夜泣き鉄骨4 海野十三

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夜泣き鉄骨/海野十三 著
青空文庫より引用

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(4)

4

(いよいよ、よるはふけわたった。つきのない、まっくらなよるだった。かぜもない、)

いよいよ、夜は更けわたった。月のない、真暗な夜だった。風も無い、

(しんだようにさびしいまよなかだった。かねててはずのとおり、こうじょうのもんえいばんしょに、)

死んだように寂しい真夜中だった。かねて手筈のとおり、工場の門衛番所に、

(はしらどけいがじゅうにのだくおんを、ぼーん、ぼーんとなりおわるころ、くみしたのわかものが、)

柱時計が十二の濁音を、ボーン、ボーンと鳴り終るころ、組下の若者が、

(じゅうめいあまり、つどってきた。わしは、ひととおりのたんけんちゅういをあたえると、)

十名あまり、集ってきた。わしは、一と通りの探険注意を与えると、

(いっこうのせんとうにたち、しずかに、こうないを、だいきゅうこうじょうにむかって、こうしんを)

一行の先頭に立ち、静かに、構内を、第九工場に向って、行進を

(はじめたのだった。ちじょうをはうれーるのうえには、すでに、つめたいよつゆが、しっとりと、)

始めたのだった。地上を匍うレールの上には、既に、冷い夜露が、しっとりと、

(おりていた。「けーぶるこうばは、やぎょうをやってるぜ」)

下りていた。「電纜(ケーブル)工場は、夜業をやってるぜ」

(「まんしゅうへしきゅうにおさめるので、いそがしいのじゃ」だれかのこえに、そっちをみると、)

「満州へ至急に納めるので、忙しいのじゃ」誰かの声に、そっちを見ると、

(けーぶるこうばだけが、ねむりおとこのしんぞうのように、いきていた。たかい、まっくろなおおやねの)

電纜工場だけが、睡り男の心臓のように、生きていた。高い、真黒な大屋根の

(うえへ、なまりをとかすろのねっかが、あかあかとはんしゃしていた。あかともつかず、)

上へ、鉛を鎔かす炉の熱火が、赫々と反射していた。赤ともつかず、

(きともつかぬそのすさまじいしきさいは、ゆのようにたぎっているようゆうろの、こうおんどを、)

黄ともつかぬ其の凄まじい色彩は、湯のように沸っている熔融炉の、高温度を、

(けいこくしているかのようであった。「くみちょうさん」くみしたのげんたがいった。)

警告しているかのようであった。「組長さん」組下の源太が云った。

(「おせいさんは、もうからだは、いいのですかい」おせいは、じつは、)

「おせいさんは、もう身体は、いいのですかい」おせいは、実は、

(わしのめかけだった、だが、よのなかのめかけとはちがって、ひるまは、このこうじょうではたらかせ、)

わしの妾だった、だが、世の中の妾とは違って、昼間は、この工場で働かせ、

(わしのかおで、けーぶるのぺーぱーまきというかるいしごとをやらせ、)

わしの顔で、電纜(ケーブル)の紙(ペーパー)捲きという軽い仕事をやらせ、

(にっきゅうは、じょせいとしてさいこうにちかいものを、かいしゃからはらわせてあった。よるになると、)

日給は、女性として最高に近いものを、会社から払わせてあった。夜になると、

(みつくろいをして、がっしゅくからぬけだしてくるわしをむかえて、ふつうのめかけとなった。)

身粧いをして、合宿から抜け出してくるわしを迎えて、普通の妾となった。

(「うん、もういいようだ。こんやも、あのけーぶるこうばで、)

「うん、もういいようだ。今夜も、あの電纜(ケーブル)工場で、

(かせいでいるくらいだぁ」「うふ。くみちょうは、ばんじぬかりが、ねえな」)

稼いでいる位だァ」「うふ。組長は、万事ぬかりが、ねえな」

など

(「なんだとぉーー」わしは、ぴりぴりするしんけいを、やっとのことでおさえつけた。)

