人造人間事件6 海野十三
青空文庫より引用
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問題文
(5)
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(そのよくじつのごご、ほむらたんていはかりがねけんじのもとへでんわをかけた。)
その翌日の午後、帆村探偵は雁金検事のもとへ電話をかけた。
(「いやあ、きのうはどうも、いかがです、はかせごろしのはんにんはきまりましたか」)
「いやあ、昨日はどうも、いかがです、博士殺しの犯人は決まりましたか」
(「うん、きまったとまではいかないんだが、じゅうだいなるようぎしゃをつかまえて、)
「ウン、決ったとまでは行かないんだが、重大なる容疑者を捕えて、
(いまさかんにおおえやまくんがじんもんしている」「それはだれですか」「うららふじんだよ」)
今盛んに大江山君が訊問している」「それは誰ですか」「ウララ夫人だよ」
(「えっうららふじん?ふじんはとうとうつかまったのですか。どこにいたのですか」)
「えっウララ夫人?夫人はとうとう捕ったのですか。どこに居たのですか」
(「なあにさんたまりあびょういんににゅういんしていたのだよ。べつにたいしたびょうきでも)
「なあにサンタマリア病院に入院していたのだよ。別に大した病気でも
(ないのだがね」「するとあのじょんまくれおはあやしくないのですか」)
ないのだがネ」「するとあのジョン・マクレオは怪しくないのですか」
(「まくれおはごごにじからごごくじはんまでずっとびょういんにいたことがわかった。)
「マクレオは午後二時から午後九時半までずっと病院にいたことが分った。
(あのがいじんのありばいはかんぜんだ」「そうですか。まづめじょうたろうも)
あの外人の現場不在証明(アリバイ)は完全だ」「そうですか。馬詰丈太郎も
(かんぜんなのでしょう」「そうだ。あのおとこはほうそうきょくにいたことがしょうめいされた。)
完全なのでしょう」「そうだ。あの男は放送局に居たことが証明された。
(けっきょくのこるのはうららふじんと、みみのきこえないばあやのふたりだ。ばあやは)
結局残るのはウララ夫人と、耳の聞えないばあやの二人だ。ばあやは
(うららふじんががいしゅつからかえってのち、つかいにやまのてまでやられたのだが、)
ウララ夫人が外出から帰ってのち、使いに山の手までやられたのだが、
(そのあしでけいさつへかけこんだ。ばあやははかせがさつがいされるとき、あのいえに)
その足で警察へ駈けこんだ。ばあやは博士が殺害されるとき、あの家に
(いたことはうたがうよちがない。しかしばあやはくちがきけない。はんにんがもし)
居たことは疑う余地がない。しかしばあやは口がきけない。犯人がもし
(じんぞうにんげんにごうれいをかけたものとすればばあやははんにんでありえない」)
人造人間に号令をかけたものとすればばあやは犯人であり得ない」
(「なるほど、するといよいようららふじんというじゅんばんですかね。)
「なるほど、するといよいよウララ夫人という順番ですかネ。
(うららふじんのきたくと、はかせのさつがいと、どっちがはやいのですか」)
ウララ夫人の帰宅と、博士の殺害と、どっちが早いのですか」
(「さあ、それがはんぜんしない。きみもしっているとおりしたいけんさくからしきが)
「さあ、それが判然しない。君も知っている通り死体検索から死期が
(すいていされるが、にじっぷんやさんじっぷんのところは、どうもはっきりしないのでね。)
推定されるが、二十分や三十分のところは、どうもハッキリしないのでネ。
(・・・・・・とにかくおおえやまくんもうららふじんのごうじょうなのにはまいったといって)
……とにかく大江山君もウララ夫人の剛情なのには参ったといって
(こぼしているよ」「どうもぼくには、ふじんがはかせをころしたようなきが)
滾しているよ」「どうも僕には、夫人が博士を殺したような気が
(しないのですよ。ふじんはあのがいじんと、ひそかなじゃれんによっていたでしょうが、)
しないのですよ。夫人はあの外人と、密かな邪恋に酔っていたでしょうが、
