怪物 「結」下-9-(完)
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問題文
(「あの、ぼけぇ」きゃっぷおんなはそうはきすてる。)
「あの、ボケェ」キャップ女はそう吐き捨てる。
(「じゃあこ~んなまゆげの、ごついやつは?」またみんなのくびだけが)
「じゃあこ~んな眉毛の、ゴツイ奴は?」またみんなの首だけが
(さゆうにふられる。「あんにゃろー」そういっておかしげにわらい、)
左右に振られる。「アンニャロー」そう言っておかしげに笑い、
(「じゃあね」とまたかかとをかえしてあるきだす。)
「じゃあね」とまた踵を返して歩き出す。
(「あ、そうそう。けーさつ、でんわしとくから。にげといたほうがいいよ。)
「あ、そうそう。ケーサツ、電話しとくから。逃げといた方がいいよ。
(わたしたちみたいなれんちゅうはこんなことにかかわると、めんどくさいだろ。)
わたしたちみたいな連中はこんなことに関わると、めんどくさいだろ。
(いろいろと」まえをむいたまま、たかくあげたみぎてをふってみせた。)
いろいろと」前を向いたまま、高く上げた右手を振って見せた。
(そのかげがこうえんのでぐちへきえていくのをみとどけたあとで、)
その影が公園の出口へ消えて行くのを見届けたあとで、
(のこされたわたしたちはかおをみあわせた。)
残された私たちは顔を見合わせた。
(「ぼ、ぼくもかえる。あしたはあさからかいぎなんだ。じゃ、じゃあね」)
「ぼ、僕も帰る。明日は朝から会議なんだ。じゃ、じゃあね」
(めがねのおとこがかかとをかえそうとする。)
眼鏡の男が踵を返そうとする。
(そのかいてんがぴたりととまって、もういちどそのかおがこちらにむいた。)
その回転がピタリと止まって、もう一度その顔がこちらに向いた。
(「ぼくは、へんなものを、よくみるんだけど、おばけとか、)
「僕は、変なものを、よく見るんだけど、お化けとか、
(そんなの、だけじゃなくて、なんていうかな。)
そんなの、だけじゃなくて、なんていうかな。
(その、もうひとりのきみが、いるよね」どきっとした。ひみつをのぞかれたきがして。)
その、もう一人のキミが、いるよね」ドキッとした。秘密を覗かれた気がして。
(「それ、きっとわるいものじゃないから。きにしないでいいとおもうよ」)
「それ、きっと悪いものじゃないから。気にしないでいいと思うよ」
(じゃあ、といってかれはさっていった。)
じゃあ、と言って彼は去って行った。
(「あら、そういえばあのがいじんさんのこどもは?」)
「あら、そう言えばあの外人さんの子どもは?」
(おばさんがきょろきょろとあたりをみまわす。)
おばさんがキョロキョロと辺りを見回す。
(いちょうのきのかげにふたつのひかりがみえた。つぎのしゅんかん、ふといみきのうらがわにすっとかくれる。)
銀杏の木の影に二つの光が見えた。次の瞬間、太い幹の裏側にスッと隠れる。
(「ちょっと。おうちまでおくってあげるから、わたしといっしょにかえりましょう」)
「ちょっと。おうちまで送ってあげるから、わたしと一緒に帰りましょう」
(おばさんがきのみきにそって、うらがわにまわりこむ。)
おばさんが木の幹に沿って、裏側に回り込む。
(まるでめがねのおとこがはじめにしたようなこうけいだ。)
まるで眼鏡の男が始めにしたような光景だ。
(しかしみつめるわたしのめのまえで、おばさんだけがはんたいがわからでてくる。)
しかし見つめる私の目の前で、おばさんだけが反対側から出て来る。
(おんなのこのすがたはない。「あら?いない」きつねにつままれたようなかおで)
女の子の姿はない。「あら? いない」狐につままれたような顔で
(きのうらがわをみようとおばさんがふたたびまわりこもうとする。)
木の裏側を見ようとおばさんが再び回り込もうとする。
(おんなのこがじょうずににげているわけではない。わたしのめにもおばさんだけが)
女の子が上手に逃げている訳ではない。私の目にもおばさんだけが
