「悪魔の紋章」32 江戸川乱歩
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | pechi | 6296 | S | 7.0 | 90.3% | 620.2 | 4370 | 465 | 64 | 2024/10/28 |
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問題文
(すると、そのじんぶつが、いきなりがいとうをぬぎ、ぼうしをとって、かわでしにむかい、)
すると、その人物が、いきなり外套を脱ぎ、帽子をとって、川手氏に向い、
(「はじめておめにかかります。よろしく」 とあたまをさげた。)
「初めてお目にかかります。よろしく」 と頭を下げた。
(かわでしはおもわずいすからたちあがって、あっけにとられたように、そのじんぶつを)
川手氏は思わず椅子から立上って、あっけにとられたように、その人物を
(ながめた。ああ、これはどうしたことだ。とつぜんめのまえにおおきなすがたみが)
眺めた。アア、これはどうしたことだ。突然目の前に大きな姿見が
(あらわれたとしかかんがえられなかった。せかっこうといい、ようぼうといい、かみのわけかた、)
現われたとしか考えられなかった。背恰好といい、容貌といい、髪の分け方、
(くちひげのおおきさ、きものからはおりから、はおりのひもやじゅばんのえりのいろまでも、)
口髭の大きさ、着物から羽織から、羽織の紐や襦袢の襟の色までも、
(かわでしとそっくりそのままのじんぶつが、がんぜんいちにしゃくのところにたたずんで、)
川手氏とそっくりそのままの人物が、眼前一二尺のところに佇んで、
(にこにこわらいかけているのだ。 「ははは・・・・・・、いかがです。)
ニコニコ笑いかけているのだ。 「ハハハ・・・・・・、如何です。
(これならもうしぶんないでしょう。ぼくでさえどちらがほんとうのかわでさんだか)
これなら申分ないでしょう。僕でさえどちらが本当の川手さんだか
(まようくらいですからね」 むなかたはかせはふたごのようなふたりをみくらべて、)
迷うくらいですからね」 宗像博士は双生児のような二人を見比べて、
(とくいらしくわらうのであった。 「このひとはこんどうというぼくのしりあいのものです。)
得意らしく笑うのであった。 「この人は近藤という僕の知合のものです。
(さっきももうしあげたとおり、じゅうどうさんだんのごうのもので、こういうぼうけんがなによりも)
さっきも申上げた通り、柔道三段の豪のもので、こういう冒険が何よりも
(すきなおとこです。 ところでこんどうくん、おれいのことはぼくがひきうけて、)
好きな男です。 ところで近藤君、お礼のことは僕が引受けて、
(じゅうぶんにさしあげるから、ひとつうまくやってくれたまえ。つまりきょうからきみが、)
十分に差上げるから、一つうまくやってくれ給え。つまり今日から君が、
(かわでけのしゅじんなのだ。かねてうちあわせておいたとおりおくのまにとじこもって、)
川手家の主人なのだ。兼ねて打合せて置いた通り奥の間にとじこもって、
(いっさいきゃくにあわないことにするんだ。めしつかいもなるべくちかづけないように。)
一切客に会わないことにするんだ。召使いもなるべく近づけないように。
(いくらにているといっても、よくみればどこかちがったところがあるんだから、)
いくら似ていると云っても、よく見ればどこか違ったところがあるんだから、
(めしつかいにはすぐわかるからね。 まあ、おじょうさんがあんなことになられたので、)
召使にはすぐ分るからね。 マア、お嬢さんがあんなことになられたので、
(かなしみのあまりゆううつしょうにかかったというていにするんだね。そして、ひるまもへやを)
悲しみの余り憂鬱症に罹ったという体にするんだね。そして、昼間も部屋を