(いまのところはかせはむのうりょくしゃであり、じぶんはだれにもじゃまされずけんきゅうして)
いまのところ博士は無能力者であり、自分は誰にも邪魔されず研究して
(いられりゃいいのであって、そのてん、さいくんのじゆうこうどうをすこしもさまたげて)
いられりゃいいのであって、その点、妻君の自由行動をすこしも遮げて
(いないのです。そのうららふじんがきゅうにはかせをころすとはかんがえられませんね」)
いないのです。そのウララ夫人が急に博士を殺すとは考えられませんね」
(「おやおや、きみもはんたいろんをとなえるんだね」「ほう、するとほかにも)
「オヤオヤ、君も反対論を唱えるんだネ」「ほう、すると外にも
(はんたいろんじゃがいるのですか」「そうなんだよ。わたしもそのおなかまだ。わたしはむしろ)
反対論者が居るのですか」「そうなんだよ。私もそのお仲間だ。私はむしろ
(じょんのこうどうにぎねんをもつ。なにかこうきんだいかがくをうまくりようして、)
ジョンの行動に疑念をもつ。なにかこう近代科学をうまく利用して、
(さんたまりあびょういんにいながら、ご、ろくちょうはなれたところにすんでいる)
サンタマリア病院に居ながら、五、六丁はなれたところに住んでいる
(たけだはかせをさつがいするてはないものかね。わたしはこのてん、きみのおうえんをせつに)
竹田博士を殺害する手はないものかネ。私はこの点、君の応援を切に
(のぞむものなんだよ」ほむらはかりがねけんじのとっぴなおもいつきをきいてぎくりとした。)
望むものなんだよ」帆村は雁金検事の突飛な思いつきを訊いてギクリとした。
(さすがはれきだいけんじのうちで、ばけものといういしょうをたてまつられ、にんげんばなれのした)
さすがは歴代検事のうちで、バケモノという異称を奉られ、人間ばなれのした
(ちのうをもったあるじといけいせられているかれだけあって、そのとうてつしたかんがえかたには)
智能を持った主と畏敬せられている彼だけあって、その透徹した考え方には
(おどろくのほかない。たとえそれがかがくてきにじっこうできないことにしろ、かれの)
愕くのほかない。たとえそれが科学的に実行できないことにしろ、彼の
(するどいはんだんにはぶつりとしんぞうをさされるのおもいがあった。ほむらたんていは、)
鋭い判断にはブツリと心臓を刺されるの想いがあった。帆村探偵は、
(かえすことばもなく、でんわをきった。かんがえてみると、まことにざんねんでもあり、)
かえす言葉もなく、電話を切った。考えてみると、まことに残念でもあり、
(きかいなじけんである。かれはとけいをみた。ちょうどごごにじである。かれはさくやのげんばへ)
奇怪な事件である。彼は時計を見た。丁度午後二時である。彼は昨夜の現場へ
(ふたたびいってみることにした。かしぶちのはかせていをめぐって、どこからあつまったのか)
再び行ってみることにした。河岸ぶちの博士邸をめぐって、どこから集ったのか
(やじうまがいしゅうしていた。かれらのかさなりあったせなかをわけてゆくのにひとくろうを)
野次馬が蝟集していた。彼等の重りあった背中を分けてゆくのにひと苦労を
(しなければならなかった。ていないのけいかいは、さくやよりもげんじゅうをきわめていた。)
しなければならなかった。邸内の警戒は、昨夜よりも厳重を極めていた。
(かれはみしりごしのけいかんにあいさつをして、さんかいのひろまへとんとんとあがっていった。)
彼は見知りごしの警官に挨拶をして、三階の広間へトントンと上っていった。
(「ほう、きみはまだひばんにならないかね」と、ほむらはさくやからかおをみせている)
「ほう、君はまだ非番にならないかネ」と、帆村は昨夜から顔を見せている
(けいかんにいった。「だめなんですよ。わたしがさいしょにここへきたものですから、)
警官に云った。「駄目なんですよ。私が最初にここへ来たものですから、
(げんばをうごけないことになっています。もっともときどきこうたいで、したへいって)
現場を動けないことになっています。もっともときどき交代で、下へ行って
(ねてきますがね。おとくいのてではやくはんにんをきめてくださいよ、ねえほむらさん」)
寝て来ますがネ。お得意の手で早く犯人を決めて下さいよ、ねえ帆村さん」
