もくねじ2 海野十三

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もくねじ/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(それからきださんは、またしばらくぼくたちをさらにほれぼれとなでまわしていたが、)

それから木田さんは、また暫くぼくたちを更にほれぼれと撫で廻していたが、

(やがてぼくたちをりょうてですくいあげると、べつのおおきなきかいだいのうえへ)

やがてぼくたちを両手ですくいあげると、別の大きな機械台の上へ

(つれていった。そのそばには、ぴかぴかひかったおおきなむでんそうちのぱねるがたくさん)

連れていった。その傍には、ぴかぴか光った大きな無電装置のパネルがたくさん

(ならんでいた。これはこくさいほうそうようのきかいであるらしい。きださんは、そこにいた)

並んでいた。これは国際放送用の機械であるらしい。木田さんは、そこにいた

(なかまにこえをかけた。「おい、もくねじがきたぞ。はやいところ、のこりのあなへ)

仲間に声をかけた。「おい、もくねじが来たぞ。早いところ、残りの穴へ

(うめこんでくれ」きださんじしんも、ぼくたちをてにつかんでぽけっとにいれた。)

埋めこんでくれ」木田さん自身も、ぼくたちを手に掴んでポケットに入れた。

(それからみぎてにどらいばーをにぎり、ぽけっとからぼくたちをひとつつまみあげては、)

それから右手にドライバーを握り、ポケットからぼくたちを一つ摘みあげては、

(ぱねるのうしろがわにあるたーみなるのならんだあるみのちいさいわくを、そうちのふれーむに)

パネルの後側にあるターミナルの並んだアルミの小さい枠を、装置のフレームに

(とりつけるため、りょうほうのあなとあなとをあわせ、そのなかにぼくたちをうえこみ、)

取付けるため、両方の穴と穴とを合わせ、その中にぼくたちを植え込み、

(それからどらいばーでくるっくるっとねじこんだ。ぼくたちのなかまは、)

それからドライバーでくるっくるっとねじこんだ。ぼくたちの仲間は、

(どんどんぽけっとからでていった。ぽけっとのなかがからになると、またきださんは)

どんどんポケットから出ていった。ポケットの中が空になると、また木田さんは

(ぼくたちをひとつかみぽけっとのなかにいれた。そのなかにはぼくもまじっていた。)

ぼくたちを一掴みポケットの中に入れた。その中にはぼくも交っていた。

(ぼくは、ばんがくるのをいまかいまかとまっていた。)

ぼくは、番が来るのを今か今かと待っていた。

(そのうちにふといぬるいゆびが、ぼくのどうなかをぎゅっとつまんだ。いよいよばんが)

そのうちに太い温い指が、ぼくの胴中をぎゅっと摘んだ。いよいよ番が

(きたのだ。ぼくはむねをおどらせた。こくさいほうそうきのぶぶんひんとして、これからぼくは)

来たのだ。ぼくは胸を躍らせた。国際放送機の部分品として、これからぼくは

(えいきゅうのはいちにつくのだ。そのきかいは、やがてそうしんじょにすえつけられ、)

永久の配置につくのだ。その機械は、やがて送信所に据えつけられ、

(ぜんせかいへむかってでんぱをだしはじめるであろう。だいとうあせんそうをたたかっている)

全世界へ向って電波を出し始めるであろう。大東亜戦争を闘っている

(おおしいにほんのさけびが、せかいじゅうにまきちらされるのだ。ああこくさいせんでんせんの)

雄々しい日本の叫びが、世界中に撒き散らされるのだ。ああ国際宣伝戦の

(おおはながた!きださんはひだりてで、すでにあるみのちいさいわくのそうちのふれーむのあなと)

大花形!木田さんは左手で、既にアルミの小さい枠の装置のフレームの穴と

(ぴったりあわせていた。みぎてのゆびにつまみあげられたぼくが、そのあなに)

ぴったり合わせていた。右手の指に摘みあげられたぼくが、その穴に

など

(いまやさしこまれようとしたしゅんかん、「おやぁ」と、きださんのいようなこえがした。)

今や挿しこまれようとした瞬間、「おやァ」と、木田さんの異様な声がした。

(「なんだい、このもくねじは・・・・・・。これはできそこないじゃないか。)

「何だい、このもくねじは……。これは出来損いじゃないか。

(なぜこんなものがはいっていたんだろう。だれかぼやぼやしてやがる」)

なぜこんなものが入っていたんだろう。誰かぼやぼやしてやがる」

(そういってきださんは、ぼくをきかいだいのうえにたてた。ぼくはどきんとした。)

そういって木田さんは、ぼくを機械台の上に立てた。ぼくはどきんとした。

(「なにをおこっているんだい、きださん」よこあいから、かんだかいこえがきこえた。)

