怖い夢

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。

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問題文

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(ゆうれいをみる。おおけがをする。へんしつしゃにおそわれる。)

幽霊を見る。大怪我をする。変質者に襲われる。

(どんなきょうふたいけんも、よるにみるあくむひとつにかてない。そんなことをおもう。)

どんな恐怖体験も、夜に見る悪夢一つに勝てない。そんなことを思う。

(じつはきのうのよる、こんなゆめをみたばかりなのだ。じぶんがくびだけになって)

実は昨日の夜、こんな夢を見たばかりなのだ。自分が首だけになって

(いえのなかをさまよっている。なんでもいいからきょうがなんがつなんにちなのか)

家の中を彷徨っている。なんでもいいから今日が何月何日なのか

(しりたくてかれんだーをさがしている。だれもいないろうかをのろのろとすすむ。)

知りたくてカレンダーを探している。誰もいない廊下をノロノロと進む。

(そのしかいがいつもよりひくくて、ああじぶんはやっぱりくびだけなんだとおもうと、)

その視界がいつもより低くて、ああ自分はやっぱり首だけなんだと思うと、

(それがやけにかなしかった。うおーっとさけびながらだいどころにやってくると、)

それがやけに悲しかった。ウオーッと叫びながら台所にやってくると、

(ははおやがこちらにせをむけてながしだいのまえにたっている。)

母親がこちらに背を向けて流し台の前に立っている。

(ついさっきのことなのになぜかもうわすれてしまったが、)

ついさっきのことなのに何故かもう忘れてしまったが、

(おれはなにかすごくおそろしいことをいいながらははおやをふりむかせた。)

俺はなにか凄く恐ろしいことを言いながら母親を振り向かせた。

(するとそのかおが、だった。というゆめ。)

するとその顔が、   だった。という夢。

(こんなゆめでも、たいけんしたにんげんはみもこおるきょうふをあじわう。)

こんな夢でも、体験した人間は身も凍る恐怖を味わう。

(しかしそれをたにんにつたえるのはむずかしい。)

しかしそれを他人に伝えるのは難しい。

(よじかんしかたっていないのにすでにめがさめるちょくぜんのしーんがおもいだせない。)

4時間しか経っていないのにすでに目が覚める直前のシーンが思い出せない。

(けれどこわかったというかんかくだけがおりのようにのこっている。)

けれど怖かったという感覚だけが澱のように残っている。

(そんなきょうふをだれかときょうゆうしたくて、ひとはふかんぜんなゆめのはなしをかたる。)

そんな恐怖を誰かと共有したくて、人は不完全な夢の話を語る。

(しかしうまくつたえられず、「こわかった」というしゅかんばかりならべたてる。)

しかし上手く伝えられず、「怖かった」という主観ばかり並べ立てる。

(えてしてそういうはなしはつまらない。もちろんこわくもない。)

えてしてそういう話はつまらない。もちろん怖くもない。

(それをけいけんじょうわかっているから、おれはあまりこわいゆめのはなしをひとにかたらない。)

それを経験上わかっているから、俺はあまり怖い夢の話を人に語らない。

(いや、ちがうのかもしれない。こわいゆめをかたるというのは、)

いや、違うのかもしれない。怖い夢を語るというのは、

など

(ひとまえではだかになるようなものだと、こころのどこかでおもっているのかもしれない。)

人前で裸になるようなものだと、心のどこかで思っているのかもしれない。

(それはなさけなく、はずべきものなのだろう。)

それは情けなく、恥ずべきものなのだろう。

(ゆめのなかのきょうふのざいりょうはすべてじぶんじしんのとうえいにすぎない。)

夢の中の恐怖の材料はすべて自分自身の投影にすぎない。

(けっきょくじぶんのずぼんのぽけっとにはいっているものに)

結局自分のズボンのポケットに入っているものに

(おびえるようなものなのだから。)

怯えるようなものなのだから。

(だいがくにかいせいのはる。おれはあさからぱちんこにいこうとみじたくをととのえていた。)

大学2回生の春。俺は朝からパチンコに行こうと身支度を整えていた。

(めざましどけいまでかけて、じつにきんべんなことだ。)

目覚まし時計まで掛けて、実に勤勉なことだ。

(そのじょうねつのわずかでもだいがくのじゅぎょうへむければ)

その情熱のわずかでも大学の授業へ向ければ

(もっとましなじんせいになったかとおもうと、すこしかなしい。)