(「うふ、そのおとくいのおまじないをするために、こうしてやってきたわけなんだよ。)
「ウフ、そのお得意のお呪いをするために、こうしてやって来たわけなんだよ。
(だが、どうもひとごろしのあったへやというのは、きゅうにいんきにみえていけないね。)
だが、どうも人殺しのあった部屋というのは、急に陰気に見えていけないネ。
(なんとこれは・・・・・・」といっているとき、ーーそのときだった。とつぜんおおきなこえが、)
なんとこれは……」といっているとき、ーーそのときだった。突然大きな声が、
(へやじゅうになりひびいた。「ええ、ごばのしきょうでございます。しんかね・・・・・・」と、)
部屋中に鳴りひびいた。「ええ、後場の市況でございます。新鐘……」と、
(ほそいすうじがたからかによみあげられていった。それはらじおのけいざいしきょうに)
細い数字が高らかに読みあげられていった。それはラジオの経済市況に
(ほかならなかった。「ーーきみ、らじおのけいざいしきょうなんかで、さびしいのを)
外ならなかった。「ーー君、ラジオの経済市況なんかで、寂しいのを
(まぎらしているのかね」けいかんはむっとしたかおつきで、「じょ、じょうだんじゃ)
紛らしているのかネ」警官はムッとした顔つきで、「じょ、冗談じゃ
(ありませんよ、ほむらさん。けいざいしきょうでぼうれいをはらいのけることが)
ありませんよ、帆村さん。経済市況で亡霊を払いのけることが
(できるものですか。このらじおはかってになっているんです。)
できるものですか。このラジオは勝手に鳴っているんです。
(とてもそうぞうしいので、わたしはむしろとめたいのですけれど、かちょうからすべて)
とても騒々しいので、私はむしろ停めたいのですけれど、課長からすべて
(げんじょういじとし、なにものにもてをつけるなというので、そのままにして)
現状維持とし、何ものにも手をつけるなというので、その儘にして
(あるんですよ」「えっ、げんじょういじをーーするとらじおはゆうべからかけっぱなしに)
あるんですよ」「えッ、現状維持をーーするとラジオは昨夜から懸けっ放しに
(なっていたのか。しかしへんだなあ、ゆうべここへきたときは、らじおは)
なっていたのか。しかし変だなア、昨夜ここへ来たときは、ラジオは
(なっていなかったが・・・・・・」「それはそうですよ。あなたがたのおみえに)
鳴っていなかったが……」「それはそうですよ。貴方がたのお見えに
(なったのは、もうじゅうじちかくでしたものね。みなさん、ごきげんよく)
なったのは、もう十時ちかくでしたものネ。ミナサン、ゴキゲンヨク
(おやすみなさいませをいったあとですよ。わたしはけさねむいところを、)
オヤスミナサイマセを云ったあとですよ。私は今朝睡いところを、
(ごぜんろくじのらじおたいそうにおこされ、それからこっちずうっとらじおのどらごえに)
午前六時のラジオ体操に起され、それからこっちずうっとラジオのドラ声に
(なやまされているのですよ。ごしんせつがあるのなら、かちょうにでんわをかけてくだすって、)
悩まされているのですよ。御親切があるのなら、課長に電話をかけて下すって、
(らじおのすいっちをひねることをゆるしてもらってくださいよ」)
ラジオのスイッチをひねることを許してもらって下さいよ」
(「そうか。そいつはすてきなかんがえだっ」「ええ、すいっちをひねることが、)
「そうか。そいつは素敵な考えだッ」「ええ、スイッチをひねることが、
(どうしてそんなにすてきだというんですか」とけいかんはおどろきのめをみはった。)
どうしてそんなに素敵だというんですか」と警官は愕きの目を瞠った。
(ほむらはそれにはこたえず、ぼうしをつかむと、そのへやをとびだした。)
帆村はそれには答えず、帽子をつかむと、その部屋を飛びだした。
(けいかんはあとをみおくり、「ああほむらさんもいいひとなんだが、どうもちと)
警官は後を見送り、「ああ帆村さんもいい人なんだが、どうもちと
(ここのところへきているようだよ。かわいそうに」と、)
ここのところへ来ているようだよ。可哀想に」と、
(みみのうえをひとさしゆびでおさえた。)
耳の上を人指し指で抑えた。