『歌をうたう骨』グリム1【完】
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問題文
(むかし、あるくにで、いのししがのうみんのはたけをあらしたり、かちくをころしたり、)
むかし、ある国で、イノシシが農民の畑を荒したり、家畜を殺したり、
(にんげんをきばでやつざきにしたりするので、たいへんこまっておりました。)
人間を牙で八つ裂きにしたりするので、大変困っておりました。
(おうさまは、このわざわいからくにをすくってくれたものには、)
王様は、このわざわいから国を救ってくれた者には、
(たくさんのほうびをつかわす、とやくそくしました。)
たくさんの褒美をつかわす、と約束しました。
(ところが、そのけものはものすごくおおきくて、ちからがつよいので、)
ところが、そのケモノはものすごく大きくて、力が強いので、
(だれひとりそのけもののすんでいるもりにちかづこうとするものは、おりませんでした。)
誰一人そのケモノの住んでいる森に近づこうとする者は、おりませんでした。
(とうとうしまいには、おうさまが、このいのししをつかまえるか、)
とうとうしまいには、王様が、このイノシシをつかまえるか、
(ころすかしたものには、じぶんのひとりむすめをつまにやろう、というおふれをだしました。)
殺すかした者には、自分の一人娘を妻にやろう、というおふれを出しました。
(さて、このくににふたりのきょうだいがすんでおりました。)
さて、この国に二人の兄弟が住んでおりました。
(あるまずしいおとこのむすこたちでしたが、このふたりがなのりでて、)
ある貧しい男の息子たちでしたが、この二人が名乗り出て、
(このたいへんなぼうけんをやってみよう、ともうしでました。)
この大変な冒険をやってみよう、と申し出ました。
(にいさんのほうは、ずるがしこいおとこで、おもいあがったきもちから)
兄さんのほうは、ずる賢い男で、思い上がった気持ちから
(このぼうけんをやろうとしたのです。しかし、おとうとのほうは、)
この冒険をやろうとしたのです。しかし、弟のほうは、
(むじゃきでおめでたいおとこなので、すなおなきもちからやろうとしたのでした。)
無邪気でおめでたい男なので、素直な気持ちからやろうとしたのでした。
(おうさまは、ふたりにいいました。)
王様は、二人に言いました。
(「おまえたちは、それぞれはんたいがわからもりにはいっていくがよい。)
「おまえたちは、それぞれ反対側から森に入っていくがよい。
(そのほうが、かくじつにけものをみつけることができよう」)
そのほうが、確実にケモノを見つけることができよう」
(そこで、にいさんはにしのほうから、おとうとはひがしのほうから)
そこで、兄さんは西のほうから、弟は東のほうから
(もりのなかへはいっていきました。おとうとがしばらくあるいていきますと、)
森の中へ入っていきました。弟がしばらく歩いていきますと、
(むこうからひとりのこびとがやってきました。)
向こうから一人の小人がやって来ました。
(こびとはてにいっぽんのくろいやりをもっていましたが、おとうとにむかって、)
小人は手に一本の黒い槍を持っていましたが、弟に向かって、
(「おまえは、つみのない、いいにんげんだから、このやりをあげよう。)
「おまえは、罪のない、いい人間だから、この槍をあげよう。
(このやりをもって、あんしんしていのししにむかっていきなさい。)
この槍を持って、安心してイノシシに向かって行きなさい。
(いのししはおまえに、わるいことをなにもしやしないよ」と、いいました。)
イノシシはおまえに、悪いことをなにもしやしないよ」と、言いました。
(おとうとはこびとにおれいをいいました。そして、そのやりをかたにかついで、)
弟は小人にお礼を言いました。そして、その槍を肩にかついで、
(なにものもおそれずに、ずんずんもりのおくへはいっていきました。)
なにものも恐れずに、ずんずん森の奥へ入っていきました。
(まもなく、おとうとはそのけものをみつけました。)
まもなく、弟はそのケモノを見つけました。