もっとましな人生になったかと思うと、少し悲しい。

(ずぼんをはこうとしているときにでんわがなり、いっしゅんびくっとしたあと)

ズボンを履こうとしているときに電話が鳴り、一瞬びくっとしたあと

(じゅわきをとると「すぐこい」というじょせいのこえがきこえてきた。)

受話器をとると「すぐ来い」という女性の声が聞こえてきた。

(おかるとなかまのきょうすけさんというひとだ。)

オカルト仲間の京介さんという人だ。

(「きょうすけ」はねっとじょうのはんどるねーむである。)

「京介」はネット上のハンドルネームである。

(こまりごとがあってこっちからかけることはよくあったが、)

困りごとがあってこっちから掛けることはよくあったが、

(あちらからでんわをかけてくるなんてじつにめずらしかった。)

あちらから電話を掛けてくるなんて実にめずらしかった。

(おれはぱちんこのよていをきゃんせるして、きょうすけさんのいえへむかった。)

俺はパチンコの予定をキャンセルして、京介さんの家へ向かった。

(なんどかあしをふみいれたまんしょんのどあをのっくすると、)

何度か足を踏み入れたマンションのドアをノックすると、

(きんえんぱいぽをくわえたきょうすけさんがじーんずすがたででてきた。)

禁煙パイポを加えた京介さんがジーンズ姿で出てきた。

(いったいなにごとかと、どきどきしながらそしてすこしわくわくしながら)

いったい何事かと、ドキドキしながらそして少しワクワクしながら

(へやにあがり、そふぁにすわる。)

部屋に上がり、ソファに座る。

(まあきけ、といってきょうすけさんはてーぶるのいすにあぐらをかき、かたりはじめた。)

まあ聞け、と言って京介さんはテーブルの椅子にあぐらをかき、語り始めた。

(「すげーこわいことがあったんだ」)

「すげー怖いことがあったんだ」

(こえがうわずり、おちつかないそのようすはいつものひょうひょうとしたきょうすけさんの)

声が上ずり、落ち着かないその様子はいつもの飄々とした京介さんの

(いめーじとはちがっていた。)

イメージとは違っていた。

(「ひとりでぼーりんぐしてたら、やたらがーたーばっかりなんだ。なんでこんな)

「一人でボーリングしてたら、やたらガーターばっかりなんだ。なんでこんな

(ちょうしわるいかなとおもってると、といれのまえでだれかがてまねきしてるんだよ。)

調子悪いかなと思ってると、トイレの前で誰かが手招きしてるんだよ。

(なんだあれっておもいながらつづけてると、またがーたーれんぱつ。)

なんだあれって思いながら続けてると、またガーター連発。

(しらないだろうけどわたし、あべれーじで180はいくんだよ。ありえないわけ。)

知らないだろうけど私、アベレージで180は行くんだよ。ありえないわけ。

(それでまたちらっとといれのほうをみたら、だれかがすっと)

それでまたちらっとトイレの方を見たら、誰かがすっと

(なかにきえるところだったんだけど、そのてがひらひらまたてまねきしてる。)

中に消えるところだったんだけど、その手がヒラヒラまた手招きしてる。

(きになってそっちへいってみたら、せいそうちゅうってはりがみがしてあった。)

気になってそっちへ行ってみたら、清掃中って張り紙がしてあった。

(でもたしかになかにだれかはいっていったから、)

でも確かにナカに誰か入っていったから、

(かまわずずかずかのりこんだら、なか、どうなってたとおもう。)

かまわずズカズカ乗り込んだら、ナカ、どうなってたと思う。

(じょしといれだったはずなのに、なぜかだんしといれで、)

女子トイレだったはずなのに、なぜか男子トイレで、

(しかもぞんびみたいなやつらがべんきのまえにずらっとならんでるわけ。)

しかもゾンビみたいなやつらが便器の前にずらっと並んでるわけ。

(それもぎょうれつをつくって。ぱにっくになってわたしがさけんだら、そいつらが)

それも行列を作って。パニックになって私が叫んだら、そいつらが

(いっせいにこっちをふりむいて、みるなこらみたいなことをいいながら)

一斉にこっちを振り向いて、見るなコラみたいなことを言いながら

(こっちにちかづいてこようとしはじめたんだよ。)

こっちに近づいて来ようとし始めたんだよ。

(めなんかはんぶんたれさがってるやつとかいるし。)

目なんか半分垂れ下がってるやつとかいるし。

(そいつらがみんなかわがずるずるになったてを、)

