『神は弱いものを助けた』小川未明1【完】
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問題文
(あるところに、きわめてなかのわるいのうみんがおりました。)
あるところに、きわめて仲の悪い農民がおりました。
(このなかのわるいこうとおつは、なんとかしてこうはおつを、おつはこうを)
この仲の悪い甲と乙は、なんとかして甲は乙を、乙は甲を
(うんとひどいめにあわしてやりたいとおもっていました。)
うんとひどいめにあわしてやりたいと思っていました。
(けれど、なかなかそのようなきかいはこなかったのであります。)
けれど、なかなかそのような機会はこなかったのであります。
(あるとしのなつのひのことでありました。)
ある年の夏の日のことでありました。
(なんにちもはればかりがつづいて、あめがすこしもふりませんでした。)
何日も晴ればかりが続いて、雨が少しも降りませんでした。
(そして、ところどころのみずがかれてしまって、)
そして、所々の水がかれてしまって、
(いどのみずまでひにひにすくなくなっていきました。)
井戸の水まで日に日に少なくなっていきました。
(こうのいえのいどはふかくて、よういにみずがつきるようなことはありませんでした。)
甲の家の井戸は深くて、容易に水が尽きるようなことはありませんでした。
(けれど、おつのいえのいどはあさく、もうみずがつきるのにじかんがかかりません。)
けれど、乙の家の井戸は浅く、もう水が尽きるのに時間がかかりません。
(こうは、そのことをしるとたいそうよろこびました。)
甲は、そのことを知ると大層喜びました。
(おつのやろうめ、みずがなくなってしまったらどうするだろう。)
乙の野郎め、水が無くなってしまったらどうするだろう。
(みずをのまずにはいきていられまい。)
水を飲まずには生きていられまい。
(そうすれば、きっとこのむらからどこかへにげてゆくか、)
そうすれば、きっとこの村からどこかへ逃げてゆくか、
(おれのところへあたまをさげて、おねがいにくるにちがいないとおもいました。)
俺のところへ頭を下げて、お願いに来るに違いないと思いました。
(おつは、だんだんいどのみずがすくなくなるので、きがきではありませんでした。)
乙は、だんだん井戸の水が少なくなるので、気が気ではありませんでした。
(もしこのみずがなくなってしまったら、どうしようとおもいました。)
もしこの水が無くなってしまったら、どうしようと思いました。
(しかたがないから、どこかでわきみずをさがさなければならないとおもって、)
しかたがないから、どこかで湧き水を探さなければならないと思って、
(おつは、そのひからまいにち、きんじょのやまのふもとの)
乙は、その日から毎日、近所の山のふもとの
(こころあたりのあるところをたずねてあるきました。)
心あたりのあるところをたずねて歩きました。
(いちきろはんくらいいったたにまに、ひとつのわきみずがありました。)
一キロ半くらい行った谷間に、一つの湧き水がありました。
(それが、このひでりにもつきず、こんこんとわきでていました。)
それが、このひでりにも尽きず、こんこんと湧き出ていました。
(これはいいわきみずをみつけたものだ。)
これはいい湧き水を見つけたものだ。
(これさえあれば、もうだいじょうぶだとおもって、おつはよろこんでいえへかえりました。)
これさえあれば、もうだいじょうぶだと思って、乙は喜んで家へ帰りました。
(こうは、やはりそのわきみずのあるところをしっていました。)
甲は、やはりその湧き水のあるところを知っていました。
(どうにかしておつにわからなければいいがとおもっていましたが、)
どうにかして乙に分からなければいいがと思っていましたが、
(どうやらおつもしったらしいようすなので、がっかりしました。)
どうやら乙も知ったらしい様子なので、がっかりしました。
(こうは、どうにかしてそのみずをのめなくしてやろうとかんがえました。)
甲は、どうにかしてその水を飲めなくしてやろうと考えました。
(けれど、いいかんがえがうかびませんでした。)
けれど、いい考えが浮かびませんでした。
(そのうち、ひとつのかんがえがうかびました。)
そのうち、一つの考えが浮かびました。
(こうはうまをひいて、まちへでかけてゆきました。)
甲は馬を引いて、町へ出かけてゆきました。