(いのししはおとうとめがけて、まっしぐらにとびかかってきました。)
イノシシは弟めがけて、まっしぐらに跳びかかってきました。
(おとうとはいのししにむかって、やりをつきだしました。)
弟はイノシシに向かって、槍を突き出しました。
(すると、いのししはやみくもにそれにつっかかり、ぐさりとつきささって、)
すると、イノシシは闇雲にそれにつっかかり、グサリと突き刺さって、
(しんぞうがまっぷたつになってしまいました。)
心臓が真っ二つになってしまいました。
(そこで、おとうとはこのかいぶつをかたにかついで、)
そこで、弟はこの怪物を肩にかついで、
(こいつをおうさまのところへもっていこうとおもいながら、かえりみちにつきました。)
こいつを王様の所へ持っていこうと思いながら、帰り道につきました。
(おとうとがもりのはんたいがわからでてきますと、もりのいりぐちのところにいっけんのうちがあって、)
弟が森の反対側から出てきますと、森の入口の所に一軒のうちがあって、
(そこでおおぜいのひとたちがおどったり、おさけをのんだりして、おおさわぎしていました。)
そこで大勢の人たちが踊ったり、お酒を飲んだりして、大騒ぎしていました。
(ところで、にいさんのほうは、いのししはにげっこないんだから、)
ところで、兄さんのほうは、イノシシは逃げっこないんだから、
(さけでものんでげんきをつけようとかんがえて、このうちにはいりこんでいたのでした。)
酒でも飲んで元気をつけようと考えて、このうちに入りこんでいたのでした。
(ところがそのとき、おとうとがえものをかついでもりからでてきたのです。)
ところがそのとき、弟が獲物をかついで森から出てきたのです。
(それをみますと、にいさんはおとうとがねたましくなって、)
それを見ますと、兄さんは弟がねたましくなって、
(むねのうちによくないきもちがむらむらと、わきおこってきました。)
胸の内によくない気持ちがムラムラと、湧きおこってきました。
(そこで、にいさんはおとうとによびかけました。)
そこで、兄さんは弟に呼びかけました。
(「おい、まあはいれよ。ひとやすみして、いっぱいのんで、げんきをつけていけよ」)
「おい、まあ入れよ。一休みして、いっぱい飲んで、元気をつけていけよ」
(おとうとは、あににわるだくみがあろうとは、ゆめにもおもいません。)
弟は、兄に悪だくみがあろうとは、夢にも思いません。
(それで、うちのなかにはいっていって、しんせつなこびとがやりをくれて、)
それで、うちの中に入っていって、親切な小人が槍をくれて、
(そのやりでいのししをたいじしたことを、すっかりにいさんにはなしました。)
その槍でイノシシを退治したことを、すっかり兄さんに話しました。
(にいさんは、ひがくれるまでおとうとをひきとめておいて、)
兄さんは、日が暮れるまで弟を引き留めておいて、
(それから、ふたりでいっしょにでかけました。)
それから、二人で一緒に出かけました。
(ところが、ふたりがくらやみのなかを、とあるおがわにかかっている)
ところが、二人が暗闇の中を、とある小川にかかっている
(はしのところまできたときです。にいさんはおとうとをさきにいかせて、)
橋の所まで来たときです。兄さんは弟を先に行かせて、
(おとうとがちょうどかわのまんなかにさしかかったところをみはからって、)
弟がちょうど川の真ん中にさしかかった所を見はからって、
(がんとひとつ、うしろからおとうとをなぐりつけました。)
ガンとひとつ、うしろから弟を殴りつけました。
(おとうとはかわのなかへおっこちて、しんでしまいました。)
弟は川の中へおっこちて、死んでしまいました。
(にいさんは、おとうとのしがいをはしのしたにうめました。それから、いのししをかついで、)
兄さんは、弟の死骸を橋の下に埋めました。それから、イノシシをかついで、
(じぶんがころしてきたようなかおをして、すましておうさまのところにもってでました。)
自分が殺してきたような顔をして、すまして王様の所に持って出ました。
(そしてそのほうびとして、にいさんはおひめさまをつまにもらいました。)
