「悪魔の紋章」36 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(ひろいつめたいろうかをふんで、がらんとしたむかしふうのべんじょにはいった。まどのそとはすぐに)

広い冷い廊下を踏んで、ガランとした昔風の便所に入った。窓の外はすぐに

(たいじゅのしげみである。しょうしょうじをあけてそらをみると、ほしもないまっくらやみ、)

大樹の茂みである。小障子を開けて空を見ると、星もない真暗闇、

(たいじゅのこずえがかさこそとうごくのは、やちょうか、それとも、かわでしなどには)

大樹の梢がカサコソと動くのは、夜鳥か、それとも、川手氏などには

(なじみのないしょうどうぶつがすんでいるのか。 そうしていると、こころがすんで、)

馴染のない小動物が住んでいるのか。 そうしていると、心が澄んで、

(よるのしずけさがしんしんとみにしみる。そのせいじゃくのなかに、とつぜん、じつにとつぜん、)

夜の静けさがしんしんと身にしみる。その静寂の中に、突然、実に突然、

(かわでしはにんげんのわらいごえをきいたのである。 ちょうどべんじょのかべのそとのあたり、おんなの、)

川手氏は人間の笑い声を聞いたのである。 丁度便所の壁の外の辺、女の、

(おそらくはわかいおんなのしのびわらいのこえであった。ひくいけれども、おかしくて)

恐らくは若い女の忍び笑いの声であった。低いけれども、おかしくて

(たまらないというようにいつまでわらいつづける、まがうかたなきおんなの)

耐らないというようにいつまで笑いつづける、まがう方なき女の

(わらいごえであった。 かわでしはぞーっとせすじがしびれるようにかんじて、)

笑い声であった。 川手氏はゾーッと背筋がしびれるように感じて、

(そとへでてしらべてみるゆうきもなく、そのまましんしつへにげかえった。するとますます)

外へ出て調べて見る勇気もなく、そのまま寝室へ逃げ帰った。すると益々

(ぶきみなことには、てしょくをかざして、いそぎあしにとおりすぎるろうかのやみで、)

不気味なことには、手燭をかざして、急ぎ足に通り過ぎる廊下の闇で、

(すーっとなにものかにすれちがったのである。なにかちいさなものであった。しかし、)

スーッと何者かにすれ違ったのである。何か小さなものであった。しかし、

(にんげんにはちがいない。こどもとすればよっついつつのようじである。それが、)

人間には違いない。子供とすれば四つ五つの幼児である。それが、

(めにもとまらぬすばやさで、ゆくてのやみから、あしおともたてず、やのように)

目にもとまらぬ素早さで、行手の闇から、足音も立てず、矢のように

(はしってきて、かわでしのそでのしたをくぐり、うしろのやみのなかへすがたを)

走って来て、川手氏の袖の下をくぐり、うしろの闇の中へ姿を

(けしてしまったのだ。かさねがさねのかいいに、そのよるはまんじりともせず、)

消してしまったのだ。重ね重ねの怪異に、その夜はまんじりともせず、

(あさになるのをまって、ろうふうふにそのよしをつげると、ひどくわらわれて、)

朝になるのを待って、老夫婦にその由を告げると、ひどく笑われて、

(やまずまいになれないひとはよくそんなことをいうものだ。ひとのはなしごえは、ほりのおがわの)

山住いに慣れない人はよくそんなことを云うものだ。人の話声は、堀の小川の

(せせらぎをききあやまったのではないか。おんなのわらいごえは、よるのとりが)

せせらぎを聞き誤ったのではないか。女の笑い声は、夜の鳥が

(ないたのであろう。ろうかのこぼうずは、きのせいでなければ、おおかた)

鳴いたのであろう。廊下の小坊主は、気のせいでなければ、大方

など

(いたずらざるめがまよいこんでいたのであろうと、いっこうとりあってはくれなかった。)

