陰翳礼讃 1

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プレイ回数1860難易度(4.2) 4354打 長文 かな
谷崎潤一郎の小説です
教科書でもおなじみ!日本文化と西洋文化の違い

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問題文

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(こんにち、ふしんどうらくのひとがじゅんにっぽんふうのかおくをたててすまおうとすると、)

今日、普請道楽の人が純日本風の家屋を建てて住まおうとすると、

(でんきやがすやすいどうなどのとりつけかたにくしんをはらい、なんとかしてそれらのしせつが)

電気や瓦斯や水道等の取附け方に苦心を払い、何とかしてそれらの施設が

(にほんざしきとちょうわするようにくふうをこらすふうがあるのは、じぶんでいえをたてた)

日本座敷と調和するように工夫を凝らす風があるのは、自分で家を建てた

(けいけんのないものでも、まちあいりょうりやりょかんなどのざしきへはいってみればつねにきが)

経験のない者でも、待合料理屋旅館等の座敷へ這入ってみれば常に気が

(つくことであろう。ひとりよがりのちゃじんなどがかがくぶんめいのおんたくをどがいしして、)

付くことであろう。独りよがりの茶人などが科学文明の恩沢を度外視して、

(へんぴないなかにでもそうあんをいとなむならかくべつ、いやしくもそうとうのかぞくをようして)

辺鄙な田舎にでも草庵を営むなら格別、いやしくも相当の家族を擁して

(とかいにじゅうきょするいじょう、いくらにっぽんふうにするからといって、きんだいせいかつにひつような)

都会に住居する以上、いくら日本風にするからと云って、近代生活に必要な

(だんぼうやしょうめいやえいせいのせつびをしりぞけるわけにはいかない。で、こりしょうのひとは)

煖房や照明や衛生の設備を斥ける訳には行かない。で、凝り性の人は

(でんわひとつとりつけるにもあたまをなやまして、はしごだんのうらとか、ろうかのすみとか、)

電話一つ取り附けるにも頭を悩まして、梯子段の裏とか、廊下の隅とか、

(できるだけめざわりにならないばしょにもっていく。そのほかにわのでんせんはちかせんにし、)

出来るだけ目障りにならない場所に持って行く。その他庭の電線は地下線にし、

(へやのすいっちはおしいれやちぶくろのなかにかくし、こーどはびょうぶのかげをはわすなど、)

部屋のスイッチは押入れや地袋の中に隠し、コードは屏風の蔭を這わす等、

(いろいろかんがえたあげく、なかにはしんけいしつにさくいをしすぎて、かえってうるさく)

いろ/\考えた揚句、中には神経質に作為をし過ぎて、却ってうるさく

(かんぜられるようなばあいもある。じっさいでんとうなどはもうわれわれのめのほうが)

感ぜられるような場合もある。実際電燈などはもうわれ/\の眼の方が

(なれっこになってしまっているから、なまじなことをするよりは、あのざいらいの)

馴れッこになってしまっているから、なまじなことをするよりは、あの在来の

(にゅうはくがらすのあさいしぇーどをつけて、たまをむきだしにみせておくほうが、しぜんで、)

乳白ガラスの浅いシェードを附けて、球をムキ出しに見せて置く方が、自然で、

(そぼくなきもちもする。ゆうがた、きしゃのまどなどからいなかのけしきをながめているとき、)

素朴な気持もする。夕方、汽車の窓などから田舎の景色を眺めている時、

(かやぶきのひゃくしょうやのしょうじのかげに、いまではじだいおくれのしたあのあさいしぇーどを)

茅葺きの百姓家の障子の蔭に、今では時代おくれのしたあの浅いシェードを

(つけたでんきゅうがぽつんととぼっているのをみると、ふうりゅうにさえおもえるのである。)

附けた電球がぽつんと燈っているのを見ると、風流にさえ思えるのである。

(しかしせんぷうきなどというものになると、あのおんきょうといいけいたいといい、いまだに)

