もくねじ3 海野十三

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もくねじ/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(「ひげき」)

【悲劇】

(そのあとぼくはいじょうがなかった。ぼくのとりつけられたほうそうきは、それからのち)

その後ぼくは異状がなかった。ぼくの取付けられた放送機は、それからのち

(ほうぼうへまわった。おおくのじかんが、このそうちのしけんについやされた。そうちには、)

方々へ廻った。多くの時間が、この装置の試験に費された。装置には、

(しんくうかんもとりつけられ、すっかりりっぱになったところで、はじめてでんきが)

真空管も取付けられ、すっかりりっぱになったところで、はじめて電気が

(とおされ、けいきのはりがうごいた。しけんをしていると、そうちはだんだんねっしてきた。)

通され、計器の針が動いた。試験をしていると、装置はだんだん熱してきた。

(ぼくはあまりあつくて、しまいにはあせをかいた。そのうちにしけんもおわり、)

ぼくはあまり暑くて、しまいには汗をかいた。そのうちに試験も終り、

(にづくりされた。ぼくはとらっくにゆられ、それからかしゃのなかにゆられ、)

荷作りされた。ぼくはトラックに揺られ、それから貨車の中に揺られ、

(ほうそうじょのあるえんぽうのとちまではこばれていった。そこからさき、またとらっくに)

放送所のある遠方の土地まで搬ばれていった。そこから先、またトラックに

(のせられ、さむいいなかをはこんでいかれた。そしてついにほうそうじょについた。ぼくの)

のせられ、寒い田舎を搬んでいかれた。そして遂に放送所についた。ぼくの

(とりつけられているきかいは、はこからだされた。そこにはたぜいのぎしがまっていた。)

取付けられている機械は、函から出された。そこには多勢の技師が待っていた。

(「ああよかった。これであんしんだ。まにあうかどうかとおもって、ずいぶん)

「ああよかった。これで安心だ。間に合うかどうかと思って、ずいぶん

(しんぱいしたなあ」そのなかのいちばんとしをとったひとが、そういっていちどうのかおを)

心配したなあ」その中の一番年齢をとった人が、そういって一同の顔を

(みまわした。それからぼくのきかいは、たぜいのかたにかつがれ、にかいのきかいしつまで)

見廻した。それからぼくの機械は、多勢の肩に担がれ、二階の機械室まで

(もっていかれた。このきかいをすえつけるきそはもうちゃんとできていた。)

持っていかれた。この機械を据えつける基礎はもうちゃんと出来ていた。

(きかいはそのうえにのせられた。うまくぼるとのなかにはまらないらしく、さかんに)

機械はその上に載せられた。うまくボルトの中に嵌らないらしく、盛んに

(はんまーのおとがかんかんなった。そのしんどうは、ぼくのところまでも)

ハンマーの音がかんかん鳴った。その震動は、ぼくのところまでも

(きびしくひびいてきた。「おや、これはいけないぞ!」ぼくはきがついた。)

きびしく響いてきた。「おや、これはいけないぞ!」ぼくは気がついた。

(たいへんなことがおこりかけた。ぼくのからだが、あなからぬけそうである。)

たいへんなことが起りかけた。ぼくの身体が、穴から抜けそうである。

(あんまりがんがんやるからいけないのである。きそがちゃんとうまく)

あんまりがんがんやるからいけないのである。基礎がちゃんとうまく

(できていればよいのに、それがすんぽうどおりいっていないものだから、はんまーを)

出来ていればよいのに、それが寸法どおりいっていないものだから、ハンマーを

など

(がんがんふるわなければならないのだ。それはまったくよけいなしんぱいを)

がんがんふるわなければならないのだ。それは全くよけいな心配を

(ぼくにかける。いやいまとなっては、たんなるしんぱいではない。はんまーががーんと)

ぼくにかける。いや今となっては、単なる心配ではない。ハンマーがガーンと

(なるたびに、ぼくのからだはあなからそろそろとぬけていくのであった。)