いたずら猿めが迷い込んでいたのであろうと、一向取合ってはくれなかった。

(だが、かいいはそれでおわったわけではない。よくじつはひるまから、ふしぎなことが)

だが、怪異はそれで終った訳ではない。翌日は昼間から、不思議なことが

(おこった。かわでしがろうじんたちのへやでしばらくはなしこんで、じしつにかえってみると、)

起った。川手氏が老人達の部屋で暫らく話し込んで、自室に帰って見ると、

(とこのまにおいたすーつ・けーすのいちがあきらかにかわっていた。したんのおおきな)

床の間に置いたスーツ・ケースの位置が明かに変っていた。紫檀の大きな

(てーぶるのうえにおいてあったかいちゅうどけいがうらがえしになっていた。おなじたくじょうのてちょうが)

卓の上に置いてあった懐中時計が裏返しになっていた。同じ卓上の手帳が

(ひらかれていた。 いちどなればかわでしのおもいちがいということもあるだろうが、)

開かれていた。 一度なれば川手氏の思い違いということもあるだろうが、

(にどさんどおなじことがおこった。こんどはねんのために、いろいろなしなもののいちを)

二度三度同じことが起った。今度は念の為めに、色々な品物の位置を

(よくきおくしておいて、しばらくへやをあけてかえってみると、ちゃんとそのいちが)

よく記憶して置いて、暫らく部屋を開けて帰って見ると、ちゃんとその位置が

(かわっている。もうおもいちがいではない。このじょうかくのおくのほうには、ろうふうふもしらぬ)

変っている。もう思い違いではない。この城郭の奥の方には、老夫婦も知らぬ

(なにものかがすんでいるのだ。そして、かわでしをおどろかせようと、たくらんでいるのだ。)

何者かが住んでいるのだ。そして、川手氏を驚かせようと、企んでいるのだ。

(そんなにおっしゃるなら、ごとくしんのいくように、ていないのあまどをあけて)

そんなにおっしゃるなら、御得心の行くように、邸内の雨戸をあけて

(やさがしをしてみましょうと、そのよくじつは、さんにんでひろいていないをにかいもしたも)

家捜しをして見ましょうと、その翌日は、三人で広い邸内を二階も下も

(すっかりしらべてみたが、べつにあやしいこともなかった。どのへやにも)

すっかり調べて見たが、別に怪しいこともなかった。どの部屋にも

(ひとのすんでいたようなけはいはみえぬのだ。 それごらんなさい。)

人の住んでいたような気配は見えぬのだ。 それごらんなさい。

(やっぱりさるかなんかのいたずらですよと、ろうふうふはわらいばなしにしてしまったが、)

やっぱり猿かなんかのいたずらですよと、老夫婦は笑い話にしてしまったが、

(かわでしはどうもなっとくがいかなかった。なにかしらみぢかに、ひとのにおいがかんじられた。)

川手氏はどうも納得が行かなかった。何かしら身近に、人の匂が感じられた。

(ようきとでもいうようなものが、ひしひしとみにせまるのをおぼえた。)

妖気とでもいうようなものが、ひしひしと身に迫るのを覚えた。

(すると、そのばんのことである。 かわでしはしんやまためがさめて、どこからか)

すると、その晩のことである。 川手氏は深夜また目が覚めて、どこからか

(もれてくるひとのはなしごえをきいた。そして、まえのばんとおなじように、てしょくをつけて)

漏れて来る人の話声を聞いた。そして、前の晩と同じように、手燭をつけて

(こようにおきた。こんやもひょっとしたら、あのわらいごえがするかもしれない。)

小用に起きた。今夜もひょっとしたら、あの笑い声がするかも知れない。

(かわでしはかくごをきめてみみをすましていた。こんどこそとりのなきごえかひとのこえか)

川手氏は覚悟をきめて耳を澄ましていた。今度こそ鳥の鳴き声か人の声か

(ききわけてやろう。 まどからのぞいたそらには、やっぱりほしがなかった。)