しかし煽風器などと云うものになると、あの音響と云い形態と云い、未だに

(にほんざしきとはちょうわしにくい。それもふつうのかていなら、いやならつかわないでも)

日本座敷とは調和しにくい。それも普通の家庭なら、イヤなら使わないでも

など

(すむが、なつむき、きゃくしょうばいのいえなどでは、しゅじんのしゅみにばかりこびるわけにいかない。)

済むが、夏向き客商売の家などでは、主人の趣味にばかり媚びる訳に行かない。

(わたしのゆうじんのかいらくえんしゅじんはずいぶんふしんにこるほうであるが、せんぷうきをきらって)

私の友人の偕楽園主人は随分普請に凝る方であるが、煽風器を嫌って

(ひさしいあいだきゃくまにとりつけずにいたところ、まいとしなつになるときゃくからくじょうがでるため)

久しい間客間に取り附けずにいたところ、毎年夏になると客から苦情が出るため

(に、けっきょくわれをおってつかうようになってしまった。かくいうわたしなぞも、)

に、結局我を折って使うようになってしまった。かく云う私なぞも、

(せんねんみぶんふそうおうなたいきんをとうじてうちをたてたとき、それににたようなけいけんを)

先年身分不相応な大金を投じて家を建てた時、それに似たような経験を

(もっているが、こまかいたてぐやきぐのすえまできにしだしたら、しゅじゅなこんなんに)

持っているが、細かい建具や器具の末まで気にし出したら、種々な困難に

(いきあたる。たとえばしょうじいちまいにしても、しゅみからいえばがらすをはめたくない)

行きあたる。たとえば障子一枚にしても、趣味から云えばガラスを篏めたくない

(けれども、そうかといって、てっていてきにかみばかりをつかおうとすれば、さいこうや)

けれども、そうかと云って、徹底的に紙ばかりを使おうとすれば、採光や

(とじまりなどのてんでさしつかえがおこる。よんどころなくうちがわをかみばりにして、)

戸締まり等の点で差支えが起る。よんどころなく内側を紙貼りにして、

(そとがわをがらすばりにする。そうするためにはおもてとうらとさんをにじゅうにするひつようがあり)

外側をガラス張りにする。そうするためには表と裏と桟を二重にする必要があり

(したがってひようもかさむのであるが、さてそんなにまでしてみても、そとからみれば)

従って費用も嵩むのであるが、さてそんなにまでしてみても、外から見れば

(ただのがらすどであり、うちからみればかみのうしろにがらすがあるので、)

たゞのガラス戸であり、内から見れば紙のうしろにガラスがあるので、

(やはりほんとうのかみしょうじのようなふっくらしたやわらかみがなく、いやみなものに)

やはり本当の紙障子のようなふっくらした柔かみがなく、イヤ味なものに

(なりがちである。そのくらいならただのがらすどにしたほうがよかったと、)

なりがちである。そのくらいならたゞのガラス戸にした方がよかったと、

(やっとそのときにこうかいするが、たにんのばあいはわらえても、じぶんのばあいは、)

やっとその時に後悔するが、他人の場合は笑えても、自分の場合は、

(そこまでやってみないことにはなかなかあきらめがつきにくい。)

そこまでやってみないことには中々あきらめが付きにくい。

(きんらいでんとうのきぐなどは、あんどんしきのもの、ちょうちんしきのもの、はっぽうしきのもの、)

近来電燈の器具などは、行燈式のもの、提燈式のもの、八方式のもの、

(しょくだいしきのものなど、にほんざしきにちょうわするものがいろいろうりだされているが、)

燭台式のもの等、日本座敷に調和するものがいろ/\売り出されているが、

(わたしはそれでもきにいらないで、むかしのせきゆらんぷやありあけあんどんやまくらあんどんを)

