『秋風』宮本百合子1【完】

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出不精な女が友に抱く理想と、相反する現実にイラつく話
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 てんぷり 5598 A 5.7 97.4% 798.1 4588 120 82 2024/10/03
2 ねね 4540 C++ 4.6 97.6% 997.4 4639 110 82 2024/10/06

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問題文

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(あきかぜがつめたくみにしみる。てさきがへんにつめたいのをきにしながら)

秋風が冷たく身にしみる。手先が変に冷たいのを気にしながら

(しょさいにすわりこんで、なにもてにつかないような、)

書斎に座りこんで、なにも手につかないような、

(それでいてなにかしなければ、きのすまないようなきもちでいる。)

それでいてなにかしなければ、気のすまないような気持ちでいる。

(しちがつからからだのぐあいがよくないので、よけいさむがりに、)

七月から体の具合が良くないので、余計寒がりに、

(かんしゃくもちになった。ちゃっぽくあおいかしのきのせんたんからみえる、)

かんしゃく持ちになった。茶っぽく青いカシの木の先端から見える、

(たかくすんだあおぞらをながめると、へんなほどくもがない。)

高く澄んだ青空をながめると、変なほど雲がない。

(なつのあいだ、みあきるほどみせつけられたしろいくもは、まあどこへいったろう。)

夏の間、見飽きるほど見せつけられた白い雲は、まあどこへいったろう。

(いかにもきもちがいいそらのいろだ。はっきりしたひざしに、)

いかにも気持ちがいい空の色だ。はっきりした日差しに、

(こけのうえにきのかげがおどって、わたしのてでもちらっとみえるはなばしらも)

コケの上に木の影が踊って、私の手でもチラッと見える鼻柱も

(われながらじいっとみつめるほどうすあかい、きれいないろにかがやいている。)

我ながらじいっと見つめるほどうす赤い、きれいな色に輝いている。

(こんなよいそらをかってにあおぎながら、ひろいはらっぱをあるいているひとが)

こんなよい空を勝手に仰ぎながら、広い原っぱを歩いている人が

(いるとおもうと、いえにいるじぶんがなさけなくなってくる。)

いると思うと、家にいる自分が情けなくなってくる。

(そうしたひとたちがうらやましいような、ねたましいようなきがする。)

そうした人達が羨ましいような、ねたましいような気がする。

(そうかといって、あつぎをしてぶかっこうにきぶくれたどうのうえに、)

そうかといって、厚着をして不格好に着膨れた胴の上に、

(あおいちいさなかおがのっている、こんなへんなかっこうでひとのあつまるところへ)

青い小さな顔が乗っている、こんな変な格好で人の集まる所へ

(でかけるきもしない。なりふりかまわないとはいうものの、)

出かける気もしない。なりふり構わないとは言うものの、

(やっぱり「おんな」にちがいないとつくづくおもわれる。)

やっぱり「女」に違いないとつくづく思われる。

(このあいだからしごとにてをつけはじめていたが、つまずいてしまい、)

この間から仕事に手をつけ始めていたが、つまずいてしまい、

(そのことをおもうとまゆがひとりでによって、きがいらいらしてくる。)

そのことを思うと眉がひとりでに寄って、気がイライラしてくる。

(でかけるきにもならず、したいことはてにつかず、きはもめる。)

出かける気にもならず、したいことは手につかず、気はもめる。

など

(「どうしようかなあ。ばからしいひとりごとをいって、)

「どうしようかなあ。馬鹿らしい独り言を言って、

(つくえのうえにちらばったかみやふるいぺんをながめて、だれかひとがきて、)

机の上に散らばった紙や古いペンをながめて、誰か人が来て、

(いまのこのわたしのきもちにしまつをつけてくれたらいいのになあとおもう。)

今のこの私の気持ちに始末をつけてくれたらいいのになあと思う。

(いまだおひるまえなのに、くるひとなどいないとおもうと、)

いまだお昼前なのに、来る人などいないと思うと、

(きのうおおもりのいえへいってしまった、kこがいてくれたらという)

きのう大森の家へ行ってしまった、k子がいてくれたらという

(きもちでいっぱいになる。いつよんでもきてくれる、したしみやすく、)

気持ちでいっぱいになる。いつ呼んでも来てくれる、親しみやすく、

(あけっぱなしでいられるともだちのありがたみを、はなれるとしみじみかんじる。)