「なんだとォーー」わしは、ピリピリする神経を、やっとのことで抑えつけた。

(「ちょっとけーぶるこうばへよってくるから、ごふんかんほど、ここでまっていてくれ」)

「ちょっと電纜工場へ寄ってくるから、五分間ほど、ここで待っていて呉れ」

(わしは、まもなくでてきた。けーぶるこうばをとおりすぎると、そのさきは、)

わしは、間もなく出てきた。電纜工場を通りすぎると、その先は、

(もじどおりに、むじんきょうであった。しっこくのよぞらのしたに、きょだいなたてものが、)

文字どおりに、無人郷であった。漆黒の夜空の下に、巨大な建物が、

(もくもくとして、たちならんでいた。すえくさいさびてつのにおいが、ぷーんとはなを)

黙々として、立ち並んでいた。饐えくさい錆鉄の匂いが、プーンと鼻を

(しげきした。いつとはなしに、いっこうは、ぴったりとよりそい、あしおとをしのばせて)

刺戟した。いつとはなしに、一行は、ぴったりと寄り添い、足音を忍ばせて

(あるいていた。「うわっ!」たてものののきしたをつたいあるいていたおとこが、ひめいをあげた。)

歩いていた。「うわッ!」建物の軒下を伝い歩いていた男が、悲鳴をあげた。

(みなは、ぎょっと、たちどまった。「な、な、なんだっ」「こうじょうに、がまがえるが)

皆は、ギョッと、立ち停った。「な、な、なんだッ」「工場に、蟇がえるが

(でるなんて、しらなかったもんで・・・・・・」きまりわるそうな、ひくいこえだった。)

出るなんて、知らなかったもんで……」きまりわるそうな、低い声だった。

(「どーん」にさんげんさきの、てっぴが、にぶいおとをたててなった。「うう、でたっ!」)

「ドーン」二三間先の、鉄扉が、鈍い音を立てて鳴った。「ウウ、出たッ!」

(「や、やかましいやい!」わしはどなった。がまがえるをけとばしたせんせいは、)

「や、喧しいやい!」わしは呶鳴った。蟇がえるを蹴飛ばした先生は、

(だまっていた。ひい、ふう、みっつ!やっと、だいきゅうこうじょうの、いりぐちがみえる。)

黙っていた。ひイ、ふウ、みッつ!やっと、第九工場の、入口が見える。

(ぼっと、まるいかいちゅうでんとうのひかりのわがぶっつかった。じょうまえには、いじょうがない。)

ぼッと、丸い懐中電灯の光の輪がぶっつかった。錠前には、異常がない。

(もんえいからかりてきたかぎで、それをはずさせた。がちゃりと、じょうのあいたのが、)

門衛から借りてきた鍵で、それを外させた。ガチャリと、錠の開いたのが、

(ほねのくずれるおとのようだった。「さぁみな、かいちゅうでんとうをけすんだ」わしはとのまえに)

骨の崩れる音のようだった。「さァ皆、懐中電灯を消すんだ」わしは扉の前に

(つったっていった。「しずかに、なかへもぐりこんだら、たとえ、)

突立って云った。「静かに、中へもぐりこんだら、たとえ、

(どんなびっくりするようなことがおころうと、こえをたてちゃ、ならねえ。よしかっ。)

どんな吃驚するようなことが起ろうと、声を立てちゃ、ならねえ。よしかッ。

(かいちゅうでんとうも、わしがめいれいするまでは、どんなことがあっても、つけるなよっ。)

懐中電灯も、わしが命令するまでは、どんなことがあっても、点けるなよッ。

(せっかくのばけものを、にがしちまうからな。いいかっ」いちどうは、それぞれ、うなずいた。)

折角の化物を、遁がしちまうからな。いいかッ」一同は、それぞれ、肯いた。

(おもいてっぴを、ほそめにあけて、ぶるぶるふるえているくみしたれんちゅうを、ひとりひとり、)

重い鉄扉を、細目にあけて、ブルブル慄えている組下連中を、一人一人、

(おしこんだ。さいごにわしがはいって、とをそっとしめた。こうばのなかは、あぶらのにおいが、)