私はそれでも気に入らないで、昔の石油ランプや有明行燈や枕行燈を

(ふるどうぐやからさがしてきて、それへでんきゅうをとりつけたりした。わけても)

古道具屋から捜して来て、それへ電球を取り附けたりした。分けても

(くしんしたのはだんぼうのせっけいであった。というのは、およそすとーヴと)

苦心したのは煖房の設計であった。と云うのは、およそストーヴと

(なのつくものでにほんざしきにちょうわするようなけいたいのものはひとつもない。)

名のつくもので日本座敷に調和するような形態のものは一つもない。

(そのうえがすすとーヴはぼうぼうもえるおとがするし、またえんとつでも)

その上瓦斯ストーヴはぼう/\燃える音がするし、また煙突でも

(つけないことにはじきにずつうがしてくるし、そういうてんではりそうてきだといわれる)

付けないことにはじきに頭痛がして来るし、そう云う点では理想的だと云われる

(でんきすとーヴにしても、けいたいのおもしろくないことはどうようである。)

電気ストーヴにしても、形態の面白くないことは同様である。

(でんしゃでつかっているようなひーたーをちぶくろのなかへとりつけるのはいっさくだけれども、)

電車で使っているようなヒーターを地袋の中へ取り附けるのは一策だけれども、

(やはりあかいひがみえないと、ふゆらしいきぶんにならないし、かぞくのだんらんにも)

やはり赤い火が見えないと、冬らしい気分にならないし、家族の団欒にも

(ふべんである。わたしはいろいろちえをしぼって、ひゃくしょうやにあるようなおおきなろをつくり、)

不便である。私はいろ/\智慧を絞って、百姓家にあるような大きな炉を造り、

(なかへでんきたんをしこんでみたが、これはゆをわかすにもへやをあたためるにも)

中へ電気炭を仕込んでみたが、これは湯を沸かすにも部屋を温めるにも

(つごうがよく、ひようがかさむというてんをのぞけば、ようしきとしてはまずせいこうの)

都合がよく、費用が嵩むと云う点を除けば、様式としてはまず成功の

(ぶるいであった。で、だんぼうのほうはそれでどうやらうまくいくけれども、つぎにこまるのは)

部類であった。で、煖房の方はそれでどうやら巧く行くけれども、次に困るのは

(よくしつとかわやである。かいらくえんしゅじんはよくそうやながしにたいるをはることをいやがって)

浴室と厠である。偕楽園主人は浴槽や流しにタイルを張ることを嫌がって

(おきゃくようのふろばをじゅんぜんたるもくぞうにしているが、けいざいやじつようのてんからは、)

お客用の風呂場を純然たる木造にしているが、経済や実用の点からは、

(たいるのほうがまんまんまさっていることはいうまでもない。ただ、てんじょう、はしら、)

タイルの方が万々優っていることは云うまでもない。たゞ、天井、柱、

(はめいたなどにけっこうなにほんざいをつかったばあい、いちぶぶんをあのけばけばしいたいるに)

羽目板等に結構な日本材を使った場合、一部分をあのケバケバしいタイルに

(しては、いかにもぜんたいとのうつりがわるい。できたてのうちはまだいいが、)

しては、いかにも全体との映りが悪い。出来たてのうちはまだいゝが、

(おいおいねんすうがたって、いたやはしらにもくめのあじがでてきたじぶん、たいるばかりが)

追い/\年数が経って、板や柱に木目の味が出て来た時分、タイルばかりが

(しろくつるつるにひかっていられたら、それこそきにたけをついだようである。)

白くつる/\に光っていられたら、それこそ木に竹を接いだようである。

(でもよくしつは、しゅみのためにじつようのほうをいくぶんぎせいにきょうしてもすむけれども、)

でも浴室は、趣味のために実用の方を幾分犠牲に供しても済むけれども、

(かわやになると、いっそうやっかいなもんだいがおこるのである。)

厠になると、一層厄介な問題が起るのである。

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