(ぐるぐるときのまわりをまわっているようにしかみえない。)
グルグルと木の周りを回っているようにしか見えない。
(おんなのこはこつねんときえていた。「なんだったのかしら」)
女の子は忽然と消えていた。「なんだったのかしら」
(おばさんはたちどまりくびをひねっていたが、きをとりなおしたようにわたしのほうをみた。)
おばさんは立ち止まり首を捻っていたが、気を取り直したように私の方を見た。
(「わたし、しないでうらないしをしてるから、こんどあったららただで)
「わたし、市内で占い師をしてるから、今度会ったららタダで
(うらなってあげるわよ」そういってういんくをしたあと、いたそうにこしをさすりながら)
占ってあげるわよ」そう言ってウインクをしたあと、痛そうに腰をさすりながら
(こうえんのでぐちへあるいていった。ひとりのこされたわたしは、いままでにあった)
公園の出口へ歩いて行った。一人残された私は、今までにあった
(さまさまなできごとがあたまのなかにうずをまいて、かるいこんらんじょうたいにおちいっていた。)
様々な出来事が頭の中に渦を巻いて、軽い混乱状態に陥っていた。
(がが、がいとうにぶつかっていやなおとをたてる。)
蛾が、街灯にぶつかって嫌な音を立てる。
(いろいろなことばがのうりをかけめぐり、めがまわりそうだ。)
色々な言葉が脳裏を駆け巡り、目が回りそうだ。
(そのなかでも、あることばがおもいこんとらすとでしかいにおいかぶさってくる。)
その中でも、ある言葉が重いコントラストで視界に覆い被さってくる。
(「すくえなかった」それをくちにしてみると、ごみぶくろからのぞくつちけいろのかおが)
「救えなかった」それを口にしてみると、ゴミ袋から覗く土気色の顔が
(ふらっしゅばっくする。そしてくらいきもちが、だんだんとこころのおくそこにしんとうしはじめる。)
フラッシュバックする。そして暗い気持ちが、段々と心の奥底に浸透し始める。
(ごみおきばにむぞうさにすてるなんて、したいをかくそうといういしがかんじられない。)
ゴミ置き場に無造作に捨てるなんて、死体を隠そうという意思が感じられない。
(まるでほんとうのごみをすてるようなあっけなさだ。)
まるで本当のゴミを捨てるようなあっけなさだ。
(どんなかていで、どんなははおやだったのかしらないけれど、)
どんな家庭で、どんな母親だったのか知らないけれど、
(せいしんかんていとやらでひょっとするとつみにとわれなくなるのかもしれない。)
精神鑑定とやらでひょっとすると罪に問われなくなるのかも知れない。
(こどもをころしたのに。いや、ちょくせつてをくだしたのかどうかはわからない。)
子どもを殺したのに。いや、直接手を下したのかどうかは分からない。
(だけどかのじょはしかるべきつみにとわれるべきだ。)
だけど彼女はしかるべき罪に問われるべきだ。
(ふつふつとどすくろいかんじょうがむねのうちにわきはじめる。いけない。)
ふつふつとドス黒い感情が胸の内に湧き始める。いけない。
(かおをあげて、しんこきゅうをする。こきゅうのかずだけ、)
顔を上げて、深呼吸をする。呼吸の数だけ、
(しかいがくりあになっていくきがする。またおなじあやまちにみをゆだねるところだった。)
視界がクリアになっていく気がする。また同じ過ちに身を委ねるところだった。
(しっかりしないと。もうじぶんしかいないのだから。)
しっかりしないと。もう自分しかいないのだから。
(ゆっくりとつちをふみしめ、こうえんのでぐちにむかう。)
ゆっくりと土を踏みしめ、公園の出口に向かう。
(そしてくるまどめのそばにとめてあったじてんしゃにまたがる。)
そして車止めのそばにとめてあった自転車に跨る。
(おわったんだ。ぜんぶ。)
終わったんだ。全部。
(そうつぶやいて、よるのみちを、かえるべきいえにむかってはんどるをきった。)
そう呟いて、夜の道を、帰るべき家に向かってハンドルを切った。
(ぐもにかくれたのか、つきはもうみえなかった。)
雲に隠れたのか、月はもう見えなかった。