよ」お杉の躯から力がぬけ、柔らかく重たくなるのが感じられた。
(のぼるはこしかけのほうへひきもどそうとした。)
登は腰掛のほうへ引き戻そうとした。
(すると、おすぎはかれのうでからすりぬけ、しのびわらいをしながらうしろへとびのいた。)
すると、お杉は彼の腕からすりぬけ、忍び笑いをしながらうしろへとびのいた。
(「いや、そんなことをなさるあなたはきらいよ」とおすぎがいった、)
「いや、そんなことをなさるあなたは嫌いよ」とお杉が云った、
(「おやすみなさい」「かってにしろ」とかれはいった。)
「おやすみなさい」「勝手にしろ」と彼は云った。
(それからごろくにちおすぎにあわなかった。もうさんがつちゅうじゅんになっていただろう、)
それから五六日お杉に逢わなかった。もう三月中旬になっていただろう、
(しょないにあるさくらはどれもさきさかり、さいえんのほうでもやくようのきやくさきが、)
所内にある桜はどれも咲きさかり、栽園のほうでも薬用の木や草木が、
(おそいのもすっかりめをのばしていたし、はやいものははなをさかせており、)
おそいのもすっかり芽を伸ばしていたし、早いものは花を咲かせており、
(かぜがわたると、それらのはなのつよいにおいで、くうきがおもくかんじられるようであった。)
風がわたると、それらの花の強い匂いで、空気が重く感じられるようであった。
(ーーひるめしのあとで、のぼるがやくえんのほうへあるいていくと、)
ーー午(ひる)めしのあとで、登が薬園のほうへ歩いていくと、
(せんたくのもどりのおすぎにあった。すこしはなれてあるきながら、)
洗濯の戻りのお杉に会った。少しはなれて歩きながら、
(どうしてばんにこないのかときくと、かぜをひいたのだと、おすぎはこたえた。)
どうして晩に来ないのかと訊くと、風邪をひいたのだと、お杉は答えた。
(もうよくなったから、こんやはゆくつもりだったといったが、)
もうよくなったから、今夜はゆくつもりだったと云ったが、
(そういいながらもかるいせきをするし、すっかりこえをからしていた。)
そう云いながらも軽い咳をするし、すっかり声を嗄(か)らしていた。
(「まだせきがでるじゃないか」とかれがいった、)
「まだ咳が出るじゃないか」と彼が云った、
(「だいじにするほうがいい、こんやでなくったっていいんだよ」)
「大事にするほうがいい、今夜でなくったっていいんだよ」
(おすぎはびしょうしながらなにかいった。「よくきこえない」とかれはすこしちかよった、)
お杉は微笑しながらなにか云った。「よく聞えない」と彼は少し近よった、
(「どうしたって」「こんやうかがいます」とおすぎがこたえた。)
「どうしたって」「今夜うかがいます」とお杉が答えた。
(「むりをするな、くすりはのんでいるのか」)
「むりをするな、薬はのんでいるのか」
(「ええ、きょじょうせんせいからいただいています」)
「ええ、去定先生からいただいています」
(「むりをしないほうがいい」とかれはいった、)
「むりをしないほうがいい」と彼は云った、
(「わたしがのどのらくになるくすりをつくってやろう」おすぎはびしょうしながらうなずいた。)
「私が喉の楽になる薬をつくってやろう」お杉は微笑しながらうなずいた。
(そのひ、しょくどうでゆうめしをたべていると、のぼるにきゃくだとげんかんからしらせてきた。)
その日、食堂で夕めしを食べていると、登に客だと玄関から知らせて来た。
(きょじょうはがいしゅつしてまだかえらず、もりはんだゆうはしらんかおをしていた。)
去定は外出してまだ帰らず、森半太夫は知らん顔をしていた。
(しょくじちゅうにたつことはきんじられているので、のぼるはどんなきゃくだとといかえした。)
食事ちゅうに立つことは禁じられているので、登はどんな客だと問い返した。
(すると、きゃくはまだわかいむすめで、なはあまのまさをだというへんじだった。)
すると、客はまだ若い娘で、名は天野まさをだという返辞だった。
(ーーあまの、まさを。のぼるはそのなにはっきりしたきおくがなかった。)
ーー天野、まさを。登はその名にはっきりした記憶がなかった。
(けれどもすぐにけんとうがついた。ちぐさにいもうとがひとりあった、まだほんのしょうじょで、)
けれどもすぐに見当がついた。ちぐさに妹が一人あった、まだほんの少女で、
(かおもほとんどおぼえていないが、せいがあまのであり、)
顔も殆んど覚えていないが、姓が天野であり、
(ここへじぶんをたずねてきたとすると、そのいもうとにちがいないとおもった。)
ここへ自分を訪ねて来たとすると、その妹にちがいないと思った。
(ーーたぶんあのしょうじょだろう。だがなんのためにきたのか、とのぼるはいぶかった。)
ーーたぶんあの少女だろう。だがなんのために来たのか、と登は訝った。
(じぶんのいしできたのか、それともだれかのさしがねか、)
自分の意志で来たのか、それとも誰かのさしがねか、
(まるですいさつすることもできなかったし、)
まるで推察することもできなかったし、
(うっかりあってはいけないというきがした。)
うっかり会ってはいけないという気がした。
(「へやにいないといってくれ」とのぼるはとりつぎのものにいった、)
「部屋にいないと云ってくれ」と登は取次の者に云った、
(「わたしはあわないから、でんごんがあったらきいておいてくれ」)
「私は会わないから、伝言があったら聞いておいてくれ」
(しょくじがおわったとき、とりつぎのものがきた。)
食事が終ったとき、取次の者が来た。
