雨音

背景
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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 daifuku 3834 D++ 4.0 94.6% 1098.9 4465 251 80 2024/10/28
2 Shion 3021 E++ 3.1 97.1% 1455.3 4529 132 80 2024/10/02

関連タイピング

問題文

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(だいがくにかいせいのあきのおわりだった。)

大学2回生の秋の終わりだった。

(そのひはあさからあめがふりつづいていて、ぬれたあすふぁるとのひょうめんは)

その日は朝から雨が降り続いていて、濡れたアスファルトの表面は

(もやのようにけむっている。こんなひにはゆううつになる。)

もやのように煙っている。こんな日には憂鬱になる。

(きぶんがちんたいし、しこうはふかくしずんでいる。みぎてにはかわがあり、)

気分が沈滞し、思考は深く沈んでいる。右手には川があり、

(しろいがーどれーるのむこうもかすかにけむってみえる。)

白いガードレールの向こうもかすかに煙って見える。

(かっちかっちと、くるまのはざーどらんぷのおとだけがやけにおおきくひびく。)

カッチカッチと、車のハザードランプの音だけがやけに大きく響く。

(それだけがせかいのりずむになる。すべてがそのりずむでなりたっている。)

それだけが世界のリズムになる。すべてがそのリズムで成り立っている。

(おれはもういちどかわをみた。あのがーどれーるのこちらがわにあめはふり、)

俺はもう一度川を見た。あのガードレールのこちら側に雨は降り、

(あちらがわにもおなじあめがふりそそいでいる。みちにおちるみずと、かわもにおちるみず。)

あちら側にも同じ雨が降りそそいでいる。道に落ちる水と、川面に落ちる水。

(みあげればくらくひくいそらから、それでもすうひゃくめーとるのたかさを)

見上げれば暗く低い空から、それでも数百メートルの高さを

(ゆっくりとおち、ちひょうにおいてわずかすうせんちのちがいでうんめいがわかれている。)

ゆっくりと落ち、地表においてわずか数センチの違いで運命が分かれている。

(このいめーじがみょうにおかしくて、うんてんせきではんどるに)

このイメージが妙に可笑しくて、運転席でハンドルに

(ほおづえをついているひとにつたえた。するとかれはめんどくさそうにくちをひらく。)

頬杖をついている人に伝えた。すると彼はめんどくさそうに口を開く。

(「しがんとひがんのしょうちょうか。たしかにこのよとあのよなんて)

「此岸と彼岸の象徴か。確かにこの世とあの世なんて

(たったそれだけのちがいだよ。けど、ちちゅうにしみこんでもかわをながれても、)

たったそれだけの違いだよ。けど、地中に染み込んでも川を流れても、

(いずれはうみにたどりつく」)

いずれは海にたどり着く」

(うみ。おれにおかるとをおしえたししょうがいうその「うみ」は、きっと)

海。俺にオカルトを教えた師匠が言うその「海」は、きっと

(「きょむ」とどうぎなのだろう。かれはしごのせかいをみとめなかった。)

「虚無」と同義なのだろう。彼は死後の世界を認めなかった。

(ここでいうしごのせかいとは、じごくとかてんごくとか、そういうこのちじょういがいの)

ここでいう死後の世界とは、地獄とか天国とか、そういうこの地上以外の

(せかいのことだ。なぜかみとめないのかはよくわからない。けれどかたくなに)

世界のことだ。なぜか認めないのかはよくわからない。けれど頑なに

など

(そうしんじていたのはたしかだった。ゆうぐれにはまだすこしはやい。)

そう信じていたのは確かだった。夕暮れにはまだ少し早い。

(おれとししょうはろかたにとめたくるまのなかで、ずっとまっていた。)

俺と師匠は路肩にとめた車の中で、ずっと待っていた。

(せんじつあめのふるひに、ししょうはここでなにかおもしろいものをみたらしい。)

先日雨の降る日に、師匠はここでなにか面白いものを見たらしい。

(「いいあめがふっているぞ」そういっておれはよびだされ、そしてここにいる。)

「いい雨が降っているぞ」そう言って俺は呼び出され、そしてここにいる。

(まるでけいじのはりこみだ。そうおもいながら、あんぱんをひとかじりし、)