聞き分けてやろう。 窓から覗いた空には、やっぱり星がなかった。

(そよとのかぜもないこずえに、かさこそとぶきみなおとがしていた。 とつぜん、ああ、)

そよとの風もない梢に、カサコソと不気味な音がしていた。 突然、アア、

(またしてもあのわらいごえだ、わかいおんなが、たもとでくちをおおって、からだをまげて、)

又してもあの笑い声だ、若い女が、袂で口を蔽って、身体を曲げて、

(しのびわらいをしているような、あのわらいごえだ。かわでしはめのまえに、そのわかいおんなの)

忍び笑いをしているような、あの笑い声だ。川手氏は目の前に、その若い女の

(しろいかおがみえるようなきがした。 こんやこそしょうたいを)

白い顔が見えるような気がした。 今夜こそ正体を

(みあらわさないでおくものか。かねてこころにさだめておいたとおり、かわでしはいそいで)

見現わさないでおくものか。かねて心に定めて置いた通り、川手氏は急いで

(そこをでると、おとのせぬように、ろうかのはしのあまどのくるるをはずし、)

そこを出ると、音のせぬように、廊下の端の雨戸の枢をはずし、

(そっとひきあけて、まっくらなにわのこえのしたとおもわれるかしょへてしょくをさしつけた。)

ソッと引き開けて、真暗な庭の声のしたと思われる箇所へ手燭をさしつけた。

(だが、おそらくはいまのあいだににげうせてしまったのであろう。そこにはひとむらの)

だが、恐らくは今の間に逃げ失せてしまったのであろう。そこには一むらの

(なんてんがくろくおしだまっているばかりで、ひとらしいもののかげはなかった。)

南天が黒く押黙っているばかりで、人らしい物の影はなかった。

(しかし、ひとのすがたはみえなかったけれど、それよりももっとみょうなものが、)

しかし、人の姿は見えなかったけれど、それよりももっと妙なものが、

(たちまちかわでしのちゅういをひいた。というのは、そのろうかのはすむこうに、かぎのてになった)

忽ち川手氏の注意を惹いた。というのは、その廊下の斜向うに、鉤の手になった

(たてもののおおきなしらかべが、よめにもうすじろく、めをあっするようにうきあがっているのだが、)

建物の大きな白壁が、夜目にも薄白く、目を圧するように浮上っているのだが、

(そのしらかべのひょうめんにぼーっとしろくりんのようなひかりがさしていたのである。)

その白壁の表面にボーッと白く燐のような光がさしていたのである。

(おや、なんだろう。ぎょっとして、よくみなおすと、かべをぬりなおしたあとではない。)

オヤ、何だろう。ギョッとして、よく見直すと、壁を塗り直した痕ではない。

(たしかになにかのひかりである。ちょっけいにけんにもあまるきょだいなえんをえがいて、)

たしかに何かの光である。直径二間にもあまる巨大な円を描いて、

(そのぶぶんだけがえいがのようにうきあがっている。 だが、かいいは)

その部分だけが映画のように浮き上っている。 だが、怪異は

(それだけではなかった。じっとみていると、そのまるいひかりのなかに、なにかしら、)

それだけではなかった。じっと見ていると、その丸い光のなかに、何かしら、

(むすうのへびでもはっているような、みょうなくろいもようが、もうろうとみえてくるのだ。)

無数の蛇でも這っているような、妙な黒い模様が、朦朧と見えて来るのだ。

(なんびゃくなんぜんともしれぬへびだ。いや、へびではない。なんだか、えたいのしれぬもようだ。)

何百何千とも知れぬ蛇だ。イヤ、蛇ではない。何だか、えたいの知れぬ模様だ。

(どこかでみたようなもようだぞ。どこでみたのかしら・・・・・・。)

どこかで見たような模様だぞ。どこで見たのかしら・・・・・・。

(あまりにおおきすぎてよくわからぬが・・・・・・・・・・・・)

あまりに大きすぎてよく分からぬが・・・・・・・・・・・・

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