「悪魔の紋章」34 江戸川乱歩
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | pechi | 6184 | A++ | 6.9 | 90.4% | 593.4 | 4102 | 432 | 61 | 2024/10/29 |
関連タイピング
-
プレイ回数10万歌詞200打
-
プレイ回数4044かな314打
-
プレイ回数96万長文かな1008打
-
プレイ回数3.2万歌詞1030打
-
プレイ回数1.1万313打
-
プレイ回数120歌詞831打
-
プレイ回数4.8万長文かな316打
-
プレイ回数420長文535打
問題文
(「おや、こりゃぬまづいきじゃありませんか。やまなしけんじゃなかったのですか」)
「オヤ、こりゃ沼津行きじゃありませんか。山梨県じゃなかったのですか」
(かわでしはきっぷをうけとって、けげんがおにたずねる。 「しっ、しっ、)
川手氏は切符を受け取って、けげん顔に訊ねる。 「シッ、シッ、
(なにもきかないというやくそくじゃないか。さあ、ちょうどはっしゃするところだ。)
何も訊かないという約束じゃないか。サア、丁度発車するところだ。
(いそごうぜ」 はかせはさきにたって、かいさつぐちへはしりだした。)
急ごうぜ」 博士は先に立って、改札口へ走り出した。
(はっしゃまぎわのしものせきいきふつうれっしゃにまにあって、ふたりはこうぶさんとうしゃのかたすみに、)
発車間際の下関行き普通列車に間に合って、二人は後部三等車の片隅に、
(つつましくかたをならべてこしかけた。 ごっとんごっとんかくえきにていしゃして、)
つつましく肩を並べて腰かけた。 ゴットンゴットン各駅に停車して、
(よこはまへついたのは、もうしょうごにちかいころであった。 「このつぎのえきで、)
横浜へついたのは、もう正午に近い頃であった。 「この次の駅で、
(すこしあぶないげいとうをやりますからね。あしもとにきをつけてくださいよ」)
少し危い芸当をやりますからね。足もとに気をつけて下さいよ」
(はかせはかわでしのみみにくちをよせてささやいた。 やがてほどがや。だがていしゃしても)
博士は川手氏の耳に口を寄せて囁いた。 やがて保土ヶ谷。だが停車しても
(はかせはべつにたちあがろうとするでもない。 「ここですか」)
博士は別に立上ろうとするでもない。 「ここですか」
(かわでしがきづかわしげにたずねると、はかせはめがおでうなずいて、へいぜんとしている。)
川手氏が気遣わしげに訊ねると、博士は目顔で肯いて、平然としている。
(いったいどんなげいとうをしようというのだろう。 しゃしょうのふえがなった。)
一体どんな芸当をしようというのだろう。 車掌の呼笛が鳴った。
(がくんとどうようしてきしゃはうごきはじめた。 「さあ、おりるんです」)
ガクンと動揺して汽車は動き始めた。 「サア、降りるんです」
(やにわにたちあがったはかせがかわでしのてをとって、こうぶのぶりっじへはしった。)
矢庭に立上った博士が川手氏の手を取って、後部のブリッジへ走った。
(そして、もうそくりょくをだしはじめているしゃじょうから、まずすーつ・けーすを)
そして、もう速力を出し始めている車上から、先ずスーツ・ケースを
(なげだしておいて、さっとぷらっと・ふぉーむへとびおりた。かわでしも)
投げ出して置いて、サッとプラット・フォームへ飛び降りた。川手氏も
(てをひかれたままそれにつづく。ふたりともあしがもつれて、)
手を引かれたままそれに続く。二人とも足がもつれて、
(あやうくころがるところであった。 「いったいこれはどうしたわけです」)
危く転がるところであった。 「一体これはどうした訳です」
(「いや、おどろかせてすみませんでしたね。これもびこうをまくひとつの)
「イヤ、驚かせてすみませんでしたね。これも尾行をまく一つの
(てなんですよ。まさかここまであいつがびこうしていようとはかんがえられませんが、)
手なんですよ。まさかここまであいつが尾行していようとは考えられませんが、
(ああいうてきにたいしては、むだとおもわれるほどねんをいれなければなりません。)
ああいう敵に対しては、無駄と思われる程念を入れなければなりません。
(こうしておいて、こんどはとうきょうのほうへぎゃっこうするんです。もしあのきしゃに)
こうして置いて、今度は東京の方へ逆行するんです。若しあの汽車に
(われわれのてきがのっていたとすれば、まんまとひとえきのりこすわけですから、)
我々の敵が乗っていたとすれば、まんまと一駅乗り越す訳ですから、
(いくらくやしがっても、もうわれわれのあとをつけることはできません。)
いくらくやしがっても、もう我々のあとをつけることは出来ません。
(おお、ちょうどむこうからのぼりれっしゃがはいってきたようです。むこうへわたりましょう。)
オオ、丁度向うから上り列車が入って来たようです。向うへ渡りましょう。
(なあに、きっぷはなかでしゃしょうにいえばいいんですよ」 がらんとした)
ナアニ、切符は中で車掌に云えばいいんですよ」 ガランとした
(ぷらっと・ふぉーむ。あたりにきくひともないので、はかせはふつうのくちをきいた。)
プラット・フォーム。あたりに聞く人もないので、博士は普通の口を利いた。
(それからはんたいがわのふぉーむにわたり、のぼりれっしゃにのって、ふたえきひきかえすと)
それから反対側のフォームに渡り、上り列車に乗って、二駅引返すと
(ひがしかながわである。ふたりはそこでげしゃして、こんどははちおうじへのせんにのりかえ、)
東神奈川である。二人はそこで下車して、今度は八王子への線に乗替え、