(こうはまちでたくさんのあぶらをかいました。それをうまにつんでかえってきました。)
甲は町でたくさんの油を買いました。それを馬に積んで帰ってきました。
(こうはおかねもちでありましたので、)
甲はお金持ちでありましたので、
(もしおかねのちからでおつをいじめることができるのであれば、)
もしお金の力で乙をいじめることができるのであれば、
(いくらでもおかねをつかうつもりでした。)
いくらでもお金を使うつもりでした。
(こうがうまにあぶらだるをいくつもつんでかえってくるすがたを、おつははやしのかげでみました。)
甲が馬に油だるをいくつも積んで帰ってくる姿を、乙は林の影で見ました。
(「はて、あんなにたくさんのあぶらだるをなんでこうはしいれてきたのだろう」と、)
「はて、あんなにたくさんの油だるをなんで甲は仕入れてきたのだろう」と、
(おつはかんがえました。おつは、それとなくさとりましたから、)
乙は考えました。乙は、それとなく悟りましたから、
(すぐにいえへかえって、おけをかついでわきみずのところへゆきました。)
すぐに家へ帰って、おけをかついで湧き水のところへゆきました。
(そして、ひがくれるまで、せっせとなんじゅっかいとなく、)
そして、日が暮れるまで、せっせと何十回となく、
(わがやへみずをくんでははこびました。)
我が家へ水をくんでは運びました。
(そして、たるのなかへみずをいっぱいいれました。)
そして、たるの中へ水をいっぱい入れました。
(こうはひがくれるのをまっていました。)
甲は日が暮れるのを待っていました。
(ひがくれると、うまをひいてわきみずのほとりへゆきました。)
日が暮れると、馬を引いて湧き水のほとりへゆきました。
(そして、たるのなかのあぶらをぜんぶわきみずのふきんへながしてしまいました。)
そして、たるの中の油をぜんぶ湧き水の付近へ流してしまいました。
(こうはいえへかえると、せけんへきこえるようなおおきなこえでいいました。)
甲は家へ帰ると、世間へ聞こえるような大きな声で言いました。
(「うまがすべってころんだものだから、)
「馬がすべって転んだものだから、
(かってきたあぶらをみんなながしてしまった」と、さもおしそうにいいました。)
買ってきた油をみんな流してしまった」と、さも惜しそうに言いました。
(おつはよくじつ、わきみずのところへいってみると、)
乙は翌日、湧き水のところへ行ってみると、
(まるであぶらがわきでているようで、のめるどころではありません。)
まるで油が湧き出ているようで、飲めるどころではありません。
(やはりじぶんのおもったとおりであったとうなずいて、)
やはり自分の思った通りであったとうなずいて、
(いえへかえって、みずをだいじにつかっていました。)
家へ帰って、水を大事に使っていました。
(こうはまいにち、もうおつのいえのいどみずはつきたころだが、)
甲は毎日、もう乙の家の井戸水は尽きた頃だが、
(どうしているだろうとようすをうかがっていましたが、)
どうしているだろうと様子をうかがっていましたが、
(かくべつおつのいえでこまっているようなすがたがみえませんでした。)
格別乙の家で困っているような姿が見えませんでした。
(「もっとひでれ、ひでれ」と、こうはそらをみていいました。)
「もっとひでれ、ひでれ」と、甲は空を見て言いました。
(「どうかふるように、どうかかみさまあめがふるようにおねがいします」と、)
「どうか降るように、どうか神さま雨が降るようにお願いします」と、
(おつはいのっていました。すると、おつのたくわえておいたみずがつきかかったころ、)
乙は祈っていました。すると、乙の貯えておいた水が尽きかかった頃、
(にわかにそらがくもって、おおあめがふってきました。)
にわかに空がくもって、大雨が降ってきました。
(そしていどは、いっときにしてみずがでて、くさときがよみがえりました。)
そして井戸は、いっときにして水が出て、草と木がよみがえりました。
(そればかりでなく、わきみずにまいたあぶらはみんなたんぼのなかにながれでて、)
そればかりでなく、湧き水にまいた油はみんな田んぼの中に流れ出て、
(わきみずは、またもとのようにきれいにすんでおりました。)
湧き水は、また元のようにきれいに澄んでおりました。
(そのとしは、いつにもないほうさくでありました。)
その年は、いつにもない豊作でありました。