「何を怒っているんだい、木田さん」横合から、疳高い声が聞えた。

(「いや、ゆうきゅうひんのもくねじだからあんしんしていたんだ。ところがこんな)

「いや、優級品のもくねじだから安心していたんだ。ところがこんな

(できそこないのがまじっていやがる。みかけはきれいなんだけれど、らせんのきりこみかたが)

出来損いのが交っていやがる。見掛けは綺麗なんだけれど、螺旋の切込み方が

(めちゃくちゃだ。どうしてこんなものができたのかなあ」「どれどれ」と、)

滅茶苦茶だ。どうしてこんなものが出来たのかなあ」「どれどれ」と、

(かんだかいこえのおとこが、ぼくをゆびさきにつまみあげて、めのそばへもっていった。)

疳高い声の男が、ぼくを指先につまみあげて、眼のそばへ持っていった。

(あついいきが、したからぼくをふきあげる。「なるほど、これはふしぎな)

熱い息が、下からぼくを吹きあげる。「なるほど、これはふしぎな

(もくねじだね。たしかにできそこないだ。それにしても、よくまあこんなものが)

もくねじだね。たしかに出来損いだ。それにしても、よくまあこんなものが

(できたもんだ。これはあれだよ。せんばんのちゅうしんがなにかのひょうしにくるったのだ。)

出来たもんだ。これはあれだよ。旋盤の中心が何かの拍子に狂ったのだ。

(だからこっちとこっちとが、よけいにふかくけずられている。これじゃねじやまは)

だからこっちとこっちとが、よけいに深く削られている。これじゃねじ山は

(あっていてもほそいから、さしこんでもやがてぬけてしまうよ。おお、それに)

合っていても細いから、挿し込んでもやがてぬけてしまうよ。おお、それに

(あたまがこんなにかけているじゃないか。どらいばーをあてがって、ちからをいれて)

頭がこんなに缺けているじゃないか。ドライバーをあてがって、力をいれて

(ねじこもうとすれば、どらいばーがねじのあたまからすべってしまう。)

ねじ込もうとすれば、ドライバーがねじの頭から滑ってしまう。

(ひどいものをまぜてよこしたなあ。とにかくこれはだめだ」そういって、)

ひどいものを交ぜて寄越したなあ。とにかくこれはだめだ」そういって、

(かれはぼくをもとのとおり、きかいだいのうえに、あたまをしたにしてたてた。)

彼はぼくを元のとおり、機械台の上に、頭を下にして立てた。

(ぼくのふこうなるみのうえは、このせつなにはっきりしたのである。)

ぼくの不幸なる身の上は、この刹那にはっきりしたのである。

(らせんがよけいにふかくきりこんである。それにあたまのいちぶがかけている。ああぼくは)

螺旋がよけいに深く切り込んである。それに頭の一部が缺けている。ああぼくは

(なんというふこうなからだにうまれついたことであろうか。めのまえがきゅうにくらくなった。)

何という不幸な身体に生まれついたことであろうか。目の前が急に暗くなった。

(ぼくはだいのうえでからだをふるわせ、なげきかなしんだ。せっかくりっぱなこくさいほうそうきの)

ぼくは台の上で身体をふるわせ、歎き悲しんだ。折角りっぱな国際放送機の

(ぶぶんひんとなって、だいとうあせんそうかんすいにかげながらいちやくをつとめることができると)

部分品となって、大東亜戦争完遂に蔭ながら一役を勤めることが出来ると

(おもったのに。もしぼくに、はねがあったら、このだいのうえから)

思ったのに。若しぼくに、羽根があったら、この台の上から

(ひらりととびだして、あのあなへとびこむのだが・・・・・・。)

ひらりと飛び出して、あの穴へとびこむのだが……。

(「こううん」)

【幸運】

(すっかりきぼうをうしなったぼくは、きかいだいのうえにいつまでもふるえながら、)

すっかり希望を失ったぼくは、機械台の上にいつまでも震えながら、

(なげきかなしんでいた。そのうちに、ぼくはとつぜんむずとつまみあげられた。)

歎き悲しんでいた。そのうちに、ぼくはとつぜんむずと摘みあげられた。

(ぼくはおどろいた。はっとしてめをみはると、しらないわかいおとこのゆびに)

ぼくは愕いた。はっとして目を瞠ると、知らない若い男の指に

(つまみあげられていた。そのわかいおとこは、もうひとりのおとこと、しきりにあまり)

摘みあげられていた。その若い男は、もう一人の男と、しきりにあまり

(よくないところのはなしにむちゅうになっていた。「よせよ。おおきなこえをだすない。)

よくないところの話に夢中になっていた。「よせよ。大きな声を出すない。

(きださんにきかれたら、おこられるよ」「だいじょうぶだい。きださんはよばれて)

木田さんに聞かれたら、怒られるよ」「大丈夫だい。木田さんは呼ばれて

(しゅにんのところへいっちまった。おい、どうする。いくか、いかないか」)

