山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 4

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映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。

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問題文

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(いのはとうきちよりふたつとししたで、じゅうにさいのとき、)

猪之は藤吉より二つ年下で、十二歳のとき、

(にほんばしほりえの「だいまさ」という、だいくのとうりょうのいえへでしいりをした。)

日本橋堀江の「大政(だいまさ)」という、大工の頭梁の家へ弟子入りをした。

(とうきちはさんねんまえからだいまさにいたが、)

藤吉は三年まえから大政にいたが、

(ろくにんいるでしたちのなかではいちばんしんざんでもあり、)

六人いる弟子たちの中ではいちばん新参でもあり、

(としもわかく、しぜんだれよりもいのとしたしくなった。)

年も若く、しぜん誰よりも猪之と親しくなった。

(「いのはあたまのいいやつで、すばしっこいしてもくちもまめで、)

「猪之は頭のいいやつで、すばしっこいし手も口もまめで、

(はんとしとたたないうちに、だいまさのにんきものになり、)

半年と経たないうちに、大政のにんき者になり、

(いの、いのとみんなからかわいがられるようになりました」)

猪之、猪之とみんなから可愛がられるようになりました」

(かれはだいまさのなかだけでなく、きんじょのひとたちにもひょうばんがよく、)

彼は大政の中だけでなく、近所の人たちにも評判がよく、

(ふしぎとおんなのこにすかれた。)

ふしぎと女の子に好かれた。

(だいまさにはおしづとおさよというふたりのむすめがあり、)

大政にはおしづとおさよという二人の娘があり、

(そのときあねはじゅっさい、いもうとはななさいだったが、)

そのとき姉は十歳、妹は七歳だったが、

(しまいはもとより、かのじょたちのあそびともだちもみんないのをすいていた。)

姉妹はもとより、彼女たちの遊び友達もみんな猪之を好いていた。

(ーーあたしおおきくなったらいのさんのおかみさんになるのよ。)

ーーあたし大きくなったら猪之さんのおかみさんになるのよ。

(ーーあらいやだ、あんたみたいなおかめをいのさんがもらうもんですか、)

ーーあらいやだ、あんたみたいなおかめを猪之さんが貰もらうもんですか、

(あのひとのおよめさんになるのはあたしよ。)

あのひとのお嫁さんになるのはあたしよ。

(おんなのこがしごにんであそんでいると、よくそんなくちげんかをしたものである。)

女の子が四五人で遊んでいると、よくそんな口喧嘩をしたものである。

(それをいってからかうと、いのはあかくなっておこった。)

それを云ってからかうと、猪之は赤くなって怒った。

(ーーへっ、といのはいう。へっ、なんでえおんななんか、)

ーーへっ、と猪之は云う。へっ、なんでえ女なんか、

(かみさんなんかもらうかい、おんななんてみんななっちゃねえや。)

かみさんなんか貰うかい、女なんてみんななっちゃねえや。

など

(そしていくたびも「へっ」といい、しばらくはかのじょたちにちかよらないのであった。)

そして幾たびも「へっ」と云い、暫くは彼女たちに近よらないのであった。

(おてだま、おはじき、まりつき、なんでもきようにやってのけるし、)

お手玉、おはじき、毬つき、なんでもきようにやってのけるし、

(さっぱりしたきしょうとかおだちがいいのとで、おんなのこたちにすかれるのはとうぜんだが、)

さっぱりした気性と顔だちがいいのとで、女の子たちに好かれるのは当然だが、

(いのじしんはだれにもとくべつなかんしんはもたなかった。)

猪之自身は誰にも特別な関心はもたなかった。

(おしづやおさよもれいがいではなかったし、だれかがとくにしたしそうなふりでもすると、)

おしづやおさよも例外ではなかったし、誰かが特に親しそうなふりでもすると、

(むじょうなほどてきびしくはねつけた。)

無情なほど手きびしくはねつけた。

(「はたちになるまでそんなふうでした」ととうきちはいった、)

「はたちになるまでそんなふうでした」と藤吉は云った、

(「つまらねえことをはなすようですが、)