(うすぐらくして、じょちゅうなどにもしょうめんからかおをみあわさないように、そのつどなにかで)
薄暗くして、女中などにも正面から顔を見合わさないように、その都度何かで
(かおをかくすくふうをするんだ。 むろんそんなことがながつづきするはずはないから、)
顔を隠す工夫をするんだ。 無論そんなことが永続きする筈はないから、
(いずれいちりょうじつのうちにぼくがきて、めしつかいたちにじじょうをはなし、よく)
いずれ一両日のうちに僕が来て、召使達に事情を話し、よく
(のみこませるつもりだが、それまでのところを、ひとつうまくやってくれたまえ」)
呑み込ませる積りだが、それまでのところを、一つうまくやってくれ給え」
(はかせがれいのひそひそごえでちゅういをあたえると、あたらしいかわでしは、のみこんでいるよと)
博士が例のひそひそ声で注意を与えると、新しい川手氏は、呑み込んでいるよと
(いわぬばかりに、むねをたたいてこたえた。 「まあ、わたしのうでまえをみていてください。)
云わぬばかりに、胸を叩いて答えた。 「マア、私の腕前を見ていて下さい。
(せいねんじだいにはぶたいにたったこともあるおとこです。おしばいはおてのものですよ」)
青年時代には舞台に立ったこともある男です。お芝居はお手のものですよ」
(「これはふしぎだ。こえまでわしとそっくりじゃありませんか。これなら)
「これは不思議だ。声までわしとそっくりじゃありませんか。これなら
(じょちゅうどもだって、なかなかみわけはつきませんよ」 かわでしはあきれたように、)
女中供だって、なかなか見分けはつきませんよ」 川手氏はあきれたように、
(つくづくとあいてのかおをみまもるのであった。)
つくづくと相手の顔を見守るのであった。
(いようなりょこうしゃ まもなく、おうせつまのまどのぶらいんどやどあが)
異様な旅行者 間もなく、応接間の窓のブラインドやドアが
(もとのようにひらかれ、むなかたはかせと、そふとぼうとがいとうのえりでかおをかくした)
元のように開かれ、宗像博士と、ソフト帽と外套の襟で顔を隠した
(いようのじんぶつとは、にせもののかわでしをあとにのこして、さりげなくかわでていを)
異様の人物とは、偽物の川手氏をあとに残して、さりげなく川手邸を
(じきょした。そふとぼうとがいとうのおとこが、かえだまといれかわったほんものの)
辞去した。ソフト帽と外套の男が、替玉と入れ替わった本物の
(かわでしであったことはいうまでもない。どうしはとっさにとりまとめたじゅうようしょるいと)
川手氏であったことは云うまでもない。同氏は咄嗟に取纏めた重要書類と
(とうざのきがえをつめたすーつ/けーすを、がいとうのそでにかくすようにして)
当座の着換えを詰めたスーツ・ケースを、外套の袖に隠すようにして
(さげていた。 ふたりはしょせいにおくられて、げんかんをでると、もんぜんに)
下げていた。 二人は書生に送られて、玄関を出ると、門前に
(またせてあった、むなかたはかせのじどうしゃにのりこんだ。 「まるのうちの)
待たせてあった、宗像博士の自動車に乗り込んだ。 「丸の内の
(たいへいびるまで」 はかせのさしずにしたがってくるまはうごきだした。)
大平ビルまで」 博士の指図に従って車は動き出した。
(「こんどうさん、さあ、これからがたいへんですよ。いろいろいがいなこともあるでしょうが、)
「近藤さん、サア、これからが大変ですよ。色々意外なこともあるでしょうが、
(おどろいてはいけません。いっさいぼくにおまかせくださるんですよ」 はかせはかわでしを)
驚いてはいけません。一切僕にお任せ下さるんですよ」 博士は川手氏を
(こんどうさんとよぶのだ。 「おまかせします。だが、やまなしけんへいくのに、)
近藤さんと呼ぶのだ。 「お任せします。だが、山梨県へ行くのに、
(まるのうちというのは、どうしたわけですか。きしゃはしんじゅくえきからでしょう」)