鳴るたびに、ぼくの身体は穴からそろそろと抜けていくのであった。

(「おい、ねじがぬけるよ。だれかきてとめてくれ」ぼくはにんげんにきこえないこえで、)

「おい、ねじが抜けるよ。誰か来て留めてくれ」ぼくは人間に聞えない声で、

(いっしょうけんめいにどなった。なかまのもくねじたちは、きっとぼくのひめいを)

一生けんめいに怒鳴った。仲間のもくねじたちは、きっとぼくの悲鳴を

(ききつけたにちがいない。しかし、かれらのちからではどうすることもできないのだ。)

聞きつけたにちがいない。しかし、彼等の力ではどうすることも出来ないのだ。

(がーん、がーん、がーん。あっというまに、ぼくはあなからすっぽりと)

ガーン、ガーン、ガーン。呀っという間に、ぼくは穴からすっぽりと

(ぬけてしまった。そしてちいさいこえをたてて、こんくりーとのゆかにころがった。)

抜けてしまった。そして小さい声をたてて、コンクリートの床に転がった。

(あたまのかどをいやというほどぶっつけた。ああばんじきゅうす!ぼくは、またもやおおきな)

頭の角をいやというほどぶっつけた。ああ万事休す!ぼくは、又もや大きな

(かなしみのふちにしずんだ。ゆかからきかいのもとのあなまではずいぶんはるかのうえだ、)

悲しみの淵に沈んだ。床から機械の元の穴まではずいぶんはるかの上だ、

(つばさないみは、したからとびあがっていくこともできない。かなしみのなかにも、)

翼ない身は、下からとびあがっていくことも出来ない。悲しみの中にも、

(ぼくはまだすこしばかりのきぼうをいだいていた。それはだれかがぼくのそばを)

ぼくはまだ少しばかりの希望を抱いていた。それは誰かがぼくの傍を

(とおりかかって、ぼくがころがっていることにきがつくのだ。おや、こんなところに)

通りかかって、ぼくが転がっていることに気がつくのだ。おや、こんなところに

(ねじがおちている。いったいどこのねじがぬけたんだろうといって、そのひとが)

ねじが落ちている。一体どこのねじが抜けたんだろうといって、その人が

(しんせつに、ぼくのはいるべきもとのあなをさがしてくれれば、ぼくはたいへんこうふくに)

親切に、ぼくの入るべき元の穴を探してくれれば、ぼくはたいへん幸福に

(なれるのであった。どうか、だれかぎしさん、ぼくをみつけてくれませんか。)

なれるのであった。どうか、誰か技師さん、ぼくを見つけてくれませんか。

(しかしじっさいは、ぼくをみつけてくれるにんげんはひとりもいなかったのである。)

しかし実際は、ぼくを見付けてくれる人間は一人もいなかったのである。

(うんのわるいときにはわるいことがかさなるもので、それからさんじっぷんばかりたった)

運のわるいときには悪いことが重なるもので、それから三十分ばかり経った

(あとのこと、ぎしのひとりがこつこつとくつおとをひびかせて、ぼくのころがっているほうへ)

後のこと、技師の一人がこつこつと靴音を響かせて、ぼくの転っている方へ

(あるいてきたが、そのくつさきがぼくのからだにあたって、ぼくはぽーんと)

歩いて来たが、その靴先がぼくの身体に当って、ぼくはぽーんと

(けとばされてしまった。なにしろかるいからだのぼくのことであるから、たちまち)

蹴とばされてしまった。なにしろ軽い身体のぼくのことであるから、たちまち

(ゆかをごろごろところがったすえ、へやのすみにあったきばこのこわれがつみあげてある)

床をごろごろと転った末、部屋の隅にあった木箱の壊れがつみあげてある

(そのしたにもぐりこんでしまった。ああ、もうかんねんのほかはない。)

その下にもぐり込んでしまった。ああ、もう観念の外はない。

(ふたたびあのりっぱなきかいのあなへはもどれないことになってしまった。)

再びあのりっぱな機械の穴へは戻れないことになってしまった。

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