押込んだ。最後にわしが入って、扉をソッと閉めた。工場の中は、油の匂いが、

(ぷんぷんしていた。そして、はなをつままれてもわからぬほど、ぜったいあんこくであった。)

プンプンしていた。そして、鼻をつままれても判らぬほど、絶対暗黒であった。

(なにかしら、やみのなかから、おおきなてがでてきて、のどくびをぐっとしめつけられる)

何かしら、闇の中から、大きな手が出てきて、喉首をグッと締めつけられる

(ようなきみのわるいあつりょくをかんじたのだった。だれもが、だまっていた。)

ような気味の悪い圧力を感じたのだった。誰もが、黙っていた。

(ばんごうをかけるわけにもゆかない。わしは、とぐちのところから、てさぐりに、)

番号をかけるわけにもゆかない。わしは、戸口のところから、手さぐりに、

(ひとり、ふたりと、にんげんのからだをかぞえていった。かれらは、わしのてがさわるたびに、)

一人、二人と、人間の身体を数えて行った。彼等は、わしの手が触る度に、

(ひじょうにきょうがくしているようすであった。そして、もうしあわせたように、となりどうしが)

非常に驚愕している様子であった。そして、申し合わせたように、隣り同士が

(ぴたりとからだをよせ、てをつなぎあわせていた。「じゅうさんにん!」たしかに、ぜんいんが、)

ピタリと身体を寄せ、手を繋ぎ合わせていた。「十三人!」たしかに、全員が、

(いりぐちにちかいかべぎわに、ひらめのように、ぴったり、ふちゃくしているのであった。)

入口に近い壁際に、鮃のように、ピッタリ、附着しているのであった。

(それから、たいむがじくのうえを、しずかにうつってゆくのが、だれにも)

それから、時(タイム)が軸の上を、静かに移ってゆくのが、誰にも

(はっきりとかんぜられた。ときのたつのにしたがって、いちびょうまたいちびょうと、)

ハッキリと感ぜられた。時の経つのに随って、一秒また一秒と、

(きょうふのすいじゅんせんが、ぐいぐいとのぼってくるのだった。にふん、さんぷん、よんふん、ごふんーー)

恐怖の水準線が、グイグイと昇ってくるのだった。二分、三分、四分、五分ーー

(むちゅうで、となりのおとこのてを、にぎりしめた。つめたいあせが、わきのしたににじみだして、)

夢中で、隣りの男の手を、握りしめた。冷い汗が、腋の下に滲み出して、

(やがてたらりとあばらぼねを、かけおりた。「きぃーっ」いちどうは、はっと、)

軈てタラリと肋骨を、駆け下りた。「キィーッ」一同は、はッと、

(いきをつめた。「きぃーっ、きぃーっ」あっ、いよいよ、なきだしたのだ。)

呼吸をつめた。「キィーッ、キィーッ」呀ッ、いよいよ、泣きだしたのだ。

(かれらはそれをこまくのそこにきいたしゅんかん、いたのようにぜんしんをこうちょくさせた。)

彼等はそれを鼓膜の底に聴いた瞬間、板のように全身を硬直させた。

(「きぃーっ、きぃーっ、ぐうっ、ぐうっ」かれらは、みえないめをとじた。)

「キィーッ、キィーッ、ぐうッ、ぐうッ」彼等は、見えない眼を閉じた。

(「き、き、き、き、きぃーっ」もうたまりかねたものか、いっこうのうちから、)

「キ、キ、キ、キ、キィーッ」もう堪りかねたものか、一行のうちから、

(さっと、かいちゅうでんとうのこうぼうが、いるように、たかいてんじょうをてらした。)

サッと、懐中電灯の光芒が、射るように、高い天井を照した。

(「がーっ、がーっ・・・・・・」いちどうは、そのかいおんのするほうを、ひとしくみあげた。)

「がーッ、がーッ……」一同は、その怪音のする方を、等しく見上げた。

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