「つまらねえことを話すようですが、

(あとのことにかかわりがあるんできいてもらいます」)

あとのことにかかわりがあるんで聞いてもらいます」

(のぼるはだまってうなずいた。)

登は黙って頷いた。

(「しょくにんのこってすから、としごろになるときんじょのむすめとできたり、)

「職人のこってすから、としごろになると近所の娘とできたり、

(あにでしたちにさそわれてあそびにでかけたりするもんです」ととうきちはつづけた、)

兄弟子たちにさそわれて遊びにでかけたりするもんです」と藤吉は続けた、

(「しょうじきのところあっしもそのくちでしたが、いのだけはべつでした、)

「正直のところあっしもそのくちでしたが、猪之だけはべつでした、

(ちょうないにずいぶんいろめをつかうむすめたちがいるのにてんでみむきもしない、)

町内にずいぶん色眼を使う娘たちがいるのにてんで見向きもしない、

(きょうだいのようになかのよいあっしがさそっても、)

兄弟のように仲の良いあっしがさそっても、

(いちどだってあそびにいったことがない、あいつはかたわだろうなんて、)

いちどだって遊びにいったことがない、あいつは片輪だろうなんて、

(あにでしたちがよくいったもんでした」)

兄弟子たちがよく云ったもんでした」

(とうきちがにじゅうさん、いのがにじゅういちのとしに、ふたりはだいまさをでていえをもった。)

藤吉が二十三、猪之が二十一の年に、二人は大政を出て家を持った。

(だいまさでおしづにむこをとり、こどもがうまれたうえに、)

大政でおしづに婿を取り、子供が生れたうえに、

(あたらしくでしがさんにんはいったり、こもりがやとわれたりしたので、)

新らしく弟子が三人はいったり、子守が雇われたりしたので、

(ねおきがうるさくなったからでもあった。)

寝起きがうるさくなったからでもあった。

(じゅうきょはたどころちょうのうらながやで、だいまさにちかく、めしはあさゆうともとうりょうのいえでたべたし、)

住居は田所町の裏長屋で、大政に近く、飯は朝夕とも頭梁の家で喰べたし、

(せんたくなどもみなやってもらった。はらうのはたなちんだけだから、)

洗濯などもみなやってもらった。払うのは店賃だけだから、

(いちねんちかいあいだふたりはのんきにくらしたが、)

一年ちかいあいだ二人は暢気(のんき)にくらしたが、

(いのはやっぱりおんなをよせつけない。)

猪之はやっぱり女をよせつけない。

(ふたりぐらしでとうきちがあそびにでかけるのに、かれはひとりであとにのこった。)

二人ぐらしで藤吉が遊びにでかけるのに、彼は独りであとに残った。

(さけはすきなしょうぶんとみえて、そのじぶんにはかなりのむようになったし、)

酒は好きな性分とみえて、そのじぶんにはかなり飲むようになったし、

(ようとようきになるいいさけだったが、)

酔うと陽気になるいい酒だったが、

(いくらよっていても「くりこもうか」というときっぱりくびをふる。)

いくら酔っていても「くり込もうか」と云うときっぱり首を振る。

(ーーあにきいってこいよ、おれはいやだ。)

ーーあにきいって来いよ、おれはいやだ。

(はんでおすようにそういうだけであった。)

判で捺(お)すようにそう云うだけであった。

(ところがにじゅうにになったとしのにがつ、いのはきおいこんでとうきちにいった。)

ところが二十二になった年の二月、猪之はきおいこんで藤吉に云った。

(ーーよめにもらいたいむすめがいるんだ、あにきいってはなしをつけてきてくれ。)

ーー嫁に貰いたい娘がいるんだ、あにきいって話をつけて来てくれ。

(たのむといってあたまをさげた。)

頼むと云って頭をさげた。

(「ここがとうりょうのいえです」とうきちははなしをやめてたちどまった、)

「ここが頭梁の家です」藤吉は話をやめて立停った、

(「ちょっとまっていてください、ことわってすぐにきますから」)

「ちょっと待っていて下さい、断わってすぐに来ますから」

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