天使-4-
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問題文
(「いしかわさん」とよぶと、むこうでもわたしとみとめたらしく)
「石川さん」と呼ぶと、向こうでも私と認めたらしく
(えがおでどあのところまでやってきた。「ちひろちゃん、どうしたの」)
笑顔でドアの所までやってきた。「ちひろちゃん、どうしたの」
(おなじちゅうがくだったこだ。それほどちかしかったわけでもないけれど、)
同じ中学だった子だ。それほど親しかったわけでもないけれど、
(このさいえんにすがらせてもらおう。「まさきさんはこのくらすだよね」)
このさい縁にすがらせてもらおう。「間崎さんはこのクラスだよね」
(いしかわさんはいっしゅんひょうじょうをかたくした。そしてこえをひそめていう。)
石川さんは一瞬表情を硬くした。そして声を潜めて言う。
(「そう。だけどさっきそうたいしたよ」かたをたたかれ、ゆうどうされるままに)
「そう。だけどさっき早退したよ」肩を叩かれ、誘導されるままに
(ろうかのすみにみをよせた。りのりうむのゆかがきゅっきゅっとなる。)
廊下の隅に身を寄せた。リノリウムの床がキュッキュッと鳴る。
(「あのさ。しまざきいずみさんのことだよね」おどろきながらもうなずいた。)
「あのさ。島崎いずみさんのことだよね」驚きながらも頷いた。
(どうやらうわさはこんなとおくのきょうしつまでたんじかんにとびひしていたらしい。)
どうやら噂はこんな遠くの教室まで短時間に飛び火していたらしい。
(いしかわさんのはなしによると、しまざきいずみはほんとうにまさききょうこのところへ)
石川さんの話によると、島崎いずみは本当に間崎京子の所へ
(ときどききていたらしい。そしてきょうしつのいちばんおくのせきで)
時々来ていたらしい。そして教室の一番奥の席で
(なにごとかかたりあっていたそうだ。まさききょうこのところにはかのじょだけじゃなく、)
なにごとか語り合っていたそうだ。間崎京子の所には彼女だけじゃなく、
(ほかにもすうにんのじょしがまるでじょおうをしたうようにでいりしていたとのことだった。)
他にも数人の女子がまるで女王を慕うように出入りしていたとのことだった。
(「まさきさんってさ、なんていうかひとのこころをみすかしてるみたいな)
「間崎さんってさ、なんていうか人の心を見透かしてるみたいな
(つめたいめをするのよね。すごいびじんだからそれがよけいすごみがあるっていうか。)
冷たい目をするのよね。凄い美人だからそれが余計凄みがあるっていうか。
(こわいくらい。はなしてみても、ときどきいみわかんないこというし。)
怖いくらい。話してみても、時々意味わかんないこと言うし。
(くらすのみんなはかのじょをけいかいしてさけてるってかんじかな」)
クラスのみんなは彼女を警戒して避けてるって感じかな」
(わたしのだいいちいんしょうとおなじだ。かのじょにはきをゆるせないふんいきがある。)
私の第一印象と同じだ。彼女には気を許せない雰囲気がある。
(「こないだなんてさ、それこそしまざきさんとふたりでむかいあってさ。)
「こないだなんてさ、それこそ島崎さんと二人で向かい合ってさ。
(なんかつくえのうえにとらんぷみたいなかーどをならべてるの。)
なんか机の上にトランプみたいなカードを並べてるの。
(なんかね、「つち」ってじのかたちに。きもちわるかった」)
なんかね、『土』って字の形に。気持ち悪かった」
(なんだろう。まさききょうこがよくしているといううらないのいっしゅだろうか。)
なんだろう。間崎京子がよくしているという占いの一種だろうか。
(「しまざきさんはなにをしにきていたんだろう」いしかわさんはくびをふって、)
「島崎さんはなにをしにきていたんだろう」石川さんは首を振って、
(「わかんない」といった。「ただね、そのときまさきさんがなにかをいって、)
「わかんない」と言った。「ただね、その時間崎さんがなにかを言って、
(しまざきさんがないてたみたい」そんなことがあったからいしかわさんは、)
島崎さんが泣いてたみたい」そんなことがあったから石川さんは、
(しまざきさんがじさつみすいしたというはなしをきいてまさききょうこに)
島崎さんが自殺未遂したという話を聞いて間崎京子に
(かまをかけてみたのだそうだ。「どうしてしまざきさんがじさつなんか)
カマをかけてみたのだそうだ。「どうして島崎さんが自殺なんか
(したんだろうね。まさきさんしらない?」と。「どうこたえたんだ?」)
したんだろうね。間崎さん知らない?」と。「どう答えたんだ?」
(しらずしらずにとーんがたかくなってしまう。「それが・・・・・・」)
知らず知らずにトーンが高くなってしまう。「それが……」
(いしかわさんはくびをひねりながら、おもいだすようにいった。)
石川さんは首を捻りながら、思い出すように言った。
(「たしか、おりんぴっくせいしんね、みたいなことをいってた」)