まるで刑事の張り込みだ。そう思いながら、アンパンをひと齧りし、

(ぎゅうにゅうのぱっくをかたむける。ひだりてにはあきちがあり、くさむらのなかで)

牛乳のパックを傾ける。左手には空き地があり、草むらの中で

(だれかがおきざりにしたいちりんしゃがあめにうたれている。だれもとおらない。)

誰かが置き去りにした一輪車が雨に打たれている。誰も通らない。

(ふいにししょうがくちをひらき、「かりに、うまれたときからちかしつでそだてられた)

ふいに師匠が口を開き、「仮に、生まれた時から地下室で育てられた

(こどもがいるとして、そのこはちかしつのそとでみずからたいけんするまで)

子供がいるとして、その子は地下室の外で自ら体験するまで

(あめというものをしらないだろうか」と、こわいことをいう。)

雨というものを知らないだろうか」と、怖いことを言う。

(「ひよりもあめのれきしはふるい。にんげんがさるだったころから、)

「火よりも雨の歴史は古い。人間が猿だった頃から、

(いやそれいぜんからちひょうでいきるすべてのせいぶつにあめのきおくが)

いやそれ以前から地表で生きるすべての生物に雨の記憶が

(やどっているんじゃないかって、おもうんだ」)

宿っているんじゃないかって、思うんだ」

(いでんしのおくふかくに・・・・・・そういってがさがさとこんびにのふくろをあさる。)

遺伝子の奥深くに……そう言ってガサガサとコンビニの袋を漁る。

(もうあんぱんしかのこっていないのに、あきらめわるくかきまわしている。)

もうアンパンしか残っていないのに、諦め悪くかき回している。

(じぶんがあんぱんばかりかったくせに。あめのきおくか。)

自分がアンパンばかり買ったくせに。雨の記憶か。

(しこうがふたたび、ふかくちんかしていく。)

思考が再び、深く沈下していく。

(どうぶつはしょうとくてきに、じぶんにとってきけんなものをみわけるちからがある。)

動物は生得的に、自分にとって危険なものを見分ける力がある。

(ほしょくすべきものもまた。それらにでくわしたとき、いでんしにきおくされた)

捕食すべきものもまた。それらに出くわした時、遺伝子に記憶された

(はんのうがおこる。もっとげんしてきなせいめいにとっては、そうこうせいやそうすいせいが)

反応が起こる。もっと原始的な生命にとっては、走光性や走水性が

(それだろう。おなじように、あめにたいするはんのうもうまれついて)

それだろう。同じように、雨に対する反応も生まれついて

(このからだのなかにねむっているのだろうか。)

この体の中に眠っているのだろうか。

(きのとおくなるようなかこから、れんめんとうけつがれてきたきおくが。)

気の遠くなるような過去から、連綿と受け継がれてきた記憶が。

(はじめてあめをたいけんしたときのことをおもいだそうとする。)

はじめて雨を体験した時のことを思い出そうとする。

(とうぜんそんなことをいまのおれはおぼえてはいない。すべてのひとにきいてみたい。)

当然そんなことを今の俺は覚えてはいない。すべての人に聞いてみたい。

(「はじめてのあめはどうでしたか」と。)

『はじめての雨はどうでしたか』と。

(きっとだれもこたえられない。だれもがたいけんしたはずなのに。なんだかゆかいだ。)

きっと誰も答えられない。誰もが体験したはずなのに。なんだか愉快だ。

(もういちど、じぶんのきおくをさぐってみる。)

もう一度、自分の記憶を探ってみる。

(あめのにおいはいつもなつかしい。そのなつかしさは、どこからくるのだろう。)

雨の匂いはいつも懐かしい。その懐かしさは、どこから来るのだろう。

(とりとめもないことをかんがえていると、ししょうのあくびにふとげんじつにかえる。)

とりとめもないことを考えていると、師匠の欠伸にふと現実に還る。

(「きたぞ」あめのすじにかすむみちのさきに、ひとかげがあらわれた。)

「来たぞ」雨の筋に霞む道の先に、人影が現れた。

(ししょうはくもったふろんとがらすをそででふく。おれはめをこらしてぜんぽうをみつめる。)