(はちおうじでふたたびもくてきのちゅうおうせんにのりかえた。つまり、とうかいどうせんにのったとみせかけ、)
八王子で再び目的の中央線に乗替えた。つまり、東海道線に乗ったと見せかけ、
(さくらぎちょうはちおうじせんのれんらくをりようして、まんまとちゅうおうせんにほうこうてんかんをしたのである。)
桜木町八王子線の聯絡を利用して、まんまと中央線に方向転換をしたのである。
(そのだいうかいのために、のりかえのたびにじかんをとり、こうふへついたころには)
その大迂回の為めに、乗替えの度に時間をとり、甲府へついた頃には
(もうひがくれかけていた。 「さあ、やがてnえきです。こんどこそおもいきった)
もう日が暮れかけていた。 「サア、やがてN駅です。今度こそ思い切った
(はなれわざをえんじなければなりませんよ。しかし、けっしてきけんなことはありません。)
放れ業を演じなければなりませんよ。しかし、決して危険なことはありません。
(nえきのすこしてまえできしゃがきゅうこうばいにさしかかって、そくりょくをうんとゆるめるばしょが)
N駅の少し手前で汽車が急勾配にさしかかって、速力をウンとゆるめる場所が
(あります。ぼくらはそこでどてのしたへとびおりるよていなのです。これがさいごの)
あります。僕らはそこで土手の下へ飛び降りる予定なのです。これが最後の
(ぼうけんですよ。 なにもそれほどにしなくてもとおおもいでしょうが、)
冒険ですよ。 何もそれ程にしなくてもとお思いでしょうが、
(かならずしもあいつのびこうをおそれるばかりじゃありません。いくらへんそうを)
必ずしもあいつの尾行を恐れるばかりじゃありません。いくら変装を
(していても、あなたはただくちひげがなくなっただけですからね。しっているひとが)
していても、あなたはただ口髭がなくなっただけですからね。知っている人が
(みればうたがいます。そして、どこのえきでおりたかということをきおくしていて、)
見れば疑います。そして、どこの駅で降りたかということを記憶していて、
(ひとにはなせば、それがどんなことでてきのみみにはいらないともかぎりません。)
人に話せば、それがどんなことで敵の耳に入らないとも限りません。
(あたりまえなれば、nえきでげしゃするのですが、ちょうどそのnえきにわれわれの)
当り前なれば、N駅で下車するのですが、丁度そのN駅に我々の
(ちじんがいあわさないと、どうしてだんげんできましょう。ちゅうとで)
知人が居合わさないと、どうして断言出来ましょう。中途で
(とびおりるというのは、かならずしもむだなようじんではないのですよ。それにきしゃの)
飛び降りるというのは、必ずしも無駄な用心ではないのですよ。それに汽車の
(そくどがけっしてきけんがないまでににぶることが、ちゃんとたしかめて)
速度が決して危険がないまでににぶることが、ちゃんと確かめて
(あるのですから、すこしもしんぱいはいりません」 はかせはかわでしのみみに)
あるのですから、少しも心配は要りません」 博士は川手氏の耳に
(くちをつけて、こまごまとせつめいするのであった。さいわい、ひもとっぷりとくれて、)
口をつけて、こまごまと説明するのであった。幸い、日もとっぷりと暮れて、
(まどのそとはまっくらになっていた。ぼうけんにはおあつらえむきのじかんである。)
窓の外は真暗になっていた。冒険にはお誂え向きの時間である。
(「ぼつぼつ、ぶりっじへでていましょう。いまにきゅうこうばいにさしかかりますから」)
「ボツボツ、ブリッジへ出ていましょう。今に急勾配にさしかかりますから」
(ふたりはなにげなく、かばんをさげて、こうぶのぶりっじへしのびでた。さいわい、)
二人は何気なく、鞄を下げて、後部のブリッジへ忍び出た。幸い、
(しゃしょうのすがたもなく、こちらをちゅういしているじょうきゃくもみあたらなかった。)
車掌の姿もなく、こちらを注意している乗客も見当らなかった。
(やがて、とんねるをしらせるみじかいきてきがなりひびくと、きしゃのそくどがめにみえて)
やがて、トンネルを知らせる短い汽笛が鳴り響くと、汽車の速度が目に見えて
(げんじていった。ぼっぼっぼっというきかんのおと、こくえんにまじって、ひのこが)
減じて行った。ボッボッボッという機関の音、黒煙に混って、火の粉が
(うつくしくそらをとんでいく。 「さあ、ここです」)
美しく空を飛んで行く。 「サア、ここです」
(はかせのこえをあいずに、ふたつのすーつ・けーすがやみのどてへなげだされた。)
博士の声を合図に、二つのスーツ・ケースが闇の土手へ投げ出された。
(つづいてはかせのてがてつぼうをはなれるとみるや、まんまるなにくだんとなって、)
つづいて博士の手が鉄棒を離れると見るや、まん丸な肉団となって、
(さーっとちじょうへ。しるしばんてんのかわでしもおくれず、やみのなかへみをおどらせた。)
サーッと地上へ。印半纏の川手氏もおくれず、闇の中へ身を躍らせた。
(せんろのどてのくさのうえを、ふたつのすーつ・けーすと、ふたつのにくだんとが、)
線路の土手の草の上を、二つのスーツ・ケースと、二つの肉団とが、
(あいぜんごして、ころころところがりおち、したのはたけにおりかさなってたおれた。)
相前後して、コロコロと転がり落ち、下の畑に折り重なって倒れた。
(しばらくしてやみのなかにひくいこえがきこえた。 「だいじょうぶですか」)
暫らくして闇の中に低い声が聞えた。 「大丈夫ですか」
(「だいじょうぶです。とびおりなんて、ぞんがいわけのないものですね」)
「大丈夫です。飛び降りなんて、存外訳のないものですね」