主任のところへ行っちまった。おい、どうする。行くか、行かないか」

(「おれはいやだよ」「ばか。いくじなし」そういいながら、そのわかいおとこは、)

「おれはいやだよ」「ばか。いくじなし」そういいながら、その若い男は、

(ぼくをあなのなかにさしこんだ。わたしはこのいがいなできごとに、ゆめかとばかりおどろき、)

ぼくを穴の中に挿し込んだ。私はこの意外な出来事に、夢かとばかり愕き、

(そしてむねをおどらせた。きださんがむこうへいったるすに、なんにもしらない)

そして胸を躍らせた。木田さんが向うへいった留守に、何にもしらない

(このわかいおとこが、ぼくをよくしらべもしないで、そうちのあなのなかに)

この若い男が、ぼくをよく調べもしないで、装置の穴の中に

(さしこんでしまったのである。やがてぼくのあたまに、どらいばーがあてられた、)

挿し込んでしまったのである。やがてぼくの頭に、ドライバーが当てられた、

(ぐっとおされて、きりきりとみぎへまわされた。どらいばーは、なんべんかつるりと)

ぐっと圧されて、きりきりと右へ廻された。ドライバーは、何遍かつるりと

(すべった。そのたびにやりなおしだ。だがそのわかいおとこは、はなしにむちゅうに)

滑った。そのたびにやり直しだ。だがその若い男は、話に夢中に

(なっていたので、もんくもいわずなんべんでもやりなおして、とうとうぼくを)

なっていたので、文句も云わず何遍でもやり直して、とうとうぼくを

(あなのなかにおしこんでしまったのである。ぼくはしばらくぼうぜんとなっていた。)

穴の中に圧し込んでしまったのである。ぼくは暫く呆然となっていた。

(よろこんでいいのか、それともかなしんでいいのか。じぶんのあさましいみのうえが)

喜んでいいのか、それとも悲しんでいいのか。自分のあさましい身の上が

(わかると、ぼくはもうはじめにかんがえていたように、おおきなりっぱなきかいに)

分ると、ぼくはもう初めに考えていたように、大きなりっぱな機械に

(いだかれることをすっかりだんねんしなければならなかった。いまのいままで、)

抱かれることをすっかり断念しなければならなかった。今の今まで、

(だんねんしていたのである。ところがおもいがけなく、ぼくはあこがれのこくさいほうそうきの)

断念していたのである。ところが思いがけなく、ぼくは憧れの国際放送機の

(なかにとりつけられてしまったのである。こんなうれしいことがまたとあろうか。)

中に取付けられてしまったのである。こんなうれしいことが又とあろうか。

(ぼくを、こうしたおもいがけないすばらしいこううんへなげこんでくれたこの)

ぼくを、こうした思いがけないすばらしい幸運へなげこんでくれたこの

(わかいおとこにたいし、どんなにかんしゃしてもかんしゃしたりないとおもった。だが、ぼくの)

若い男に対し、どんなに感謝しても感謝し足りないと思った。だが、ぼくの

(こころのすみに、なんだかおりのようなものがたまっていることについて、ぼくはいささか)

心の隅に、何だかおりのようなものが溜っていることについて、ぼくはいささか

(きにしないわけにはいかなかった。というのは、ぼくはこうぜんどうどうとおおてをふって)

気にしないわけにはいかなかった。というのは、ぼくは公然堂々と大手をふって

(このたいやくにとびこんだわけではなかったのである。はやくいえば、そのわかいおとこが、)

この大役にとびこんだわけではなかったのである。早くいえば、その若い男が、

(くだらないはなしにむちゅうになっているおかげで、こんなことになったのである。)

くだらない話に夢中になっているお蔭で、こんなことになったのである。

(それはけっしてこうめいせいだいであるとはいえない。みはひとつのもくねじであるが、)

それは決して公明正大であるとはいえない。身は一つのもくねじであるが、

(にほんにうまれたいじょう、やっぱりにほんせいしんをもっている。だからぼくのせっかくの)

日本に生まれた以上、やっぱり日本精神を持っている。だからぼくの折角の

(このこううんも、みずからかえりみて、いささかくらいかげのさしていることがいなめない。)

この幸運も、自ら省みて、いささか暗い蔭のさしていることが否めない。

(それでもいいのだろうか。こえをたてるわけにもいかないので、ぼくはだまって)

それでもいいのだろうか。声をたてるわけにもいかないので、ぼくはだまって

(そのままなりゆきにまかせるよりほかなかった。ふこうなるこうふく!)

そのまま成行にまかせるより外なかった。不幸なる幸福!

(しょうしょううしろめたいこううん!はたしてぼくは、いつまでもこうふくでいられるであろうか。)

少々うしろめたい幸運!果してぼくは、いつまでも幸福でいられるであろうか。

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