「たしか、オリンピック精神ね、みたいなことを言ってた」
(おりんぴっくせいしん?とっさにいみがわからない。)
オリンピック精神?とっさに意味が分からない。
(なるほど、こういうとっぴなことをいうからきみわるがられているのか。)
なるほど、こういう突飛なことを言うから気味悪がられているのか。
(どあのほうから「ななせぇ~」というこえがして、そのよびかけにこたえてから)
ドアの方から「七瀬ぇ~」という声がして、その呼びかけに応えてから
(いしかわさんは「じゃ、またね」といってきょうしつにもどっていった。)
石川さんは「じゃ、またね」と言って教室に戻っていった。
(のこされたわたしはしばらくそのばでかんがえこんでいた。)
残された私はしばらくその場で考え込んでいた。
(「つち」のかたちにならべられたかーど。)
『土』の形に並べられたカード。
(じさつみすいをしたしまざきいずみと、そのかのじょがしたっていたというまさききょうこ。)
自殺未遂をした島崎いずみと、その彼女が慕っていたという間崎京子。
(そして”おりんぴっくせいしん”ということば。)
そして”オリンピック精神”という言葉。
(それぞれのぱーつがばらばらにとびまわり、かんがえがまとまらない。)
それぞれのパーツがバラバラに飛び回り、考えがまとまらない。
(やすみじかんのおわりをつげるちゃいむがなり、)
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、
(せなかをおされるようにじぶんのきょうしつへあしをむける。)
背中を押されるように自分の教室へ足を向ける。
(せきにもどるとよーこが「どこいってたの」とささやいてくる。)
席に戻るとヨーコが「どこ行ってたの」と囁いてくる。
(「ん、ちょっと」と、べつにかくすひつようもないきがしたが、)
「ん、ちょっと」と、別に隠す必要もない気がしたが、
(なんとなくはぐらかした。)
なんとなくはぐらかした。
(じぶんでもきづかないうちに、このいちれんのできごとからなにかきけんなにおいを)
自分でも気づかないうちに、この一連の出来事からなにか危険な匂いを
(かんじとっていたのかもしれない。)
感じ取っていたのかも知れない。
(「おく!どこみてる」というきょうしのこえによーこは)
「奥! どこ見てる」という教師の声にヨーコは
(したをだしてじゅぎょうをうけるしせいにもどった。)
舌を出して授業を受ける姿勢に戻った。
(そのげんだいこくごのじかんちゅう、わたしはのーとをとることもわすれてかんがえていた。)
その現代国語の時間中、私はノートをとることも忘れて考えていた。
(うらないをするというまさききょうこのところへ、くらすでかたみのせまいおもいをしていた)
占いをするという間崎京子の所へ、クラスで肩身の狭い思いをしていた
(しまざきいずみがいってなにをしていたのか。)
島崎いずみが行ってなにをしていたのか。
(おそらく、じぶんのたちば、いばしょにかんするなやみごとのそうだんだろう。)
恐らく、自分の立場、居場所に関する悩み事の相談だろう。
(そしてそれをうけて、まさききょうこがしたことは「つち」のかたちにとらんぷのような)
そしてそれを受けて、間崎京子がしたことは『土』の形にトランプのような
(かーどをならべること・・・・・・とらんぷではないのだ。)
カードを並べること…… トランプではないのだ。
(とらんぷのようなみためで、かついんさつされているないようがちがうもの。)
トランプのような見た目で、かつ印刷されている内容が違うもの。
(そしてうらないにつかうとなれば、あれしかない。たろっとかーどだ。)
そして占いに使うとなれば、あれしかない。タロットカードだ。
(そこまでかんがえて、なぜすぐにきづかなかったのかと)
そこまで考えて、何故すぐに気づかなかったのかと
(じぶんのばかさかげんをくやんだ。たろっとかーどはしつもんにたいし、)
自分のバカさ加減を悔やんだ。タロットカードは質問に対し、
(でたかーどのぱたーんによってかいとうをするこてんてきなうらないだ。)
出たカードのパターンによって回答をする古典的な占いだ。
(れいがいもあるが、たいていは22まいのだいあるかなとよばれるかーどのみか、)
例外もあるが、大抵は22枚の大アルカナと呼ばれるカードのみか、
(もしくはそれに56まいのしょうあるかなとよばれるかーどをくわえた)
もしくはそれに56枚の小アルカナと呼ばれるカードを加えた
(78まいのでっくでおこなう。そのでっくからしつもんにたいするかいとうのために)
78枚のデックで行う。そのデックから質問に対する回答のために
(かーどをえらぶほうほうだが、これがさまざまあって、)
カードを選ぶ方法だが、これが様々あって、
(あるいみたろっとかーどのおくふかさをあらわすだいごみといえる。)
ある意味タロットカードの奥深さを表す醍醐味と言える。