丸の内というのは、どうした訳ですか。汽車は新宿駅からでしょう」
(とかわでしがふしんをおこしてたずねると、はかせはいきなりくちのまえにゆびをたてて)
と川手氏が不審を起して訊ねると、博士はいきなり口の前に指を立てて
(「しーっ」とせいしながら、 「だから、おまかせくださいというのです。)
「シーッ」と制しながら、 「だから、お任せ下さいというのです。
(これからみょうなことがいくつもおこるはずですから、びっくりなさらないように。)
これから妙なことが幾つも起る筈ですから、びっくりなさらないように。
(みんなあなたをぞくのめからかんぜんにかくすためのしゅだんなのですからね。)
みんなあなたを賊の目から完全に隠す為めの手段なのですからね。
(これからもくてきちへつくまでに、たんていというしょうばいがどんなものだか、)
これから目的地へ着くまでに、探偵という商売がどんなものだか、
(あなたにもおわかりになるでしょう」 と、なにかいみありげにささやくのであった。)
あなたにもお分りになるでしょう」 と、何か意味ありげに囁くのであった。
(それからにじゅっぷんほどのち、くるまはたいへいびるでぃんぐのおもてげんかんによこづけになった。)
それから二十分程のち、車は大平ビルディングの表玄関に横着けになった。
(はかせはうんてんしゅにちんぎんをしはらうと、がいとうでかおをかくしたかわでしのてを)
博士は運転手に賃銀を支払うと、外套で顔を隠した川手氏の手を
(ひくようにして、いきなりびるでぃんぐのなかへはいっていったが、)
引くようにして、いきなりビルディングの中へ入って行ったが、
(えれヴぇーたーにのろうともせず、かいだんをのぼろうともせず、ただろうかを)
エレヴェーターに乗ろうともせず、階段を登ろうともせず、ただ廊下を
(ぐるぐるまわりあるいたすえ、いつのまにかたてもののうらぐちへでてしまった。)
グルグル廻り歩いた末、いつの間にか建物の裏口へ出てしまった。
(みると、そこのどうろにおおがたのじどうしゃがいちだい、ひとまちがおにていしゃしている。)
見ると、そこの道路に大型の自動車が一台、人待ち顔に停車している。
(はかせはかわでしをひっぱりながら、おおいそぎでそのじどうしゃのなかにとびこんだ。)
博士は川手氏を引っぱりながら、大急ぎでその自動車の中に飛込んだ。
(「あやしいやつはみなかったか」 「べつにそんなものはいないようです」)
「怪しい奴は見なかったか」 「別にそんなものはいないようです」
(うんてんしゅがふりむきもせずこたえる。 「よし、それじゃ)
運転手が振向きもせず答える。 「よし、それじゃ
(いいつけておいたとおりにするんだ」 くるまはしずかにはしりだした。)
云いつけて置いた通りにするんだ」 車は静かに走り出した。
(はかせはてばやく、まどのぶらいんどをおろし、うんてんせきとのさかいのがらすどを)
博士は手早く、窓のブラインドをおろし、運転席との境のガラス戸を
(しめきって、さて、めんくらっているかわでしのほうにむきなおった。 「こんどうさん、)
閉め切って、さて、面喰っている川手氏の方に向き直った。 「近藤さん、
(これがびこうをまく、ごくしょほのしゅだんですよ。はんざいしゃがもちいるかごぬけというのは)
これが尾行をまく、ごく初歩の手段ですよ。犯罪者が用いる籠抜けというのは
(これですが、たんていもはんざいしゃも、ときにはおなじしゅだんをつかうものですよ。)
これですが、探偵も犯罪者も、時には同じ手段を使うものですよ。
(こうしておけば、たとえおたくからわれわれをつけてきたものがあったとしても、)
こうして置けば、仮令お宅から我々をつけて来た者があったとしても、
(あるいはまた、あのじどうしゃのうんてんしゅがてきのまわしものであったとしても、だいじょうぶです。)
或は又、あの自動車の運転手が敵の廻しものであったとしても、大丈夫です。