明けっぱなしでいられる友達のありがたみを、離れるとしみじみ感じる。

(そのひとがくればしごとがあるときは、ひとりほっておいてしごとをし、)

その人が来れば仕事がある時は、一人ほっておいて仕事をし、

(ひまなときはよっかかりっこをしながらたわいもないことをいって、)

暇な時は寄っかかりっこをしながら他愛もないことを言って、

(いちにちじゅうすわりこんでいる。あきれば、「またきます、きがむいたらね」)

一日中座りこんでいる。飽きれば、「また来ます、気が向いたらね」

(といってひとりでさっさとかえっていく。わたしは、わたしよりにすんちょっとせのたかい)

と言って一人でさっさと帰っていく。私は、私より二寸ちょっと背の高い

(そのひとが、わたしのかしたほんをうでいっぱいにかかえて、はじけそうなかみをみせて)

その人が、私の貸した本を腕一杯に抱えて、はじけそうな髪を見せて

(ふりむきもしないで、ひかえめながらあしばやにあるいていくうしろすがたなんかを)

振り向きもしないで、控えめながら足早に歩いていく後ろ姿なんかを

(おもいながら、ふいとばんちをきいておかなかった。そんなじぶんのうかつさを、)

思いながら、フイと番地を聞いておかなかった。そんな自分のうかつさを、

(もうとりかえしのつかないことでもしたようにおもった。)

もう取り返しのつかないことでもしたように思った。

(うらどおりのそのひとのおじのいえへいけばすぐわかることだけれども、)

裏通りのその人の叔父の家へ行けばすぐ分かることだけれども、

(ひとをやるほどのことでもないとおもって、おとといだしたsこへの)

人をやるほどのことでもないと思って、おととい出したS子への

(てがみのへんじをまつきもちになる。とびいしのように、ぽつりぽつりと)

手紙の返事を待つ気持ちになる。飛び石のように、ぽつりぽつりと

(ちっているきょうのきもちはじぶんでもへんにおもうくらい、おちつかない。)

散っている今日の気持ちは自分でも変に思うくらい、落ち着かない。

(じょちゅうに「わたしあてのてがみがきてないか」ときく。しょせいにもおなじことをきく。)

女中に「私宛の手紙が来てないか」と聞く。書生にも同じことを聞く。

(じゅうにじすぎに、まちかねていたものがきた。はがきのはしりがきで、)

十二時すぎに、待ちかねていたものが来た。ハガキの走り書きで、

(きょうのごごにくるとあったので、きゅうにしょさいをかざってみるきになった。)

今日の午後に来るとあったので、急に書斎を飾ってみる気になった。

(つくえのひきだしからわたしだけのつやだしようのふきんをだして、)

机の引き出しから私だけのつや出し用のフキンを出して、

(ほんだなやつくえをふいて、しょくどうからはなをもってきたり、)

本棚や机をふいて、食堂から花を持ってきたり、

(ねずみにくわれるおそろしさでしまっておいたにんぎょうや、)

ネズミに食われる恐ろしさでしまっておいた人形や、

(からくりのおもちゃをならべたりする。みょうにそわそわしてむねがどきどきする。)

からくりのオモチャを並べたりする。妙にそわそわして胸がドキドキする。

(ははにわらわれる。でもしかたがない。はなをおりににわへでて、)

母に笑われる。でも仕方がない。花を折りに庭へ出て、

(しょさいのまえにあるひくいちいさないしからあしをふみはずして、ころぶ。)

書斎の前にある低い小さな石から足を踏み外して、転ぶ。

(くだらないことをしたものだとおもうけれども、あせったりよろこんだりすると、)

くだらないことをしたものだと思うけれども、焦ったり喜んだりすると、

(こうなるのがきっとわたしのくせだ。あしがいたいいたいといいながら、)

こうなるのがきっと私の癖だ。足が痛い痛いと言いながら、

(わたしがいえじゅうはしっているのを、みんながわらいながらあいてにしない。)

私が家中走っているのを、みんなが笑いながら相手にしない。

(かざりおわると、さんじちかい。かおがあつくなって、くちびるがぶるぶるしている。)

飾り終わると、三時近い。顔が熱くなって、唇がブルブルしている。

(sこのかおをみるまでは、おちつけないのだから。)

s子の顔を見るまでは、落ち着けないのだから。

(いまべるがなるか、いまべるがなるかと、ききみみをたてている。)