師匠は曇ったフロントガラスを袖で拭く。俺は目を凝らして前方を見つめる。

(あかいかさがみえた。つづいてそのかさのえをもつ、じょせいのすがたがうかびあがってくる。)

赤い傘が見えた。続いてその傘の柄を持つ、女性の姿が浮かび上がって来る。

(ひょうじょうまではわからない。30がらみだろうか。ふくのかんじからそうおもう。)

表情まではわからない。30がらみだろうか。服の感じからそう思う。

(そしてなにかいやなかんじがした。すぐにそのけんおかんのしょうたいにきづく。)

そしてなにか嫌な感じがした。すぐにその嫌悪感の正体に気づく。

(かさをさしてあるくじょせいのすぐうしろに、ご,ろくさいのおんなのこがついてあるいている。)

傘をさして歩く女性のすぐ後ろに、5,6歳の女の子がついて歩いている。

(ももいろのくつ。きいろいぼうし。あめさえふっていなければ、)

桃色の靴。黄色い帽子。雨さえ降っていなければ、

(ごくふつうのははおやとそのこどもにみえただろう。)

ごく普通の母親とその子どもに見えただろう。

(だが、いまはいようなこうけいだった。)

だが、今は異様な光景だった。

(かさをさすじょせい。そのいちめーとるうしろをうつむきながらあるく、)

傘をさす女性。その1メートル後ろを俯きながら歩く、

(かさをもたないこども。かさのした、よりそうようにあるいていれば)

傘を持たない子ども。傘の下、寄り添うように歩いていれば

(なんのいわかんもないはず。たったいちめーとるで、まるでしがんとひがんだ。)

なんの違和感もないはず。たった1メートルで、まるで此岸と彼岸だ。

(「あめのせいか、はながきかない」)

「雨のせいか、鼻が利かない」

(ししょうはそういって、くいいるようにそのふたりをみつめている。)

師匠はそう言って、食い入るようにそのふたりを見つめている。

(やがてくるまのよこをとおりすぎて、ふたりはふたたびあめのなかにけむるようにきえていく。)

やがて車の横を通り過ぎて、ふたりは再び雨の中に煙るように消えていく。

(「あれは、いきているにんげんだとおもうか」)

「あれは、生きている人間だと思うか」

(おれにきいている。わからなかった。ししょうにもわからなかったらしい。)

俺に聞いている。わからなかった。師匠にもわからなかったらしい。

(もうすがたはみえない。くもったままのりあがらすをふこうとしーとをたおして)

もう姿は見えない。曇ったままのリアガラスを拭こうとシートを倒して

(てをのばすけれど、そのてはちゅうにまどうだけだった。)

手を伸ばすけれど、その手は宙に惑うだけだった。

(「ははおやもむすめもなまみ。ははおやはなまみ、むすめはれい。)

「母親も娘も生身。母親は生身、娘は霊。

(ははおやはれい、むすめはなまみ。ははおやもむすめもれい」)

母親は霊、娘は生身。母親も娘も霊」

(ししょうがあまりかんじょうをまじえずにそうつぶやいた。)

師匠があまり感情を交えずにそう呟いた。

(どれもかなしい。なぜか、ひどくかなしかった。)

どれも悲しい。なぜか、ひどく悲しかった。

(いきがつまりじょしゅせきのまどがらすをすこしさげる。)

息が詰まり助手席の窓ガラスを少し下げる。

(ざーっというきめこまかいあまおとがくるまのなかにはいりこんできた。)

ザーッというきめ細かい雨音が車の中に入り込んで来た。

(はざーどらんぷのかっちかっち、というときをきざむおとがちいさくなる。)

ハザードランプのカッチカッチ、という時を刻む音が小さくなる。

(おとも、ふうけいも、こころも、なにもかもがあめにふりこめられている。)

音も、風景も、心も、何もかもが雨に降り込められている。

(こういうせかいに、なってしまったみたいだ。)

こういう世界に、なってしまったみたいだ。

(はじめてたいけんするあめがいつかはやむなんて、そのときしっていただろうか。)

はじめて体験する雨がいつかは止むなんて、その時知っていただろうか。

(ふと、すべてのひとにきいてみたくなった。)

ふと、すべての人に聞いてみたくなった。

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