そいつらがみんな皮がズルズルになった手を、

(こう、ぐっとのばして・・・・・・」そこまできいて、おれはきょうすけさんをとめた。)

こう、ぐっと伸ばして・・・・・・」そこまで聞いて、俺は京介さんを止めた。

(「ちょっと、ちょっとまってください。それってもしかして、)

「ちょっと、ちょっと待ってください。それってもしかして、

(ていうか、もしかしなくてもゆめですよね」「そうだよ。すげーこわいゆめ」)

ていうか、もしかしなくても夢ですよね」「そうだよ。すげー怖い夢」

(きょうすけさんはりょうてををむねのまえにのばしたかっこうのままで、きょとんとしていた。)

京介さんは両手をを胸の前に伸ばした格好のままで、きょとんとしていた。

(そのころからたにんのゆめのはなしはこわくない、というたっかんをしていたおれは)

そのころから他人の夢の話は怖くない、という達観をしていた俺は

(しりのあたりがむずむずするようなかんかくをあじわっていた。)

尻のあたりがムズムズするような感覚を味わっていた。

(じぶんのみたこわいゆめのはなしをするひとは、あいてのはんのうがわるいと)

自分の見た怖い夢の話をする人は、相手の反応が悪いと

(やたらちからがはいりはじめよけいにうわすべりをしていくものなのだ。)

やたら力が入りはじめ余計に上滑りをしていくものなのだ。

(「まあきけよ。そのぞんびどもからにげたあとがすごかったんだ」)

「まあ聞けよ。そのゾンビどもから逃げたあとが凄かったんだ」

(はなしをむりやりさいかいしたきょうすけさんのぼうけんだんをおれはうつむいてじっときいていた。)

話を無理やり再開した京介さんの冒険談を俺は俯いてじっと聞いていた。

(このひとは、あさっぱらからじぶんのみたこわいゆめをかたるためにおれをよびだしたらしい。)

この人は、朝っぱらから自分の見た怖い夢を語るために俺を呼び出したらしい。

(まるっきりいつものきょうすけさんらしくない。いや、きょうすけさんらしいのか。)

まるっきりいつもの京介さんらしくない。いや、京介さんらしいのか。

(ゆめのはなしはつづく。おれはうつむいたまま、やがてなみだをこぼした。)

夢の話は続く。俺は俯いたまま、やがて涙をこぼした。

(「・・・・・・それで、じぶんのへやまでにげてきたところで、)

「・・・・・・それで、自分の部屋まで逃げてきたところで、

(て、おい。なんでなく。おい。なくな。なんでなくんだ」)

て、おい。なんで泣く。おい。泣くな。なんで泣くんだ」

(おれはしぜんにあふれでるなみだをとめることができなかった。)

俺は自然にあふれ出る涙を止めることができなかった。

(しせんのはしには、みずがぬかれたおおきなすいそうがある。)

視線の端には、水が抜かれた大きな水槽がある。

(きょうすけさんをながいあいだくるしめてきた、そのすいそうが。)

京介さんを長い間苦しめてきた、その水槽が。

(「なくなってば、おい。こまったな。なくなよ」)

「泣くなってば、おい。困ったな。泣くなよ」

(おれはすべてがおわったことを、そのときはじめてしったのだった。)

俺はすべてが終わったことを、そのとき初めて知ったのだった。

(きょねんのなつからつづくいちれんのあくむがおわったことを。)

去年の夏から続く一連の悪夢が終わったことを。

(けっきょくおれは、さいごはかやのそとで。なんのやくにもたてず。)

結局俺は、さいごは蚊帳の外で。なんの役にも立てず。

(きょうすけさんやかのじょをたすけたひとたちのながいよるを、)

京介さんや彼女を助けた人たちの長い夜を、

(おれはよくあさのぱちんこをするゆめですごしていたのだった。)

俺は翌朝のパチンコをする夢で過ごしていたのだった。

(「まいったな。なくほどこわいのか。こどもかきみは」)

「まいったな。泣くほど怖いのか。こどもかキミは」

(なくほどなさけなくて、はずべきで、そしてぽけっとにいれたまよけの)

泣くほど情けなくて、恥ずべきで、そしてポケットに入れた魔除けの

(おまもりをすべてなげだしたくなるほど、うれしかった。)

お守りをすべて投げ出したくなるほど、嬉しかった。

(きょうすけさんの、ゆめをみたあさが、どうしようもなくうれしかった。)

京介さんの、夢を見た朝が、どうしようもなく嬉しかった。

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