(ぜひあいたいからまっているといったが、いまかえっていった。)
ぜひ会いたいから待っていると云ったが、いま帰っていった。
(でんごんはなく、またくるといった、ということであった。)
伝言はなく、また来ると云った、ということであった。
(このもんどうを、むこうでもりはんだゆうがきいていた。)
この問答を、向うで森半太夫が聞いていた。
(ちゃをすすりながら、はんだゆうがさりげなくきいていることをのぼるはみとめ。)
茶を啜りながら、半太夫がさりげなく聞いていることを登は認め。
(らんぼうにたちあがってしょくどうをでた。のぼるはえんぷのきちたろうにさけをかわせた。)
乱暴に立ちあがって食堂を出た。登は園夫の吉太郎に酒を買わせた。
(やせてひょろながいからだの、きのよわい、そのどもりのわかものは、かいにいくのをしぶった。)
痩せてひょろ長い躯の、気の弱い、その吃りの若者は、買いにいくのを渋った。
(ーーこうたびたびでは、いまにみつかってしかられる、といいたかったらしい。)
ーーこうたびたびでは、いまにみつかって叱られる、と云いたかったらしい。
(だがひどいどもりで、なかなかおもうようにくちがきけないし、のぼるがどなりつけると、)
だがひどい吃りで、なかなか思うように口がきけないし、登がどなりつけると、
(へいこうして、あたまをかきながらでていった。)
閉口して、頭を掻きながら出ていった。
(「いもうとむすめなどをよこして、こんどはなにをたくらもうというんだ」)
「妹娘などをよこして、こんどはなにを企もうというんだ」
(とかれはひとりでつぶやいた、)
と彼は独りでつぶやいた、
(「やってみろ、こんどはそううまくだまされはしないぞ」さけがくると、)
「やってみろ、こんどはそううまく騙されはしないぞ」酒が来ると、
(のぼるはそれをひやでのみ、かなりよってから、のこりをとっくりのままもってでた。)
登はそれを冷で飲み、かなり酔ってから、残りを徳利のまま持って出た。
(きおんのたかいよるでくもっているのだろう、そらにはつきもなく、ほしもみえなかった。)
気温の高い夜で曇っているのだろう、空には月もなく、星も見えなかった。
(くうきはつちのにおいとはなのかおりとで、かすかにあまく、おもたくしめっており、)
空気は土の匂いと花の薫りとで、かすかにあまく、重たく湿っており、
(それがときをきってつよくにおうようにかんじられた。)
それがときをきって強く匂うように感じられた。
(くらいのと、よっていたからだろう、かれはこしかけのまえをしらずにとおりすぎて、)
暗いのと、酔っていたからだろう、彼は腰掛の前を知らずにとおりすぎて、
(うしろからおすぎによびとめられた。)
うしろからお杉に呼びとめられた。
(「きていたのか」といいながら、かれはそっちへもどった。)
「来ていたのか」と云いながら、彼はそっちへ戻った。
(「おじょうさんがねましたから」)
「お嬢さんが寝ましたから」
(とおすぎがようやくききとれるほどのしゃがれごえでいった、)
とお杉がようやく聞きとれるほどのしゃがれ声で云った、
(「ーーどうなさいました」「つまずいたんだ」)
「ーーどうなさいました」「つまずいたんだ」
(かれはちょっとよろめいて、どしんとこしかけにかけた、)
彼はちょっとよろめいて、どしんと腰掛に掛けた、
(「ここへこいよ」おすぎははなれてこしをかけ、なにかいった。)
「ここへ来いよ」お杉ははなれて腰を掛け、なにか云った。
(「きこえない」とかれはくびをふった、)
「聞えない」と彼は首を振った、
(「そのこえじゃあきこえやしない、もっとこっちへこいよ」おすぎはすこしすりよった。)
「その声じゃあ聞えやしない、もっとこっちへ来いよ」お杉は少しすり寄った。
(「さあこれ」とかれはたもとからくすりぶくろをだしておすぎにわたした、)
「さあこれ」と彼は袂から薬袋を出してお杉に渡した、
(「せんじてのむんだ、せんじかたはかいてある、これでのどはらくになるはずだ」)
「煎じてのむんだ、煎じ方は書いてある、これで喉は楽になる筈だ」
(おすぎはれいをのべてからいった、「おさけをもっていらしったんですか」)
お杉は礼を述べてから云った、「お酒を持っていらしったんですか」
(「ほんのひととくちさ、のみのこりだ」「あたしももってきました」)
「ほんの一と口さ、飲み残りだ」「あたしも持って来ました」
(「なんだって」かれはおすぎのほうへみみをよせた。)
「なんだって」彼はお杉のほうへ耳をよせた。
(「あなたのふくべ」とおすぎはいって、もっているふくべをみせた、)
「あなたの瓠(ふくべ)」とお杉は云って、持っている瓠を見せた、
(「いつかあずかったままわすれていたふくべよ、)
「いつか預かったまま忘れていた瓠よ、
(おじょうさんのあがるおいしいおさけがあるので、すこしわけてもってきたんです」)
お嬢さんのあがるおいしいお酒があるので、少し分けて持って来たんです」
(「ああ、えびづるそうのみでかもしたさけだろう」「ごぞんじなんですか」)
「ああ、えびづる草の実で醸(かも)した酒だろう」「ご存じなんですか」
(「あかひげがやくようにつくらせてるやつだ、)
「赤髯が薬用につくらせてるやつだ、
(いつかごへいのこやであじをみたことがあるよ」といってかれはふくべをうけとった、)
いつか五平の小屋で味をみたことがあるよ」と云って彼は瓠を受取った、
(「しかしおまえがさけをもってきてくれるなんて、めずらしいじゃないか」)
「しかしおまえが酒を持って来てくれるなんて、珍らしいじゃないか」