そしてその褒美として、兄さんはお姫様を妻にもらいました。
(おとうとは、いつまでたってもかえってきませんでしたが、)
弟は、いつまでたっても帰ってきませんでしたが、
(にいさんは、「おとうとは、いのししにやつざきにされたのでしょう」と、)
兄さんは、「弟は、イノシシに八つ裂きにされたのでしょう」と、
(もうしました。それをきいて、だれもがそうとばかりおもいこみました。)
申しました。それを聞いて、誰もがそうとばかり思いこみました。
(けれども、かみさまのまえでは、どんなこともかくしておくことはできないのです。)
けれども、神様の前では、どんなことも隠しておくことはできないのです。
(ですから、このひどいおこないも、いつかはあかるみにでないはずはありません。)
ですから、このひどい行いも、いつかは明るみに出ないはずはありません。
(それから、なんねんもたってからのことでした。)
それから、何年もたってからのことでした。
(あるとき、ひとりのひつじかいがひつじのむれをおって、)
あるとき、一人のヒツジ飼いがヒツジの群れを追って、
(このはしのうえをとおりかかりました。ひつじかいは、はしのしたのすなのなかに、)
この橋の上を通りかかりました。ヒツジ飼いは、橋の下の砂の中に、
(ゆきのようにしろいほねがひとつあるのをみつけて、)
雪のように白い骨がひとつあるのを見つけて、
(これはいいふえのくちになるぞ、とおもいました。)
これはいい笛の口になるぞ、と思いました。
(そこで、ひつじかいはおりていって、そのほねをひろいました。)
そこで、ヒツジ飼いは降りていって、その骨を拾いました。
(そうして、そのほねをけずって、じぶんのふえのくちにしました。)
そうして、その骨を削って、自分の笛の口にしました。
(ところが、そのふえをひつじかいがはじめてふいてみますと、どうでしょう。)
ところが、その笛をヒツジ飼いが初めて吹いてみますと、どうでしょう。
(おどろいたことに、ちいさなほねがひとりでにうたをうたいだしたではありませんか。)
驚いたことに、小さな骨がひとりでに歌をうたいだしたではありませんか。
(「ああ、もしもし、ひつじかいさん。あなたがふくのは、わたしのほね。)
「ああ、もしもし、ヒツジ飼いさん。あなたが吹くのは、わたしの骨。
(わたしはあにきにころされて、はしのしたにうめられた。)
わたしは兄貴に殺されて、橋の下に埋められた。
(あにきは、わたしのいのししと、おひめさまがほしかった」)
兄貴は、わたしのイノシシと、お姫様が欲しかった」
(「ひとりでにうたをうたうなんて、まったくもって、ふしぎなふえだなあ」と、)
「ひとりでに歌をうたうなんて、まったくもって、不思議な笛だなあ」と、
(ひつじかいはいいました。「こいつは、おうさまにおめにかけなくっちゃ」)
ヒツジ飼いは言いました。「こいつは、王様にお目にかけなくっちゃ」
(ひつじかいがそれをもって、おうさまのまえにでますと、)
ヒツジ飼いがそれを持って、王様の前に出ますと、
(ふえは、またうたをうたいはじめました。)
笛は、また歌をうたい始めました。
(おうさまには、そのうたのいみがよくわかりました。)
王様には、その歌の意味がよく分かりました。
(そこでさっそく、はしのしたのじめんをほりかえさせてみますと、)
そこで早速、橋の下の地面を掘り返させてみますと、
(ころされたおとうとのがいこつがのこらずでてきました。)
殺された弟のガイコツが残らず出てきました。
(こうなっては、わるもののにいさんも、じぶんのやったことを)
こうなっては、悪者の兄さんも、自分のやったことを
(みとめないわけにはいきません。にいさんは、ふくろのなかにいれてぬわれ、)
認めないわけにはいきません。兄さんは、袋の中に入れて縫われ、
(いきたまま、みずのなかにしずめられてしまいました。)
生きたまま、水の中に沈められてしまいました。
(いっぽう、ころされたおとうとのほねはぼちへはこばれて、りっぱなおはかのなかにうめられました。)
一方、殺された弟の骨は墓地へ運ばれて、立派なお墓の中に埋められました。