葬祭-1-

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。

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問題文

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(だいがくにねんのなつやすみに、しりあいのいなかへついていった。)

大学2年の夏休みに、知り合いの田舎へついて行った。

(ぜひいっしょにこい、というのでそうしたのだが、でんしゃとばすをのりついで)

ぜひ一緒に来い、というのでそうしたのだが、電車とバスを乗り継いで

(はちじかんもかかったのにはうんざりした。しりあいというのは)

8時間もかかったのにはうんざりした。知り合いというのは

(だいがくでであったおかるとずきのせんぱいで、おれはししょうとよんでいけいしたり)

大学で出会ったオカルト好きの先輩で、俺は師匠と呼んで畏敬したり

(こばかにしたりしていた。かれがにやにやしながら「こい」というのでは)

小馬鹿にしたりしていた。彼がニヤニヤしながら「来い」というのでは

(いかないわけにはいかない。けっきょくこわいものがみたいのだった。)

行かないわけにはいかない。結局怖いものが見たいのだった。

(けんきょうのやまのなかにあるちいさなむらで、ひょうこうがたかくなつだというのにはださむさすらかんじる。)

県境の山の中にある小さな村で、標高が高く夏だというのに肌寒さすら感じる。

(かきねにかこまれたひらやのいえにつくと、おばさんがでてきて)

垣根に囲まれた平屋の家につくと、おばさんが出てきて

(「しんせきだ」としょうかいされた。ししょうはにこにこしていたが、そのいえのひとたちからは)

「親戚だ」と紹介された。師匠はニコニコしていたが、その家の人たちからは

(みょうにぎくしゃくしたものをかんじていごこちがわるかった。あてがわれたいっしつに)

妙にギクシャクしたものを感じて居心地が悪かった。あてがわれた一室に

(にもつをおろすとおれはししょうにそのあたりのことをさりげなくきいてみた。)

荷物を降ろすと俺は師匠にそのあたりのことをさりげなく聞いてみた。

(するとかれはとおいしんせきだから・・・というようなことをいっていたが)

すると彼は遠い親戚だから・・・というようなことを言っていたが

(さらにといつめるとはくじょうした。ほんとにとおかった。しりのすわりがわるくなるほど。)

さらに問い詰めると白状した。ほんとに遠かった。尻の座りが悪くなるほど。

(とおいしんせきでも、ちいさなこどもがなつやすみにやってくるといえば)

遠い親戚でも、小さな子供が夏休みにやって来ると言えば

(いなかのひとはよろこぶのではないだろうか。しかし、かつてのこどもはすでに)

田舎の人は喜ぶのではないだろうか。しかし、かつての子供はすでに

(だいがくせいである。ほとんどれんらくもとだえていたしんせきのおとながともだちを)

大学生である。ほとんど連絡も途絶えていた親戚の大人が友達を

(つれてやってきて、とめてくれというのではむこうもきみがわるいだろう。)

つれてやって来て、泊めてくれというのでは向こうも気味が悪いだろう。

(もちろんとおいけつえんなど、ここにいすわるためのきっかけにすぎない。)

もちろん遠い血縁など、ここに居座るためのきっかけに過ぎない。

(ようするにこわいものがみたいだけなのだった。)

ようするに怖いものが見たいだけなのだった。

(ひじょうに、ひじょうに、かたみのせまいおもいをしながらおれはそのいえでのせいかつをおくっていた。)

非常に、非常に、肩身の狭い思いをしながら俺はその家での生活を送っていた。

など

(いえにいてもすることがないので、たいていちかくのさわにいったり)

家にいてもすることがないので、たいてい近くの沢に行ったり

(やまみちをさんさくしたりしてとにかくじかんをつぶした。ししょうはというと、)

山道を散策したりしてとにかく時間をつぶした。師匠はというと、

(もってきていたにもつのなかのだいがくのーととにらめっこしていたかとおもうと、)

持って来ていた荷物の中の大学ノートとにらめっこしていたかと思うと、

(ふらっとでていってきんじょのいえをいきなりたずねてはそのいえのおとしよりたちと)

ふらっと出て行って近所の家をいきなり訪ねてはその家のお年寄りたちと

(なにごとかはなしこんでいたりした。おれはししょうのやりくちをしょうちしていたから、)