今ベルが鳴るか、今ベルが鳴るかと、聞き耳をたてている。

(じじーと、べるがなる。わたしはげんかんにとびだす。)

ジジーと、ベルが鳴る。私は玄関に飛び出す。

(みるとsこだけではなく、tこもaこもきた。)

見るとs子だけではなく、t子もa子も来た。

(「さあはやくおあがんなさい」というと、tこはじかんがおそいからといって、)

「さあ早くお上がんなさい」と言うと、t子は時間がおそいからと言って、

(わたしとふたこと、みことしゃべったら、ひとりでさきにかえってしまった。)

私と二言、三言しゃべったら、一人で先に帰ってしまった。

(なんだかばかにされたようで、とめもしなかった。)

なんだか馬鹿にされたようで、止めもしなかった。

(sこはわたしがたのんでいたものを、わざわざもってきてくれた。)

s子は私が頼んでいたものを、わざわざ持って来てくれた。

(さんじゅっぷんばかりはなして、ちょっとわたしのしょさいをのぞいて、)

三十分ばかり話して、ちょっと私の書斎をのぞいて、

(ひとにとどけてもらいたいものをあずけると、ふたりともすぐかえってしまった。)

人に届けてもらいたいものを預けると、二人ともすぐ帰ってしまった。

(だんだんひがくれてきたんだからむりもないけれども、)

段々日が暮れてきたんだから無理もないけれども、

(なんてはやくかえるのだろうと、しょさいにぽつんとすわって、)

なんて早く帰るのだろうと、書斎にぽつんと座って、

(せっかくかざったうつくしいにんぎょうをみながらおもう。)

せっかく飾った美しい人形を見ながら思う。

(あれじゃあ、なんのためにここをかざったんだか、わけがわからない。)

あれじゃあ、なんのためにここを飾ったんだか、訳が分からない。

(はらだたしいきもちにもなるけれども、)

腹立たしい気持ちにもなるけれども、

(まあちょっとでもみせることができたとおもえば、いくぶんかあきらめもつく。)

まあちょっとでも見せることが出来たと思えば、幾分かあきらめもつく。

(わたしは、そのひとたちがくるまえよりもむしゃくしゃしていた。)

私は、その人達が来る前よりもムシャクシャしていた。

(かざったものなんかさっさとしまいこんでしまう。)

飾ったものなんかさっさとしまいこんでしまう。

(きばらしにまんどりんをひく。ひだりのだいにしにできたみずぶくれが、)

気晴らしにマンドリンをひく。左の第二指に出来た水ぶくれが、

(いたんでおとをだしにくい。すぐやめてしまう。はなにみずをやって、)

痛んで音を出しにくい。すぐやめてしまう。花に水をやって、

(さきほこっているこすもすをすこしきる。はなびらのかげに、あおむしがたかっていた。)

咲きほこっているコスモスを少し切る。花びらの影に、青虫がたかっていた。

(きみがわるいからにわとりになげてやると、きいろいにわとりがひとくちでたべてしまう。)

気味が悪いから鶏に投げてやると、黄色い鶏が一口で食べてしまう。

(またすることがなくなると、きがいらいらしてくる。)

またすることがなくなると、気がイライラしてくる。

(となりのさんにんのこどもがはでにあばれて、こえをそろえてなきだす。)

隣りの三人の子供が派手に暴れて、声をそろえて泣き出す。

(わたしもいっしょにああやってなきたい。こえをだそうかとおもって、くちをひらく。)

私も一緒にああやって泣きたい。声を出そうかと思って、口をひらく。

(あきはあいても、なんぼなんでもとおもうと、でかけたこえものどのおくに)

あきはあいても、なんぼなんでもと思うと、出かけた声ものどの奥に

(ひっこんでしまう。かぜがさあーっとふくと、)

ひっこんでしまう。風がサアーッと吹くと、

(ぶるぶるっとみぶるいするほどさむい。ねつがでるとわるいとおもっていえへはいる。)

ブルブルッと身震いするほど寒い。熱が出ると悪いと思って家へ入る。

(それでもまださむい。かんしゃくがおきる。あきかぜがみにしみる。)

それでもまだ寒い。かんしゃくが起きる。秋風が身にしみる。

(「ああよるになるのかなあ」とおもうと、きゅうにまわりをみる。ごごろくじ。)

「ああ夜になるのかなあ」と思うと、急に周りを見る。午後六時。

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