山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 12

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プレイ回数728順位2293位  難易度(4.1) 2695打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 zero 6359 S 6.5 97.4% 413.1 2699 72 62 2024/12/16
2 LINK 5046 B+ 5.2 95.9% 521.6 2749 117 62 2024/12/21
3 baru 3787 D++ 4.2 89.7% 631.5 2701 309 62 2024/11/21

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問題文

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(「あっしはできるだけそっぽをむいてました」とうきちはさかずきをぐっとあおった、)

「あっしはできるだけそっぽを向いてました」藤吉は盃をぐっと呷った、

(「けれども、つまるところはこっちのまけです、)

「けれども、つまるところはこっちの負けです、

(しんぼうくらべではてんでしょうぶにはならねえ、あっしはいなばへかけあいにいきました」)

辛抱比べではてんで勝負にはならねえ、あっしはいなばへ掛合いにいきました」

(それはふしんのひきわたしをするにさんにちまえのことで、おせいはしょうちをし、)

それは普請の引渡しをする二三日まえのことで、おせいは承知をし、

(いのとふたりではなしたいといった。)

猪之と二人で話したいと云った。

(おせいのほうでもいのがすきで、)

おせいのほうでも猪之が好きで、

(いのさんのようなひととならくろうをしてみたいと、)

猪之さんのような人となら苦労をしてみたいと、

(「まえからかたおもいにおもっていたんですよ」などというのであった。)

「まえから片想いに想っていたんですよ」などと云うのであった。

(ーーいいつらのかわだ。とうきちはそのはなしをいのにつげてからいった。)

ーーいい面の皮だ。藤吉はその話を猪之に告げてから云った。

(まるでひとののろけのつかいをするようなもんだ、)

まるで人ののろけの使いをするようなもんだ、

(じぶんでじぶんのおひとよしにあいそがつきたぜ。)

自分で自分のお人好しにあいそがつきたぜ。

(ーーすまねえ、といのはあたまをさげた。)

ーー済まねえ、と猪之は頭をさげた。

(ーーごあいさつだな、それっきりか。)

ーー御挨拶だな、それっきりか。

(ーーまったくすまねえ。)

ーーまったく済まねえ。

(みるといのはしらけたかおで、はずんだようなようすはすこしもかんじられなかった。)

見ると猪之はしらけた顔で、はずんだようなようすは少しも感じられなかった。

(いってはなしてこい、ととうきちはいった。)

いって話して来い、と藤吉は云った。

(もうにさんにちするとえどへひきあげるんだ、いそがねえとおいてっちまうぜ。)

もう二三日すると江戸へ引揚げるんだ、いそがねえと置いてっちまうぜ。

(うん、そうしよう、といのはこたえた。)

うん、そうしよう、と猪之は答えた。

(そうしよう、いってあいつとはなしてこよう。)

そうしよう、いってあいつと話して来よう。

(「いのはでかけてゆきましたが、はんときばかりするとかえってきて、)

「猪之はでかけてゆきましたが、半刻ばかりすると帰って来て、

など

(おれはこれからすぐ、ひとあしさきにえどへたつ、といいだしました」)

おれはこれからすぐ、一と足先に江戸へ立つ、と云いだしました」

(とうきちはあっけにとられた。)

藤吉はあっけにとられた。

(ーーあいつがいっしょにえどへゆくっていうんだ、)

ーーあいつがいっしょに江戸へゆくって云うんだ、

(じょうだんじゃあねえ、といのはそわそわしながらいった。)

冗談じゃあねえ、と猪之はそわそわしながら云った。

(ねこをつがわせやあしめえし、)

猫を番(つが)わせやあしめえし、

(そうおいそれとせおわされてたまるかってんだ、)

そうおいそれと背負わされて堪るかってんだ、

(じょうだんじゃあねえ、まっぴらごめんだ。)

冗談じゃあねえ、まっぴら御免だ。

(ーーおい、おちついてわけをはなせ、いったいどういうことなんだ。)

ーーおい、おちついてわけを話せ、いったいどういうことなんだ。

(そんなひまはない、といのはこたえた。)

そんな暇はない、と猪之は答えた。

(わけはえどへかえってからはなす、おせいのやつおこってたから、)