何事か話し込んでいたりした。俺は師匠のやり口を承知していたから、

(なにもいわずただまっていた。ふたりいるそのいえのこどもと、)

何も言わずただ待っていた。二人いるその家の子供と、

(まだひとこともかいわをしてないことをじちょうぎみにかんがえていたむいかめのよる。)

まだ一言も会話をしてないことを自嘲気味に考えていた6日目の夜。

(ようやくししょうがくちをひらいた。)

ようやく師匠が口を開いた。

(「わかったわかった。ほんとうるさいなあ、もうおしえるって」)

「わかったわかった。ほんとうるさいなあ、もう教えるって」

(ろくじょうまのへやのふすまをしめて、ふとんのうえにあぐらをかくとこえをひそめた。)

6畳間の部屋の襖を閉めて、布団の上に胡坐をかくと声をひそめた。

(「ぼちまいそうほうをしっているか」という。ようするにどそうやちょうそう、ふうそうなど)

「墓地埋葬法を知っているか」という。ようするに土葬や鳥葬、風葬など

(どちゃくのそうさいから、せいふがかんりするかそうへとしふとさせるためのほうりつだ、)

土着の葬祭から、政府が管理する火葬へとシフトさせるための法律だ、

(とししょうはいった。「ひとのしを、しゅうぞくからとりあげたんだ」)

と師匠はいった。「人の死を、習俗からとりあげたんだ」

(このすうじつやまをうろうろしてはかがわりとあたらしいものばかりなのに)

この数日山をうろうろして墓がわりと新しいものばかりなのに

(きがついたか?ととわれた。きがつかなかった。たしかにぼちはみはしたが・・・)

気がついたか?と問われた。気がつかなかった。確かに墓地は見はしたが・・・

(「このあたりのしゅうらくはかつていっぷうかわったそうさいがおこなわれていたらしい」)

「このあたりの集落はかつて一風変わった葬祭が行われていたらしい」

(もちろんしっていてやってきたのだろう。そのうえでなにかをかくにんしにきたのだ。)

もちろん知っていてやって来たのだろう。その上で何かを確認しに来たのだ。

(どきどきした。きいたらあともどりできなくなるきがして。いえはねしずまっている。)

ドキドキした。聞いたら後戻りできなくなる気がして。家は寝静まっている。

(まめでんきゅうのかすかなあかりのなかでししょうがいった。「しにんがでるとだびにふして、)

豆電球のかすかな明かりの中で師匠がいった。「死人が出ると荼毘に付して、

(そのはいをはたけにまいたらしい。さんかしたつちをちゅうわさせるちえだね、)

その灰を畑に撒いたらしい。酸化した土を中和させる知恵だね、

(ところがへんなのはそのことじたいじゃない。えどちゅうきまではししゃをまいそうする)

ところが変なのはそのこと自体じゃない。江戸中期までは死者を埋葬する

(しゅうかんじたいがいっぱんてきじゃなかった。したいは「すてる」ものだったんだよ」)

習慣自体が一般的じゃなかった。死体は『捨てる』ものだったんだよ」

(さむさがましたようだ。なつなのに。)

寒さが増したようだ。夏なのに。

(「このしゅうらくでしたいをはいにしてはたけあっさりにまけたのには、)

「この集落で死体を灰にして畑あっさりに撒けたのには、

(さらにりゆうがある。したいをそのひとのほんたい、たましいのざだと)

さらに理由がある。死体をその人の本体、魂の座だと

(みとめていなかったんだ。ほんたいはちゃんととむらっている。したいからぬきだして」)

認めていなかったんだ。本体はちゃんと弔っている。死体から抜き出して」

(ぬきだす、というたんごのいみがいっしゅんわからなかった。)

抜き出す、という単語の意味が一瞬分からなかった。

(「このしゅうらくではそうぎぐみのようなせいどはなく、そうさいをとりしきるのは)

「この集落では葬儀組みのような制度はなく、葬祭を取り仕切るのは

(だいだいつたわるじゅじゅつし、しゃーまんのいえだったらしい。)

代々伝わる呪術師、シャーマンの家だったらしい。

(きとよばれていたみたいだ。しにんがでるとかれらはしたいをあずかり、)

キと呼ばれていたみたいだ。死人が出ると彼らは死体を預かり、

(やがて「ほんたい」をぬかれたしたいがかえされ、しんぞくはそれをもやして)

やがて『本体』を抜かれた死体が返され、親族はそれを燃やして

(じぶんたちのはたけにまく。ぬかれた「ほんたい」はきばこにいれられて、)

自分たちの畑に撒く。抜かれた『本体』は木箱に入れられて、

(きがかんりするいしのしたにまとめてうめられた。いわばこれがはかいしで、)

キが管理する石の下にまとめて埋められた。いわばこれが墓石で、

(それいにたいするちょういやけがればらいはこのいしにむけられたわけ。かれらはこの)

祖霊に対する弔意や穢れ払いはこの石に向けられたわけ。彼らはこの

(「ほんたい」のことをおんみとよんでいたみたい。としよりがこのことばを)

『本体』のことをオンミと呼んでいたみたい。年寄りがこの言葉を

(くちにしたがらないからききだすのがたいへんだった」)

口にしたがらないから聞き出すのが大変だった」

(ししょうがこんなやまのうえへきたりゆうがわかった。そのきばこのなかみをみたいのだ。)

師匠がこんな山の上へ来た理由がわかった。その木箱の中身を見たいのだ。

(そういうひとだった。「このしゅうかんはやまをすこしくだったとなりのしゅうらくにはなかった。)

そういう人だった。「この習慣は山を少し下った隣の集落にはなかった。

(ちかくにじょうどしゅうのてらがあり、そのだんとだったからだ。てらができるまえは)

近くに浄土宗の寺があり、その檀徒だったからだ。寺が出来る前は

(となったらわからないけど、どうやらこのしゅうらくたんどくでひっそりと)

となったらわからないけど、どうやらこの集落単独でひっそりと

(つづいてきたしゅうかんみたいだ。そのしゅうかんもぼちまいそうほうにさきがけてめいじきに)

続いてきた習慣みたいだ。その習慣も墓地埋葬法に先駆けて明治期に

(おわっている。だからこのしゅうらくのはかはすべてめいじいこうのものだし、)

終わっている。だからこの集落の墓はすべて明治以降のものだし、

(ほとんどはたいしょうしょうわにはいってからのものじゃないかな」)

ほとんどは大正昭和に入ってからのものじゃないかな」

(そのひはそのままねた。そのよる、いきたままもっかんにいれられるゆめをみた。)

その日はそのまま寝た。その夜、生きたまま木棺に入れられる夢を見た。

(つぎのひのあさそのいえのかぞくとめしをくっていると、そろそろかえらないか)

次の日の朝その家の家族と飯を食っていると、そろそろ帰らないか

(というようなことをあんにいわれた。かえらないんですよ、はこのなかをみるまでは。)

というようなことを暗にいわれた。帰らないんですよ、箱の中を見るまでは。

(とこころのなかでおもいながらあじのしないめしをかきこんだ。)

と心の中で思いながら味のしない飯をかき込んだ。

(そのひはなんだかうすきみがわるくてやまにはいかなかった。)

その日はなんだか薄気味が悪くて山には行かなかった。

(ちかくのかわでひとりひがないちにちぼうっとしていた。「ぼくはそのきばこのなかに)

近くの川でひとり日がな一日ぼうっとしていた。『僕はその木箱の中に

(なにがはいっているのか、そのことよりもこのしゅうらくのむかしのひとびとがにんげんのほんたいを)

何が入っているのか、そのことよりもこの集落の昔の人々が人間の本体を

(いったいなんだとかんがえていたのか、それがしりたい」)

いったい何だと考えていたのか、それが知りたい』

(おれはしりたくない。でもそうぞうはつく。あとはどこのぞうきかというちがいだけだ。)

俺は知りたくない。でも想像はつく。あとはどこの臓器かという違いだけだ。

(おれははらのあたりをおさえたままかわらのいしにこしかけてみずをはねた。)

俺は腹の辺りを押さえたまま川原の石に腰掛けて水をはねた。

(むらにしんにゅうしたいぶつをこどもたちがとおくからみていた。)

村に侵入した異物を子供たちが遠くから見ていた。

(あのこたちはそんなしゅうかんがあったこともしらないだろう。)

あの子たちはそんな習慣があったことも知らないだろう。

(そのよる、うしみつどきにししょうがこえをひそめ、「いくぞ」といった。)

その夜、丑三つ時に師匠が声を顰め、「行くぞ」といった。

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