わけは江戸へ帰ってから話す、おせいのやつ怒ってたから、

(ここへおしかけてくるかもしれない。)

ここへ押しかけて来るかもしれない。

(もしやってきたらおいかえしてくれ、ともかくおれはさきにたたせてもらうから。)

もしやって来たら追い返してくれ、ともかくおれは先に立たせてもらうから。

(そういいながらさっとみじたくをし、)

そう云いながらさっと身支度をし、

(わらじのおもろくさましめずにとびだしていった。)

草鞋(わらじ)の緒もろくさましめずにとびだしていった。

(そして、とうきちがおこるにもおこれず、すわったままうなっていると、)

そして、藤吉が怒るにも怒れず、坐ったまま唸っていると、

(ひきかえしてきたいのがとぐちからのぞき、)

引返して来た猪之が戸口から覗き、

(べそをかくようなあいそわらいをして、さった。)

べそをかくようなあいそ笑いをして、去った。

(ーーあにき、えどへかえったらおれを、きのすむまでぶんなぐってくれ。)

ーーあにき、江戸へ帰ったらおれを、気の済むまでぶん殴ってくれ。

(おせいはこなかった。)

おせいは来なかった。

(おしかけてはこなかったが、しょくにんがのみにいったら、)

押しかけては来なかったが、職人が飲みにいったら、

(よっぱらってさんざんにどくづいたそうである。)

酔っぱらってさんざんに毒づいたそうである。

(あんなやつはおとこではないからはじまって、)

あんなやつは男ではないから始まって、

(えどのにんげんぜんたいをどろまみれにし、こなごなにし、)

江戸の人間ぜんたいを泥まみれにし、粉ごなにし、

(「どそくでふみにじるようなあんばいだった」ということであった。)

「土足で踏みにじるようなあんばいだった」ということであった。

(「これでひととおりのはなしはおわりです」ととうきちはにほんめのとっくりをとって、)

「これでひととおりの話は終りです」と藤吉は二本めの徳利を取って、

(てじゃくでそそぎながらいった、「えどへかえってからまもなく、)

手酌で注ぎながら云った、「江戸へ帰ってからまもなく、

(あっしのほうのえんだんがきゅうにすすんで、ごがつのすえにおちよをもらい、)

あっしのほうの縁談が急に進んで、五月の末におちよを貰い、

(あっしたちはさくまちょうのいまのうちへうつりました」)

あっしたちは佐久間町のいまのうちへ移りました」

(「その」とのぼるがきいた、「みとのおせいとはどういうことがあったんだ」)

「その」と登が訊いた、「水戸のおせいとはどういうことがあったんだ」

(「なんにもなかったんです」ととうきちはこたえた、)

「なんにもなかったんです」と藤吉は答えた、

(「いのがはなしにゆくと、おくにこべやがあるんですが、おせいはそこへあんないして、)

「猪之が話しにゆくと、奥に小部屋があるんですが、おせいはそこへ案内して、

(いきなりうれしいわとだきついた、)

いきなりうれしいわと抱きついた、

(もうすぐえどへかえるそうだけれど、そのときいっしょにつれていってくれ、)

もうすぐ江戸へ帰るそうだけれど、そのときいっしょに伴れていってくれ、

(だますとしょうちしないといったそうです」)

騙すと承知しないと云ったそうです」

(「それでまたいやになったのか」)

「それでまたいやになったのか」

(「まったくりくつにあやあしねえ」ととうきちはいった、)

「まったく理屈に合やあしねえ」と藤吉は云った、

(「こっちからほれていて、かみさんにほしいとまでおもいこんでいながら、)

「こっちから惚れていて、かみさんに欲しいとまで思いこんでいながら、

(あいてがちょっとなにかいうと、)

相手がちょっとなにか云うと、

(ーーそれもあいじょうがいわせるごくあたりまえなことなのに、)

ーーそれも愛情が云わせるごくあたりまえなことなのに、

(そのひとことでがらっとかわっちまう、)

その一と言でがらっと変っちまう、

(おぞけをふるうほどきらいになっちまうんですから、)

おぞ毛をふるうほど嫌いになっちまうんですから、

(あっしにはそのきもちがどうしてもわかりません」)

あっしにはその気持がどうしてもわかりません」

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